一緒にいたいから一緒にいるし、並んで歩きたいから隣にいる。
 でも、なんでかはわかんねぇんだけど…、
 時々…、これでいいのかなぁって思うコトがあったりした…。
 これでこのままで…、いいのかなって…。
 けど、そういう時は久保ちゃんが俺の方を見て微笑んでくれたりしてる時で…、いつもよりもそばにいるコトとか、一緒にいるコトとか感じてる時だったりする。
 だから、そんな時になんでだってそう想うけど…、それはたぶん…、
 微笑んでくれて抱きしめてくれて、そういう優しいってコトを暖かく感じるたびに…、いつも良くないコトとか何かあった時とか…、

 そういうコトばっか…、なぜか浮かんだりするせいなのかもしれなかった。






 「うわっっ!!!」

 いつもみたいに久保ちゃんと二人で出かけて、こないだまた割っちまったマグカップを買った帰り。店の二階のレジで金を払って外に出るために階段を下りようとしたら、なんかいきなり背中を押されたカンジがして…、目の前がグラッと揺れた。
 瞬間的にヤバイってのはわかったけど、足は宙に浮いちまってるし手遅れってヤツだから、できるコトっつったら打撲を防ぐために受身を取るくらいしかない。でも、やっぱさっき買ったマグカップは割れちまうんだろうなぁって思いながら、とっさに頭を打たないように腕でガードした…。
 けど…、俺の身体は階段じゃなくて何かやわらかいモノの上に落ちて…、
 それから…、覚えのある暖かい腕が抱きしめてくるのを感じた。

 「く、久保ちゃんっ!?」
 「うーん、結構、思ったより派手に落ちたなぁ」
 「…って、なんでっ!」
 「ケガとかしてない?」
 「俺はしてねぇよ…」
 「マグカップは無事?」
 「それも無事みてぇだけど…」
 「じゃ、問題ナシね」
 「も、問題ねぇって、んなワケねぇだろっ!! バカっ!」
 「なんで?」

 「久保ちゃんが、俺の下敷きになってるじゃんかっっ!!」

 俺がそう言いながらあわてて立ち上がると、久保ちゃんもゆっくりと階段から立ち上がる。その様子を見てると久保ちゃんもケガとかしてなくて大丈夫そうだったからホッとしたけど、少しだけまだ心臓の音が早く鳴ってた。
 そんな風に心臓が鳴ってんのは、階段から落ちたせいかもしれない。
 でも…、一番心臓の音が大きく鳴ったのは…、
 階段から落ちながら…、久保ちゃんが抱きしめてくれるのをカンジた時だった。
 一人で落ちる時はしょうがねぇって思ってたのに…、久保ちゃんもだってわかったら、助けてくれようとしてんのにやめろって叫びたくなって…、
 自分の下に暖かい感触があるのを感じたら、心臓が止まりそうになった。
 二人ともなんともなかったからいいけど、久保ちゃんがケガしたら自分が無事でも助かった気なんか絶対にしない…。だから、ありがとうって言いたかったのに、心臓のドキドキが収まらないから何も言わずにそのまま歩き出した。










 「時任?」

 階段から二人で落ちて、それから時任は口をきいてくれない…。
 べつに怒ってるカンジじゃなかったから、俺が何かしたからってワケじゃないと思うけど…、呼んでも振り返ってくれなかった。
 階段から落ちても無事だったマグカップはホントは割れた分の一つだけ買う予定だったのに、どうせなら同じがいいって少し照れたカンジで赤くなりながら時任が言ったから買ったヤツで…、
 だから、割れなくて良かったし…、

 そしてなによりも…、時任がケガなくて良かったと思う…。
 
 日曜日のせいか込み合ってた店内で、時任が押されて落ちるのを見た時…、何を思うよりも考えるよりも早くカラダが自然に動いてた。
 でも、それは反射的っていうよりも絶対になくしたくないから…、とっさにしがみついただけなのかもしれない…。聞こえてたたくさんの声も音も、時任が落ちていくのを見た瞬間に聞こえなくなって、まるで時間まで止まっていくようなカンジもして…、だから振り返らずに歩いてく時任の後ろ姿を見ながら…、

 もしかしたら、世界が壊れる瞬間っていうのはこんなカンジなのかもしれないって気がした。
 
 目の前で雑踏に紛れていく時任の姿を目で追って、その後を追いかけるけど今はどうしても追いつけない。マンションに帰るだけだから別にそれでも構わないけど、ゆっくりとゆっくりとけれど確実に距離は開いてく…。
 もしかしたらとか、そんなコトを考えるなんてクダラナイんだろうけど…、
 それがわかっててもこんな風に考えたりとか想ったりするのは、無意識に自分自身を守ろうとしているせいなのかもしれなかった。
 目の前で起こるかもしれないコトを予測して予見して…、傷が深くなり過ぎないように最小限に留めようとする。

 生きていくために…。

 けど…、もうそんなコトをしても手遅れだってことは…、
 時任しか見つめようとしない目とか…、時任しか抱きしめようとしない腕とか…、
 時任しか想おうとしないココロが教えてくれていた。
 だから、時任が振り返ってくれなくなっても、こうやって後ろ姿を見つめながら歩いて行くしか…、後ろから縛り付けるように抱きしめるしかない。
 そんな自分を自嘲しながら、それでも想うことをやめられない…。
 たぶんそれが恋ってヤツなのかなぁって…、小さく笑いながら心の中で臭さすぎるセリフを言うと、まるでその声が聞こえたみたいに…、
 時任が足を止めて、いつまでも追いついてこない俺の方へと振り返った。

 「…ったく、しょーがねぇな」

 ゆっくりと歩いてる俺を見てそう言うと、時任はこっちに向かって走ってくる。そして、なぜか俺に背中を向けてしゃがみ込んだ。
 
 「ほらっ、早くしろよっ」
 「早くって何が?」
 「ホントは無事なんかじゃなくって、足くじいてんだろっ。だから、しょーがねぇからおぶってってやるっ」
 「あれ、ゆっくり歩いてるだけなのにバレちゃった?」
 「そんなモンは足音聞けばわかるし、バレバレだっつーのっ!」
 「足音?」

 「いつもと、歩くリズムとか違うから…」

 時任は少し怒った声でそう言うと、早く背中に乗れって怒鳴った。
 だから、おぶってもらうほど痛くなかったし、自分の足で歩いて帰るつもりだったけど…、怒鳴り声に押されたカンジで時任の首に腕を回す。そしたら、時任は俺を背負ったままゆっくりと立ち上がった…。
 身長差の分だけ俺の方が重から、時任の足元は少しふらふらしてて…、
 でも、それでも時任は文句も言わずに、俺と買ったマグカップを背負ってマンションに向かって歩き出す。マンションまではまだまだ遠かったけど、俺を背中から下ろすつもりはないようだった。

 「足元、あぶなそうだけど…」
 「うるせぇっ」
 「あ、前に空き缶…」
 「そんなんで、コケねぇっつーのっ」
 「犬のフン」
 「うっ・・・・」
 「もしかして、踏んだ?」
 「ふ、踏んでねぇに決まってんだろっ!」

 そんな風にぽつりぽつりと話しながら、時任の背中から歩いてる道を見つめる。時任が歩いてるのはアスファルトの道だったけど、それでも何も障害物がないってワケじゃなかった…。
 でも、よたよたしてふらふらしながらも時任はちゃんと二人分の重さを背負って歩いてくれてる。時任の歩く振動と背中から伝わってくる暖かさをカンジながら、ずっと道を眺め続けてると…、
 道は歩き続けると、必ず行き止まりにたどりつくはずなのに…、

 どこまでも…、どこまでも続いているような気がした。










 「久保ちゃん…」
 「なに?」
 「さっきは、アリガトな…」
 「俺もアリガトね」
 「あのさ…」
 「ん?」
 「せっかく買ったし、マグカップ割れなくて良かった…」
 
 「うん…」

 階段から落ちて俺に押しつぶされた久保ちゃんは、やっぱ大丈夫じゃなくて足をくじいてた…。なのに、ぜんぜんヘーキな顔して歩いてて…、そしてそれはたぷん俺に気づかせないためで…、
 いつもよか少し違うテンポの足音聞いてたら、前にも似たようなことがあったことを思い出したりする。そん時も久保ちゃんは…、俺の代わりにケガして血が出てんのにヘーキな顔してた…。

 俺が無事で良かったって…、微笑んでそう言いながら…。

 けど、いつだって俺は無事でも久保ちゃんは無事じゃなかった。
 それは俺のコトを大事に想ってくれてるからだって…、そうカンジるとあったかくて…、それから胸がしめつけられたみたいに苦しくなる。
 見つめてくる瞳も抱きしめてくれる腕も…、つなぐ手も優しいけど…、
 優しすぎて…、時々切なくて哀しかった…。
 だから見つめられればられるほど、抱きしめられればられるほど…、今日みたいな日のことを思い出して…、暖かさの中にいてもココロが少しだけゆらゆらと揺れる。一緒にいたいのに一緒にいられてうれしいのに…、このままでいいのかってそんな気がしてた。
 けど…、足をくじいてる久保ちゃんを背負って歩いてたら…、
 久保ちゃんが俺を抱きしめてくれた分だけ、守ってくれた分だけ…、それよりももっともっと久保ちゃんを抱きしめて守りたいって…、そう想った…。
 
 「ねぇ、そろそろギブアップしない?」
 「誰がするかっ」
 「夜まで、体力温存してくれないと困るんだけど?」
 「なんの話だっ、なんのっ」
 「うーん、ジャンケンして負けた方が背負うとか?」
 「ソレじゃ背負う意味ねぇだろっ!足くじいてんのは、俺じゃなくて久保ちゃんじゃねぇかっ!」
 「だぁねぇ」
 「だぁねぇ…じゃねぇよっ!」
 「まあまあ」
 「それは置いといてやってもいいけどさ。もしもマンションまで背負って帰れたら、俺と一個だけ約束しろよ」
 「約束?」
 「久保ちゃんが俺を背負って歩いたら、ソレと同じ分だけ俺も久保ちゃんのコト背負って歩くから…、そん時はジャマすんなっ」
 「・・・・・もしかして、それが約束?」
 「もしかなくても約束っ。だから、帰ったらちゃんと指切りしろよっ」
 「・・・・・・・・・」
 「久保ちゃん?」


 「指切りして、もしもウソついたら針千本じゃなくて…、同じ数だけバカだって言ってよ…。ねぇ、時任」
 

 目の前に続く道を二人で歩いて歩いて、そして疲れたらジャンケンして…、
 それからジャンケンができなくなったなら、歩ける方がもう一人を背負って歩いて…、二人とも歩けなくなったら立ち止まって休憩すればいい…。
 そうしたら、すぐに行き止まりが来て遠くに行けなくても、二人でいるなら空を見上げて笑い合えるから…、
 目的地なんてなくても、ただひたすら二人でどこまでもいこう…。
 バカみたいにありきたりで、笑っちゃうほどクサくて…、
 
 そんなラブソングを君と歌いながら…。

                            『アスファルト』 2004.1.24更新

                        短編TOP