ザアァァァ…、ザァ・・・・。 コンビニから走ってマンションに帰るといきなりドバーッと降ってきた雨で全身びしょ濡れで…、履いてたスニーカーにも水が溜まってた。だから、マジで服も靴もびしょびしょに濡れててすっげぇ気持ち悪りぃし、なんなく俺様が出かけるのを狙って雨が降ってきた気がして、ちょっちムカツクっ。 けど、直行したバスルームで服を脱いで洗濯機の中に勢い良く放り込んで、雨みたいに冷たくないあったかいシャワーを浴びたら気持ち良かった。 シャワーの音を聞いてると、部屋ん中まで響いてくるすっげぇ大きな雨音も聞こえねぇし…、部屋に一人でいる時みたいに静かじゃない…。べつに一人でいる時とか静かでもヘーキだけど…、いつの間にかかゲームとかつまんないドラマでもテレビがいつも付けっぱなしになってた。 「あーあ…、やっぱ今日の晩メシもカレーかぁ…」 鍋のなかにまだいっぱい残ってるカレーを思い出しながらそう言うと、バスルームに反響して自分の声が大きく聞こえる。でも、ココじゃなくてリビングにいても…、たぶんいつもより自分の声が大きく聞こえてくんのかもしれなかった。 一緒に暮すようになって始めの内は気になんなかったけど、今はなにも言わずに久保ちゃんがでかけると少しだけどこに行ったのか気になる。べっつにどこに行ったって久保ちゃんの勝手なのに、はぐらかされたり関係ないとかって言われたりすっと…、今みたいに突然雨に降られたカンジでムカついた…。 「関係ないなら…、同居なんか・・・・・・」 言いかけて言わなかった言葉は、喉で引っかかったまま取れない。 シャワーを止めて遠くから響いてくる雨の音を聞きながら、あったまったカラダをパスタオルで拭いてると…、 ホントににわか雨だったみたいで、雨の音はもっと遠くなって消えた。 でも、なぜか耳鳴りみたいに雨の音がまだ聞こえてる気がして…、軽く頭を振ってからクローゼットの下の引き出しからジーパン出して履く。それからベッドのそばに投げてあったTシャツを着ながら、玄関に戻ると濡れたスニーカーを持ってベランダに出た…。 そうしたのはベランダに久保ちゃんがテレフォンショッピングで買った靴を干すヤツが投げてあるからで…、俺はそこにテキトーにスニーカーを干す。そして小降りになった雨をベランダから眺めると、ちょっとだけため息が出た。 「・・・らしくねぇっつーのっ」 自分で自分にそう言ってると、いつもみたいに玄関のチャイムが鳴る。 でも、なんとなく出たくなくてそのままでいると、自分で鍵を開けて久保ちゃんがリビングに入ってきた。 ベランダのガラス越しにその様子を見てると、久保ちゃんが俺の視線に気づいてこっちを向いたけど、なぜかとっさに窓枠の影に隠れる。なにやってんだ俺…っとか思ったけど、すぐに久保ちゃんが視線をそらせたからココにいるのがバレてないカンジだった。 ぜんぜん気づかないなんて、なーんかヘンだなぁとは思ったけど…、干してあるスニーカーを見て納得する。どうやら玄関にスニーカーがなかったから、久保ちゃんは俺がどっかにでかけてるって思ってるらしかった。 やっぱ…、このまま隠れてんのはマズいかも…。 ベランダから中の様子をうかがいながらそう思ってると久保ちゃんが時計を見て…、それからポケットからケータイを取り出す。だから、それを見てた俺はあわててジーパンのポケットに入れてたケータイの電源を切った。 すると当たり前にケータイが繋がらなくて、久保ちゃんが少し首をかしげてる。けど、一回繋がらなくてもあきらめてないみたいで…、聞こえてくんのは着信音じゃなくて繋がらねぇっていうアナウンスなのに…、 久保ちゃんは何回もケータイに耳を当ててた…。 ・・・・・ケータイに出た方がいいよな。 何回もケータイかけてる久保ちゃん見てそう思っても…、なんでかわかんねぇけどケータイの電源をつけられない。それはなんとなく…、もしもこのままいなくなってもなんも変わんねぇのかもって気がしてたせいかもしれなかった…。 関係ないから出てくのも一緒にいるのも勝手で…、バイバイって手紙とか置いたらすぐにそこでカンタンに終るだけで…、 たぶん、電源切ったらケータイが繋がらないのとオンナジ。 でもそんな風に思ってても…、俺の指は久保ちゃんと繋がりたがってて…、 ・・・・・・ケータイの電源ボタンの上でさまよってた。 ピンポーン…、ピンポーン……。 いくらチャイムを鳴らしても返事がなかったからポケットに運良く入れてたカギでドアを開けてみると、やっぱりそこに時任がいつも履いてるスニーカーがない。だから今日はずっとウチにいるとか言ってのに、何か用事でもできてどこかに出かけたみたいだった。 でも部屋に入ると中身の入ったコンビニ袋がテーブルの上に置いてあって、それを見てヘンだなぁとは思ったけど…、コンビニから帰って出かけたのかもしれないし、こうしてる間に戻ってくるかもしれない…。ぺつにそんなに心配する必要はないってわかってても、いるって言ってたはずなのにいないと気になって…、なんとなく人の気配がしてるカンジのベランダや時計の音が妙に耳につき始めた。 でもベランダを見ても人はいないし、時計を見てもまだ夜ってワケじゃない。にわか雨が降って少し空が暗くなってたけど、あわてて探しにいくような時間帯じゃなかった。 「うーん…、でも気になるモノは気になるんだよねぇ」 俺はそう呟くと自分のケータイを手に持って、メモリーに入ってる番号に電話したけど…、ケータイから聞こえてきたのは時任の声じゃなくて機械的なお姉サンの声だった。でも、今まで時任のケータイはいつもつけっぱなしで電源が切られてたコトはない…。 だからもう一度だけ確認のためにかけて、それから心当たりを探しに行こうかと思ってたらベランダで人影が動いた…。 「・・・・時任?」 ココからだとはっきり誰かは見えなかったけど人影は確かに時任で…、どうやらベランダに隠れて中の様子をうかがってるらしい。でもイタズラやジョーダンでやってるんじゃないってコトは、じっとたたずんでる影の雰囲気からなんとなくわかった。 ホンキで俺に見つからないように、隠れてたがってる…。 なんで時任が隠れたいのかはわからなくても…、ケータイに出てくれないのはたぶん拒絶されてるからで…、だからすぐ近くにいるってわかっててもベランダの窓を開けることはできない。けれど出てきてくれないからってあきらめるつもりはなかったから、ベランダにいるのに気づいてないフリしてケータイをかけ続けた。 片方だけ電源入っててもケータイがつながらないみたいに、閉じた窓は時任自身が開けなきゃイミがない…。何回もかけ続けるコール音はこんなに近くにいても届かないのかもしれないけど、俺が鳴らし続けてるコール音だけを聞かせたくて…、 時々、関係ないとか言ってゴマかして、だましながら時任の耳を塞いでた…。 関係ないから何も聞かなくていい…。 そう言ったら怒るだろうけど、それがホンネなのかもしれない…。 だから、俺と同じように耳にケータイを当ててくれるのを…、ベランダのガラス越しに時任と繋がるのを待ちながら…、 何度、アナウンスが流れても鳴らし続けるしかなかった…。 いつまでもこーしてられねぇし…、だからケータイにもベランダからも早く出ようって思ってたけど、タイミングがつかめなくて出られない。久保ちゃんが帰ってきた時、すぐに出てればこんなことにならなくてすんだのに…、なんとなく喉に引っかかってた言葉に引き止められてた。 でも…、何度もケータイかけてる久保ちゃんを見てると…、 少しずつ少しずつ…、喉に引っかかってた言葉が取れてくカンジがして…、 心配させたいとか困らせたいとか思ってたワケじゃねぇけど…、切れてるケータイからコール音が聞こえてくる気がする。聞こえてくるコール音は間違いなく久保ちゃんからで…、ホントは俺もずっと鳴らしてた…。 ずっとずっと…、久保ちゃんに向かって…。 でも、コール音を鳴らし続けても繋がるためには電源をつけなきゃ繋がらない…。だから迷ってた指でケータイを電源を押してあわてて音が鳴らないようにバイブにしたら…、すぐに久保ちゃんからかかってきた。 『・・・・時任?』 「なに? なんか用?」 『今、どこ?』 「ど、どこって…、空の見えるトコっ」 『ふーん、まだ雨降ってる?』 「ちょっとだけ」 『なら、そこまで迎えに行ってあげよっか?』 「・・・・べつに来なくていい」 『ホントに? 一人で帰れる?』 「俺は小学生じゃねぇっつーのっ」 『でも、カサささないと濡れるし?』 「もう小降りだから…、そんな濡れねぇよ」 ホントはカサなんてささなくても、すぐに部屋に帰れる。 でも、もうちょっとだけこのまま話してたくて、ケータイを握りしめたままで外にいるフリしながら少し明るくなった空を見てたら…、雲の隙間から太陽がのぞいてて…、 そこから視線を横にずらしてみると、街の上に橋がかかってんのが見えた。 橋はいろんな色で出来てて…、幻みたいにボンヤリしてなくてクッキリしてる。空にかかった橋は一人で見るのはもったいないくらいキレイで…、俺は隠れるのをやめてベランダの窓の前に立った。 「なぁ、久保ちゃん…」 『ん?』 「もしも…、もしも俺が帰れないって言ったらどうする?」 『うーん、たぶん帰っておいでって言うかも?』 「どうしても帰れないって言ったら?」 『それでも、どうしても帰っておいでって言うけど?』 『なら、ぜったいに帰れないって言ったら?」 『ホントにせったいに?』 「ぜっったいにっ」 『でも…、それでもぜったいに帰っておいで…、もしも途中で歩けなくなったら…、どこまででもちゃんと迎えに行くから…』 「・・・・・久保ちゃん」 『・・・・・・帰っておいで、時任』 久保ちゃんはそう言いながらベランダにいる俺の方に歩いてきて…、微笑みながら窓ガラスに手のひらを押し付ける。だから俺も…、同じように手のひらを窓ガラスに押し付けながら微笑み返した…。 どこからどんな風にどれくらい繋がってるかなんて…、目に見えないからわからない。けど、ガラス越しでも伝わってくる暖かい体温と重ねられてる手のひらが…、ちゃんと繋がってるんだってことを証明してくれてる気がした…。 二人の間にある窓を開けると久保ちゃんの腕が伸びてきて、俺のカラダを抱きかかえるようにしながらベランダに立つ…。そしたら少しだけ視線が高くなって、そこから見る虹はさっきよりも明るくキレイに見えた…。 「ずっと…、消えなきゃいいのにな…」 俺がそう言うと…、久保ちゃんはそうだねって言って虹よりも遠くを見つめる…。だから、俺はそんな久保ちゃんを見下ろしながら…、ゆっくりゆっくり顔を近づけてキスした…。 瞳を閉じながらキスしてるとなにも見えなくて…、こうしてる間にすぐに虹は消えちまうのかもしれねぇけど…、 もしかしたらホントは見えないだけで…、ずっとあんな風に大切な何かを繋ぐために空にかかってんのかもって…、 久保ちゃんと長い長いキスを繰り返しながら、なんとなく想った…。 |