「うわ…っ、冷てぇっ!」

 朝から降ってた雨の止んだ…、雨上がりの夕方…。
 アスファルトの上に出来た小さな水溜りを飛んで、その前にあった大きな水溜りに見事に着地した時任はスニーカーとジーパンを濡らしてそう叫ぶ。けど、さっきからわざわざ水溜りのある場所を選んで飛びながら歩いてたから、今にこうなるんじゃないかなぁって思ってた。
 でも、それがわかってても止めなかったのは、楽しそうに水溜りを飛ぶ時任の姿を見てると、まるでどこかに置き忘れてた遠い日の景色を見てるような気分になったせいで…、
 いつもより幼く見える時任の横顔を見ながら、止めたりせすに飛び越えてく水溜りの数を無意識に数えてた…。

 「うーん、もう一つ飛んだら十個で切りが良かったのにねぇ?」
 「はぁ? 切りがいいってなんのコトだよ?」
 「お前が飛んだ水溜りの数」
 「…って、マジでそんなの数えてたのか?」
 「なんとなくね」
 「どーせっ、ガキくせぇとか思ってんだろっ」
 「さぁ? 楽しそうだなぁとは思ってたけど?」
 「ウソばっかっ」

 「ホント…。でも、今は楽しいって言うよりキレイだなぁって想ってるけどね」

 そう言いながら眺めた裏路地の古くなったアスファルトはデコボコしてるから水溜りがたくさん出来てて、雑然と並んだ建物の上にある夕焼け空が写り込んでる。そしてまだ落ちたときのままの状態で、その中に立ってる時任はまるで赤い夕焼けの中にいるように見えた…。
 昼間だったらこんなにもくっきりと夕焼けも、その色に染まった雲も…、写り込んだりしなかったのかもしれないけど…、薄闇が街を濡らした雨の名残りの水溜りをスクリーンにしてる。そして、まるでその中にもう一つの街があるように…、静かに佇んでいる建物も写り込んでいた。
 けど、水溜りが揺れるとその中にある街も時任の影も揺れて…、それをじっと眺めてるとゆるやかな波がなぜかココロにまで広がっていく気がする。でも虚像の街を揺らしながら水溜りから出た時任は、俺の服の袖を引っ張りながら黒いアスファルトを踏みしめるように歩き出した。

 「水溜りん中の空もキレイだけど、ホンモノの空だってキレイだし…、やっぱ夕焼けでもそうじゃなくても空は見上げてたいって気ぃする」
 「なんで?」
 「下を向いて歩いてるよか、上を向いて歩いてた方が遠くまで行けそうだし…、なんか元気出そうじゃん…」
 「・・・・・うん」
 「上を向いて歩いてたら、夜になったって星が見えるし…」
 「そしたら、方向がわからなくなって道に迷わなくてもすむしね?」
 「だから、ずっと二人でどこまでも一緒に…」

 「・・・・・・・上を向いて歩こうね」

 
 うつむいたら零れ落ちる涙も…、空を見上げれば止まるかもしれない…。だから青い青い空を赤く染まる夕焼けを…、そして星の瞬く夜空を見上げなから君と涙を拭って笑いながら歩き出そう…。
 青い空も夕焼け色の空も…、星の瞬く夜空もいつの日も変わらずそこにあって…、どこまでもどこまでも続く空は見えない明日までも続いているから…、
 強く強く握りしめながら離れないように手を繋いでさえいれば…、きっと君とどこまでもどこまでも行ける…。
 たとえ哀しみにうつむきかけても君が空を見上げていたら…、僕もきっと君の瞳にうつる空を見たくて見上げるから…、
 君が上を向いていられるように、僕も瞳にたくさんの空をうつして…、
 そしてそれよりも…、もっともっとたくさん大好きな君を見つめながら…、


 君と二人で上を向いて歩こう…。
 
                            『水溜り』 2004.6.4更新

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