背中の後ろには噴水…、前には街灯に照らされてるベンチ…。
 ココに来た時は夕方だったけど、ベンチじゃなくて噴水のコンクリートんトコに座ってる内にカンペキに夜になった。
 こんなトコにいんのは久保ちゃんと待ち合わせしてるからだけど、いつまで待っても来ないし、ケータイにも遅れるとかそーいう連絡もない。
 ケータイ鳴らしても出ねぇし…。
 だから、最初はなかなか来なくてムカついてたのに、なにやってんのかとか色々と考えてっと…、周りが暗くなってくのと合わせるみたいに、ちょっとずつ心配になってくる…。けど、それでも後ろの噴水の音を聞きながら待ってると、さっきまでもっと人がいたカンジしてたけど、噴水の周りだけじゃなくて公園にも人がいなくなってきた。
 フツーは夜になったても人の減らねぇトコだから、人がいなくなっちまってんのは偶然ってなのかもしれない。でも、ほとんど人のいなくなった公園にいると…、ちょっとずつ心配なのが少しずつになってケータイの画面みたりして…、
 早く来ねぇかなって…、思ったりしながらため息をついた…。
 そしたら、俺の隣から似たカンジのため息が聞こえてきて、思わずそっちの方を見ると俺と同じくらいから噴水のトコに座ってるヤツがまだいる。たぶんソイツも誰か待ってんだろうけど、まだ誰も来る様子がなかった。
 ソイツは俺が見てるのに気づくとこっちを向いて少し笑う。でも、待ってるヤツがまだ来ないせいかもしれねぇけど…、笑っててもなんか元気なさそうだった・・・・。

 「ねぇ、アンタも誰か待ってるの?」
 「あぁ…」
 「ふーん、じゃあ私と同じだね?」
 「同じって?」
 「待ってる人、まだ来ないんでしょ?」
 「・・・・・・・・まぁな」
 「だから、私とおんなじ…。私が来たくらいから近くで座ってたし、たぶん待ってる時間も同じくらいでしょ?」
 「たぶん…」
 「だよね?」
 「けど、なんでそんなうれしそうに言ってんだ? そんなん同じでも、ぜんっぜんっ、うれしくならねぇっつーのっ!」

 「そう? でも、一人で待ってるよりいいじゃない?」

 隣にいたヤツは女で、なんか話しかけてきたと思ったら、そう言って少しずつこっちに近寄ってくる。だから、なんとなくソレに合わせてジリジリ逃げると、女はつまらなそうな顔をして片手を噴水の水の中に入れた…。
 こっちに来た時は何なんだコイツとか思ったけど、ずっと待ってっからヒマしてんのかもしれない。水に入れた手を噴水の中を迷うみたいにかき回して、それからまた何度目かのため息をついた…。
 だから、たぶんココで同じくらい待ってても、ため息の数は同じじゃない気がする。けど、ソイツはため息をついた後で水に入れてた手で俺に水をかけようとしやがったっ!

 「なっ、なにしやがんだっ、てめぇっ!!!」
 「私もヒマだしアンタもヒマしてるから、遊ぼうかと思って…」
 「だーかーらっ! なんで俺がてめぇと水かけして遊ばなきゃなんねぇんだよっ! それに俺はヒマしてるんじゃなくってっ、ヒト待ってんのっ!!」
 「でも、待ってても誰も来ないじゃない」
 「うっ・・・、うるせぇっ」
 「ならさ、水遊びがイヤならもっと別なトコ行く?」
 「はぁ?なに言ってんだよっ。待ち合わせしてんのに、別なトコに行けるワケねぇだろっ」
 「けど、こんなに待って来ないんだから、きっと来ないよ…。私の待ってる人もアンタの待ってる人も・・・・・」
 「なんで?」

 「なんでって、それは・・・・・」

 俺と同じに誰かを待ってるソイツは、なにかを言いかけたのに最後まで言わずに黙り込む。そして、また小さく笑って暗くなった空を見上げて大きく伸びをした。
 だから、なんかあんのかと思って俺も空を見上げたけど、そこには夜になって真っ暗になった空があるだけでなんにもない。でも、ソイツはまるで何かがソコにあるみたいな目でじっと空を見つめてた・・・。
 じっと街の上にある遠くの空を…。
 けど、俺はすぐに視線を元に戻して空じゃなくて公園の入り口を見る。
 でも、やっぱ久保ちゃんはまだ来ない…。
 だから、また無意識にケータイとか見ちまったけど、久保ちゃんが来た時に俺がいなかったらって考えると…、待ってる場所から動く気にはなれなかった…。
 
 「あのさ…、ホンキでこのままずっと待ってるつもり?」
 「ずっとってワケじゃねぇけど、待ってるに決まってんだろっ」
 「来なくても?」
 「来ないんじゃなくてっ、来るから待ってんだよっ!」
 「・・・ふーん、そうなんだ。もしかして、待ってる人って恋人?」
 「こ、こ、恋人って…、べつに久保ちゃんはそんなんじゃ・・・・」
 「へぇ、待ってる人って久保ちゃんって名前なんだ? その子ってカワイイ?」
 「か、かわいくねぇよっ!!! 俺よか背ぇ高いしデカイしっ」
 「でも、好きなんでしょ?」
 「・・・・・・・・・・うっ」
 「あははは…、赤くなっちゃってカワイイ」
 「か、カワイイとか言うなっ!」
 「褒めてるのにっ」
 「そんなん褒められても、うれしくねぇっつーのっ」
 「・・・・・・・・」
 「な、なんだよ?」

 「別になんでもないけど…。なんとなくアンタみたいに可愛げあったら、こんなトコで待たずにすんだのかなぁって思っただけよ…」

 恋人を待ってるってそう俺に聞いたけど…、たぶん恋人を待ってんのは俺じゃなくて、横にいるソイツだってのがなんとなくわかる。でも、噴水のトコでずっと待ってんのに空ばっか眺めてんのを見てると半分かそれ以上くらい…、待ってるヤツが来ねぇとか思ってるような気がした…。
 だから…、さっきの言葉に俺がうなづいてたら、ホンキでココで待つのをやめてどっかに行ってたのかもしんない…。なんとなく、ココで待つことをやめる口実とか…、そういうのを欲しがってるカンジがした。
 
 「ねぇ、マジで私とどっか行こうよ。行くとこは、アンタだったらホテルとかでもいいからさ」
 「・・・・・・」
 「別にお金とかいらないし、そーいうのじゃないし…」
 「興味ねぇよ」
 「ホントに?」
 「マジでっ」
 「・・・・あーあっ、残念っフラれちゃったっ」
 「…って、アンタってココで恋人待ってたんじゃねぇのかよ?」
 「そうよ…。けど、これだけ待っても来ないんだから絶対に来ないよ…」

 ・・・・・・・待ってても絶対に来ない。

 そう言ったのに、絶対にって言ったクセにまだ俺の横に座ってる。
 べつにそう思ってんのに待ってんのはソイツの勝手だけど、久保ちゃんまで来ない来ないって連呼してんのを聞かされてると…、
 イヤなこととか考えちまってあんま気分が良くなかった…。
 ケータイにかけてきた久保ちゃんは、俺がいる場所を聞くと近いから待っててって…、すぐに行くからって言ったから待ってんのに夜になってもまだ来ない…。でも、連絡取れなくなってても、きっと久保ちゃんはここに来るって…、来ようとしてるってわかってるから動けなかった…。
 俺が久保ちゃんを探しに行ったら、今度はココに来た久保ちゃんが俺を探さなきゃならなくなるかもしれねぇし…。だから来たら絶対に一発殴ってやるとか、欲しかったゲーム買わせてやるとか…、文句をたくさん胸ん中で言いながら待ってた…。

  絶対に来ないんじゃなくて、絶対に来るから…。

  胸ん中でたくさん文句を言って…、それから最後に「ちゃんと約束したもんな」って今度は声に出して言ってみる。すると、隣にいたヤツがじっと俺のカオを覗き込んできた…。

 「こんなに来ないのに、連絡も取れないみたいなのに…、まだ来るってホンキで思ってるの?」
 「…ったりめぇだろっ! 来るって思ってなきゃ待ってねぇよっ」
 「じゃあ、このまま来なくてもずっと待ってるつもり?」
 「だからっ、来るから待ってんだっ!」
 「けど、もうたぶん来ないよ」
 「来るっ!」
 「もう遅くなったから、いないと思って来ないかもしれないじゃない?」
 「ぜっったいにっ、そんなコトはあり得ねぇっ!!」
 「なんで? なんでそう言い切れるのよ? 」
 「なんでって…、そんなのはわかんねぇけど…」
 「だったら・・・っ」
 「でも、久保ちゃんが来るって言ったら絶対に来るっ。だから、俺も待ってるって言ったから絶対に待ってる…っ」
 「・・・・・・」

 「そうじゃないと待ってても…、待ってる場所に行ったとしてもさ…。絶対来るからって、絶対待ってるからって信じてねぇとすれ違いばっかで会えねぇじゃんか…」

 俺がそう言って公園の入り口の辺りをまた見てると、こっちに向かって歩いて来てるヤツがいて…。ソイツは俺が噴水の前に座ってるのに気づくと、微笑みながら俺の方に向って軽く手招きをした…。
 でも、俺はそれを見てフンッとそっぽを向く…。そしたらソイツは・・・・、遅れてきた久保ちゃんはわざとらしくガックリと肩を落とした。
 すると、それを見たら胸の中でたくさん文句を言ってたのに、ムッとしてるはずが妙におかしくなってきてちょっと吹き出す。こんなに遅くなってて待ち合わせの時間なんかとっくに過ぎてんのに…、やっぱ俺も久保ちゃんもココにいてココに来て…、

 なんか…、それがスゴクうれしかった…。

 隣に座ってたヤツは手招きした久保ちゃんを見て何か言いたそうにしてたけど、俺はそのままずっと座ってた場所から立ち上がる。そして、久保ちゃんのいるトコまで走ろうとしたけど…、なんとなく一度だけ立ち止まって後ろを振り返った…。

 「来ないって思ってんなら、待ってないでさっさと帰れ…。けど、そうじゃなくて来るって思ってんなら待ってりゃいいだろ…。その方がたぶん辛いのが少ないし、会えた時、すっげぇうれしいじゃん…」
 
 ずっと噴水のトコに座ったまま…、今も誰かを待ってるヤツにそう言うと、俺は返事を待たずに走り出す。そしたら、後ろから「お幸せにっ!」て叫び声が聞こえて来たから、振り返らずに「そんなんじゃねぇよっ、バーカッ!」と叫び返した。
 けど、振り返ってねぇからわかんねぇけど、たぶんまだ噴水に座ってんだろうなって気がする。絶対に来ないっ思ってるはずなのに…、ココロのどこかで来るんじゃないかって思いながら空ばっか見上げて…。
 そう思ったら少しだけ振り返りたくなったけど、そのまま振り返らずに俺が来たのを見て歩き出した久保ちゃんの腕にしがみつく。そしたら、久保ちゃんは「ゴメンね」って言いながら俺の頭を優しく撫でた…。

 「あんま遅せぇから、ちょっとだけっ、ほんのちょっとだけだけど心配したんだぞ」
 「心配かけて…、たくさん待たせてゴメンね」
 「・・・・・・」
 「時任?」
 「・・・・心配したけど、ちゃんと来たからもういい」
 「うん…」
 「でもさ…、俺らっておんなじトコに住んでるし、もう待ってねぇとか思わなかったのかよ?」
 「ん〜、そうねぇ。けど、それは不思議と頭になかったかも?」
 「なんで?」
 「それはたぶん…、お前が待っててくれたワケと同じ」
 「・・・・・そっか」
 「うん」

 そう言ってお互いの顔を見合わせたけど、なんとなく照れ臭くなって横を向く。すると久保ちゃんがちょっと笑って…、俺が怒鳴って…、それからまた前を向いて歩いた。
 久保ちゃんの腕に掴まってると服からセッタと火薬の匂いがして、かすかに血の匂いもするから何があったのかって聞かなくても理由はなんとなくわかる。だから、俺はすぐ近くに見える薬局に足を向けて掴まってる腕をぐいっと引っ張った。

 「これから薬局かヤブ医者んトコ行って、それからファミレスに行こうぜっ!」
 「ファミレスと薬局と…、鴻さん?」
 「どこかまではわかんねぇけど、どっかケガしてんだろ?」
 「やっぱバレた?」
 「バレバレだっつーのっ」
 「かすっただけだから、そんなにたいしたことないんだけどね」
 「・・・見せてみろよ」
 「ほら」
 「あ…、ホントだ」
 「けど、そーいうお前は俺がいない間に浮気してたよねぇ?」
 「はぁ? う、浮気って何がだよっ。なんか二人でどっか行こうとか言われたけど行ってねぇし、ちょっと話してただけじゃんっ」
 「へぇ…、どっか行こうって言われたんだ?」
 「だーかーらっ、行ってねぇっつってんだろっ!」
 「女のコ、手ぇ振ってたけど?」
 「そんなん俺が知るかっ!」
 「一緒に行こうって言われたの、ホテルだったりして?」
 「ギクッ・・・・・・」
 「ふーん…」
 「な、なに勝手にカンチガイしてんだよっ!!」
 「そんなにホテルに行きたいんなら、これから行ってあげよっか?」
 「誰もそんトコに行きたいなんて言ってねぇだろっっ!!」
 「遠慮しないで…」
 「ぜんっぜんっ、マジで一ミりも遠慮なんかしてねぇっつーのっ!!!」
 「まあまあ…」
 「…って、マジで行こうとすんなっ!!行ったらマジで絶交してやるっっ!!」
 「じゃ、他の人と…」
 「えっ・・・・・・」
 「なーんてのは、当たり前にジョウダン」
 「くーぼーちゃーんっ!!!」
 「ヤキモチ焼いてくれてありがとね?」

 「ぎゃあぁぁっ、さっきのは忘れろっ!!」

 そんな風に言い合いながら歩いてたけど、結局、ヤブ医者のトコにもホテルにも行かずに薬局で無くなってた消毒液とガーゼとか買って…、
 それから…、ついでにベッドの脇に置いてある箱の中身もなくなってたのを思い出して俺が小声で言うと、久保ちゃんがこっちを見て微笑む。だから、顔が熱くなるのをカンジながらバカって言ったけど、薬局の店員に見られてんのに気づいてすっげぇ恥ずかしくなって先に薬局を出た。
 すると、道の向こうをすっげぇスピードで公園のある方向に走ってく男が見えて、またちょっとだけうれしくなる…。ソイツが噴水のトコにいるヤツの待ってた人かどうかはわかんねぇけど…、たぶんそうだって勝手に決め付けて空を見上げた。

 「どしたの? 空に何かある?」

 薬局から出てきた久保ちゃんがそう言ったけど、やっぱ今日の空は暗いばっかで月も何も出てない。でも、隣に立ってる久保ちゃんの袖を握りしめてると、少しもさみしいとかそんな気持ちにはならなかった。

 「行こうぜ…、久保ちゃん」
 「うん」

 空は暗くても道は前にあって…、ちゃんと続いてるし歩ける。だから久保ちゃんの袖を握りしめたままで歩き出すと、暗いばっかだと思ってた空に一コだけ星があるのが見えた…。
 夜空に浮かんだ一コだけの星…。
 それを見てると、噴水のトコで空を見上げてたアイツもこの星を見てた気がした。見ようと思わなければ見えないけど、星はちゃんとそこにあって…、
 その星を見つめてると、なぜか久保ちゃんの袖を握りしめてる手に力が入ってくる。でも、強くぎゅっと握りしめる前に久保ちゃんが上から手を握りしめてきた。

 「ドコにいてもちゃんと行くから…、絶対に…」
 「俺もちゃんと、絶対に待ってる…。けど、あんま来なかったら…」
 「そしたら?」
 「・・・・・・探しに行く」
 「うん…」
 「ぜったいに…」

 「ま、でもその前に…、手を離してなんてあげないけどね? 絶対に…」
 
 どこまでも空は繋がってて、それを見てるとなぜか胸が痛くなっちまう時もあるけど…、君が見上げる空と僕が見上げる空が繋がってて良かったって思う。だから、見上げた空が君のいる場所までいつも…、いつでも…、
 どこまでもどこまでも繋がってるから…、君を想う時に見上げる空が…、

 こんなにもキレイに見えるのかもしれない…。
 
                            『待ち合わせ』 2004.9.4更新

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