・・・・・神奈川県横浜市。 どこに行きたいワケでも、どこかに行きたいワケでもないけど…、 なんとなく横浜に住みついてるのは、麻雀して金の代わりにもらったマンションの立地条件が良かったことと、バイト先に近かったことが理由だった。 住み付くことにした部屋に最初に持ち込んだのはソファーとゲームをするためのテレビで、それ以外のモノは必要になった時に買えばいいと思ってたから…、 今も一つだけしかない狭いパイプベッドを買ったのは、同じ部屋に置いてあるパソコンを買ったのとほぼ同時。 そんなカンジで住みついてる部屋は窓から眺める街と同じようにどこか灰色で殺風景で…、だから毎日吸ってるタバコの煙の充満した部屋と排気ガスで汚れた街の空気も、たぶんどことなく似ていたのかもしれなかった。 「・・・・マズくても吸わなきゃ生きてけないしね」 そう言いながらポケットからセッタを出しかけたけど…、手に持ってる買い物用のビニール袋がカサカサ鳴って、そこからするたこ焼きの匂いを嗅いだ瞬間になぜか手が止まる。たこ焼きは時任の好きな築地の銀タコで…、この間から食いたいって言ってたから買ってきたヤツだった。 自分の手に持ってるソレを見てると、なんとなくいつか見た古いホームドラマを思い出した気がして…、視線をたこ焼きから前に戻すとマンションへ続いてるアスファルトを踏む足に奇妙な感覚が走る。そんな感覚をカンジながら歩いてるといつもと同じ道だけど、今見てる景色はすぐに覚める真昼の夢にも似ていて…、 吹いてくるホコリ混じりの乾いた風が、なにもかもをさらうようにどこからか吹いてきて…、どこかへと吹いていく…。でもそんな風の中を歩いてると見慣れたマンションが見えてきて…、そこから走って出てきた人物が、目の前のアスファルトの道を横切って向かいにあるコンビニに入っていくのが見えた。 呼び止めようかと思ったけど、何も言わずにそのまま同じコンビニに入る。そしたら、俺が入ってきたのに気づかなかったみたいで、立ち止まらずに雑誌のコーナーを素通りしてお菓子の置いてあるトコにいた。 「やっぱ…、ハコ買いはヤバいよな…」 気づかれないように近くまで行くと、ブツブツ言ってる時任の声か聞こえてくる。なにを買ってるのかまでは見えなかったけど、真剣なカオしながら選んでるトコが妙におかしかった。 オレンジ色のカゴにお菓子とかカップめんとか入れて…、それからその中にペットボトルを数本放り込む。それは二人で来てる時と変わらない順序で、たぶん気づかない内に習慣になってるんだろうけど、いつもと同じようにコンビニで買いモノしてる時任を見てたら…、 銀タコ買ってきてよかったなぁって…、なんとなく想った…。 「できれば、そこの新作アイスもついでに…」 まるで俺の声が聞こえてるみたいに、時任がアイスをカゴに放り込むのを見届けてからコンビニを出ようとしたけど…、 なぜかそこからデザートとか弁当とかを見てレジに行く前に、何かを思い出したみたいにべつの場所に移動する。そして、ちょっと悩んでるような困ってるような顔をしながら前に手を伸ばしかけた…。 俺と久保ちゃんの暮してるマンション。 久保田って表札のかかってる401号室…。 そこは横浜っていう街にあるから、俺も横浜っていう街で暮してた。だから横浜が気に入って暮してるってワケじゃねぇけど、暮してる内に馴染んでくるっていうか…、そういうのはたぶんあるのかもしれない。 前になんで横浜で暮してんのかって久保ちゃんに聞いたら、久保ちゃんは「さぁ?」って言って、次に「どっかに引っ越したい?」って逆に聞いてきた。でも、ココが嫌になったとか飽きたとか、そういうので聞いたワケじゃないからすぐに答えは言えなかったけど…、 そう言われた瞬間に、なんとなくココに住んでるワケがなんとなくわかった気がした。 今日の久保ちゃんは朝からバイトに出てて…、だから部屋で一人でテレビ見てたけど、気づいたらいつの間にか眠ってた。最後の時計を見たのは朝の十時だったから、それからずっと夕方まで眠ってたってコトで…、 ぐーっと勢い良く鳴ったハラの虫に起こされて、コンビニに食料を買いに出た。 けど、コンビニでハマってるチョコとかポッキー、それからちょっと重いペットボトルとアイスを放り込んだ所で、なんか忘れてる気がしてレジに行きかけて立ち止まる。それから、なんだったっけって考えてたら…、横を通ったリーマン風の男がちょっとエロい雑誌を持ってるのを見た瞬間にそれを思い出した…。 「くっそぉっ…、ぜーんぶ久保ちゃんのせいだかんなっ」 昨日の夜のコトが頭ん中に浮かんできて、なんかカオが熱くなってきて心臓の鼓動が少しだけ早くなる…。今から買おうとしてるヤツは夜に使う必需品だけど、なかったら俺がイヤだって言っても久保ちゃんはかまわずに強引にヤろうとしてくるから…、そうならないためにもやっぱ買っとくことにして場所を移動した。 今日は久保ちゃんがいねぇし、ヘンに思われることはないかもしんねぇけど、やっぱ買おうとしたらすっげぇ周りの視線が気になってくるし…、コレ買って帰ったらまるで今日もしたいって言ってるみたいだし…、 色んなことがグルグル頭ん中をまわってて、伸ばしかけた手が止まる。 そしたら何者かの手が伸びてきて、俺のカゴの中に小さな箱を放り込んだ。 「なにしやがんだっ、てめぇっっ!!」 「うーん、やっぱコレは迷わずに箱買いだよねぇ?」 「…って、な、なんで久保ちゃんがココにっ!」 「なんでって言われても、ねぇ? バイト帰りにお前が入ってくの見かけたから、来てみただけだけど」 「見かけたんならっ、すぐに声かけりゃいいだろっ」 「そうねぇ、けど楽しそーにお買いモノしてたから、ジャマしちゃ悪いし?」 「と、とにかくっ、早く入れたヤツを元に戻せよっ。このままじゃレジに持ってけねぇだろっ」 「なんで?」 「なんでって、こんなもん入れてレジに行けっかよっ、ハズいだろっ」 「ふーん、なら今度からナシってことで」 「えっ!?」 「だって、買わなきゃないし使えないっしょ?」 「そんなの俺が買わなくても、久保ちゃんが買えばいいじゃんかっ」 「ハズいからイヤ」 「毎回、ヘーキなカオして買ってるクセに真似すんなっっ」 「そんじゃ、先に帰って部屋で待ってるから、コレが冷めない内に早く買って帰って来なよ」 「おっ、それって銀たこじゃんかっ、やった−…って、そんなんで釣るなっ、誤魔化すなっ」 「じゃあね」 「…って、マジで帰んなよっ!!!」 久保ちゃんにそう怒鳴ってみたけど、信じられねぇことにマジで置いて帰りやがったっ!!久保ちゃんはカゴを持った俺にヒラヒラと手を振ると、俺様の銀たこを持って一人でマンションに帰ってく。 だから、カゴを置いてそれを追いかけようかと思ったけど、店員と客達の視線が俺の背中と頬に突き刺さった。ここで夜の必需品の入ったカゴを置き去りにして久保ちゃんを追いかけてったら…、か、かなりアヤシすぎる。 そう考えた俺は、久保ちゃんみたいにヘーキなカオしてこのままレジに行くことにした。 「イラッシャイマセ〜」 気のせいかもしんねぇけど、なんとなく店員のカオが営業スマイル以上に笑ってる気がする。だから、俺は落ち着かない気分で店員は笑顔で次々にカゴに入ってるモノを袋に入れてくのを見てた。 そうしてると、なんとなく一秒が一分くらいにカンジる。計算し終わって代金を払って袋をつかむと、俺はエロ親父な久保ちゃんを恨みながら急いでコンビニを出た。 「ぜっってぇっ、今日は使わせねぇかんなっ!!!!」 ダッシュでマンションの部屋まで帰りつくと、そう怒鳴りながらソファーの前に座り込んでテレビを見てる久保ちゃんに向かって小さな箱を投げつける。そしたら投げつけたはずの箱は、見事に久保ちゃんにキャッチされてしまってた。 攻撃しようとして失敗した俺は、ムカッとしながら久保ちゃんの前に置かれてる銀たこのパックを開けて食べ始める。そしたら、久保ちゃんは俺が食べるのをジャマするみたいに背中から抱き付いてきた。 「食うのにジャマだから、とっとと離せっ」 「やっぱ色気より食い気?」 「今はハラ減ってるし、それにさっき今日はぜっったいにヤらねぇっつっただろっ!!」 「うーん、せっかく時任君が買ってきてくれたのにねぇ?」 「買ってきたんじゃなくてっ、久保ちゃんが無理やりカゴに入れたんじゃねぇかっ!」 「そうだったっけ?」 「とぼけんなっ!!」 「けど、俺が入れなくても買おうとしてたデショ?」 「うっ…、うっせぇっ」 「ねぇ…、時任」 「俺は銀たこを食うんだっ!!!」 「・・・・・・・うーん、やっぱ買って来なきゃよかったかも」 「これっくらいで、しみじみと後悔すんなっ!!」 俺に抱きつかれながらも、時任は銀たこを食べ続けてる。だから、食べ終わるのを待ちながら、口元についてる青海苔をなめると海苔だけじゃなくソースの味もした。 そこから唇を滑らせて首筋にキスすると、時任のカオが赤くなっていくのがわかる。なんとなく、俺が食べ終わるのを待ってるのがわかったみたいで、銀たこを食べてる時任の手が少しずつ遅くなってきた。 やがて最後の一個になると…、時任はそれをわざわざ半分に切って食べる。だから、俺は残りの半分を軽く手でつまんで食べた。 「せ、せっかく最後に食おうと思ってたのに、なにすんだよっ!」 「けど、時任が食べるの待ってたら冷めちゃいそうだったし?」 「銀たこは冷めてもうまいんだってのっ」 「うーん、でもやっぱ食うのは熱い時の方がいんでない?」 「そ、それはそうだけど」 「銀たこも…、カラダもね?」 ソファーに時任のカラダを押し付けながら、昨日つけた赤い痕をたどりながらキスをして熱くなっていくカラダに溺れていく。セッタの匂いの染み付いた部屋で、呼吸するようにキスを繰り返しながら…、手のひらでゆっくりとカラダを撫でると…、 時任は耳まで真っ赤になりながら、軽く俺の脇腹を蹴飛ばした…。 だから、その足を掴んで自分も熱くなりながら、もっと手で時任のカラダを熱く熱くさせて、買ってきてくれた箱から夜の必需品を取り出して歯で噛んで封を切る。 生きてくのに必要なのは空気と水と…、それから他にもたくさんあるけど…、 こんな風に抱きしめて…、抱きながら熱く鼓動を動かしてる時だけ…、 自分のカラダの中にも、心臓があるってことをカンジられる気がした…。 まだ明るい日差しの差し込んでいる窓の外には、横浜の街と空があって…、俺らの抱き会ってる場所も同じ街で同じ空の下だったけど…、 呼吸するようにキスしながら呼吸する空気も…、抱きしめながら抱きながら鼓動と同じ速さで刻む時間も、きっと横浜にもどこもなくて…、 二人きりの部屋の中だけにあるのかもしれなかった…。 |