「あれ、なんかビンが入ってる…」 俺がそう呟いたのは、キッチンにある冷蔵庫の前…。 中に入ってるポカリを飲もうとして開けたら、なんかヘンな形のビンが入ってた。 だから、なんとなく目的のポカリじゃなくて、ソレを取り出してみる。 コレってビンの中に液体入ってるし、たぶん飲みモノだよな…。 とか思ってると、床に座ってソファーに寄りかかりながら新聞読んでた久保ちゃんが、俺の方を見ずにヘンな形のビンの正体を言った。 「あー…、ソレね。中に入ってるのはラムネだから」 「ラムネ? でも、ラムネって白くて小さくて丸いヤツだろ?」 「駄菓子のじゃなくて、炭酸飲料のラムネ」 「ふーん、飲みモノにもラムネってあったのか」 「駄菓子のは、ソレを真似た味で作ってるからラムネ」 「じゃ、こっちのが元?」 「そーいうコト」 そう言われれば、ヘンなビンの形は駄菓子のラムネが入ってるヤツに似てる。 でも、駄菓子のラムネには入ってないけど、飲みモノのラムネの中にはビー玉が入ってて…、なんか面白い。だから飲んでみたくなったけど、いまいちビンの開け方が良くわかんねぇんだよなぁ。 ビンの上に、プラスチックのフタらしきモノはある…。 でも、ソレを取ってもビンは空かなかった。 な、なんだコレ…っ、フタを取っても飲めねぇじゃんっ! そう思ってビンの上の部分をじーーっと眺めてると、久保ちゃんが相変わらず新聞に視線を落としたまま、俺に向かって手招きした。 「飲みたいなら開けてあげるから、ついでに俺の分も持って来てくれる?」 「こ、コレくらい自分で…っっ」 「でも、ビンと睨めっこしてても開かないと思うけど?」 「睨めっこじゃなくて、気合入れてんのっ」 「あっそう」 「くうぅ…っ」 「新聞によると昨日から梅雨入り…。今日は晴れだけど、明日から雨…」 「くうぅぅぅ…っっ」 「洗濯モノは今日、干しといて正解」 「うぅぅうぅぅぅ・・・・・・っ!」 「・・・・・・・・・・・」 「〜〜〜〜〜っ!!!」 「ワン、ツー、スリー…、カンカンカンカーン…」 「くぉあぁぁ…っっっっ、ちくしょう…っっ!」 「ビューティー時任、ラムネの押さえ込みに失敗…」 「…ってっ、いつからビン開けがプロレスになったんだよっ!!」 俺はそう怒鳴ったけど、ラムネが開けられないのは事実…っ。 なんだよっ、このビンっ!! 飲みモノのクセに飲まれるのを拒むとは、いい度胸じゃねぇかっっ!! …とは思ったけど、今度はおとなしくビンを二本持ってソファーに背中を預けて座ると、隣にいる久保ちゃんに差し出した。 すると、久保ちゃんは開けてない方のビンの上についてるプラスチックを取る。 そして、プラスチックの出っ張ってる部分でビンの上をポンと勢い良く押した。 ・・・・・・カラン。 久保ちゃんが押した拍子に、そんな音がしてラムネの液体の中に上から何かが落ちてきて…、炭酸の泡がソレを包むように上にあがってく…。 良く見ると上から落ちてきたのは、ビンと同じ色のビー玉で…、 ビンの下まで落ちずに、細くなってる部分の引っかかって止まった。 ソレは一瞬のコトだったし、べつにたいしたコトじゃねぇけど…、 なんかすごくドキドキして、思わず久保ちゃんとカオを見合わせる。それからお互いのカオを見て二人して笑って、今度は俺が同じようにラムネを開けた。 俺の手にも久保ちゃんの手にも、カラカラと音を立てるビー玉の入ったラムネ…。 そのラムネのビンをなんとなく、久保ちゃんのビンとカチンと軽くぶつけて飲んだ。 「ラムネを飲む時はビー玉で口を塞がないように、ビンの細くなってるトコの上…、出っぱってるトコにビー玉を引っかけて飲むんだよねぇ」 「なんかラムネってさ、開けんのも飲むのもメンドくせぇの」 「けど、なんかいいでしょ?」 「・・・・・うん、だな。ビンの中のビー玉とかキレーだし」 「ね?」 少し飲んだラムネのビンをじっと見つめると、中のビー玉がなんかキラキラして見える。初めてビー玉を見たワケじゃないし、ただのガラスの玉だって知ってるけど…、ラムネのビンに入ってるだけでなんかキラキラでキレイに見えた。 だから取り出したりできねぇかな…、と思って軽く振ってみる。すると、そんな俺の様子を見てた久保ちゃんが、自分のラムネのビンの中にあるビー玉を見つめながら小さく笑った。 「ビンは頑丈に出来てるし、ちょっとやそっとじゃビー玉は出ないよ」 「それって、ビンを割らなきゃムリってコトか」 「もしかしたら、何か方法があるのかもしれないけど、口のプラスチックの部分もかなり頑丈そうだしね」 「割るのがてっとり早いし確実…、だろ?」 「でも、ビンを割ったら中にあるビー玉に傷つくかも?」 「じゃあさ、どーすりゃいんだよ?」 「さぁ…、どうしたらいいんだろうねぇ?」 久保ちゃんはそう言うと微笑んで、俺の頭を撫でて髪をぐちゃぐちゃにしてから、ラムネのビンを持って立ち上がる。そして、ベランダに向かうと窓をカラカラとゆっくり開けた。 すると、外から六月の雨上がりの…、まだ夏とは違う涼しい風がリビングの中まで吹いてきて俺の髪を揺らす…。 吹いてくる気持ちいい風…、手の中のラムネも冷たくて気持ちがいい…。 床に座ってソファーに背中を預けた姿勢で少し伸びをすると、久保ちゃんの立つ窓辺にビー玉を浮かべたラムネのように…、白い雲を浮かべた青い空が見えた。 「ラムネのビンの中のビー玉は…、手に入れようとしてもビンが割れてビー玉が傷つくだけ…、か…」 「・・・・・・え?」 「別になんでもないよ」 「けど、今…」 「ただ、空が青いなぁ…って、そう言っただけ…」 「・・・・・・うん」 久保ちゃんが何を言ったのか、声が小さくて俺には良く聞こえなかったし…、 俺に背中を向けたままだったから、空の話じゃない何かの話を言った時の久保ちゃんのカオも見えなかった。 でも、俺はそれ以上は何も聞かずに冷たいラムネを飲みなから…、 青い空と久保ちゃんの背中を見つめた…。 気持ちいい穏やかな午後の空気を胸にいっぱい吸い込んでカラカラと…、まるで夏に風が風鈴を鳴らすようにラムネに入ったビー玉を鳴らして…、 風に吹かれながら…。 その時ふと…、なぜか…、 もしも俺らの過ごした時間が生きた日々が物語になるなら、きっと、こういう日は物語の中には書かれない、そういう日なのかもしれないって気がしたけど…、 たぶん、どんな日よりもこんな日が…、 物語にもお話にもならない…、誰にも語られない…、 ただ俺が笑って、久保ちゃんも笑っていた…、そんな日が…、 一番、俺にとって忘れたくない…、いつまでもずっと忘れずに覚えていたい…、 大切な日なんだろうって…、そんな気がした…。 |