吸ってたセッタを灰皿に近づけて軽く人差し指で叩くと・・・、ポトリと灰が落ちて…、そして、その灰は過ぎていった時間のように灰皿の中にまた降り積もる。でも、こんな風に灰を降り積もらせながら、ゆっくり過ぎるくらいゆっくりと過ぎていく時間を感じてる場所はリビングでも寝室でもなく、生暖かい風の吹くベランダだった。
 部屋の中へと続く窓を開けて中に入ればエアコンが効いてて涼しいのにって、時任が居たら言うだろうけど、今は誰も居ないから何も言われない。だからってそれがベランダにいるワケじゃないけど、この部屋で一人でいる時間があると、なんとなく窓枠に座ってセッタを吸ってるコトが多かった…。
 下から吹き上げてくる風に乗って聞こえてくる車のエンジンやクラクションの音、どこからか聞こえてくるコドモの泣き声…。そんなのを聞きながらわずかに汗ばんだ手のひらを軽くジーパンでこすると…、その拍子にまた少し長くなっていた灰がコンクリの上にポトリと落ちた。
 
 「あーあ…、落ちちゃった…」

 そんな風に言ってても、別に言ってるだけで何も思ってない。
 ちょっとくらい灰が落ちても部屋じゃないから問題ないし、もしかしたら掃除しなくても風がさらってくれるかもしれないから考えなくてもいい。別に今日はバイトもないし、こうしてるコトに問題があるはずもないから、何も思わなくても考えなくても良かった…。
 何も思わないで考えないでってのは、簡単に言うとぼーっとしてるってだけ。
 セッタ吸ってぼーっとしながら、わざわざ暑いベランダにいるコトにイミなんてないけど、温度が調節されたトコばかりいると感覚が…、何かがおかしくなっていく気がしてこんな風に暑い中で手に再び滲んできた汗を握る…。
 すると…、なぜかその感覚は牌や拳銃を握った時のカンジと似ていた。
 生きてる実感…、みたいなモノを掴もうとしてる時と…。
 でも、もしそれを掴んだとしても、掴もうとしてた理由もわからないし知らないから…、

 たぶん、何がどうなるワケでもなかったけど…。

 
 ミーン…、ミンミンミー・・・・・・


 コンクリに落ちた灰を踏みつけると、蝉の鳴き声が耳に響いてきて少し痛い…。
 どこにいるのかはわからないけど、ベランダの近くで蝉は鳴いていた。
 同じ調子で何度も何度も…、鳴くというよりも叫ぶような声で…。
 けど、その声はこんなに近くから聞こえてるのに、聞けば聞くほど遠くカンジられて…、俺は白い雲が浮かぶ夏の空を見上げた…。

 「夏だぁね・・・」
 
 そんな当たり前の事を、なんとなく言いながら口から灰色の煙を吐くと、それに合わせるように蝉が俺の耳の奥に短い泣き声を残して飛び去る…。
 すると、その後にはさっき蝉の鳴いてた分だけの静けさが残って…、
 俺の前には何かに取り残されたような静けさと沈黙…、そして夏の暑さと何かを握りしめそこねてる手のひらだけがあった…。
 
 
 ミーンミンミンミンミン…、ジー……

 
 また、蝉はどこか遠くで鳴き始め…、俺は手に持ってるセッタの煙を肺の中に吸い込む。 ベランダで夏の暑さをカンジながら、ただひたすらぼーっとしながら…。
 目の前を流れていく時を見送るように…。
 でも、ずっとこうしててもカンジられるはずの実感もあまりなくて、それでもベランダにいる自分に苦笑する。すると、いきなり上からひんやりしたモノが額に降ってきて…、何も気づいてなかった俺は少し驚いて冷たいモノが降ってきた方向を見上げた…。

 「このクソ暑い時にベランダでナニしてんだよっ! …ったくっ、せっかく涼しいと思って急いで帰ってきたのに、久保ちゃんのせいで部屋も外と変わんねぇくらい暑いじゃねぇかっ!」

 俺に向かってそう怒鳴ったのは、いつの間にか帰ってきてた時任で…、その手には俺の額に押し当てたアイスが握られてる。でも、らしくなく時任が帰って来てたコトにも気づいてなかった俺は、そんな時任の姿を何も言わずにぼーっと見てた。
 すると、今度は額じゃなくて手にアイスが落ちてきて…、汗ばんだ手のひらがひんやりと冷たくなる。そしたら、その冷たさをカンジた手がわずかに震えた。

 「ひんやりして冷たくて、死んでても生き返るくらい気持ちいいだろっ? 夏はやっぱアイスだよなっ」

 手に乗った冷たいアイスを眺めながら、俺が吸ってたセッタを灰皿に押し付けると時任がそう言って笑う。そして、俺の隣に座って自分用に買ってきたアイスを食べ始めた。
 カップに入ったバニラアイスをサクッ、サクッと音を立ててスプーンですくいながらウマそうに…。だから、俺もアイスを食べたくなって渡されたアイスを…、サクッ、サクッと同じように音を立てて食べるとセッタを吸ってるワケじゃないのに…、
 カラダの奥から…、ふーっと何かが抜けてくような息が出た。

 「なぁ、久保ちゃん」
 「ん〜?」
 「・・・・・ちゃんと生き返ったか?」
 「おかげ様で」
 「そっか…」
 「うん」
 「なら、いい」

 「うん・・・」

 そんな風に話して二人で汗をかきながら、サクッ、サクッと音を立ててアイスを食べて…、いつの間にか近くに聞こえるようになった蝉の鳴き声を聞きながら、さっき灰を踏みつけた辺りを見る。けど、そこには隣に座った時任の足があって、その痕跡を見つけるコトはできなかった…。

 ただ見えないだけで…、消えたワケじゃなかったけれど…。

 そうしてる間も吹いていく風は相変わらず生暖かくて、蝉は泣き続けて…、
 でも、俺は音を立ててアイスを食いながら、隣で同じようにアイスを食ってる時任とカオを見合わせて意味もなく二ッと笑う…。
 まるで、共犯者のように…。
 けれど、そんな風に笑ってても時任の笑顔の後ろに夏の青空が見える気がした俺は、アイスを食い終わってから部屋に入ってエアコンをつけると…、
 時任に向かっておいで…、と手招きする。
 
 そして、この部屋と夏の青い空を遮断するように窓を閉めた…。




 ・・・・・・・パタン。




                            『夏の日』 2005.8.4更新

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