ガガガガ……、ドカンドカンドカン…ガガガ… マンションに帰る途中の道を歩いてたら、すっげぇうるせぇ音が聞えてきたからなにかと思ったけど、近づいて見たら下水道工事の看板が立ってた。 さっきからしてる音は、鼓膜に直接響いてくるカンジの音で…、ちょっち耳をふさいで歩きたい気もする。だから少しだけ耳に手を伸ばしかけたら、横で笑ってるみたいな気配がしたからやめた。 ゆっくりと降ろしかけた手をごまかすみたいに途中で伸びをして…、それからちょっとだけ立ち止まって斜め上を見る。そしたら、セッタ吸ってる久保ちゃんの横顔が見えて、少しだけカッコいいかもなんて思ったけど…、 やっぱ思ってた通りに笑ってたから少しムッとした。 「久保ちゃん…」 ドガガガガカ……、ドカンドカン… 「くーぼーちゃんってばっ!!」 ドカン…、ガガガカガ…… ・・・・・・・マジでうるせぇっつーのっ!!! 何度も久保ちゃんって呼んでんのに、工事の音がうるさくて聞えてねぇし…、 その上、運悪く渡ろうとしてた横断歩道の信号も赤になっちまってて、それを待ってからもう少し歩かないとダメっぽい。 くそぉっ、ただ帰る途中にモスに行きたいって言いたいだけなのに、なんでこんなに苦労しなきゃなんねぇんだっ! もうちょっち背が高かったら背伸びとかせずにちゃんと声が届くかもしんねぇけど、やっぱ俺の背は久保ちゃんの肩くらいしかない。そんなカンジにべつに低くないのに自分の背が低いって気がするのは、もしかしたら久保ちゃんの隣りにばっか立ってるからかもしれなかった。 いつも…、いつでも隣りに…。 いくら呼んでもこっちを見もしない久保ちゃんは前を向いてて、どこを見てるのかは視線を追ってもわからない。でも、なーんとなく聞えてないってのがウソっぽくて、俺は大声じゃなくて逆にワザと小さな声でブツブツ言ってみた。 「・・・・・ホントは聞えてんのにムシってんだろっ。このままムシってやがったら、今日は絶対に一緒に寝てやんねぇかんなっ」 ゴガガガ…、ガリガリガリガリ…… 「久保ちゃんのばーかっ、ヘンタイっ、エロ親父っ」 ウィーン…、ガガガガガカ…ガツン… 「・・・・・・・・・・」 ガツンガツン・・・・・、ガツン・・・・・・・ 「・・・・・・・・・・・でも」 ドカン、ドガガガガ…… 「けど…、好きだかんな…」 そんなことなんか言うつもりなかった…。 でも…、聞えてないってわかってるから言ったりしたのかもしれない。 久保ちゃんが言ってくれてる分になんて、少しも届かないけど…、 たとえ聞えてなくっても…、なんかちょっとでも届けばいいって…、久保ちゃんのそでの端を少しつかみながら想った。 そしたら、やっぱりその言葉に返事は返ってこなかったけど…、 信号が赤から青に変わる瞬間、唇に柔らかい感触が上から降ってきた。 そっと静かに…、ちょっとだけ触れてきて…、 それをあたたかいってカンジながら上を見上げると…、チラチラと白いモノが空から降ってくるのが見える。 白いモノははじめは一つで、次に二つになって…、ゆっくりアスファルトの上に降ってきて…、見つめている内にその数がだんだん増えてきた…。 少し早い初雪は音もなく、風に舞いながら降って…、 その降り始めた雪を見ながら、いつもよりも短い触れるだけのキスをしてると…、まるで白い雪とキスしてるみたいな気がする。 雪は冷たいはずなのにあたたかく見えるのは、どんなに寒くても抱きしめてくれるヒトが…、 抱きしめたいって想うヒトが、いつも隣りにいてくれるからかもしれない。 離れていく唇の感触を追うように、降ってくる雪に向かって手を伸ばすと手のひらの中に雪が落ちる。その雪はすぐに溶けて消えたけど、キスした時の感触がまだ残ってるように…、 今年の冬のはじまりが…、冬の欠片が小さな水滴になって残っていた。 「・・・やっぱ聞えてたんだろ?」 周りのヤツらの視線を気にしつつ、何事もなかったように横断歩道を渡り終えてから小声でそう言うと、久保ちゃんは手に持ったセッタをまたくわえながら…、 「さぁねぇ?」 って、言って小さく笑った。 「もしも聞えてなかったんなら、なんであんなトコでめちゃくちゃハズいことすんだよっ!!」 「そんなコトしたっけ?」 「さっきしたじゃんかっ」 「何を?」 「・・・・・・・・・・・・・き、キス」 「あ〜、あれね。あれは工事でうるさかったし、キスした方が伝わるかなぁって想って…」 「伝わるってなにがだよっ?」 「それはねぇ…」 「それは?」 「今…、俺が想ってるコト」 そう言いながら、久保ちゃんがマジ顔で俺のコトを見つめてくる。だから、自然に俺も見つめ返すカンジになって、心臓の鼓動が少しだけ早くなった。 毎日見てて見慣れてるカオだけど、見つめられるとドキドキする。でも、こんな風にドキドキすることが苦しい時があっても、ドキドキするのはイヤじゃない…。 だからたぶん…、これから先もずっとドキドキするんだろうって…、久保ちゃんと同じ場所に部屋に帰るために歩きながら想った。 「く、久保ちゃんが今、想ってるコトって?」 「知りたい?」 「・・・・・・・うん」 「そんじゃ…、ちょっと耳貸して…」 久保ちゃんが想ってるコト…。 それを聞くために立ち止まってナイショ話するみたいに耳をよせて…、久保ちゃんが何か言うのを待つ。そしたら、通りかかった女子高生にジロジロみられたけど、久保ちゃんの想ってるコトが聞きたくてガマンした。 「・・・・・・・は、早く言えよっ」 「うん、あのね…」 「・・・・・・・・」 「帰りに本屋によってきたいなぁって、想ってたんだけど?」 「はぁ?」 「こないだから読んでた本の続き読みたいから、買って帰りたいなぁって…」 「・・・・・・・・っ!!」 「あれ、ブルブル震えちゃってどしたの? もしかして寒い?」 「・・・・・・・るかっ」 「なに?」 「そんなもんがキスで伝わってたまるかぁぁ〜〜〜〜っ!!!!!」 白い雪がヒラヒラと舞って…、殴りかかろうとする俺を久保ちゃんが微笑みながら強引に抱きしめる…。 辺りを包んでる冬の寒さを打ち消すように…。 好きだよって…、耳元で囁きながら…。 その声を聞いてると…、アスファルトや街を染めるほどには降ってない雪だけど…、 もしかしたら、雪を見つめてるヒトの心には雪は降り積もっていくのかもしれないって気した。 ゆっくりとゆっくりと音もなく静かに…、ひらひらと…、ひらひらと…。 言葉で伝わらない想いは、手のひらから腕から伝わるあたたかさで伝えればいいし…、手のひらからも腕からも伝わらない想いは言葉で伝えればいい…。 だから…、伝わらない想いなんてないって…、 ぜんぶぜんぶ…、伝わればいいって…、 久保ちゃんに抱きしめられて…、白くヒラヒラと舞う雪を見ながら想った。 |