冷気を吐き出してるエアコンの音と時任がしてるゲームの音。
 それから、時を刻む時計の音と俺が読んでる新聞を一枚ずつめくる音。
 さっきからリビングでしてる音はそれくらいで、窓を締め切ってしまえば熱いアスファルトの上を走る車の音も届かなかった。
 二人でいるけど静かで…、でも二人でいるから完全に静かにはならない。だから、一人で暮らしてた時はかなり静かだったはずなんだけど、なぜか一人でいる時は静かだと思ったことはなかった。
 適当にメシ食って、それからゲームしてテレビ見て…、
 今も前もそんなカンジでしてるコトは今とあまり変わってなくても、なんとなく時任がポテチをかじってる音を聞きながら、読んでる新聞めくって…、
 時任がゲームをなかなかクリアできなくて唸ってる声を聞きながら、床に置いてあるアイスコーヒーを飲んで…、

 たぶん、そういう小さなコトから何もかもが違ってるのかもしれない…。

 読み終わった新聞を置いてベランダの窓を見ると、やけに黒い雲が空を覆ってるのが見える。だから、にわか雨が降りそうだなぁとか思いながら、ポケットからセッタを出して火をつけると…、いきなり空が光って地響きがするくらい大きな音がした。

 「うわっっっ!! な、なんだっ、今のっ!!」 
 「たぶんカミナリ」
 「さっきテレビ画面がピカッて光ったぞっ!!」
 「うーん、近くで落ちたみたいだし、テレビ壊れてなきゃいいけどね」
 「…って、さっきやってたゲームのデータっ!!!」
 「カミナリ落ちて停電してるし、セーブしてないなら消えてるっしょ」
 「・・・・・・・・・・」
 「あ、真っ白に燃え尽きてる」

 「ぐあぁぁっ、あそこまでマジですっげぇっ苦労したのにっっ!!!」

 鳴り始めてすぐに電柱に落ちたカミナリが電線を切断したおかげで、俺らの住んでるマンションは停電になってる。夜じゃないからどこら辺まで停電してるのかまではわからないし、復旧するまでどれくらいかかるのかもわからなかった。
 停電してる間は、ゲームもできないしテレビも見れない。そして他にも電気がなくてできないコトはたくさんあるけど、実はそんなコトよりもっと重要な問題があって…、俺らがそれに気づいたのは停電して少したってからだった。

 「久保ちゃん」
 「なに?」
 「・・・・・アツイ」
 「あぁ、そういえばエアコンって電気で動いてるんだよねぇ」
 「へぇ…って、当たり前のことを涼しそうなカオして言うなっ」
 「これでも結構、それなりにアツイんですけど?」
 「ぜんっぜんっ見えねぇっ!」
 「ほら、ちょっとだけどここらヘンに汗も滲んでるし」
 「・・・・・・」
 「ね?」
 「あ、ホントだ…」
 「でしょ?」

 「…ってっ、久保ちゃんが汗なんか見せっから、ますます暑くなってきたじゃねぇかっ!!」

 エアコンが止まって室内温度上昇中…。
 耐え切れなくなった時任は窓を開けようとしてベランダへと走ったけど、降リ出した激しい雨が風に吹かれて窓を叩いているのを見てバタリと床に行き倒れる。そして、そのまま動かなくったからどうしたのかと思ったけど、どうやら床が冷たくて気持ちいいから倒れたままでいるらしかった。
 でも冷たくて気持ちいい床も、じっと同じ場所にいると自分の体温で熱くなってくる。だから、時任はずっと倒れた床に懐いてるんじゃなくて、時々冷たい場所を探しながらリビングの床をゴロゴロ転がってた。
 その様子は陽だまりで寝転んでる猫にも似てて、見てるとテレビよりもゲームよりもおもしろい。だから、じーっと時任が床になついたり転がったりするのを眺めてると、時任がそれに気づいてこっちを睨んだ。
 けど頬はぷーっと膨らんでるし、おまけに床の跡まで赤くついてるし、だからどんなに睨らまれてもぜんぜんコワくないし迫力もない。それに時任のそんなカオをじっと見てると、なんとなく頭を撫でたくなった…。

 「よしよし…」
 「な、なに勝手に頭撫でてんだよっ」
 「ちょっとしたスキンシップ」
 「とか言って、ドウブツ扱いしてるだけだろっ!」
 「うん」
 「くーぼーちゃ〜んっ」
 「けど、ニンゲンもドウブツだし問題ないっしょ」
 「んなワケねぇだろっ!!」
 「なんで?」
 「久保ちゃんの場合、ドウブツはドウブツでもネコ限定じゃんかっ!」
 「あれ、ネコ扱いにしてたのバレてた?」
 「さっきから頭だけじゃなくて嫌がってんのに喉とか撫でようとするしっ、とっくにバレバレだっつーのっ!」

 時任がそう叫んだ瞬間に、ずっと鳴り続けてたカミナリの音がまたマンションのすぐ近くで鳴る。その音と窓から見えるイナズマを見ても平気なフリしてたけど、時任に触れてる手から驚いて震えたのが伝わってきた。
 でも…、そこから伝わってくるのは震えだけじゃなくて…、
 空から降ってくる音を聞きながら、イナズマを見つめながら、何かを想って考えてる時任の感情が伝わってくる気がする。その伝わってる感情はすごく曖昧で良くわからないけど…、ただ怖がって震えてるだけじゃないのは空を見上げた時の表情からわかった…。

 「なぁ…、久保ちゃん…」
 「ん?」
 「暑い・・・」
 「だぁね」
 「すっげぇ暑い」
 「なら、また床を転がってれば?」
 「うー…、確かに停電が直るまでそうしてるのもいいけどさ…」
 「うん?」

 「・・・・・今はこのままがいい」

 そう言って床に座ってる俺の腰に、暑い暑いって言いながら抱きついて…、
 それから…、カミナリは音も光も何かを引き裂いていくカンジがするって言って…、もっと強く抱きついてくる…。だから、こうしてたらカミナリが落ちて来てもずっと一緒かもねって時任の耳に囁いたら…、時任はカミナリの鳴り響く空じゃなく俺の方を見て…、

 床の跡のついた頬を手で撫でながら、くすぐったそうなカオをして笑った…。
 
 カミナリが鳴っても肩が震えてもコワイのはカミナリじゃないし…、どこかの街角で銃声が鳴り響いてもコワイのは拳銃じゃないから、暑いって二人で言って笑い合いながら、抱きしめ合いたくなるのかもしれない…。
 そうして抱きしめ合ったまま二人でうたた寝しながら時が過ぎて、やっと停電が直ったのに気づいてエアコンをつけたけど…、
 雷が止んでも降り続いている雨の音じゃなくて、この世にたくさん満ちている音の中で一番、誰よりも近くでずっと聞いていたい音を…、

 自分の腕の中で眠ってる時任の鼓動と寝息を聞きながら…、俺はまた瞳を閉じた…。

                            『音』 2004.8.19更新

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