「うー…、なんか今日ってちょっち寒いかも…」

 そんな風につぶやきながら見上げた空は灰色で、だけどまだ雪が降るくらい寒くないから息も白くならない…。暑すぎなくて寒すぎないのはいいけど、厚着だと暑くて薄着すっと寒いから上手く調節できなくてくしゃみが出た。
 しかも連続三回…。
 さっきまで暖房の効いたセブンにいたせいで、マンションから出てきた時より寒くなってる気がする。少し雨の匂いのする風は秋っぽいけど、ちょっとだけその中に冬も混じってるカンジだった…。
 だからコンビニで買いモノする時、やけにレジんトコにある肉まんがウマそうに見えて…、手に持ってる袋の中には特製肉まんが二つは入ってる。それは久保ちゃんはバイトに行ってていつ帰るかわかんねぇし、ホントは一つ買うつりだったけど、なんとなく習慣で二つって言っちまったせいだった。
 でも、すぐに一つだって訂正すれば良かったのにしなかったのは、完全に冷めるまでに帰ってくっかなぁとか…、べつにそんな風に思ったワケじゃない…。ただ、もう袋に入れられちまったし訂正すんのもメンドかったから、一人で二つ食ってもいいやって思っただけ。
 けど、肉まんが二つ入ってる袋は、持ってると当たり前に一つ入ってる時よりあったかかった…。

 「もうじき…、十二月になっちまうんだな…」
 
 マンションとその上にある灰色の空を眺めながら、なんとなくイミもなくそう呟いて…、
 コンビニの前で立ち止まって信号機のない道路を渡るために、一人で冷たい風に吹かれながら次々に通ってる車が途切れるのを待つ。でも、そうしてしばらく立ってると俺のコトをじーっと見てる誰かの視線が背中にチクチクと突き刺さるのを感じた…。
 その瞬間に前を走ってく車が途切れたけど、俺は道を渡らずにバッと後ろを振り返る。そして、俺を見てたヤツをジロッと睨み付けてやった。

 「さっきから、なに見てやが・・・・」
 「ワンっ!」
 「…って、俺のコト見てたのってお前?」
 「クゥーン…」
 「しかも見てたのって、ホントは俺じゃなくて肉まんだったりして…」
 「ワンワンッ」

 「・・・・・・がくっ」

 俺の後ろにあった、コンビニの前に置いてあるゴミ箱。
 その影から俺の方を見てたのは、人じゃなくて犬だった…。
 いつからそこに居たのかはわかんねぇけど、茶色の犬はやけに痩せてて腹にはアバラが浮かんでる…。じーっと犬が見てる先には俺じゃなくて肉まんがあって、腹が鳴ってんのが聞こえなくてもマジですっげぇ腹が減ってんだろうなぁって思った。
 でも肉まんが欲しいのに…、犬は俺が一歩前に出ると一歩下がる…。
 だから近づこうとしても近づけなくて、腹に浮いてるアバラとじーっと見つめてくる犬の目を見てるとあたたかかったはずの肉まんが少しずつ冷たくなってく気がした…。
 
 「俺はべつになにもしねぇよ…って言っても、言葉が通じねぇからわかんねぇよな。けど、こんなトコにいるとマジで捕まっちまうぞ」

 犬がいくら鳴いてもなに言ってんのかわからないみたいに、俺がそう言っても犬には通じない。だから犬にとって俺はコンビニの前を通ってく…、通ってったたくさんのニンゲンの中の一人だってだけで…、
 その中の何人かが食いモノくれて…、その中の何人かが犬の足を下がらせて近づけなくした・・。今の俺はまだどちらでもないけど、ちょっとだけ近づいて、なのに怯えてる犬の目を見てるとそんなコトは関係ないんだってわかった。

 『昨日、撫でてくれてエサをくれた手が、明日も同じコトをしてくれるとは限らない。中途半端にもらった同情も優しさも、覚えたぬくもりも優しさも障害にしかならないよ…』

 いつだったか覚えてねぇけど…、そんな風に久保ちゃんが言ってたコトがある。その時、中途半端にしかできないなら手を伸ばすなって言うみたいに、久保ちゃんは痩せちまってフラフラしてる猫に向って伸ばした俺の手を掴んで止めた・・・・・・。
 でも、その時のコトを思い出してても、手に持ってる肉まんからあたたかさを感じてると犬に背を向けられなくなる…。肉まんから伝わってくるあたたかさが…、あたたかければあたたかいほど、犬の瞳を見てるのがつらくてたまらなかった。
 中途半端にもらった同情も優しさも…、障害にしかならない…。
 そう言った久保ちゃんの言葉をココロの中で何度も繰り返しながら、袋の中に手を入れるとあったかくて柔らかい肉まんの感触が手に当たった。

 「中途半端だってわかってっけど…、でも…」

 袋から取り出した肉まんからは、買ったばっかだからまだ湯気が出てる…。ソレを犬にやるのはたぶん自己満足で…、久保ちゃんが言ったみたいに障害にしかならないのかもしんねぇけど…、肉まんは二つもあるし俺は一つだけで十分だったから、もう一個は犬にやりたかった…。
 でも、手に持った肉まんを犬にやろうとした時、それを止めるように聞きなれた声が俺の名前を呼ぶ。犬ばっか見てて気づかなかったけど、俺を呼んだのはバイトに行ってるはずの久保ちゃんだった。

 「く、久保ちゃん…っ、バイトは?」
 「ちゃんと行って来たよ。配達先が近かったから、早く終っただけ」
 「ふーん…」
 「で、お前はこんなトコでなにしてんの?」
 「な、なにって…、見りゃわかるだろ。腹減ったから、コンビニに買いモノに来たんだよ」
 「じゃ、手に持ってる肉まんは?」
 「べつに食おうとしだけだろっ」
 「ココで?」

 「う…、うん」

 バイト帰りの久保ちゃんは、ちょうど俺と犬の間くらいの位置に立ってる。だから、俺の位置からは見えなかったけど、まだ犬は逃げないでゴミ箱んトコにいる気がした…。
 このままだと手に持ってる肉まんは、風に吹かれて冷たくなるだけで犬に渡せない。でも、前の時のコトを思い出すと、どうしても久保ちゃんに犬のコトは言えなかった…。
 それはダメだって言われるからじゃなくて、自分のしようとしてるコトが中途半端だって知ってたからで…、

 犬は肉まんをやっても寒いままだって…、わかってたからだった…。

 久保ちゃんは俺の方を向いてて、犬に背を向けて立ってる。でも、それは犬のコトを知らないからじゃなく、まるで俺の視界から犬を隠しているみたいだった。
 俺が手に持った肉まんを袋の中に収められずに眺めてると、久保ちゃんはシャツのポケットからセッタを出す。そして口にくわえてライターで火をつけると、まるでため息をつくみたいに口からふーっと煙を吐き出した。

 「肉まん一個で、何日生きられるんだろうねぇ?」
 「えっ?」
 「これから冬が来て、肉まん一個分だけ長く生きて…、それを喜ぶか哀しむかは本人にしかわからないコトだろうけど…」
 「・・・・・・・」
 「肉まん、ココで食ってく?」
 「・・・・・・・」
 「時任?」
 「・・・・・・・ウチで食う」
 「じゃ、雨も降りそうだし帰るよ」
 
 「うん…」

 帰ろうって言った久保ちゃんに、風に吹かれてあっという間に冷めちまった肉まんを眺めながらうなづく…。肉まんは帰って電子レンジであたため直したらいいだけだけど、手に持ってる肉まんも、袋に入ってるまだあったかい肉まんも食えそうになかった。
 犬が腹へってんのも寒いのも俺のせいじゃない…。
 でも、犬に背中を向けようとすると胸がズキズキしてくる…。
 久保ちゃんが帰るために歩き出すと、見えなかった犬がまた見えるようになって…、俺が犬の方を見ると犬はさっきみたいに俺の方を見た…。

 ・・・・・・ゴメンな。

 言える言葉がそれしかなくて、久保ちゃんに聞こえないように小さくそう言って犬から視線を外す。それから、まだ胸がズキズキしているのをカンジながら、犬に背中を向けようとしたけど…、
 そうしようとした時、いきなりドンッと肩に何かがぶつかった…。

 「・・・・っ! な、なにすんだよっ!!」
 「あ…、ゴメン」
 「てめぇっ、わざとぶつかっただろ?」
 「石につまづいただけなのに、疑うなんてヒドイなぁ」
 「つまづいたって、どの石だよっ」
 「うーん、この石かも?」
 「・・・・・・・こんなちっせぇ石でつまづけるなんてすげぇな、久保ちゃん」
 「お褒めに預かり、光栄デス」

 「ぜんっぜんっ、ほめてねぇっつーのっ!!!」

 そう久保ちゃんに向って怒鳴りながら肉まんを持ってた方の手が軽くなってるのに気づいて、あわてて手じゃなくて自分の足元を見る。すると、さっきまで手の上にあった肉まんは、久保ちゃんとぶつかったせいで冷たいアスファルトの上に落ちてた…。
 それを見た俺は絶対につまづきそうもない石につまづいた久保ちゃんに、また怒鳴ろうとしたけど…、
 落ちた肉まんから久保ちゃんに視線を向けた瞬間、そうするのをやめた…。

 「ま…、落としたら食えないししょうがないやね」

 落ちた肉まんを見てそう言って微笑んだ久保ちゃんは、セッタをふかしながら車の途切れた道をマンションに向って歩き始める。そんな久保ちゃんの背中を見てると、今度は痛かった胸がゆっくり暖かい何かでいっぱいになってくカンジがして、すぐには歩き出せなかったけど…、

 早く歩くんじゃなくて…、走り出して久保ちゃんの隣に並びたかった…。

 ただの自己満足で…、延びたのは肉まん一個分だけかもしれないけど…、
 だけど、それでも一個分でも明日が今日になるならその方がいいに決まってる。今日は曇ってて雨でも、明日は晴れで綺麗だったはずの空が眺められなかったり、今日は会えなくても明日は会えるはずの誰かに会えなかったり…、あるかないかなんてわからない可能性でも、その一個分がなかったらゼロになるかもしれないから…、
 手のひらから落ちた肉まんが寒くて震えてる犬の明日になればいいって…、そう想った。

 「・・・・・またな」

 俺がそれだけ言って走り出すと、犬がアスファルトに落ちた肉まんをくわえる。その姿を横目で見てから久保ちゃんの横に並ぶと、久保ちゃんは微笑みながら俺の頭を軽く撫でた…。
 頭を撫でてくる久保ちゃんの手はいつもは俺より冷たいのに、今はすごくあったかい気がする…。久保ちゃんの手のあったいのを感じてると、さっきは食べられないって想ってた肉まんを食べられる気がしたけど…、
 でも、袋に入ってる肉まんは落ちて二つだったのが一つになってた…。

 「なぁ、久保ちゃん…」
 「ん〜?」
 「肉まん、一つになっちまったからさ。やっぱ戻らねぇ?」
 「なんで? もしかして、二つ食うつもりで買ってたとか?」
 「そうじゃなくて、二人で一個ずつなら一つ足りねぇに決まってんだろっ」
 「なら、戻らなくていいっしょ? 俺はまだ腹へってないからいらないし…」
 「じゃあ半分にしようぜっ。半分なら腹へってなくても食えるだろ?」
 「腹へってないのに半分?」
 「久保ちゃんが石につまづいたせいで…、なんとなーくっ、そういう気分になっちまったんだから付き合えよっ」
 「うーん、どうせ付き合うなら肉まんよりビールがいいんですけど?」
 「・・・・・・・冷蔵庫にビールなんかねぇぞ」
 「じゃ、戻りますか?」

 「おうっ!」

 今度は肉まんじゃなくてビールを買うために俺と久保ちゃんが振り返ると、コンビニのトコにいた犬はもういなくなってた…。けど、俺は立ち止まらずに久保ちゃんと一緒に硬くて冷たいアスファルトの道を歩き始める…。
 いつもみたいにクダラナイ話して笑い合いながら…、前に向って…、

 明日に向って続く道を…。
 
                            『寒空』 2004.11.13更新

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