パリ・・・・、モグモグモグ・・・・
 
 ポテチを食いながら俺が座ってんのは、冬用に敷いたホットカーペットの上で…、
 後ろに寄りかかってんのは、あんま座ったりしないソファー。
 そして目の前にあるのはテレビで…、そこに流れてるのはニュース…。
 伸ばした手で横に置いてる袋の中をさぐって、またそこからポテチを食べる。けど、そうしてるのは俺だけじゃなくて、さっきから久保ちゃんもテレビ見ながらポテチを食ってた。
 二人で同じテレビ見て、同じ袋からポテチ食って…、
 なにをするワケでもなく、こんなカンジでずっとボーッとしてる。ニュースを見ながらポツリポツリと話はしてたけど、今はそれもなくなって部屋にはテレビの音しかしてなかった。
 
 『今日の午前三時ごろ…、港区の路上で・・・・・・』

 昨日もニュースしてたけど、今日もまた新しいニュースが流れて…、たぶん明日もまた新しいニュースが流れる。でも、それだけ色んなコトが起こってても、俺と久保ちゃんのいる部屋は袋の中のポテチがなくなってくだけで何も変わってなかった。
 次のニュースでマンションに少し近い場所に赤いランプをつけたパトカーがたくさん止まってる映像を見ると、なんとなく見えるはずもないのに気になって…、閉じられた窓の向こうにある景色をチラッと見る。そして、そうしながら手に持ってたポテチを口に入れて、またその手を袋の中に入れたけど…、
 窓を気にしてたせいで、手が袋の端に当たってガサガサっとうるさく鳴った。

 『・・・・・・発見された変死体は身元不明で、二十歳前後の…』

 俺の手が当たって少し形の変わった袋は、開けてた部分が狭くてポテチを取ろうとするとガサガサとまた大きな音がして…、そのたびにニュースの音が途切れる。ても、ガサガサと音がするのが耳障りだったけど、俺は窓の向こうの景色を見つめたままで袋をの方を見たりはしなかった…。
 そんな風に景色を見つめてると、テレビのスピーカーから聞こえ始めて…、
 そのサイレンを聞いてるとニュースだってわかってんのに、窓の外から聞こえてきてるカンジがする。俺と久保ちゃんのいる部屋がなんにも変わってなくても…、なぜかそのサイレンがこっち近づいてきてる気がして…、
 さっきまで普通だった心臓の鼓動が大きくドクンと鳴った。
 
 まるで…、なにかを予感してるみたいに…。
 
 けど、その瞬間に袋に入れてた手にポテチじゃない何かが触れて…、それよりももっと大きく鼓動が鳴る。それは袋にはポテチしか入っていないはずだったのに、いつの間にか俺と同じようにポテチを食べてた久保ちゃんの手が入ってたせいだった…。
 同じ袋の中に俺と久保ちゃんの手があって…、でも久保ちゃんはポテチじゃなくて俺の手を握りしめる。
 指をからめるようにしてゆっくりと…、強く…。
 だから、俺の手は袋の中に入れてんのにポテチをつかめなかった。

 「・・・・久保ちゃん」
 「ん〜?」
 「手ぇ離せ」
 「なんで?」
 「なんでって、このままだとポテチ食えねぇだろっ」
 「でも、つかめそうなのはあと一枚だけだけど?」
 「だったら、その一枚食うから離せっ」
 「ふーん、そんなに食いたいの?」

 「食いたいっっ」

 久保ちゃんにはそう言ったけど、ホントはそんなにポテチを食いたかったワケじゃない。でも、ぎゅっと手を握りしめられてるとなぜか目の奥が…、熱くて痛くなって…、
 胸の中からなにかがあふれてくる気がするから、早く手を離したかった…。
 けど、久保ちゃんは手を離さないまま袋から出して、反対側の手を袋の中に突っ込む。そして、その手で一枚だけ残ってたポテチをつかむといきなり俺の口元に持ってきた。
 だから、俺が思わず反射的にポテチをくわえると久保ちゃんがそれを見て小さく笑う。その瞬間にムッとしてやられたっって思ったけど…、俺が文句を言うよりも早く久保ちゃんの唇が近づいてきて…、
 さっきとは違うドキドキする鼓動をカンジながら、ぎゅっと目を閉じると、

 久保ちゃんは俺の口から…、くわえてたポテチの半分を奪った…。

 「・・・・・・っ!」
 「どしたの?」
 「べっ、べつになんでもねぇよっ」
 「ふーん」
 「・・・・・・・もぐもぐ」
 「ねぇ、時任」
 「・・・・なに?」
 「ちょっとはドキドキした?」
 「す、するワケねぇだろっっ!!」
 「ホントに?」
 「ホントにホントっっ」
 「そう…。なら、やっぱり一方通行なのかもね…」
 「えっ?」

 「俺の方はずっと…、今もドキドキしてるから…」

 久保ちゃんはそう言って握りしめてた手を離すと、逃げられないように俺の身体をソファーに押し付ける。そして短いキスを何度も繰り返して…、それから息もつけないくらい激しく深くキスしてきた…。
 ホントはいつも…、一緒にいるだけでドキドキしてる…。
 だから、キスしてるともっとドキドキして…、ドキドキしすぎてなんにもできなくて…、
 けど、照れ臭くて好きって言えなくても一方通行じゃないから…、ちゃんと好きだからって伝えたくてぎゅっと久保ちゃんの背中を抱きしめる…。そしたら、ホントにドキドキしてる久保ちゃんの鼓動が伝わってきて…、

 ・・・・・・・・もっと久保ちゃんを抱きしめたくなった。
 
 どちらからともなく重ねられる唇と…、乱れていく呼吸とカラダ…。
 触れ合った部分が熱くて…、何もかもがその熱さの中に溶けていってドキドキしてる二人分の鼓動だけが聞こえる。ぎゅっと久保ちゃんを抱きしめてると、さっき見てた窓の外も見えなくなったけど…、
 つけられたままになってるテレビでは、まだニュースが流れていた…。
 

 『それでは…、次のニュースです…』


 こうしてる間にも…、どこかで何かが起こって…、
 明日になったらまた…、今日とは違った明日のニュースが流れる。
 だから、どこからか響いてくるサイレンが聞こえないように…、
 この部屋にサイレンじゃなくて…、二人分の鼓動を響かせるように…、

 もっと強く久保ちゃんを抱きしめた…。

                            『ニュース』 2004.12.22更新

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