「あ、あれ…っ?」 ちょっと、ヒマつぶしにゲーセン行って帰ってきたら、ポケットにサイフとケータイしか入ってないのに気づいた。出かける前に気づかなかったのは、その時はまだ久保ちゃんがバイトに行ってなくてウチにいたせい…。 あーあ…、とか思いながらポケット探ってケータイを出したけど、手に持っただけでまた仕舞う。でも、久保ちゃんのバイト先まで行く気にはなれなくて、カギがないせいで開かない玄関のドアを背に冷たいコンクリートの上に座り込んだ。 ドアのカギはすぐ近くに、ドアの向こう側にあるのに手が届かない。一瞬、ドアを壊してやろうかと思ったけど、あとで修理させられそうだったからやめた。 「管理人室に行ってもカギ貸してもらえるかどうかわかんねぇし、説明とか色々とメンドいしなー…。早く帰って来ねぇかなぁ、久保ちゃん」 そう言って小さく息を吐くと、またケータイをポケットから出してみる。けど、それでもやっぱり久保ちゃんにかけないのは、バイト中だからってのもあるけど、俺がカギ忘れたって言ったらマジですぐに帰って来そうだったからだった。 なんか、用事とか色々あって俺のコトを気にしてねぇ時は、話かけてもほっぽってどっか行っちまうクセに、こんなカンジに妙な時だけ俺のコトを一番に優先してくれる。そういう時はなんかヘンなカンジでドキドキして…、その分だけほっぽっとかれた時に胸がズキズキしてきて痛かった。 ほっとくなら…、もうずっとほっとけよ…。 いつだったか忘れたけど、呟いた言葉をなんとなく心の中で呟いて、後ろのドアに寄りかかりながら空を見上げて笑う。ドアの前の廊下の横に続くコンクリートの壁の上、そこにある切れ間からのぞく空はすでに薄暗かった。 「なーんて言ってても、ココしか帰るとこねぇんだけどさ…」 マンションの部屋の表札には、久保ちゃんの名前しかない。 でも、それをおかしいって言われても気にならないし、俺の名前が書いてあるよかウチってカンジがするし帰ってきたカンジもする。もう一年以上もココで暮らしてて…、こんなのはヘンなのかもしれねぇけど、今でもドアの横にかかってる表札を見るとなんかスゴクうれしいカンジがする時があった。 久保ちゃんのウチは俺のウチ…。 俺の名前は無くても、ドアの横にかかってる久保田って表札がココが俺のウチだって証拠だった。 「それだけで十分だよな…」 そう思うけど…、そう思ってるけど…、 このままでいいって、これ以上って何があるんだって思うけど…、 こうやって一人になる時があったりすると、喉の奥が乾いてく気がする。 何かが足りない…、何かが欲しい…。でも、それが何かなんてそんなのわかんねぇけど、気づくと一個しか番号登録してないケータイを握りしめてた。 でも、それは一個だけしかないからじゃなくて…、 帰る場所がココしかないからじゃなくて…、 だから…、俺は……。 形にならない何かが、胸の奥でカタチになりかける。 けど…、すぐにいつもみたいにぐちゃぐちゃになってわからなくなった。 カタチになりかけたモノをぐちゃぐちゃにしたのは、寄りかかってたドアがいきなり開いて俺の背中を直撃したせい。しかもっ、そのドアを開けたのはなぜかバイトに行ってるはずの久保ちゃんだった。 「いっ、いてぇぇっ!!!」 「…って、なんでこんなトコに座ってんの?」 「カギを忘れたからだろ…って、なんで久保ちゃんがウチにいんだよっ! バイトに行ったんじゃなかったのかっ!?」 「まぁ…、そういう予定ではあったけどね」 「なら、なんで行ってねぇんだよ?」 「うーん、寒かったからとか?」 「はぁ? なんだよソレっ」 バイトに行かなかったのは寒かったからとか、今日の占いで外出すると悪い事が起こるって書いてあったからとかワケのわかんねぇ言い訳すると、久保ちゃんはリビングに戻ってく。だから、俺も中に入って慌てて後を追ったけど、久保ちゃんがバイトを休んだ理由がわからなかった。 けど、久保ちゃんに続いてリビングに入って、いつもメシ食ってるテーブルの上に俺のカギが置かれてんのを見た瞬間…、理由がわかったような気がして…、 俺はソファーに座ろうとしてた久保ちゃんの袖をぐいっと引っ張る。でも、いきなり袖を引っ張った俺を、不思議そうなカオしてぼーっと見てる久保ちゃんにそれを聞く事はできなかった。 「なに? どうかした?」 「・・・・・・別になんでもねぇよっ」 そう言ったけど、なぜか袖を握りしめた手をなかなか離せなくて…、 俺は何かを言う代わりに、胸の中のぐちゃぐちゃしたモノを言葉にする代わりに引っ張った袖をもっと引っ張って…、久保ちゃんの肩にコツンと頭を乗せた。 すると、久保ちゃんの手が髪を撫でてきて…、肩にコツンとした俺の頭にコツンと額をくっつける。そして、その瞬間に耳元でした声がくすぐったくて、俺が少し笑うと久保ちゃんも小さく笑った。 「カギ失くしたら、とりあえずチャイム鳴らしなよ」 「う、うるせぇなっ、鳴らさなかったのはいないと思ってたからだっつーのっ」 「だから、ドアの前に?」 「そーだよっ」 「もしも、バイトに行ってても待っててくれた?」 「たぶんなっ」 たぶん…、でも絶対…。 けど、それは言わないでいると久保ちゃんは、額をくっつけたままで目を閉じる。 なんでかわかんねぇけど、すごくうれしそうに微笑んだままで…。 だから、俺も同じように目を閉じる。 すると、なんかすっげぇ…、カラダじゃなくてココロん中があったかいカンジがした。 「久保ちゃん…」 「ん?」 「久保ちゃんがチャイム鳴らしたら、俺がドアを開けてやる。だから、カギなくしたら待ってろよ…」 「うん」 「絶対だぞ」 「うん…、絶対ね」 自分は絶対なんて言わなかったのに、久保ちゃんに絶対って言わせて…。 それで満足してるなんてガキみてぇだけど、こうやって額くっつけて微笑んでられる今があるなら…、大丈夫…。 きっと…、俺らはずっと大丈夫…。 ・・・・・・・・・・そうだろ? 久保ちゃん。 言えなかった言葉は、胸の中にずっとあって時々苦しくなる。 でも、こうやっているとまた何かが胸の中で大きくなって形になって…、 言えなかった言葉をいつか言える日がくるような…、そんな気がして俺は閉じてた瞳を開けるとまだ目を閉じてる久保ちゃんに向かって…、 声じゃなく唇だけで、胸の中にある想いに一番似た言葉を口ずさんで…、 また…、眠るように目を閉じた。 |