なにかを想う時とか…、考える時とか…、 なんでそういう時って遠くを見つめんのかなって…、バイト帰りになんとなく寄った公園のある丘の上で遠くを見つめてる久保ちゃんを見て想った。 久保ちゃんの見てる遠くには俺らが住んでる街があって…、それ以外には空しかない…。けど、もしかしたら灰色の街とか空じゃなくて、俺の見えないなにかを見てるのかもしれなかった。 俺にはわからない…、なにかを…。 もしかしたら、俺も考えゴトしてる時もあんな風に遠くを見てるのかもしれない。 けれど、遠くばかりを見つめてる久保ちゃんは…、あんまり見てたくなかった。 それはたぶん…、俺が呼んでも返事が生返事だとかそういうのじゃなくて、確かに目の前に立ってるのに…、 久保ちゃんがココにいないって気がするからかもしれない。 遠くを見つめてる久保ちゃんの目は…、いつもと少しだけ違っていた。 「あのさ…」 「なに?」 「なんか風吹いてきたし、そろそろ帰らねぇ?」 「ん〜、もうちょっとしたらね?」 「・・・・さっきから遠くばっか見てっけど、なんか見えんの?」 「なんかって、見たまんまだけど?」 「ビルとか家とか…、空とか?」 「うん」 「けど、なんかそこよか遠く見てる気ぃしたから…」 俺がそう言ってる間も久保ちゃんはセッタを吸いながら遠くばかりを見てて、なにかをずっと考えてるカンジだった…。 けど、機嫌がいいワケでも不機嫌でもない。 こういう時の久保ちゃんは、いつもなにを聞いても答えてくれなかった。 なにを言っても最後に口から出る言葉はゴメンで…、その言葉のイミも遠くを見つめてるワケとおんなじようにわからない。だから俺はなんにもわからなくてもゴメンだけは聞きたくなくて、それ以上はなにも言わずに久保ちゃんの横に並んで灰色の街を見つめた。 ゴメンって言われたくて…、言わせたくて一緒にいるワケじゃない…。 一緒にいることも、一緒にいたいと想うキモチも俺の中にあって…、それは誰かにそうしろと言われたからじゃなかった…。 だから…、なにがあってもゴメンなんて言われる覚えなんてない。 なにがあっても一緒にいるコトをやめるつもりなんてないから…、どんなに見つめてもおんなじ景色が見えないかもしれなくても…、 いつも横に並んで街を空を見上げた。 マンションの部屋のベランダから…、そしてこの丘の上から…、 いつでも…、どんな時でも…。 冷たい風が吹いてきて少し寒かったけど…、たぷん一人でマンションに帰ったらもっと寒くなるってわかってたから帰りたくなかった。 それから少しの間、風に吹かれながら街を眺めてると、横から久保ちゃんの手が伸びてきて…、俺の頭を軽く二回ポンポンと叩いてから肩に顎を乗せてくる。 すると、少し高かった久保ちゃんの視線が俺とおんなじ高さになった。 「そういうお前は、なに見てんの?」 「なにって、見たまんまに決まってんだろっ」 「じゃ、空とか街とか?」 「それと、俺らの住んでるマンション…」 「マンションって、あそこらヘンだっけ?」 「・・・・・うん」 「結構、ココからの夜景ってキレイらしいけど、俺らの部屋の明りはココに二人ともいたら見えないよねぇ」 「当ったり前だろっ、あの部屋には俺らしか住んでねぇじゃんっ」 「だぁね…」 「だからさ、寒くなってきたし早く帰ろうぜっ」 「なら、帰りにコンビニでおでんでも買ってく?」 「そんじゃ、こっからコンビニまで競争っ!!」 そう言って伸びてきた腕をすり抜けて俺が走り出すと、そのまま全速力で一気に公園からアスファルトの道へと出る。けど、少し走って振り向いてみると久保ちゃんはまだ走り出してなかった。 立ち止まったままの久保ちゃんはさっきと同じように遠くを…、でも今度は見えない遠くじゃなくてちゃんと俺の方を見てて…、 そして…、振り返った俺に向かって久保ちゃんが微笑みかけてくれる…。 街を見つめた時には明りのつかないマンションが見えたけど、たぶん俺らの住んでる部屋に明りが付いたら…、こんなあったかいカンジなのかもしれなかった。 「コンビニはべつに走らなくても逃げないっしょ?」 「いいからっ、早く来いってのっ!」 「うーん、なにか商品が出るなら走ってもいいんだけどねぇ?」 「商品って、そんなモンねぇよっ」 「だったら、負けた方が勝った方にチューするってのは?」 「・・・・って、なんで商品がチューなんだっ!」 「こんな機会でもないと、誰かサンはなかなかしてくれないし…」 「だ、誰がするかっ!! ぜっってぇ、負けねぇっ!」 「ガンバッテね。勝ったら熱烈にチューしてあげるから」 「げっ…、負けたくねぇけど勝ちたくない気がする…」 「ヒドイなぁ…」 そんなカンジでチューを賭けてコンビニまで競争することになったけど、なんとなく納得がいかない。 負けたらチューして…、勝ったらチューされて…、 どっちでも久保ちゃんとチューすることになることに気付いた俺は「あぁぁっ!!」と叫んだけど、久保ちゃんはもう走り出してた。 だから、俺も負けないようにスピードを上げながら走り始める。でもゴールで待ってる俺の運命は…、勝っても負けても久保ちゃんとのチューだった。 「くっそぉぉ〜〜〜〜っっ!!!」 拳を握りしめながら空に向かって叫んで、それからまた久保ちゃんの方を振り返る。そうしながら何度も何度も振り返って…、結局、競争というよりもマラソンみたいなカンジになった。 こんな風に振り返らないでこのまま遠くまで…、久保ちゃんが見つめていた遠くまで走っていけたら…、 もしかしたら、わからなかったなにかがわかるのかもしれないけど…。 遠く見つめる瞳がなにを想っているのかわからなくても、隣りにいて近くにいるから、こんな風に笑い合ったりするもキスすることもできる。だから遠くを見つめる瞳にうつれなくても…、隣りで手を握りしめながら…、 おんなじ視線の高さで、空を街を見ていたかった。 なにかを考えるように想うように遠くを見つめる瞳が、なにを見てるのかはわからないけれど…、 たぶん握りしめた手が抱きし合ってる腕があたたかいなら、おんなじモノが見えなかったとしても…、ただ隣りにいてそばにいて…、 おんなじように遠くを見つめるだけでいいのかもしれない。 マンションの部屋にともった明りを…、見上げるように微笑みながら…、 いつも二人で…。 |