朝、起きた瞬間から、胸ん中がムカムカしてる。
 目覚めた瞬間にムカムカしてんのって、すっげぇサイアク。
 そして、そのムカムカの原因はこのマンションで一緒に暮らしてる同居人…。
 だから、俺は起きた瞬間から不機嫌でおはよって言った同居人の久保ちゃんに返事をしてやらなかった。

 「じゃ、行ってくるから…」
 「ん〜」
 「たぶん、今日は遅くなるから晩メシは適当に食っといてくれる?」
 「へー…」
 「…って、せめて二文字で返事してくんない?」
 「せっかくっ、俺様が返事してやったのに二文字とかって贅沢言うなっ!返事してやってるだけ、ありがたいと思えっ」
 「あー…、返事してもらえてありがたいなぁ…」
 「とかって言ってても、全然ありがそうに見えねぇっつーのっ」
 「そう?」

 そんな会話を久保ちゃんとしながら、いつもの低位置のイスに座って朝メシのトーストをサクっとかじる。けど、そうしてると昨日の夜に久保ちゃんとはもう口利かねぇって決めたのに、すでに返事どころかしゃべっちまってるコトに気づいた。
 だから、ハッとして久保ちゃんの方を見ると、久保ちゃんが俺を見て笑ってるっっ。
 しかもっ、バカにしたように俺様の頭まで撫でやがったっ!!
 手を振り払おうとしたけど、そん時はすでに撫でてた手は離れてて…、
 ますますムカついた俺は、イスに座ったまま久保ちゃんの足を蹴ろうとしたけど、簡単にあっさりとかわされた…。
 くっそぉぉぉっ、すっげぇムカツク〜〜っっ!!!
 
 「じゃ、俺が帰るまでおとなしく待ってなね」

 とか言われてもっ、誰がてめぇなんか待ってやるかっっ!!
 俺はてめぇのペットでもっ、コイビトでもねぇっつーのっ!!!
 なーんてココロん中で叫んでると、マジで久保ちゃんはバイトに行っちまった。
 な、仲直りなんかする気ねぇけど、どーでもいいみたいなカオして行ってんじゃねぇよっ、くそぉっ!! なんかケンカしてんのに俺ばっか怒っててっ、俺ばっか叫んでてバカみてぇじゃんかっっ!!
 
 「勝手にどこにでも行きやがれっ!! そのかわりっ、もう帰ってくんなよっっ!!」

 そう怒鳴っても久保ちゃんはいないし…、なんかムナシイ…。
 勝手にどこにでもって言ったって、久保ちゃんはただバイトに行っただけ。
 そんなカンジで一人でムッとしたカオでこんがり焼けたトーストをかじってた俺は、最後に残った切れ端を口の中に放り込むとコーヒーをゴクゴクっと一気に飲んだ。
 ・・・・・・・がっ!!!
 飲んだ瞬間に一番大事なコトを忘れてる気がして、ふとコーヒーを飲んだ姿勢のまま止まる。そしてお湯を注いで三分間…、じゃなくってっ、待つこと三分…。
 俺はやっと自分が何を忘れてるかに気づいた。
 確かに昨日の夜、久保ちゃんとケンカみたいなカンジになって、もう口効かねぇって言ったけど…、ケンカの原因って何だったっけ…??

 「あれ…? なんでかわかんねぇけど、なんにも思い出せねぇっっ!!」

 思わずそう口に出して叫んでから、昨日あった事を色々と思い出してみる。けど、昨日の夜ってフツーにメシ食ってたし、フツーに二人でテレビ見たりしてたし…、べつにケンカするようなコトは何もなかった。
 も、もしかして…、記憶喪失第二段とか…。
 なーんて、他のコトはぜーんぶ覚えてるしそんなワケねぇよな…っ。
 
 「うーんでもケンカしてんのに…、これってマジでマズくねぇ??」

 なーんて、呟きながら床にゴロンと寝転がってみたけど、久保ちゃんが帰って来るまでに思い出しとかないとマズイのに、やっぱ…、なんで怒ってたのか思いだせねぇっ。でも、だったら忘れたままでいいじゃん…っとか思わないでもないけど、怒ってたのにいきなりフツーになんのもなーんかヘンだし…。

 「あぁっ、なんかメンドくせぇぇぇぇっ!!」

 そう叫んで頭をガシガシ掻いて床をゴロゴロ転がってっ、なんでケンカしてたんだぁぁぁっとか叫びながらゴロゴロ、グルグルしてたら背中にガツッと何かがぶつかった。
 な、何にぶつかったのかわかんねぇけど、なんかすっげぇイヤな予感がするっっ。
 ココロの中でそう呟きながら、おそるおそる寝転がったままで後ろを振り返ってみると、そこには見慣れたカンジの足があった…。
 
 「へぇ、ワケもわかんないのに、俺って朝っぱらからお前にムシられてたんだ…」
 「…ってっ!!!バイトに行ったんじゃなかったのかよっ!!」
 「サイフ忘れたから、取りに戻っただけ」
 「ふーん…」
 「で、この落とし前はどうつけてくれんのかなぁ? ねぇ、時任クン?」
 「お、落とし前って…っ。ワケわかんなくってもっ、ケンカの原因は久保ちゃんだろっ!!!なのに、なんで俺がっ!!!」
 「でも、そう言われてもケンカの原因に心当たりないし? お前とケンカしてた覚えもないし?」
 「へっ? マジで??」
 「うーん、もしかして何か夢でも見てて、それで寝ぼけてカンチガイしたとか?」
 
 「・・・・って、アレ???」

 そー言いわれれば…、そうだよな…。
 ケンカしてる理由も覚えてねぇし、寝ぼけてたって言われると…、
 うー・・・・、なんとなくそんな気もしてくる。
 でも、唸りながらケンカのコトを考えてる時、ふと…、手を頭じゃなくて首筋に置いた瞬間に何かが頭の中ではじけて忘れてるコトを思い出したっ!!!!
 
 「あぁぁぁぁっっ!!!」
 「あ?」
 「じゃなくてっっ、やっとワケを思い出したんだっつーのっ!!」
 「へぇ、そう」
 「き、昨日っ!! ベッドで寝てたらっ!!!!」
 「そしたら?」
 「く、久保ちゃんが…っっ」

 「なに? 夢の中の俺がどうかした?」

 ゆ、夢の中の久保ちゃん…って言われると、思い出したのに何も言えなくなるっ。
 くそぉっ、アレは夢なのかっ、それともホントだったのかっ!!
 寝ぼけてたのか、寝てたのかイマイチ良くわかんねぇぇぇっ!!!
 もしも夢だったら…、とか思うと絶対に言えないっっ。
 ・・・・・・久保ちゃんに唇とか首筋とかにキスされる夢見たなんてっっ。
 そんなの言えっかぁぁぁっ!!!!
 とか思ってたら、久保ちゃんが寝転がってる俺の横に屈み込む。
 そして、俺の顔をじーーーっと覗き込んで目だけで笑った。

 「時任クンのエッチ」
 「うわぁぁっ!!! ち、違うっ!!」
 「必死に否定してるトコが、思いっきりアヤシイんですけど?」
 「アヤシクないっっ、絶対にアヤシクねぇっつってんだろっ!!!」
 「ねぇ、俺にどんなコトされたのか素直に言ってごらん?」
 「だ、誰が言うかっ!!!」
 「…って、コトは何かされたんだ?」

 「とかって、揚げ足取んなぁぁぁっっ!!!!」
 
 や、ヤバイ…っっ!!!
 なんでかわかんねぇけどっ、久保ちゃんにバレてるっ!!!
 あ、あんな夢を見ちまってっっ、しかもバレちまうなんてっ!!
 俺様っ、一生の不覚っ!!!
 けど、俺があんな夢を見たのがバレて唸りながらジタバタしてると、久保ちゃんの手がゆっくりと伸びてきて…、俺の顔を無理やり自分の方へと向かせた。

 「ねぇ、時任」
 「な、なんだよっ?」
 「そんなに…、夢の中の俺にされてイヤだった?」
 「うっ、いや…、俺はべつに…っ」
 「けど、怒るくらいイヤだったんデショ?」
 「た、確かに怒ってたけど…、それはキスされたコトじゃなくて…っ」
 「うん?」

 「キスしたのに何も言ってくんなかったから…っ、だから…っ!」

 そこまで言っちまってから、ハッと気づいて口を閉じる。
 でも、すでに遅くて久保ちゃんにしっかり聞かれちまってた。
 どんな夢を見たのかも、なんで怒ってたのかも…。
 夢の中で久保ちゃんにキスされた俺は目が覚めてない、気づいてないフリしてたけど、ホントはそうしながらなんでキスしたのかって聞きたくてたまらなかった。なのに、久保ちゃんはキスしただけで何も言わずに寝ちまって、心臓がドキドキしたままの俺だけが眠れない夜の中に取り残されたみたいにポツンと残った…。
 こんなに俺だけがドキドキしてて、なのに久保ちゃんはヘーキなカンジで…っ。
 久保ちゃんにとってはキスしたのは気まぐれでイミなんかないんだって想ったら、こんなのすぐに忘れてやるっっ!!!ってドキドキがムカムカになった。
 けど…、忘れたはずの夢を思い出しちまったら、今度は忘れられなくなって…、
 なんか、いつも俺だけで、俺ばっかドキドキしててバカみてぇじゃん…って気分もココロも落ち込んでくる。でも、なんとなく久保ちゃんのカオを見てられなくて起き上がってリビングに行こうとしたら、久保ちゃんの唇が俺を引き止めた。

 「・・・・・好きだよ、キスしたくなるくらい。今じゃなくて、もっと前からだけど…」

 耳に聞こえてきた言葉と、夢と同じキスの感触…。
 でも、今度は夢なんかじゃなかった。
 いっぱいドキドキしすぎてて、俺も久保ちゃんも男だってコトも…、
 何もかもが頭から吹っ飛んで、久保ちゃんに好きだって言われた瞬間になんであんなにムカムカしたのかがわかってくる。キスされたコトじゃなくて、何も言ってくんなかったコトにムカムカしてたのは…、
 キスしたくなるくらい…、久保ちゃんが好きだったから…。
 同居人でペットでもコイビトでもなんでもないけど、俺は久保ちゃんが好きだった。

 「俺も…、好きだ…」

 心臓が破裂しそうなくらいドキドキしながら、やっとそれだけ言うと久保ちゃんが今まで見たことがないくらい優しそうにうれしそうに微笑む。そして、俺らの距離はどちらからともなく近づいて…、また自然に限りなくゼロに近くなった。
 これは夢みたいだけど、夢じゃない…。
 それを確かめるために久保ちゃんがしてるみたいに、カラダに手を回して抱きしめる。そしたら、唇からゆっくりと降りてきた久保ちゃんの唇に鎖骨の辺りをチュッと少しきつく吸われて、俺はくすぐったくて首を縮めた。
 
 「・・・・・・証拠隠滅」
 「ん? なんか言ったか?」
 「いんや、なんでも?」
 「ふーん」
 「・・・・・・けど」
 「けど?」


 「…ゴメンね?」


 久保ちゃんの言ったショウコなんとかのイミも、ゴメンねのイミもわかんなかったけど、キスを繰り返してるウチに、カラダが熱くなっていくたびに何もかもわからなくなって…、
 今日も眠れない夜だったけど…、今度は一人で取り残されたりはしなかった…。
 でも、朝起きて確認してみたら、やっぱ鎖骨の辺りに赤い痕がついてて、俺が真っ赤になった自分のカオとその痕を見ながら唸ってると…、
 
 その横で久保ちゃんが苦笑してたのが…、ちょっとだけ気になった。

                            『原因究明』 2005.10.7更新

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