冬になると寒くなって、吐いてる息も白くなって…、 それから…、もっと寒くなると空から白い雪が降る…。 そうすると、いつも部屋ん中では暖房つけてっから空気が乾燥してきて…、なんか目まで乾いてカサカサしてくる。だから、暖房の良く効いたリビングでゲームしてると、なんか目が乾いた感じがして手を伸ばして目蓋を軽くこすった。 冬になるとそーいうカンジがするコトが多くて、目には誰にでも涙腺ってヤツがあんのに俺の目は痛いくらい乾いてる。たぶんアクビとかすれば少しはマシになんのかもしんねぇけど、こういう時に限って眠くなくてアクビも出なかった。 「ウチのエアコン加湿ついてねぇし、マジで乾燥しすぎ…っ」 ホントはちょっち窓開けて空気の入れ替えとかすりゃいいってのはわかってっけど、やっぱせっかくぬくもってるし…、寒いから開けたくねぇし…、 だから、ぼそぼそヒトリゴト言いながら目をゴシゴシこすってた。 すると、急に目をこすってた手をぐいっと後ろに引っぱられて、ビックリして振り返って後ろにあるソファーの方を見る。そしたら、いつの間にか後ろにいた久保ちゃんが、引っ張った俺の手のひらの上にポンッと目薬を置いた。 「こすってる仕草はネコみたいでいいんだけど、あんまりこすりすぎると目が赤くなるよ?」 「サンキュー…って、ネコだけ余分だっつーのっ!」 「そう? 似てて面白かったんだけどなぁ」 「ヒマしてるからってヒトを娯楽にすんなっ」 「なんか、喉を撫でたら鳴きそう…」 「とか言ってっ、マジで喉を撫でんじゃねぇっ!」 「ニャーとか言ってくんないの?」 「ネコの鳴き声聞きたかったら、そこで自分で鳴けっ!」 「じゃ、ニャー…」 「…って、マジで鳴くなっつーのっっ!!!」 ぜんっぜんネコらしくない口調で鳴きマネした久保ちゃんにそう言うと、渡された目薬のフタを開けて差すために上を向く。そしたら、天井についてる蛍光灯が眩しかった。 でも目を閉じてると目薬が入らねぇし、仕方なくまぶしいのをガマンして目を開ける。そして目薬を上に構えて軽く指で押すと、中に入ってた液体がポタリと下に落ちた。 けど…、液体が下に落ちても俺の目は乾いたまま…。 それは落ちた液体が俺の目じゃなくて、頬に落ちたせいだった。 「くそっっ、なんで目に落ちねぇんだよ…っ」 そんな風に上を向いたままでブツブツ言って、また液体を上からポタリと落とす。すると、今度は落ちる瞬間にちょっち目を閉じちまったせいで液体が入らなかった。 だから、次は目薬を持ってない方の手で閉じないように目蓋を開けたけど、それでも液体はまつ毛をかすめただけ…。それにムッとしてまた目薬を落とすと、液体は目じゃなくて頬を伝って下へと落ちたっ。 チクショーっっ、なんでウマく入らねぇんだよっ!! とかココロの中で叫びながら、もっかいチャレンジしようとすると後ろで久保ちゃんが小声で笑ってんのが聞こえてきて…、 俺はムカムカっとして目薬を差すのをやめて振り返った。 「なに、さっきから笑ってんだよっ!!」 「べつに笑ってないよ」 「ウソつくなっ!!」 「いや、大変そーだなぁって…」 「さ、さっきのは、ちょっち手元が狂っただけじゃんっ」 「ねぇ、手伝ってあげよっか?」 「自分でやるっ!」 「けど、一人じゃできないっしょ?」 「コレっくらい一人でできるっ!!」 「ホントに?」 「ホントっ!!!」 「ふーん…、そう…」 「な、なんだよっ?」 「べつに」 「なら、気ぃ散るからこっち見んなよっ!ぜっったいだかんなっ!」 「はいはい」 湿度の低い暖房の効いたリビング…。 そこでゲームしてた時任に渡した目薬は、実はオトナ用じゃなくてコドモ用…。 最近、目をこすってるコトが多かったから買ってきてたんだけど、ソレに気づいたら文句言うだろうなぁとか思いながら、見ないって返事したのに時任をじーっと眺める。でも、やっぱり何度しても上手く目薬を差せないみたいで、何度もチャレンジしながら唸ってた。 自分では気づいてないみたいなんだけど、液体が目に落ちる瞬間に時任は反射的に目を閉じてる。そんなコトを考えてる今も上から落ちた目薬は時任の目じゃなくて、それよりも下の方にポツリと落ちた…。 「・・・・涙みたいだぁね」 落ちた涙と同じように、ポツリとそう言うと時任が上を見上げたままの姿勢で後ろにいる俺の方を見る。すると、落ちた目薬がホンモノの涙みたいに頬を伝って流れた。 目が合った瞬間、なぜかやけに時任が真剣なカオしてたから…、 ホントに泣いてるみたいに見えて、思わず目薬が流れた跡に手を伸ばす。 そしたら、時任は俺の方を見て不思議そうなカオをした。 「なに?」 「いんや、なんでも…」 「じゃあ、見るなっつったのになんで見てんだよっ!」 「たぶん、見たかったからじゃない?」 「答えになってねぇっつーのっ」 「そう?」 そんな風に話している間にニセモノの涙が流れた跡はすぐに消えて…、上から見下ろしてる時任のカオはもう泣いてるようには見えない。でも、ニセモノの涙の濡れた感触がまだ指先に残ってて、なぜか指先だけじゃなくて胸の奥まで湿らせる…。 その湿った感触は少しだけ痛みにも似てて…、俺はその痛みを感じながら頬に触れてた手をゆっくりと下に下ろした…。 「・・・・・・久保ちゃん?」 頬に触れてた手から何かを感じ取ったのか、時任がじーっと俺のカオを覗き込んでくる。けど、俺は何も答えずに真っ直ぐに見つめてくる瞳に向かって微笑み返した。 すると、時任の綺麗な黒い瞳に、何かを誤魔化そうとするみたいに微笑んでる俺の顔が映る。でも、すぐに水面に波を立てるように時任に向かって…、水面に波を立てるように降ろした腕を伸ばした…。 すると、時任が叫び声をあげて身をよじって床に転がる。 だから、俺は手の届く場所へ移動するためにソファーを乗り越えた。 「・・・・・っ!!!ぎゃははははっっ!!!」 ぎゃあぁぁぁっ!!! な、なにしやがるっ!!!! 実際は笑い声になっちまってるけど、ココロの中ではそう叫んでた。 さっきまで二人でマジ顔で見つめ合ってたはずなのに、今はまともに久保ちゃんの顔を見ることもできない。それは目が乾燥しすぎて痛くて開けらんなくなったとかそんなのじゃなくて、久保ちゃんの腕が肩や背中とかじゃなくて、なぜか俺のわき腹やわきの下に伸びてたせいだったっ!!! 「や、やめ…っ、くすぐった…っ!!!」 「うーん、なんか嫌がってんのをヤるのも…、たまにはいいかも?」 「いっ、いい…っっ 、ワケねぇだろっっっ!!!!!」 「ココとかどう?」 「うぁ…っ、あっ…っ!!!」 「あ…、もしかして性感帯に当たっちゃった?」 「せ、せ、セイカンタイとかヘンなコト言うなっ!! 耳元で囁くなぁぁぁっ!!!」 「なんかクセになりそう…」 「ふ、ふざけんなよっ!!!」 「と言われても、ふざけてるんじゃなくてマジでくすぐってるんだけどねぇ?」 「…ってっ、余計に悪いわっっっ!!!」 俺の身体を押さえ込んで、まだくすぐる気でいる久保ちゃんを足で蹴飛ばしてソファーの後ろに素早く移動して避難する。けど、逃げれば逃げるほど久保ちゃんが追いかけてきて、俺は身の危険をカンジながら逃げ回った。 捕まってくすぐられては逃げ、くすぐられて逃げては捕まえられて…、そうしてるとだんだんと持久戦で体力勝負になってくる。俺は久保ちゃんに体力で勝つ自信はあったけど、体力が尽きる前にドジ踏んで床ですべってこけた拍子に右足が捕まえられた…。 だから、なんとか久保ちゃんの魔の手から脱出しようとジタバタしてみる。でも、不気味に笑った久保ちゃんは、こけたままの姿勢で床に転がってる俺をずるずると自分の方へと引っ張った。 「これから、オニイサンといいコトしない?」 俺の身体を完全に床に押さえ込んで顔を覗き込みながら、そう言った久保ちゃんはオニイサンじゃなくてエロ親父っっ。けど、どんなにジタバタしてもエロ親父の魔の手から逃げられなかった…。 俺は覚悟を決めて久保ちゃんのくすぐり攻撃に耐るために、歯をくいしばってぎゅっと目を閉じる。でも…、なぜか久保ちゃんの手はさっきまでくすぐってたわき腹とかじゃなくて…、ゆっくりと優しく撫でるように頬に触れてきた…。 だから不思議に思って、ぎゅっと閉じてた目を開いてみる。すると、久保ちゃんは撫でるように触れてる手みたいに優しく微笑みながら…、 ・・・・笑いすぎて俺の目じりに溜まった涙を拭った。 「コレくらい涙出てたら、もう目薬はいらないやね…」 そう久保ちゃんに言われて…、目が痛くなくなってるコトに初めて気づいて…、 床に押し倒されたままの姿勢で、いつの間にか床に落ちてた目薬を眺める。そしたら身体の上から重さかがなくなって、その代わりに目蓋の上に濡れた感触が降ってきた。 でも、さっきみたいに逃げたくはならない…。だから、起き上がって目の前にいる久保ちゃんの頬に軽く唇を押し付けて仕返しした。 「この…、エロ親父…っ」 なんとなく照れ臭くて…、それを誤魔化すみたいにそう言う。 すると、久保ちゃんのあたたかい腕が伸びてきて俺をぎゅっと抱きしめてきた…。 優しく優しく…、まるで壊れやすい何かを毛布でくるむように…、 だから、同じように腕を伸ばして久保ちゃんをぎゅっと抱きしめたら、べつに苦しくも哀しくもないのに…、そんなコトなんてなにもないのに…、 なぜか…、瞳から涙がこぼれ落ちそうになった…。 |