「うわあぁぁぁーーーーっ!!」

 
 潮の匂いのする空気を、肺の中にいっぱい吸い込んで…、
 どこにでも誰にでもなく、ただ大きな声で叫ぶ。
 そして叫んで叫んで…、肺の中の空気がカラになって見上げた空は、ココに来て眺めた時よりもなぜか不思議にキレイに見えた。
 俺がいるのは、なぜかめったに来ない横浜港…。
 目の前には長く伸びてるベイブリッジと空と海が見える。
 けれど、他にもゴチャゴチャと色んなモノがあって水平線は見えなかった。
 それがなんか…、ちょっとだけ残念な気がして軽く息を吐くと、俺はその場にしゃがみ込む。すると、そんな俺の横でセッタ吸ってた久保ちゃんが、ふーっと口から煙を吐き出した。
 「時任…」
 「ん〜?」
 「何か叫びたくなるようなコトでもあった?」
 「べっつに〜、ただワケもなく叫びたくなっただけ」
 「青春したくなったとか?」
 「だったら、叫ぶのはバカヤローっとかじゃね?」
 「青春って、そういうモン?」

 「そういうモンだろ、たぶん…っ」

 そんなカンジのなんでもない…、ワケのわかんねぇ会話して俺と久保ちゃんは二人で海と空を眺める。俺はしゃがみ込んだまま、久保ちゃんは立ってセッタをくわえたまま…。
 始めはウチから一番近いゲーセンに行くつもりだったのが、なんでこんなトコにいるのかっていうと、俺が海を見に行きたいとか言っちまったからだけど…、
 別に用事もなんもねぇのに、メンドくさがりの久保ちゃんがマジでこんなトコまで、港まで来るとは思わなかった。
 確かに海を見たいって言ったけどさ…、
 それはマジで言ったんじゃなくて、ジョウダンだったのに…。
 最近、なんの用事かわかんねぇけど、久保ちゃんは一人で外出する事が多くて…、
 だから、ちょっとだけなんか…、
 別に行きたくもねぇのに行きたいって、言ってみたくなっただけなのに…っ、
 久保ちゃんが何も聞かずに微笑んで、「じゃ、行こっか?」って言ったから…、
 あまりに簡単にあっさり…、そんな返事が返ってきたから、俺はホントはジョーダンに決まってんだろって言って、真に受けて返事した久保ちゃんを笑ってやりたかったのにできなかった。
 「久保ちゃんのバーカ…」
 俺がそう呟くと、久保ちゃんの手が上から伸びてきて頭を撫でてくる。普段ならコドモあつかいすんなって払いのけるトコだけど、なんとなく何も言わずにおとなしく撫でられてたら…、
 海から吹いてきた強い風まで頭を撫でて、俺の髪を乱した。
 「さっきのは叫んで、今のは叫ばないの?」
 「わざわざ叫ばなくても、近くにいるから聞こえるだろ」
 「じゃ、遠くにいたら?」
 「ケータイかける」

 「なら、ケータイが故障したら?」

 そう言われて少し考え込んだ俺は水平線の見えない海の遠くを眺めながら、頭を撫でてる手を掴む。そして、上から見つめてくる久保ちゃんの瞳をじっと見つめ返した。
 「故障したら、聞こえるトコまで来ればいいじゃん」
 「来る? 行くじゃなくて?」
 「だって、言いたいコトがあんのは俺じゃなくて久保ちゃんの方だろ」
 「・・・・・・」

 「そうなんだろ?」

 それはたぶん…、ただのカンみたいモノで確信はなかった。けど、何も答えない久保ちゃんの横顔を見てるとただのカンだったのが確信に変わる。
 灰の長くなったセッタをくわえた久保ちゃんは、目を細めて海でも空でもどこでもない何かをじっと見つめていた…。
 今、久保ちゃんが何を考えてるのか、横顔を眺めててもわかるようでわからない。けど、そう思ってたのは俺なのに質問してきたのは久保ちゃんの方だった。
 「今、何考えてんの? それとも何か思ってんの?」
 「…って、そういう久保ちゃんこそどうなんだよ?」
 「ナイショ」
 「じゃあ俺も言わない」
 「ケチ」
 「ケチはどっちだっっ」
 俺がムッとして掴んでいた手を放してそっぽを向くと、久保ちゃんがあまり声を立てずに小さく笑う。だから、ますますムッとして黙って横浜の空と海を見つめる。
 すると、久保ちゃんは俺と同じようにしゃがみ込んで、同じくらいの高さから同じ空と海を見た。
 「考えてるコトはいまいち…だけど、言わなくても想ってるコトはわかったかも?」
 「ウソばっか…」
 「ホント」
 「じゃ、俺がなに思ってんのか言ってみろよ」
 「…って、ココで言っちゃってもいいの?」
 「いいっ」
 「久保ちゃん大好き」

 「ぶーっっ!!んなワケねぇだろっ!!!」
 
 目の前が海で港でっっ、こんなベタな状況でそんなハズいこと思ってるワケねぇだろっっ!!とかココロの中で叫びながら、久保ちゃんが言った言葉を激しく否定する。すると、俺の隣にしゃがみ込んでた久保ちゃんが立ち上がろうとする…。だから、俺がそれを慌てて腕を引っ張って引き止めて、別に否定したからって好きじゃねぇとか、嫌いになったとかそんなんじゃないとかって言うと…、
 久保ちゃんは俺の方を見ずに海を見て、セッタをふかしながら機械的な声を出した。
 「ソノ電話番号ハ…、タダイマツカワレテオリマセン」
 「はぁ? ナニ言ってんだよっっ」
 「電話番号ヲ、オタシカメノ上、オカケナオシクダサイ」
 「くーぼーちゃんっ」
 「プー…、プー…、プー……」

 「…って、てめぇは電話かっ!!!」

 腕を掴んでる手に力を入れたけど、久保ちゃんは俺がさっき髪を黙って撫でられてたように…、痛いはずなのに手を振り払おうとはしない。だから、自分から入れてた力を抜いて手を離すと、久保ちゃんの手が伸びてきて俺の手を掴まえた。
 そして、掴まえた俺の手の指に自分の指をからめて握り込む。
 すると…、最初は俺よりも久保ちゃんの方が体温が低くて冷たかったけど、手を握りしめられたままでいると少しずつ暖かくなってきて…、
 なんとなく、もっと暖かくなるように俺も久保ちゃんの手を握りしめた。
 そしたら…、そうして久保ちゃんの手を握りしめながら、同じ場所で同じ高さから海と空を眺めてると、さっきまで通じなかった久保ちゃんとの回線が繋がってくような気がする。繋がって…、何かが伝わってくるような気がする…。
 だから、俺は通じなくなった回線に電話をかけ直した。
 「もしもーし…」
 「・・・・・・」
 「さっき言ったのって、それもやっぱ久保ちゃんだろ」
 「・・・・・・・なんで、そう思う?」
 「それは…、そう思うのはホントは俺も同じコト思ってっから…。だから、回線もちゃんと切れずに、今だけじゃなくていつも繋がってる…」
 俺がそう言うと回復した回線から、久保ちゃんの声が聞こえてきた。けど、繋がった回線は久保ちゃんの声だけじゃなく、俺からの声も伝えてくれていて…、
 だから、きっと俺らの間にある回線は半分ずつ握りしめてる手みたいに、俺が伸ばした分と久保ちゃんが伸ばした分とで繋がってる。
 一方だけだったら…、半分しか繋がらない…。
 そんな回線で久保ちゃんが話して俺が答えて、俺が話して久保ちゃんが答えるのを、二人で海を眺めながら繰り返し繰り返ししてると…、
 ココは色んなモノで囲まれてて船が通った時くらいしか、あまり波らしい波は来ないけど、波が打ち寄せては引いていくのをカンジる。波は打ち寄せていくばかりでも、引いていくばかりでも続かない波は…、まるで何もないのに海に叫びたくなった気持ちのようで、ぎゅっと指をからめて握りしめた想いのようで…、
 寄せては返す波のように久保ちゃんと話しながら、俺はどこまでも繋がっている空を見上げた。
 「最近、あまり一緒にいられなくて…、なんかさ…」
 「寂しかった?」
 「久保ちゃんは…?」
 「ヒミツ」
 「じゃ、俺もヒミツ…」
 そう言って、さっきと同じようなセリフ言って二人で笑い合う。
 それから…、チラっと横目で近くに誰も人がいないのを確かめながら、どちらからともなくキスをした…。

 「・・・・・・好きだ」
 「好きだよ…」

 寄せては返す波、寄せては返す言葉…。
 繋がっていく手…、唇…、カラダ…。
 もしかしたら世界には果てっていうのがあって、そこで何もかもが途切れてるのかもしれないけど、久保ちゃんと二人で寄せては返して繋がってると…、
 空がどこまでも丸く繋がってるのも、寄せては返す波が永遠に続いていくのも…、
 目の前にある空も海も、そして人も何もかもが…、
 寄せた波を返してくれる…、伸ばした手を繋いでくれる誰かを探してるからかもしれないって気がした。

 ・・・・・いつも誰かが誰かを探してる。
 
 だから、もう探さなくてもいいように…、二度と離れないように…、
 繋がった回線を…、続いていく波を守るように…、
 俺は久保ちゃんの手を握りしめた手に、ぎゅっと力を込めた。

                            『波』 2006.3.22更新

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