今年、始めての雪か降った日…。 ちょっとだけ積もった雪の上を、インスタントの年越しソバが入ったビニール袋さげて…、時任と一緒に歩いた…。こういう日は部屋から出ないだろうって思ってたけど、寒いのはキライなのに雪は好きらしい。 時任は足の下にある雪の感触を楽しむように、わざと雪のたくさん積もってる辺りを通ってた。だから、それにつられるように俺もたくさん積もってる雪を踏みしめる…。 その時に雪が立てる音を聞いてると少しだけ…、なんとなく悲鳴に似てるって気がしたけど…、楽しそうに歩いてる時任には言わなかった。 「なぁ…」 「ん〜?」 「さっきから、なにむずかしいカオしてんだよ?」 「そんなカオしてる?」 「してるっ」 「ふーん…」 「なんか…、雪じゃないなにかを踏んでるみたいなカオしてんだよ…」 時任の言葉を聞いた瞬間、ちょっとだけ雪を踏みしめてた足が止まる。それは図星を刺されたからだけど…、こういうのはめずらしくなかった。 なにも言ったりしてないのに、時任には俺の中のすぐに消えてしまう曖昧さまでわかってしまうらしい。だから、もしかしたら俺の足元にあるモノがなんなのか、時任になら見えるのかもしれなかった。 音を立てて踏みしめられてく雪は…、二人分の足跡を残して…、 でも…、それはすぐに溶けて消えていく。 わずかな悲鳴だけを耳に残して…。 前だけを向いて歩いていけたら、もしかしたら悲鳴なんて聞えないのかもしれないけど、白い雪の上に足跡をつけるとなぜか振り返りたくなる。 それはたぶん…、雪が白すぎるからで…、 あまりにも白すぎるから、こんな風に悲鳴を上げるくらい踏みしめたくなるのかもしれなかった。 まるで俺の目にある無邪気な笑顔を、ほんの少しだけ壊したくなる時のように…。 踏みしめていく雪の悲鳴は、灰色の空に吸い込まれるように消えて…、 足跡は明日になったら溶け落ちて…、何も残らない…。 残るのはそれを踏みしめた足と、鼓膜をふるわせた余韻だけで…、 もしかしたら…、こんな曖昧さも一緒に消えていくのかもしれなかった。 「なんとなくさ…」 「うん?」 「そんな距離歩いてねぇ気がするけど、振り返ってつけたあしあと見てるとすっげぇ遠くまで来た気がする」 「それは、たぶん白いからじゃないの?」 「なんで?」 「キレイすぎて目がくらんで、あんまり見つめてると感覚が狂ってくから…」 灰色の汚れた空から降る雪も…、白く白く街を染める。 もっとたくさん空が汚れたら、いつの日か白くなくなる日がくるのかもしれないけど…、今はまだ目のくらむような白が目の前にあった。 時任の笑顔とともに…。 俺の隣りであしあとをつけてく時任は、自分のあしあとを見ながら後ろ向きに歩く。そして二人分のあしあとを…、遠く遠くを眺めながら目を細めた。 けれど、その瞳の先にあるのは曖昧な風景じゃなくて…、くっきりとした鮮明な白がある。なにが見えるのかって、時任には聞かなかったけどそんな気がした。 「もし振り返って二人分のあしあとがなかったら…、雪が消えてなくなる前に…」 「ん?」 「やっぱ…、なんでもない」 「…そう」 時任はそう言って俺のコートの端をつかむと、今度は振り返らずに前を向いて歩き出す。雪の上に二人分のあしあとを残して、悲鳴に似た音を響かせて…、 白い雪を踏みしめて踏みしめながら…。 だからきっと…、これからも悲鳴に似た音を響かせて…、 俺らは歩いて行くんだろう…。 やがて来る…、終わりの日まで…。 |