「今日も…、いい天気だねぇ」 そう言いながら歩いてると額に少し汗が滲んで…、手のひらに当たる太陽の光が夏が来るのを知らせるように暖かいモノから暑いモノに代わる。けど、それはいつの間にかそうなってたってヤツで…、特に決まってるワケじゃなかった。 温度の違いはめくられていくカレンダーを見てるだけじゃわからない…。 でも、だからってべつに空調の効いた場所で体感温度がちょうど良ければ、そんなモノはワザワザ暑さも寒さも感じなくていいはずなのに…、 なぜかヒトの身体はちょうどいいはずの温度で壊れていって…、 それは自然じゃなくて不自然だからなのかもしれないけど、ちょうどいい温度の中で生きていけない事実が少しだけ不思議な気がした。 そんなどうしようもないことを感じながら、夏の焼け付いたアスファルトと眩しすぎる太陽といつもよりも黒い電柱の影を踏みながら歩いてると…、 目の前に見えてきたマンションの影でしゃがみ込んでる人物を発見する。 けど、それは赤の他人でも見知らぬ誰でもなかった。 「時任?」 そう声をかけて近づくと俺に呼ばれた時任はこっちを向いて…、それからまた自分の足元へと戻す。だから、なにを見てるのかって思って近づくと、そこには溶けたアイスが落ちていた。 たぶん時任が食べようとしてあやまって落としたアイスだとは思うけど、なんで人一倍暑がりなのにわざわざ涼しい部屋の中じゃなくて、マンションの前で食べてたのかがわからない。けど、溶けて落ちたアイスを眺めながら…、時任は黒い手袋をはめてる右手をきつく握りしめた。 「なぁ?」 「ん?」 「ココって日陰だけど、マジですっげぇ暑い…」 「そうねぇ」 「けど…、なんとなく夏は暑いんだって知ってなきゃダメだって気ぃする…」 「どうして?」 「暑いってコトをカラダが忘れたら、夏に生きてけなくなるだろ? そしたら、俺が忘れてもいつも夏は来んのに困るじゃんっ」 「・・・・・・・・だから、なのかもね」 「え?」 「壊れてくのはホントは壊すためじゃなくて…、生きてけなくなるってそれを知らせるためなのかもってコト…」 「久保ちゃん?」 「もしかしたら、ヒトは生きてくために壊れてくってコトもあるのかもね…」 そう言って時任の顔を見ると、時任は俺の目をじっと真っ直ぐに見つめながら少し首をかしげてる。そんな風に澄んだ瞳に見つめられてると、べつに隠してるつもりはないのにココロの中も奥もすべてを暴かれてしまう気がして…、 俺はその瞳を拒むように微笑みながら時任の頭を軽く撫でると、それ以上は何も言わずに手に持ってたアイスの入った袋を目の前に差し出した。 「まだ夏は始まったばかりだし、暑さ堪能するのはいつでもできるっしょ?」 「なら、バイトが今度休みの時にプール行こうぜっ、プールっ!」 「暑いのも夏で、そういうのもやっぱ夏ってヤツね」 「そーそっ」 「ウチの風呂じゃダメ?」 「あんな狭いトコで泳げるかっつーのっ!」 二人で歩き出して帰っていくのは、暑さなんて微塵もカンジられないクーラーの効いてる部屋で…、俺はその部屋の前に着くとカギのかけられていなかったドアを開ける。けど、クーラーの届いていない玄関に入ると時任は暑いって言ってたはずなのに、後ろから腕を回して俺の背中に頭をくっつけた。 「壊れてくんじゃなくて、治るんだから故障だろ? だから、久保ちゃんが故障したら俺が治してやっから…」 「・・・・・・うん」 「故障したら、ちゃんと知らせろよ」 「けど、どうやって?」 「・・・・・・こうやって」 そう言いながら強く抱きしめてきた時任の腕を強引に外して、それから今年初めて聞こえてきた蝉の声を聞きながら細いカラダを壁に押し付けてしたキスは、とても熱くてたまらなくて…、 これから始まる…、どうしようもないほど暑い夏のカンジがした。 |