キッチンに行ってマグカップに、インスタントのコーヒーを入れる。
 そしてソファーに座ってアクビをしてから、朝は読めなかった新聞を開いて眠気覚ましにコーヒーを飲む…。すると、ちょっと動いた拍子にソファーに置かれていた毛布が床に敷かれたカーペットの上にすべり落ちた。
 ズルズルってカンジで、まるで生きてるみたいに…。
 けど、毛布は当たり前にイキモノじゃないから、自力ではソファーの上には上がってこない。だから、俺は手を伸ばして毛布を元の位置に戻そうとした。
 すると、毛布に残ったぬくもりが握った手から伝わってきて思わず手を止める。そういえば今は出かけてていないけど、さっきまで時任はゲームをしながら毛布をかぶっていた…。
 この毛布はソファーで寝る時のために置いてあるけど、時任がリビングにいる時にはなぜか頭からかぶっているコトが多い。そうしてると安心するのか、それとも単なるクセなのかわからないけど…、時任はこの毛布が好きだった。

 「ぬくもりだけなら、生きてるカンジだけど…」
 
 拾い上げた毛布は、すぐに冷えて冷たくなる。
 元々、コレには体温なんてものはないから、消えていくのは時任の体温。
 だから、なんとなく名残惜しくて…、床に飲みかけのコーヒーを置いて時任みたいに毛布をかぶってみる。すると毛布をかぶってる時任の姿が脳裏に浮かんで、そんな時任の姿と自分がダブって見えてちょっと笑った。
 
 「まるで避難所だぁね」

 毛布から連想したってだけじゃなく、そんな風に思うのはなぜなのか…、
 その答えは毛布のぬくもりの中にあるのかもしれない。
 どこにでもあるような毛布を頭からかぶって、そこに残されたぬくもりから俺がカンジたのは、確かにさっきまでココにいた時任の存在。カラダがあたたかいってだけじゃなく、覚めかけた眠気が戻ってきて…、その眠気の中にゆっくりと溶けていくように目を閉じたくなるほどの安心感が…、

 時任が残した毛布のぬくもりの中にはあった。
 
 目の前に広げてる新聞の紙面には事件や事故や色んなコトが書いてあって…、
 それから身を守るのに必要なのは温かい一枚の毛布じゃなく、冷たい拳銃だったはずなのに…、俺は拳銃じゃなく毛布を握りしめて安心していた。
 毛布じゃ弾避けにもならないのに…、
 そう思いながら、ふと拳銃の手入れを忘れていたのを思い出して苦笑して、毛布の中で血塗れになった自分を想像する。そして、ベランダに続く窓に映った自分に向かって指で作った拳銃の引き金を引くと、床に新聞を落としてソファーに寝転がった。
 すると、まるでそのタイミングを待っていたかのように、玄関の方から音がして聞きなれた足音がリビングに近づいてくる…。
 さっきモスに行くって出かけてったけど、何か忘れモノでもしたのか時任はドアを開けてリビングに入ってくると毛布をかぶったままソファーで寝転がってる俺の方を見た。
 「おかえり」
 「ただいまー…って、毛布かぶって何やってんだよ?」
 「んー…、弾避けの訓練」
 「はぁ? なんだそりゃあ…。いくら訓練したって、毛布で弾なんか避けらんねぇだろ」
 「だぁね…。で、そういうお前はどしたの?」
 「雨が降ってきたけど、カサ持ってなかったんだよ。だから、モス行くのやめた」
 「途中で安いビニールのとか買えば?」
 「まだ、そんなに歩いてなかったし、雨に降られたらメンドくなった」
 「ふーん、濡れてるなら着替えて頭拭きな」
 「降り始めだったから、そんな濡れてねぇしヘーキ」
 「なら、いいけど」
 時任に言われて、もう一度窓を見ると確かに少し雨が降ってるカンジがする。
 けど、まだ小雨程度みたいで雨音はしなかった。
 時任は床に置いてたコーヒーを取って一口飲むと、俺と同じように窓の外を見ながらソファー座る。すると、いきなり激しい雨音が辺りを包んで、まるで何かを壊そうとしてるみたいな音に思わず時任と俺は顔を見合わせた。
 「やっぱ、行かなくて正解だろ?」
 「それって野生のカン?」
 「野生じゃなくて、俺様のカン」
 「ふーん…、じゃ時任のカンでは明日の天気は?」

 「晴れっ」

 そう答えて時任が笑うと時任は残ったコーヒーを飲んで、マグカップを床に戻す。
 そして、大きく伸びをして眠そうに目をこすった。
 コーヒーを飲んでも、カフェインの効果はなかったらしい。
 それは俺も同じで…、眠そうな時任を見てると眠気が増してくる。だから、さっきの毛布のように伸ばした手で時任の腕を取って自分の方へと引き寄せた。
 「うわ…っ、な、なにすんだよ」
 「出かけないなら、一緒に寝ない?」
 「・・・・・今、昼の三時だぞ?」
 「じゃ、おやつの時間…、でもいいけど?」
 「なんて言いながらドコさわってんだっ、エロ親父っ!」
 「いただきまーす…」

 「…ってっ、おやつ代わりにいただかれてたまるかっ!!!」

 今日の三時のおやつは、抱きしめると少し雨の匂いがする。
 キスすると…、毛布みたいにあたたかったのが熱くなる…。さっきまで俺が包まっていた毛布の上で、時任は真っ赤な顔をして少し抵抗したけど、キスを何度も何度も繰り返している内におとなしくなった。
 激しい雨音を聞きながら…、激しいキスの雨を降らせて…、
 熱い肌に手で触れながら、上から時任を見下ろす。
 そして時任と同じように、それ以上に熱すぎるカラダを時任の上に重ねた…。
 「毛布代わりには…、熱すぎるかもね」
 「え? な、なに?」
 「いんや、なんでも…」
 「ちょ…っ、なにすん…」
 「ナニって…、こういう体勢でするコトって決まってるでしょ?」
 「…っ!」
 「ほら…、ね?」

 「あ…っ、あぁ・・・・っっ!」

 俺は時任を貫きながら、銃弾に貫かれた時のコトを考えて…、
 毛布に時任が散らせた白を見て…、赤を連想する。
 このまま貫かれたら、俺は毛布とほとんど変わらない。
 穴の開いたカラダで、残されたぬくもりを抱きしめるだけ…。
 だから、俺はもう一度指で拳銃を作ると窓に映った自分の影じゃなく、追いかけてくる過去とやがて来る明日をソレで撃ち抜いて…、
 そして引いた引き金に冷たさをカンジながら、指で作った拳銃と時任を抱きしめて毛布の海に沈んだ。
 残されたぬくもりじゃなく…、今っていうぬくもりをカンジながら…、
 どこまでも深く…、深く…、



 この想いの…、深さまで…。


                            『深海』 2006.3.16更新

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