雨が降りそうな空とオンナジ色の街…、たくさん走ってく車と歩いてくヒト。
 その中を買ったモスチキン持ってぶらぶら歩いて、交差点で信号機が赤になったから立ち止まる。そしたら、同じように横断歩道を渡ろうとしたヒトがたくさん立ち止まった。
 歩いてる時はあんま気になんねぇけど、たくさんのヒトの中にいたりするとなんか落ち着かなくなる。それは雨が降りそうだからとかそんなのじゃなくて、こんなにいっぱいヒトがいるのに一人みたいなカンジがするせいだった。
 べつに一人でいるのがキライなんじゃなくて苦手だってだけだけど、一人でいるとイヤな何かを思い出しそうになる…。それがなんなのかなんてわからないし、知りたくもない気がしてても…、

 夜に見る夢みたいに、その何かが追いかけてくるカンジがした。

 早く前に歩き出したくて、赤になってる信号機をじっと見つめる。なのに、待ってれば待ってるほど時間が長くなってくばかりで、なかなか信号が変わらなくて向こうに渡れなかったけど…、
 ちょっとだけ息を吐いて二人分入ってるモスチキンを見て…、それからまた信号機を見ようとしたら…、その途中でいっぱい歩いてくヒトの中に知ってるヤツが一人見えた。

 「・・・・・久保ちゃんっ!」

 ここから呼んだって、横断歩道の向こう側に聞こえるはずなんかないし…、
 べつに追いつけねぇ距離じゃねぇし、たぶんマンションに帰る途中だから行く場所だってオンナジ…。それに気づいたのは思わず大きな声で呼んじまった後で…、周りのヤツがじろじろ俺のコト見てた。
 だから呼ばなきゃ良かったかもって思いながら…、なんにもなかったフリして信号を見る。でも、なんとなくもっかいだけ横断歩道の向こう側を見たら、呼んだのは一回だけで聞こえてるはずなんかないのに、雨の降りそうな空の下で透明なビニールガサを持った久保ちゃんが立ち止まってた…。
 それを見てたら、ちょっとだけうれしくて…、もっと早く信号が変わらないかなぁって思って…、それからスゴク走り出したくなる。だからたぶん…、赤が青になるのを待ったりするのは一人じゃないからで…、
 行きたい場所とか帰りたい場所があるからかもって気がした…。

 「久保ちゃんって…、あれ?」

 急いで横断歩道を渡って、それから立ち止まってる久保ちゃんに声をかける。けど、久保ちゃんは俺の方なんて少しも見てなくて、べつの知らない誰かと話してた。
 俺がいるのに気づいて止まっててくれたのかと思ってたのにそうじゃなくて…、ただ、知り合いの誰かに呼びとめられたってだけ…。久保ちゃんと話してる中年のオッサン見ながら、そうだよなぁって納得したけど…、
 ちょっとだけうれしかったぶんだけ…、ちょっとガッカリした…。

 「にーちゃん、最近の調子はどうだい?」
 「ん〜、ぼちぼちってトコ」
 「ははは…、あれでぼちぼちって言われちゃあ俺の立場がねぇよ」
 「ま、一応コレで食ってますんでね」
 「そーいや、カノジョとはうまくやってんのか?」
 「それもぼちぼち…、かな?」
 「オンナに貢だけ貢いで、捨てられねぇように気ぃつけろよっ」
 「ご忠告どうも…」
 
 久保ちゃんとオッサンの後ろにある本屋で雑誌を立読みしながら、二人の話を聞いてると…、カノジョとかオンナとか聞いたコトない話が聞こえてくる。話の内容からすると、久保ちゃんはカノジョに貢ためにバイトかなんかで稼いでるらしかった…。
 カノジョって聞こえてムッとして、ぼちぼちって久保ちゃんが答えた瞬間にムカっとして…、オンナに貢いでのトコでムカムカっとして読んでる雑誌を久保ちゃんの頭に投げつけたくなる。べっつにカノジョがいたって久保ちゃんの勝手だしっ、オンナに貢いでたってそれは久保ちゃんの金だしっ、それを知ったからって何も言うことなんかないけど…、
 横断歩道の向こう側から見てて…、それからやっと見つけたモノがなくなったカンジがして少しさみしかった…。少しだけちょっとだけさみしかったから…、二人分のモスチキン持って一人で帰ろっかなぁって思った。
 けど、そう思って読んでた雑誌を本棚に戻したら、後ろからポンっと肩を叩かれて驚いて振り返ったら…、
 そこに知らないオッサンと話してはずの久保ちゃんがいた。
 
 「びっくりした?」
 「ぜーんぜんっ」
 「ふーん…」
 「な、なんだよっ。本屋で雑誌読んでちゃ悪ぃのかよっ」
 「べっつに」
 「なら、雨が降らねぇうちにとっとと帰ろうぜ」
 「はいはい。買ってくれてるモスチキンが冷めないうちにね?」
 「買ったのは俺のぶんだけっ、久保ちゃんのはねぇかんなっ」
 「時任クンのケチ」
 「うっせぇっ、欲しかったら自分で買って来いってのっ」

 モスチキンは二人分あったけど、一人分だってウソついて歩き出す。でも、ウソついて買ってるモスチキンを独り占めにしても、ムカムカもちょっとだけさみしいのもなくならなかった。
 だから、久保ちゃんが横に並ぼうとするたびに少しだけ早く歩いて距離を作って…、足元に転がってた空き缶を蹴飛ばす。けど、それでも雨が降りそうな空みたいに、気分はどんよりしたままで晴れなかった…。
 今日の降水確率は80パーセントで歩いてるうちに、アスファルトがぽつぽつと濡れてく。このままだと着てる服も頭も、持ってるモスチキンも濡れちまうから走り出そうとしたけど…、
 その瞬間に後ろから腕を掴まれて、そして頭の上に影が落ちた…。

 「走らなくてもカサあるからヘーキでしょ?」
 「・・・・俺は走って帰る」
 「なんで?」
 「べっつに、走ろうと歩こうと俺の勝手だろっ」
 「それはそうだけど、濡れるとカゼひくよ?」
 「・・・・べつにいい」
 「ねぇ、時任」
 「なんだよっ」
 
 「さっきから、なに怒ってんの?」
 
 違う…、べつに怒ってるワケじゃない…。顔をのぞき込んできた久保ちゃんにそう言いたかったけど、言葉が喉の奥で止まったまま出てこなかった。
 じっと近くで見つめ合ってると、カサに当たる雨の音がやけに大きく聞こえて…、それとオンナジくらい大きくドキドキしてる心臓の音が聞こえてくる。そんな俺を見て微笑んでる久保ちゃんは、ポケットから茶色い封筒を出した。
 だから、なんとなく手を出して俺がそれを受け取ると、よしよしってカンジで軽く頭を撫でられる。コドモあつかいされたカンジでまたムッとしたけど、久保ちゃんが微笑んでるのを見てたら今度はムッとしたのがすぐに収まった…。

 「なんだよ、コレ?」
 「なにって、俺らの数日分の生活費」
 「ふーん…って、なんで俺に渡すんだよ?」
 「二人分だから、どっちが持ってても一緒だからじゃない?」
 「・・・・・・けど、貢いでる彼女はどーすんだよ」
 「やっぱりさっきの聞いてた?」
 「聞いてたんじゃなくて、勝手に聞こえてきただけだっつーのっ。だから、俺に気ぃ使わずにコレ持って彼女んとこに行けよっ」
 「カノジョ、ねぇ?」
 「・・・・・・・」

 「でも、そーいうのって今、相合傘してるヒトしか心当たりないんだけど?」

 相合傘ってセリフでぶっと吹いて、それから久保ちゃんの持ってるカサを見る。そしたら一本だけのカサは久保ちゃんと俺を雨から濡れないように、パラパラと音を立てながら空から降ってくる雨を受けてた…。
 空は曇ってて暗いままで…、けど透明なビニールガサから見上げるとそこに落ちてる雨粒が雲の隙間からわずかに漏れてる光を受けてて…、
 まだ曇ったままだったけど、ちょっとだけ晴れた空を見上げてる気分になった…。

 「だ、誰が彼女だっっ、誰がっ!! 間違ってんだから訂正しろよっ!」
 「うーん、でも別にこのままでも支障ないし?」
 「…って、あるに決まってんだろっ!!」
 「どこが?」
 「あのオッサンっ、俺をオンナだって思ってんじゃねぇかっ!!」
 「じゃ、カレシだって言っとく?」
 「か、か、カレシって…、だいだい俺と久保ちゃんはそういうっ…」
 「…関係でしょ? 相合傘するくらいラブラブだしねぇ?」
 「・・・・やっぱ走って帰るっっ!!!」
 「そう言わないで…、ねぇ、時任」
 「とかって…っ、いきなり顔を近づけてくんなっ!!」
 「・・・・・・カノジョが冷たい。やっぱ俺ってオジサンの言ってた通り、貢いで貢いで捨てられるタイプかも…」

 「だーかーらっ、誰がカノジョだっ、誰がっ!!」
 
 男二人で相合傘して…、二人で笑い合いながらふざけ合いながら歩いて…、そういうのがどんな風に他のヤツの目に写ってるかなんてわからない。けど、俺も久保ちゃんが言ったみたいに…、こんな風に歩いたりするのは久保ちゃんだけしかいなかった…。
 声が届かないってわかってて、それでも横断歩道の向こうから呼びたいのも…、一緒に歩きたくてそばにいたくて走り出したりするのも…、そしてたくさんいるヒトの中で探してるのも見つけるのも…、久保ちゃんだけだった…。
 イヤだっていいながら二人で相合傘して、やめろって言いながらキスして…、赤くなったカオを誤魔化すみたいに怒ったフリをしてたけど…、
 久保ちゃんはそれがわかってるみたいで、微笑んだまま目の前に見えてきたマンションを見上げた…。

 「横断歩道の向こうから…、呼んでくれてアリガトね」

 二人でマンションを見上げながら小さく聞こえてきた言葉が、降ってくる雨よりも強くあったかく耳に響いてくる。だから、きっとカサが無くても二人で走って走り出して…、いつもいつの日も帰ってくるんだろうって思った…。

 一人じゃなくて…、二人で住んでるウチに…。

                            『横断歩道』 2004.5.30更新

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