・・・・・遠回りして帰ろう。 そんな風に話してたワケじゃないけど、少し遠出したバイトの帰り…、 歩いてるうちに遠回りになって少しずつ間隔を空けてアスファルトを照らす街灯と空の三日月だけが、時任と俺の足元を照らしてる。もう真夜中というより朝方に近いから、人通りもほとんどなくて足音も二人分しか聞こえて来なかった…。 でも、そんな誰もが眠ってそうな時間帯でも、昨日の夕方近くまで眠ってた時任は元気過ぎるほど元気で…、もうずいぶん遠回りになってるのに道が分かれるとまた遠回りの道の方を選ぶ。その歩き方は、帰るっていうより散歩とかそんな感覚で歩いてるカンジだった。 時任は来たことのない見知らぬ場所に入り込んでも、それでも立ち止まらずに楽しそうに歩いていく。その様子はどことなく夜の街を徘徊するネコにも似ていて、俺はどこに行くのかなんて何も聞かずに、ただ時任の後を追って歩き続けた。 まるで…、影踏みするように…。 すると何度も遠回りを続けている内に、時任は何かに気づいたように少し立ち止まってからいきなり走り出す。けど、俺は走り出さずにのんびりと歩きながらその様子を眺めていた…。 「久保ちゃんっ、早く来いよっ」 「あー、はいはい」 歩いてる俺の目の前を、時々振り返りながら時任が走る。 けど、走ってる先にあるのは当たり前に俺らの住んでるマンションじゃなくて、見知らぬ場所…。非常階段のついたちょっと古びたビル…。 なぜ、そこに向かって走ってるのかはわからないけど、それを見つけた瞬間に時任は走り出した。どこにでもあるような古いビルなのに、まるで新しい何かを見つけたみたいに楽しそうに…。 けど、俺は時任が何を見つけていても、どこへ向かって走っててもあまり興味はない。ただ楽しそうでうれしそうなのは良いコトだって、どこに向かってても想うのはソレくらいで…、いつも時任が走っていく後を着いて行くだけだった。 バイトの後で遠回りした帰り道…。 そうしてたどりついたビルの非常階段を登り始めた時任を見た俺は、次にきっちり屋上まで伸びてる非常階段を見上げる。すると、時任が上から俺に向かって手を振った。 「ホント…、元気だねぇ」 カンカンカン…と、時任が非常階段を上っていく音を聞きながら、俺も同じように錆びて茶色くなった鉄の階段を上って行く。すると、どこか遠くから犬の遠吠えが聞こえてきて、カンカンカンと響く音に混じった…。 犬の遠吠えは遠くから聞こえてくるせいか、どこか鳴き声っていうよりも泣き声に近く聞こえて…、 その音に吹いてくる風の音が混じると、なぜか空に浮かんでた三日月がさっきよりも少しキレイに見える。それはさっきよりも高い位置から見てるせいかもしれなかったけど、非常階段の手すりから下にいる俺を覗き込んできた時任の顔を見た時にも…、吹いてくる風と犬の遠吠えを聞きながら同じコトを想った…。 上へ上へと続いて…、やがては途切れる非常階を上りながら…。 カン…、カン、カン・・・・。 まるで線路に遮断機を下ろすような音響かせて…、辿り着いた先は行き止まり。 古いビルの屋上に辿り着いた時任は、今にも壊れそうな錆びついた手すりに手を置いて吹いてくる風を吸い込むように深呼吸する。そして、俺はそんな時任の横で遠吠えのしていた辺りに視線を向けた。 「ちょっちキツかったけど、上ってみてやっぱ正解っ！」 「…って、なんで正解？」 「だって風が吹いてて眺めもいいしっ、気持ちいいだろっ」 「うーん、もしかしてそれだけでビルの屋上に上ってきたワケ？」 「そーだけど・・・・・、なんか文句あんのかよ？」 「いんや、べつに…。このビルが実は七階建てなコトとか、もうすぐ夜じゃなくて朝がきちゃいそうなコトとか全然気にしてないし文句もないしね？」 「・・・・とか言いながらっ、しっかりちゃっかり文句言ってんじゃねぇかっっ！！！」 ホントに文句ないんだけど、わざとそう言うと時任がムスッとしたカオにになる。でも、すぐにポケットからセッタを取り出して口にくわえた俺の方をチラっと見て、ちょっとしょんぼりしたカオになってゴメンと呟いた…。 だから俺はセッタをくわえたままで、そんな時任の肩を優しく抱き寄せる。そして時任のためじゃなく、自分のエゴを満たすためだけにジョウダンだよと囁き返した。 「風が吹いてて眺めも良くて、しかもそこに二人でいるなら…、言うまでもなく気持ちよくて最高に決まってるデショ？」 そう言うと振り返りながらも前ばかりを向いて走ってた時任が…、俺の方を見て少し照れくさそうにうれしそうに笑う。でも、そんな時任の笑顔を見ながらも、二人で行き着いたまるで行き止まりのようなこの場所で…、 エゴに塗れながら、俺は苦笑することしかできなかった…。 空を流れてく雲が俺の中にあるエゴを欲望を隠すように、俺たちを照らしてる三日月を隠す。けれど、それでも何もかもを隠し切れなくて、俺はじっと街の灯りを見つめてる時任の瞳を抱きしめるように腕を伸ばして目隠しした。 「・・・・・・久保ちゃん？」 「ねぇ、何が見える？」 「…って、目隠しされてんだから、なんにも見えるワケねぇだろ」 「うん、そーだね」 「けど、声とか音とかは良く聞こえる…。犬の鳴き声とか風の音とか…、それから久保ちゃんの声とか…」 「なら、ずっとこうしてよっか？」 「なんで？」 「・・・・・・・さぁ？」 誤魔化すようにそう返事して、目隠していてた手をゆっくりとはずす。すると、また空の三日月や街の灯りが、ちゃんと見えるようになったはずだけど…、 良く見ると時任は目隠しを取ったのに目を閉じたままでいた。 まるで行き止まりのようなこの場所で…、眠るように目を閉じて上を見上げる。すると、吹いてきた強い風が何かをさらうように時任の髪を撫でた。 けれど、時任は風にさらわれることなく…、隣に立つ俺の横に…、 まるで行き止まりのようなこの場所に、灰色のコンクリートを踏みしめて立っていた。 「目を閉じてても開けてても、久保ちゃんの声が一番良く聞こえる…」 そう言った唇をさらうように軽くキスすると、時任が目を開けて俺を見る。だから、俺も同じように時任を見つめ返すと、時任は手を伸ばして俺のメガネを奪い取った。 そして、ぼやけて時任のカオさえ見えなくなった俺の手を、時任の手が風みたいにさらうように握りしめて…、ゆっくり歩き始める。けれど、ココに来る時と同じように時任がどこに向かって歩こうとしているのかわからなかった。 でも、手を引かれるままに俺が歩き出すと、手を握りしめてる時任の手の力が強くなる。ビルの中へと続くドアは閉ざされていて下へ降りる階段しか行き場がないはずなのに、時任はまるで風に逆らうように歩いていた…。 「あのさ・・・」 「なに？」 「見えないで歩いてて…、怖くねぇの？」 「怖くないよ」 「マジで？」 「目を閉じてても開けてても誰かサンの声が一番良く聞こえるし、もしこのまま落ちたとしても繋いだ手は離さないから・・・」 「・・・・・・・・」 「ゴメンね？」 「バーカ、あやまんなよ…。俺もたぶん…、オンナジだから…」 「うん…」 「だから・・・、いつか手を繋いだままで…」 時任がどんなカオして…、そう言ったのか見えないからわからなかったけど…、 ココが本当に行き止まりで後は落ちてくしかないのだとしても、風が吹いてて眺めも良くて…、しかもそこに二人でいるなら…、 言うまでもなく最高で…、他に望むものなんて何もないし…、 握りしめた手を離してまで立ち止まりたいとは想わない…。 だから、まるで手を繋いでいられる時間を、一分を一秒を引き伸ばすように惜しむように遠回りを続けて行き着いた行き止まりのようなこの場所で…、 俺はぼんやりと見える時任に向かって微笑みかけた。 「それでもいいよ・・・」 そう言ったけど、ホントは別の言葉が胸の奥で木霊してる…。 それでもいいと唇で答えながら、強く握りしめた手がそれがいいと答えてた。 ほんの少しの言葉の違いだけど…、そのイミはかなり違ってて…、 俺は手を引かれて歩いてたはずなのに、いつの間にか手を引いて歩き出す。 でも、そんな俺を引き止めるように暖かい手が頬にそっと触れてきて…、いきなりぼんやりしてた時任のカオがハッキリと見えるようになった。 「久保ちゃん…」 「ん？」 「やっぱダメだ…、そんなのいいはずない…」 「どうして？ 俺と一緒に落ちるのはイヤ？」 「そうじゃない…っ、そうじゃなくて…っ」 「だったら、なぜ？」 「いつかそんな日が来るのかもしれねぇけど…、それでもきっと明日は見えるから・・・」 「・・・・・・・うん」 「こんな風に手ぇ繋いでんなら一緒に落ちるんじゃなくて…、やっぱ走りてぇじゃん…、二人で」 時任の手でかけられたメガネのレンズの向こう側に…、わずかに赤く染まり始めた空が見える。行き止まりのようなこの場所でも明けていく朝が、やがてはやってくる明日が…、時任の笑顔と一緒に俺の目の前にあった…。 ゆるやかに柔らかく…、侵食するのではなく夜を包み込むように明けていく朝の色は優しくて…、その優しさがほんの少しだけ胸を痛くさせる。もしかしたら、いつか来るかもしれない行き止まりの場所に立つ日も…、 時任と手を繋いでいられたら、こんな風に優しく明けていく明日が見えるのかもしれなかった。行き止まりだとわかっていても、もうこの先なんてないと知っていても、足を前へと踏み出して走り出したくなる…、そんな明日が…、 だから、俺と時任はまだほんのり赤いだけの空を眺めながら小さくアクビをして…、お互いの眠そうなカオを見て笑うと…、 行き止まりみたいなこの場所に背を向けるように、灰色のコンクリートの上で錆びて壊れかけた手すりに背を向けると下へと続く非常階段に向かって歩き出した。 「あー・・・、マジで眠い」 「そうねぇ…。けど、後先考えずに歩いてた誰かサンのおかげで、ベッドまでの道のりは、結構遠いんですけど？」 「…って、ジョウダンじゃなくて？」 「うん」 「マジで？」 「なーんてしつこく聞いてくるってコトは、もしかしてホントにココがどこらヘンかもわかってないとか？」 「・・・・・・よ、四つ目の角を曲がったトコまではわかってたんだけどな。まぁ、帰れねぇ場所じゃねぇんだし細かいコトは気にすんなよっ。なーんて…っ、あはははは・・・」 「四つ目って…、お前ねぇ」 そう言いながら四段目の非常階段の踊り場で時任も俺も力尽きて座り込んで・・・、優しく穏やかに明けていく朝日の中で…、階段にもたれかかって眠り込む…。そこは毛布もベッドもなかったけれど…、すぐ近くにあるカラダを抱きしめて眠ると…、 夜が朝に包まれていくのに似たカンジがして…、すごく気持ちが良かった。 |