「うわっ、マジで寒…っ」 マンションの部屋からエレベーターで一階に降りて、外に出てると雪…。 今年、始めて降った白い雪を見ながら、そう言って黒いカサを差した。 降ってるのは雪で雨じゃないけど、スゴク降ってっから差さなきゃすぐに頭が真っ白になる。だから、そんなカンジで雪はやた降ってるし寒いし、ホントはあんま外に出たくねぇけど、気まぐれで暖房の効いてるマンションの部屋から出た…。 でも、これはべっつにバイトに行った久保ちゃんを迎えに行くんじゃなくて、ただの散歩っ。だから、久保ちゃんには何も連絡はしなかった。 「カサなんかドコにでも売ってけど、久保ちゃんの場合はぜっったいに買ってまで差さねぇもんなー。ま、それは俺もだけど…」 そんな風にブツブツ言ってると、目の前に自分の吐き出した白い息が見える。それがなんとなく面白くて、フーッとロウソクの火を消す時みたいに息を吐くと、久保ちゃんが吐き出したセッタの煙を思い出した。 あの煙は灰色で、俺の吐く息は白いから違う。 でも、雪のせいで人通りの少ない道を一人で歩いてるせいなのか、白い雪を踏みしめながら歩いてると久保ちゃんの事ばっか思い出した。 そー言えば、俺のコートにはフードがついてっけど、久保ちゃんのは付いてねぇよなーとか、今朝は風邪っぽいカンジの咳してたよなーとか…。 そー言えば一緒に見てたニュースで、インフルエンザが流行り始めてるとか言ってたよなー…とか、そんなコト…。 ぜんっぜん心配なんかしてねぇけど、差してるカサに当たってサラサラと落ちる雪の音を聞いてるとソレばっか耳について離れなくなる。セッタの煙もコートについてないフードも、インフルエンザも咳もそんなカンジだった。 サラサラと降っていく雪の音は、ザーザー降ってる雨よりも好きだけど…、 白い息と白い雪と…、白ばかりに埋めつくされてくのを見てると指先が冷たくなる。 それは当たり前に気温が低くて、空気が冷たいせいだってわかってても降ってくる雪ばっか…、雪の白ばっか見てると何もかも消えちまいそうだった。 何か描いてあった紙が…、消しゴムで消されて真っ白になっちまうみたいに…。 一人で雪の中に立つと久保ちゃんもいるし帰る場所もあって、そんなコトねぇのに一人ぼっちみたいな気分になった…。 「なーんて…、らしくねぇのっ」 そう言って少し積もった雪を蹴り飛ばして、白く舞う雪を眺める。それから、今度は差してた黒いカサを折りたたんで、その先で雪の上に線を書いた。 真っ直ぐ…、真っ直ぐ書くつもりで描いた線はぐにぐにと曲がって上手くかけない。 だから、なんなくムキになって白い雪の上に黒いカサでぐいぐい線を描く…。けど、振り返るとせっかく描いた線が消えてて、それを見て立ち止まると急に気温が2.3度下がった気がして背中がちょっと震えた。 雪が降らなくてもどうせすぐに、こんな線なんか雪とすぐに一緒に消える。でも、いつの間にかカサを差さなかったせいで頭に積もった雪が、知らないはずの感覚を…、一人だったかもしれない日のコトを俺に思い出させようとしてた。 今、知ってる何もかもが、今、ある何もかもがなくて…、 もしも一人だったら…、久保ちゃんがいなかったら…。 そう考えかけて小さく頭を振る…、そしたら頭から雪がサラサラと落ちた。 「やっぱ、散歩は寒いし雪降るし、雪の日よりも晴れの日の方がいいに決まってるもんな…」 そう言いながら、黒いカサを閉じたままで白い息を吐く。それからせっかくここまで来たけど、どうしよっかなぁとか考えて空を見上げた。 すると、なぜか頭の雪がバサバサと勢い良く落ちてくる。それは雪が積もりすぎたからじゃなくて、後ろに立った誰かが俺の頭を手で払ったせいだった。 「だ、誰だよっ!!」 後ろに立ってるヤツの気配に気づいてなかった俺は、そう言って慌てて振り返る。そしたら、そこにはたぶん俺よか頭が雪で真っ白になっちまってる久保ちゃんが立ってて…、それを見た俺は思わず頭を指差してブッと噴出した。 「く、久保ちゃんっ、ジジィみてーっっ!!そのまま雪ん中にいたら、マジでサンタクロースになれんじゃねぇの?」 スゴイ雪が降ってたせいで、予想通りカサを差してなかった久保ちゃんの頭は見事に真っ白っ。しかも払うのが面倒だったのか、かなり積もってた。 久保ちゃんは猫背気味だしっ、ま、マジでジジくせぇ…っ。 雪のせいでジジィになった久保ちゃんは俺がゲラゲラ笑ってると、いつものぼーっとした顔で白い息のかわりに吸ってたセッタの煙を吐き出す。そして、手に持ってた小さな箱を俺の目の前でブラブラさせた。 「せっかくコレ買って来たけど、クリスマスにはまだ早いし…、残念だねぇ」 「…って、ソレはもしかしなくても新発売のモスチキンスパイスっっ!!!」 「きっと、いつものモスチキンよりもスパイスが効いてて、カリカリしててマウいんだろうけど…。俺はサンタでジジィだから、プレゼントはクリスマスの夜にしか渡せないなぁ」 「うわぁぁっ、ウソっ!!久保ちゃんはサンタとかジジィじゃなくてお兄サンだってっ! だから、俺にそのモスチキンスパイスをっっ!!!」 「うーん、どーしょっかな…」 久保ちゃんはジジィって言われたのがショックだったのか、俺が手を伸ばすとモスチキンを届かないように上に上げる。だから、強引に手に入れようとして俺がジャンプすると、久保ちゃんは余裕の表情でもっと箱を持ってる手を高くした。 く、くそぉっ、結構高く飛んでんのに届かねぇ…っっ。 白い雪が降る中をピョンピョンと俺が根性で何度も飛んでると、今度はそんな俺を見た久保ちゃんがプッとちょっと噴出して笑い出した。 「なっ、何笑ってんだよっ!!」 「ピョンピョンはねてると、ウサギみたいだなぁって思って…」 「ウサギはモスチキン食わねぇだろっ」 「じゃ、今日はサラダにしとく?」 「なんて言ってても、サラダなんか買って来てあるワケ…」 「あるよ」 「げっ、マジで!?」 「だから、心配しなくてもいいから…」 「…って、ちょっと待てぇぇっ!! 俺のモスチキンスパイスっ!!」 久保ちゃんはジョウダンなのかホンキなのか、そう言うとそのまま箱を持って歩き出す。だから、俺は慌てて持ってたカサを差して、久保ちゃんの後を追いかけた。 ううう…、もしかしてマジでジジィって呼んだコト怒ってんのか? 久保ちゃんの後ろ姿を追いかけてると、少しだけ今も止まずに降ってる雪の白さが目に痛い。けど、二人分の足跡を見てるとさっきみたいな感じはしなかった…。 俺は全速力で久保ちゃんに追いつくと、モスチキンじゃなくて久保ちゃんの肩や頭に手を伸ばして雪を払う。そして、持ってたカサを今度は雪が積もらないように差しかけた。 「今は咳してねぇみたいだけど、ひどくなったら病院に連れてくかんな」 俺がカサを差しかけながらそう言うと、久保ちゃんは俺の手からカサを奪って、その代わりにチキンの入った箱を乗せる。そして、俺がしたように俺の肩や頭の雪を丁寧に払うと、吸ってたセッタを携帯用の灰皿に入れて灰色の煙じゃなくて白い息を吐いた。 「・・・・・・・うん」 久保ちゃんはそれだけしか言わなかったけど、何もかも知ってるみたいに俺の肩を抱きしめる。すると、強く吹いた風で舞い上がった雪が、白い花の花びらのように見えた…。 きっと冬の白い花びらと一緒に…、俺らの足跡も消してしまうんだろうけど…、 冬の冷たいけど澄んだ気持ちのいい空気を吸い込んで、モスチキンのいい匂いを嗅ぎながら、二人で前へ前へと二人分の足跡をつける。そしたら、たとえ振り返って足跡がなかったとしても、また二人でつければいいだけじゃんって…、 そんな気持ちに…、そんな気分になって吸い込んだ空気をふーっと吐き出した。 「久保ちゃん…」 「なに?」 「春になったら花見に行こうぜ」 「モスチキン持って?」 「モスチキンと缶ビール持って…、絶対なっ」 白い雪はまだ降り続いてたけど、さっきよりも白く積もり始めた雪よりも春に咲く桜の花を思い浮かべながら…、 花びらのように舞う雪の中を二人でマンションに向かう。 すると、まだ冬が始まったばかりで今はまだ遠いはずの春が、少しだけ近づいたような気がした。 |