朝起きて枕元に手を伸ばしたけど、そこにあるはずのモノがなくて、俺の手は空を切った。
 「…確かに置いたはずだけどなぁ」
 なくなったのは俺の眼鏡。
 コレがないと生活できないってくらい必需品。
 俺って、そーとー目が悪いからさ。
 にしても、どこいったんだろうねぇ、全然、記憶ないんだけど。
 …まあいっか。
 一応、予備あるからそれかけてれば・・・・・・・・。

 あれ、予備もなくなってる。

 う〜ん、これはどういうことだろうねぇ。
 とりあえず部屋の中ならなんとかなるし、出かけるまでに見つけりゃいっか…。




 俺は久保ちゃんが部屋から出てくのを待って目を開けた。
 実はずっと前から起きてたんだよな、珍しく。
 けど、久保ちゃんが何捜してるか知ってたから寝たふりしてた。
 なくなったのは久保ちゃんの眼鏡。
 いつも使ってるのも、予備もない。
 そりゃそうだよなぁ、俺が隠したんだもんな。
 「…怒るかな、久保ちゃん」
 ホントは隠したこと、ちょっと後悔してる。
 眼鏡なかったら、久保ちゃんがすっごく困るって知ってっから。
 
 「何やってんだろ、俺」

 どうかしてるって自分でも思う。
 でもさ、でも…、最近、久保ちゃんは一人で出かけてばっかいて、あんま一緒にいてくんない。
 だから、出かけらんないように眼鏡隠した。
 コドモじみてるって、そんなの言われなくってもわかってっけどさ。
 はぁぁぁ…、マジで嫌になる。
 なんか、憂鬱…。




 いつもより早く時任が起きてきたけど、…元気ないなぁ。
 もし、時任に猫の耳がついてたら、たぶんその耳はしょぼんってしちゃってるカンジ。
 う〜ん、時任が元気ないと、俺も調子悪い気がする。
 なんかちょっと意外。
 俺ってこんなに弱かったけ?
 時任がしょんぼりしてるだけで、結構きちゃってる。
 ねぇ、時任。

 俺のコトこんなにしちゃった責任取ってほしいんだけど?

 「時任、俺の眼鏡知らない?」
 ホントはどうしてなくなったのか知ってるけど、そう時任に聞いてみる。
 すると、時任はふいっと目をそらした。
 「…知らねぇよ」
 「そう? ホントに?」
 「知らねぇって言ったら、知らねぇってのっ」
 ホントに知らないなら、どうして目をそらすの?
 憂鬱そうな顔して…。




 久保ちゃんが眼鏡のコトを俺に聞く。
 当然だよな、ここには俺と久保ちゃんしかいねぇんだし。
 けど、俺は知らないって答えちまってた。
 今なら冗談で済むのに…。
 行かないで部屋にいろって言えばいいだけなんだよな、ホントはさ。
 でも…、簡単だけど言えねぇよ。
 生活費稼ぐためのバイトに行ってんだって知ってるから。
 一緒に暮らしてるのに、それだけじゃ足んない。
 もっともっと一緒にいたいって思うなんて、俺ってかなり重症じゃんか。
 久保ちゃんナシじゃどうにもなんないなんてさ。
 どうしてくれんだよ、久保ちゃん。
 
 俺のコト、こんなにした責任とりやがれ。

 そんなふうに思いながら鬱々した気持ち抱えてると、久保ちゃんがゆっくり歩いて来て俺の前に立った。眼鏡かけてないから、目を凝らすみたいにじっと俺の顔見てる。
 あんまじっと見られると落ち着かない気分。
 ばればれのウソも、俺のキモチも見抜かれたカンジして…。
 後ろめたい気分で俯いてると、久保ちゃんが腕を伸ばしてきて俺の身体を抱きしめた。
 俺がおとなしく抱かれながら匂ってくるセッタの匂いかいでると、久保ちゃんが優しい声で、

 「一緒に眼鏡探してくれる? 今日はどこにも行かないから」

と、言った。

 ・・・・・・好きすぎてごめんな、久保ちゃん。
 



 俯いてる時任見てたら、最近、ずっと出かけてばかりいたことに気づいた。
 …俺って勝手だよね。
 時任をここに閉じ込めてるくせに、そんなことにも気づかないなんてさ。
 ホントなら、時任はこんなトコで俺のこと待ってる必要なんてない。
 なのに、そうしなきゃなんないみたいに俺が思い込ませてる。
 俺がそういうコトするヤツなんだって知ってる? 時任。
 らしくなく、ちよっと罪悪感なんてカンジながら時任を抱きしめると、

 「どこにも行かないなら、今日は眼鏡かけんなよ」

と、時任が言った。

 ・・・・・・愛しすぎててごめんね、時任。


 眼鏡が見つかったのはその日の夕方。
 夕日が沈みかける頃だった。

                            『憂鬱』 2002.4.14更新

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