手に握ってるガラスのコップ…、風でガタガタ鳴る窓…。
 部屋の中にあるものすべて、そして建物自体もいつか壊れてなくなる。
 そういうのにはイキモノみたいに心臓ないから、死ぬとか生きるとかじゃなくて…、力を加えると音を立てて壊れて、風や雨に腐食されて崩れていくだけのコト。
 だから、崩れて壊れてしまうと、ただそこに残骸が残るだけなんだろうけど…。物が音を立てて崩れて壊れていく様は動きがあるせいか、なぜかイキモノに…、なんとなくヒトにも似てる気がした。

 「あのビル、壊されちまうんだな…」
 
 そう言った時任と眺めてたのは、少し俺らが住んでるマンションと似た感じのビル。けど、かなり古くて壁もヒビが入ったり朽ち落ちたりしていた。
 たぶん壊してるのは土地を売りに出すか、新しく何かを建てる予定だからだと思うけど、時任はなぜかそのビルの見える場所に立ち止まったまま動かない。だから、俺も大きなクレーン車にビルが壊されていくのを見てた。
 二人で少し砂埃の混じった風に髪を撫でられながら、大きな音を立ててビルが崩されて壊されていく様を…、
 すると、そのビルが俺らのマンションに似てるせいか、時任の横顔が少しさみしそうになる。だから、そっと手を伸ばして軽く肩を抱きしめると、時任はちょっとだけ俺に体重を預けるように身を寄せてポケットに入れてたカギを取り出した。

 「いつかさ…、俺らのマンションもあんな風になんのかな?」
 「うん、たぶんね。カタチあるものは、すべて例外なく崩れて壊れてくものだし?」
 「あんな風に壊されて跡形もなく?」
 「跡形もなく、時には残骸すら残らないくらいに…」
 「そっか…」
 「うん」

 それはまだまだ先の話で、もしかしたら俺らがあんな風に壊れてくのを眺めるコトはないのかもしれない。けれど、目の前で崩されて壊されてくビルを見てると、なんとなく時間を飛び越えて見えないはずの明日を…、
 それよりももっと先を見てる気分だった…。

 何もかもが壊れされて崩されて…、跡形もなく消えていく瞬間を…。

 ホコリの白く降り積もった床…、崩れかけた壁に貼ってある古いカレンダー。冷蔵庫の中の飲みかけのポカリ…、錆び付いてスプリングの飛び出したペッド。
 壊れた窓ガラス…、破れたカーテン…。
 そして風に吹かれて舞い込んでくる…、ベランダに住み着いたハトの羽…。ただ、壊れて崩れ去っていくだけの世界…。次第にカタチを失っていくビルのまるで悲鳴のような音を聞いているとそんな光景が…、世界が見えた…。

 「どんなに願っても祈っても消えないモノなんて…、ないのにね…」

 そこは荒廃していて殺伐としていて、わずかに残った痕跡すらもやがて消えていく。
 それは当たり前のコトだけど、壊れていく世界を見つめてると消えない何かが欲しくなって、そう言いながら時任の肩をもっと強く…、何かを確かめるように強く抱きしめた。
 でも…、それでも壊れていくモノの悲鳴が胸の奥に響いてきて止まらない。だから、見たくない現実から目をそむけるようにビルに背を向けようとすると、時任が手に持ってたカギでビルにガチャッとカギをかける仕草をした・・・。
 
 「この世に消えないモノとか、壊れないモノなんてないのかもしんねぇけど、たぶん何も残らないってコトはねぇよ。たとえばカタチの無いモノの中にとか・・・、なにかがどこかに必ず…」
 「カタチの無いモノ?」
 「俺とか久保ちゃんとか誰かの…、ココロん中・・・」
 「・・・・・・・・」
 「手に掴めなくてカタチなんてねぇけど、ちゃんと目に見えなくっても存在してる。そういうのって、たぶん消えねぇよ…、崩されて壊されて塵になっても…」
 「どうして?」
 「どうしてって…、そんなの俺が知るかよ。でも…、ただ壊したくない消したくない大事なモンがいっぱいあっから、俺は崩れて壊れて塵になったって何も消さないし亡くさない…」
 「・・・・・・・・うん」
 
 「ただ、それだけだっつーのっっ!」

 まるで何かを亡くさないように…、仕舞い込むようにカギをかけたビルに向かってそう叫ぶと、時任は空を見上げながら大きく伸びをする。すると、まだ来るか来ないかもわからない明日や、もっと先を見てた俺の目に時任といる今が映った…。
 いつか…、明日が来なくなっても俺だった何かが残る…。
 だとしたら、塵でも残骸でもいいから…、時任の中にいたかった。
 手を伸ばして触れ合った指の感触だけでもいいから、時任の中に残りたかった…。
 ココロもカラダも…、何もかも混じり合うように混ざり合うように…、

 この世に別々に生まれてきたのに…、まるで一つみたいに…。
 
 ウチに帰るために走り出そうとした時任を後ろから引き止めるように抱きしめると、完全にビルが崩れ落ちた大きな悲鳴が辺りに響いて…、
 俺はその悲鳴を聞きながら、時任に深く激しくキスした。
 もしも…、このカラダが塵になったら、今度は二つじゃなくて一つになれるように…。けど、そう言ったら時任はキスをやめて俺の頭をバシッと叩いて…、それから今度はめずらしく真っ赤な顔して自分からキスしてきた。

 「俺らが二つじゃなくて一つだったら、抱きしめられねぇしキスとかできねぇじゃんっっ、バーカッ」

 好きなヒトと一つでいられたら…、どんな時も何があっても離れる心配なんてしなくていいし、明日が壊れてく予感に怯えなくてもいい…。けど、一人じゃなくて二人だからこんな風に抱きしめ合える…。
 だから二人でいるコトを感じながら、一つじゃなくて二つあるカタチのないものを抱きしめるように…、ぎゅっと抱きしめ合おう。
 大切な何かを残すだけじゃなくて…、この胸に残して…。

 二人で大きなパズルを作るように…。

                            『カタチ』 2005.5.19更新

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