『・・・・・・おいで』

 時々、久保ちゃんはそんな風に俺のコトを呼ぶ。
 俺より先を歩いてる時とかウチで新聞読んでる時とか…、唐突で突然だったりすっから、おいでって言われるとちょっとだけ時が止まる。でもそれはいきなり言われたからってのもあるけど、こっちを見てる久保ちゃんを見つめ返すと…、
 なんとなくおいでっていう言葉と見つめてくる視線に…、引き寄せられてくカンジがするからだった。
 
 「おいで…、時任」

 久保ちゃんにおいでって呼ばれたら、絶対に逆らえない…。
 引き寄せられてくのはカラダだけじゃなくて、ドキドキしてる鼓動ごと連れていかれる気がして…、コンビニ袋を片手に立ち止まって振り返ってる久保ちゃんに走って追いつくと隣に並ばずに額を久保ちゃんの背中にくっつけた。
 そしたら、久保ちゃんはなにも言わずに立ち止まったままで動かないでいてくれる。そんな久保ちゃんに向かって、ホントは好きだって言いたかったような気もしたけど…、いつだってこんな風に体温をカンジてるだけで…、
 引き寄せられてくカラダとココロで…、好きだって叫んでるだけで…、

 いつも…、精一杯だった…。

 しばらくそうしてると目の前にヒラヒラとなにかが落ちてくるのが見えて…、背中に額をくっつけたままで視線を上げる。すると、視界がいきなり空の青と明るいピンク色に染まった…。
 俺と久保ちゃんのそばにある桜の木は一本しかなくて、けれど枝には小さな花がたくさんたくさん咲いてる。それを見ながらニュースで満開だって言ってたのを思い出してると、久保ちゃんが少しカラダを後ろにひねって俺の頭に落ちてる桜の花びらを払ってくれた。

 「今、満開だから…、もう少ししたら全部散っちゃうかも…」
 「こんなにキレイなのに、すぐに散っちまうんだな…」
 「花の命は短いって言うしね」
 「けど、きっと散るために咲いてんじゃねぇからさ…。キレイなのは命が短いからじゃねぇよ」
 「・・・・そうだね」
 「だから、散っても散っても咲くのかもな…。来年もその次も…」
 「来年もその次も?」
 「その次も、その次のずっと先も…」

 「その先の…、ずっと先もね?」

 そう言いながらキスしてきた久保ちゃんの頭にも桜の花びらがあって…、それを払うために手を伸ばしたら…、その手は花びらまで届かずに…、
 暖かい手のひらにぎゅっと強く握りしめられた。
 おいでって俺を呼んだ唇にキスされながら、なにもかもが花びらをさらっていく風のに吹かれたようにさらわれていく…。けれど、目の前にある満開の桜の花は、風にさらわれてもさらわれてもキレイに咲いていた…。
 散らない花なんてないのかもしれないけど、さらわれるたびに胸の奥に大きくなってく想いのように…、キスされるたびに抱きしめられるたびに好きになってく気持ちのように…、
 満開の桜の花は…、キレイに咲き誇っていた…。

 「せっかくだから、これから公園まで花見に行かねぇ?」
 「そうねぇ、風が強いから今日でかなり散っちゃうかもしれないし? 散ってく花びらを見ながらビールでも飲む?」
 「だったら、ビールだけじゃなくてつまみも忘れんなよっ」
 「了解」
 「けど、確かに花びらが散ってくのはキレイだけどさ…」
 「うん?」

 「散ってく花びらばっかじゃなくて、咲いてる花を見に行こうぜ…、二人で…」

 おいでって言われて近寄って、行こうって言って腕を引っ張って…、ヒラヒラと落ちてくる花びらに雨のように降られながら二人で歩く…。
 そうしながら見上げた空は青く青く澄んでたけど、咲いては散ってく桜の色が少し混じってるカンジがして…、
 俺は久保ちゃんの腕を握りしめてる手に…、少しだけ力を込めた…。

                            『呼び声』 2004.4.8更新

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