マンションの部屋の中で一人でいても…、 たくさん人の歩いてる街の中にいても、一人ぼっちになるし…、 周りに人が何人いてもいなくても、一人きりだってカンジたりもする。 そういうのは、いっぱいヒトの歩いてるトコにいると不思議なカンジがするコトもあるけど、いっぱいいるからそうなのかもって気もするコトもあったりした。 今はマンションのベランダから見える風景の中に、暗闇に沈んでく街の中に点っていく明かりだけが、俺以外のニンゲンがいるってコトを教えてくれる。けど、俺はその明かりを点けたヒトのコトをたぶん…、一生知らないだろうし…、 あっちも俺がベランダから見てた事を一生知らない…。 それは、たぶん当たり前コト…。 だから、別にだからってどうってコトはねぇけど…、 俺にとって…、このマンションの窓の明かりも少し前まではあのたくさんの明かりの中の一つだったんだなぁって想うと…、たくさんの明かりが少しだけ違って見えた。 「なんか…、キレイだよな」 俺がベランダから外を見ながらそう呟くと、いつの間にか寝室からリビングに来てた久保ちゃんが「うん…」と呟く。そして、俺のいるベランダへと続く窓まで歩いてくると、窓枠に座ってポケットから出したセッタをくわえて火をつけた。 だから俺もなんとなく窓枠に座って、今度は窓の明かりじゃなくて久保ちゃんの吸ってるセッタの火と空に上ってく灰色の煙を眺める。けど、灰色の煙の方はすぐに吹いてきた風にさらわれて見えなくなった。 見えなくなった煙の代わりに強くなった火が、赤く赤く燃えて…、 それを眺めてると久保ちゃんが、くわえてたセッタを手で取って俺の方に向かって吸い口の方を差し出した。 「吸ってみる?」 「どーせ、煙くて苦いだけだろ?」 「けど、何事もケイケンってね」 「じゃ…、ちょっとだけ」 そう言って久保ちゃんの手からセッタを受け取ると、さっき久保ちゃんがしてたように口にくわえてみる。でも、少し吸い込んだだけですっげぇ咳が出て、それ以上は苦くてマズくて吸えなかった。 すると、そんな俺を見て久保ちゃんが小さく笑う。だから、ムッとして吸えないのにくわえたままでいると、久保ちゃんが横から手を伸ばして軽く俺の頭を撫でた。 「どう? 初体験の味は?」 「う…っ、マズ…、げほげほ…っっ」 「慣れてないのに一気に吸うからでしょ?」 「そ、そんなコト言ったって…」 「初めての時は焦らないで、少しずつ…ね?」 「少しずつ?」 「そう…、少しずつ…」 「…って、耳元で囁くなよっ。余計にむせて吸えなくなるじゃんか…っ」 「なんで?」 「く、くすぐったいしっ、なんか久保ちゃんが言うとなんでもエロすぎんだよっ」 「へぇ…、そう…?」 「だーかーらっ、フツーのセリフはフツーに言えっつってんだろっ!」 そう言って久保ちゃんの頭を、左手で軽くべしっと叩く。 けど、やっぱ頭を叩かれても久保ちゃんは笑ってて俺はますますムッとする。ムッとしてセッタをくわえたまま、フンっとそっぽ向いて久保ちゃんに背中を向けた。 それから、自分の口元から立ち昇っていく灰色の煙を見つめながら、今度はゆっくりとゆっくりと吸い込んでは吐き出して…、 すると、煙が少しずつ肺に馴染んでくのをカンジる。 でも、やっぱり苦くてマズイのに代わりはなかった。 「マズ…っ」 「そんなにマズイ?」 「良く吸ってんな…、こんなの」 「俺の場合はウマくて吸ってるから」 「マジで?」 「うん」 「ふーん…、けどそれって初めからなのか?」 「さぁ? 初めてなんて忘れちゃったし…」 「初めてっていつくらいの時だよ?」 「ん〜、十二、三歳くらいだったかも?」 「久保ちゃん不良〜」 「不良はキライ?」 「べ、べつにそーいうんじゃねぇけどさ」 久保ちゃんがいつくらいからタバコ吸ってたのか、それが気になったのは誰かに聞いたのか、それともテレビで見たのかは忘れたけど…、 タバコを吸うのは口が寂しいからだって、言ってたような気がしたからだった。 俺はただ…、成り行きで吸っちまっただけ。 でも、十二、三歳で初めてタバコ吸った久保ちゃんは、俺みたいに成り行きで吸ったのか…、それとも他に吸いたくなるような何かがあったのかわからないけど、カッコイイからとか興味があったからとかそんな理由じゃないような気がなんとなくする。それはたぶんタバコを、セッタを吸ってる時の久保ちゃんがいつもどこか遠くを見てるせいかもしれなかった。 何かを想うように遠くを見て…、何かを考えてる…。 だから、俺も苦いマズいセッタを吸いながら遠くを眺めた。 すると、そこには街の明かりじゃなくて星がある。ほんの二、三個だけ見える星は小さいけれど、まるで誰かを待つ人のいる窓の明かりのように消えずに空で瞬いていた。 「なぁ、久保ちゃん…」 「ん〜?」 「もしも俺がココにいたら…、ココでいつもみたいに明かりつけて帰り待ってたらタバコ吸わなかったか?」 「・・・・・・・」 「それとも、やっぱ吸った?」 「・・・・・・さぁ、どうだろうねぇ?」 そう言った声を聞きながら振り返ると、久保ちゃんも同じように空を見上げてる。そして空を見上げたままでポケットからセッタを取り出すと、慣れた仕草で口にくわえた…。 初めて吸った時のことなんて忘れるくらいセッタを吸ってる久保ちゃんの指先は、少し黄色くなってて…、匂いも染み付いてる。久保ちゃんはそんな指で同じポケットからライターを取り出して火をつけたけど…、 セッタにはつけずに、じっとライターのオレンジ色の炎を眺めた。 「その頃のコトなんて、初めての時と同じで覚えてないけど…」 「うん…」 「たぶん…、吸わなかったかも?」 「かも?ってなんだよっ」 「うん、いや…、吸わなかった」 「マジで?」 「マジで…、この窓にお前が明かりをつけてくれてたら、ね」 久保ちゃんはオレンジ色の炎を消すと、セッタをくわえたままで俺に顔を近づけてくる。だから、俺が何かされるのかと思ってカラダをビクっと震わせると、久保ちゃんはまた少し笑って俺の顎を動かないように掴んで…、 それから、俺の吸ってるセッタの先に自分のセッタの先をくっつけた。 「火…、つかないから吸って…」 「す、吸え…って…っ」 「そのまま動かないで…、ゆっくり吸って…」 「・・・・・・っ」 「そう…、いいカンジ…」 「・・・・・・・」 「ほら、ついた…」 俺のセッタの火が、久保ちゃんのセッタに移って…、 灰色の煙を立ち昇らせながら、赤く燃える…。 そうして、二人でセッタを吸いながら同じ窓辺に座ってると、もう夜で太陽の光なんて差してないし陽だまりなんてどこにもないのに暖かかった。 ずっとココに居たくなるほど暖かくて…、そしてなぜかちょっとだけ苦しくて…、 吸ってたセッタを手に持つとゆっくりとカラダを少し横に傾けて、久保ちゃんの肩に頭を乗せる。すると、久保ちゃんのカラダも少し傾いて、俺の頭に久保ちゃんの頬が触れた。 「まだココにいる時より、そうじゃない時の方が長いけどさ…。もうずっと前から、俺はココにいたような気がする…」 「うん…、だから俺もココに来たのかもね、必然的に」 「久保ちゃん?」 「どこに住んでも良かったけど、ココに来たのは…。一人じゃなくて二人で暮らすのにちょうどいい部屋に住むようになったのは、もうずっと前からお前がいたからかもしれない」 「じゃ、ずっと前からココは俺のウチってコトだな」 「そ、最初から…、もうずっとね…」 最初からずっと…、一緒にいられたら良かったのにってそう想うコトはたくさんある。でも、そんな風に考えると一緒にいなかった時間なんて、一人きりだった時間なんてどこにもないような気がした。 後ろからリビングの明かりが俺らを照らしてて、その中に俺と久保ちゃんがいて…、 俺がいない時は久保ちゃんが、久保ちゃんがいない時は俺がココで明かりをつけて帰りを待ってる…。今までもこれからもずっと…、窓辺にできた二人分の陽だまりの中にまどろむように一緒にいられたら…、 この部屋の明かりがずっと…、ついてたらって…、 そう想いながら、そう信じながら…、久保ちゃんと一緒にセッタが短くなって吸えなくなるまで空の星を眺めていた。 |