なにを考えてるのか、なにを想ってるのか…、
 そういうのはべつに伝えなきゃならないってワケじゃないし、そういう義務なんてなにもない。伝えなくてもなんの支障もないし、伝えなくても少しも困らない。
 誰にもなにも伝わらなくても伝えなくても、生きてくのに不自由しない。
 だから、誰かになにかを伝えようとしたコトなんて今までなかったし、考えたコトもなかったから…、伝える方法なんてのも知らなかった。

 ・・・・必要がないから。
 
 それなりに愛想良く笑ってれば知りたがるヒトもいないし、逆に伝えない方が面倒がないし楽に生きて行ける。けど…、一人暮らしが二人暮らしになって二人でいるコトが当たり前になってから、なんとなく伝えるってコトを意識し始めてた。
 でも、そんな風に意識してても、何を伝えたいのかはわからない…。
 どうして伝えたいのかもわからない…。
 ホントは、いつも何もかもわからないコトだからけで…、
 ただ…、どうしようもなく腕を伸ばして目の前のカラダを抱きしめたくなる…。
 そんな感情だけが胸の奥にあった…。

 「久保ちゃん…、重いっ」

 時任がそう言ったのを聞きながら、後ろから抱き付いたままで肩越しにベランダから外を眺める。すると、目の前には久しぶりに見た青空が広がってた…。
 最近、曇りの日が多かったけど、今日の天気は天気予報のオジサンが言った通りに晴れてる。だから、寒がりの時任が窓開けて外なんて眺めちゃってるワケだけど、やっぱり晴れてても空気は冬らしく寒かった。
 少し強い風が吹くと、抱きしめてる時任のカラダがブルっと震える。それをカンジた俺は、それを止めるように腰の辺りに伸ばしてた腕を首に巻きつけた。
 
 「少し重いけど、マフラー代わりでちょうどいいっしょ?」
 「少しじゃなくてかなり重いっつーのっ」
 「ふーん…」
 「なっ、なんだよ?」
 「もしかして俺ってジャマ? なら、腕放すけど?」
 「べ、べつにジャマとかそういうんじゃなくて…っ」
 「じゃ、このままでもいい?」
 「・・・・からっ」
 「なに? 良く聞こえないけど?」

 「寒いから・・・っ、ベランダにいる間だけなっっ」

 抱きしめるだけ抱きしめて…、いつも何も伝えない…。
 でも、抱きしめた時に少し緊張してたカラダから、ゆっくりと力が抜けてくのをカンジて自己満足してる。寒いせいじゃなくて少し赤くなった時任の耳を見ながら、自分のの卑怯でズルイやり方に自嘲した…。
 なにも伝えてないクセに伝え方も知らないクセに抱きしめて確認して…、いつも抱きしめた腕を離しながら指先で髪に触れて答えばかりを聞きたがる。どんな答えが欲しいかもわからないのに…、無意識に何かを願ってる…。
 何も伝えないのはそうする必要がないからだって…、いつもはそれだけだったはずなのに、時任を抱きしめてる時だけはなぜか違ってた。
 だから、そんな感情が俺の腕をいつも重く…、
 そして、時任を苦しくさせているのかもしれない…。
 伸ばした俺の腕は重く重く…、今も時任を強く苦しく抱きしめてた…。
 
 「・・・・・重いと想いは、もしかしたら似てるのかもね」
 
 聞こえない声でそう呟いて、重い腕をゆっくりと時任から離す。けれど、抱きしめてた感触がぬくもりが腕に残っていて、その名残りを惜しむように指先が手触りの良いサラサラの黒い髪を撫でた…。
 そしてそんな自分の指を見て苦笑しながら、リビングに戻るために時任に背を向ける。すると、いきなり何かが後ろから飛びついてきて背中が重くなった…。
 その何かは振り返って見るまでもなく、同じベランダに立ってる時任で…、
 背負ったままの状態で俺が動かないでいると、時任はリビングへと続く窓を開ける。それから、俺がさっきしてたみたいに後ろからぎゅっと首に抱きついてきた。

 「重いよ…、時任」
 「ざまあみろっ、さっきの仕返しだっっ」
 「仕返し、ねぇ?」
 「マジで寒くなってきたし、窓開けたから早くリビングに戻ろうぜ」
 「…って、このままで?」
 「このままで出発進行っ!」
 「お前ねぇ…」
 
 「久保ちゃん発進っ!!」

 背中で楽しそうにそう言った時任に乗り物あつかいにされながら、俺は背負ったままでベランダからリビングに戻る。すると、リビングの暖かい空気が時任と俺を包み込んできた…。
 けど、なんとなくもう少しだけ時任を背負ったままでいたい気がして、俺は立ち止まらずに、リビングを通り過ぎて廊下へと続くドアを開ける。どんな答えが欲しいのか、どんな答えが待っているのか、今もまだわからなかったけど…、
 背中に背負ってる時任の重さが暖かさが、誰にも渡せないほど…、
 エゴに塗れてそんな自分を自嘲しながらも、ずっと抱きしめていたいほど…、
 何よりも大切で…、背負った時任の重さが俺の世界の重さだった…。

 「ちょっと待てっ、マジでストーップっ!!」
 「本船は目的地に到着するまで止らないんで、そこんトコよろしく〜」
 「目的地はリビングだろっ! なんで寝室に行こうとしてんだよっ!!」
 「なんでって、ソコがホントの目的地だから?」
 「…って、寝室になにしに行くんだよっ!!」
 「まあまあ、着いたらすぐにわかるから、大船に乗ったつもりで一緒に、ね?」
 「ううう…っっ、なんかマジでこのまま遭難しそう」
 「ま、それでも一緒ならいんでない? ここまで来たら一蓮托生でしょ?」
 「・・・・・・・」
 「ん?」


 「うん…、一緒ならそれもいいかもな…」
 
 
 なにを考えてるのか、なにを想ってるのか…、
 そういうのはべつに伝えなきゃならないってワケじゃないし、そういう義務なんてなにもない。伝えなくてもなんの支障もないし、伝えなくても少しも困らない。
 誰にもなにも伝わらなくても伝えなくても、生きてくのに不自由しない。
 でも…、誰かと一緒にいたいと想うなら、ずっと一緒にいたいと想うなら…、
 たとえ、言葉にならない想いでも伝えなきゃ一緒にはいられない…。
 離れないように手を伸ばし合って、ぎゅっとお互いの手を握りしめる時のように伝えなかったら…、伝え合わなかったら心も想いも何も繋がらない…。
 だからたとえ言葉にならなくても、この想いを君に伝えよう…。
 ずっと一緒にいられるように、ずっと手を離さないでいられるように…
 
 背中に背負った君の重さを…、君の想いを感じながら…。
 
                            『伝心』 2005.1.19更新

                        短編TOP