目の前にはジャガイモとニンジンとタマネギ…、そして手にはそれの皮をむいて切るために包丁を持ってる…。それは当たり前に今晩の夕食のカレーを作るためだけど、実は棚の中にはカップ麺とかインスタント食品が山ほど入ってた。
 なのに、それを食べないで良くキッチンに立つようになったのは、時任と一緒に暮らすようになってからで…、
 それまではたまにラーメン作ったりするくらいだったなぁって、ジャガイモの皮をむきながらなんとなく思い出した。

 手に持ったコンビニ袋に、いつもインスタント食品と新発売のお菓子とセッタしか入ってなかった頃のことを…。

 けど、思い出したからってべつに懐かしんでるんじゃなくて、ただ今と違うなぁってそれだけで…、むいたジャガイモを切り始めた時点で思考もそこでストップする。だからホントは思い出す必要もないのかもしれないけど、今とあまりに違い過ぎるから、こんな風に時々思い出したりするのかもしれなかった。
 まな板の上で野菜を切る規則的な音が部屋中に響いてて…、

 それがあまりにも…、不思議でたまらないから…。

 でも、いくら不思議でもこれが現実だって知ってるのに、ジャガイモの次に切ったニンジンをボールの中に放り込んで、それから玉ねぎをむいてるとわずかに目の奥から涙が滲んできて…、
 視界がぼやけると、なぜかすべてが現実離れして見える。
 指先で軽くぬぐってみても、一粒くらいしか出ない涙なのに…、
 その一粒の涙の向こう側にいる時任を見ると、少しだけ胸の奥が痛む気がした。
 けれど、それは顔をしかめるカンジの痛みじゃなくて、窓から差し込む陽だまりの中で時任を抱きしめた時のカンジに似てるから…、
 ホントは胸の奥がズキズキするのは、痛いっていうのじゃなくて…、

 好きだって…、そう言うのかもしれないけど…。

 玉ねぎを切り終えるとあたためた鍋に油を引いて肉をいためて、それから切った野菜を入れて、それからまたいためてると…、
 ふいにテレビを見てた時任が、ソファー越しにこっちを向く。
 だから、晩メシまだかとか言いたそうなカオに向かって微笑み返してやると、時任はなぜか耳まで真っ赤になって、すぐに沈むようにソファーの影に隠れた。
 こうなるとこちらから行かないと出てこないから、俺はそのまま視線をソファーからテレビの方に移す。すると、テレビでは深夜にやってるのとは少し違う感じのテレフォンショッピングをしてた。
 やってるのは、おなじみの良く切れる便利な調理器具ってヤツで…、
 それを見てると、前にテレフォンショッピングを見てる時に便利な調理器具を買いたいなぁとか思ったことあったなぁって思い出した。
 値段もそれほど高くないし、皮をむくのが楽そうだったし…。
 けど、電話を手に取った瞬間に、
 『あったって作るのは、どうせカレーだけじゃんかっ』
って時任に言われたから、結局、買わずじまい。
 でもそれはカレーしか作らないからじゃなくて、買うならカレー以外のモノも作れって言われたからだった。

 『たまにはハンバーグとか作ってくれたっていしじゃんかっ、久保ちゃんのケチッ』
 『・・・・・・・ふーん、ケチねぇ?』
 『なんでカレーばっか作んだよっ』
 『一回作ると、何日も食べれて楽だから』
 『…って、何日も食いたくねぇから言ってんだよっ』
 『四日目のカレーって、おいしいんだけどねぇ?』
 『うっ…、お、おいしいのは認めるけど…』
 『四日目だけじゃなくて、五日目もおいしいし』
 『・・・・・・』
 『あ…、そういえばこのカレーも五日目だっけ?』
 『うわぁぁっ!! もうカレーはイヤだぁぁぁっ!!!』
 『じゃ、時任はそこのポテチが晩メシね』
 『・・・・・・・・う、ウソに決まってんだろっ。五日目のカレー…、た、楽しみだなぁ…』
 『なら、今からあっためるから』
 『わ〜い、今日もカレーだぁ〜』
 『…って、楽しみにしててくれる所悪いけど、もしかして六日目か七日目だったかも…』
 『な、なんか…、妙な匂いが…』
 『うーん…、なんかヤバそうだけど食べる?』

 『食うワケねぇだろっ!!!』

 週に何回かカレーで、たまにチャーハンとかも作って…、いつも同じであきたって言いながらも時任はコンビニ弁当よりも俺の作ったカレーを食べる。だから、もしかしたら他のモノも作れるのにカレーを作るのは、最初は一人の時はあまるから作らなかったからってのもあった気がするけど、

 今はそのせいかもしれなかった…。

 俺はテレビを見ながらカレーの具をいためて、それが終わって水を入れて煮込んで、それが終わったらルーを入れてまた煮込む。その間も時任はソファーに隠れたままで出てきてくれなかったけど、ネコみたいにひざを抱えて丸くなってる気がした。
 だから、一通り鍋を掻きまわして火を弱めると、リビングに行ってソファーの向こう側を覗き込んでみる。
 そしたら、時任は予想してた通りに丸くなってて…、ホントにネコみたいだった。
 
 「もうじき、カレーができるから…」

 そう言って時任の頭を撫でてやると、テレビの方を向いてる時任の目が細くなる。
 機嫌の悪い時は撫でさせてくれないんだけど、キモチ良さそうにしてるってことは機嫌のいい証拠だった。
 時任は表情も面白いくらい変わって…、同じくらい機嫌もすぐに変わるし…、
 ハマってたお菓子も、すぐにあきて次のヤツに夢中になる…。
 そんな気まぐれな時任が、いつまでカレーを食べてくれるのかわからないけど…、
 時任が食べてくれるなら、ずっと作ってるような気がした。

 ココにいてカレーを食べてくれなくなる…、時が来るまで…。

 それがいつなのか、それともずっと来ないのかなんてわからなかったけど…、たぶんそうなんだろうって気がした。
 そしたら、もうカレーなんて作らないんだろうなぁって思ってると、カレーの匂いがリビングまで強くしてきたから、そろそろ見に行こうかと思って頭を撫でるのを止める。
 けど、時任が離れかけた俺の手をぐいっとつかんだ。

 「なぁ、アレ買わねぇ?」
 「アレってどれ?」
 「さっきテレビでやってたヤツ」
 「もしかして、キャベツの丸ごと千切りできるとかいう調理器?」
 「うん」
 「前に買おうとしたら、誰かサンに反対されたんだけど?」
 「そうだったっけ?」
 「・・・・・・お前ね」
 「そ、そん時はそん時で、今は今だっつーのっ」
 「なら、なんで今は買いたくなったワケ?」
 「それは、なんとなく…」
 「なんとなく?」

 「アレなら、ちゃんと野菜切れっかなぁって思っただけ…」

 時任は少し小さい声でそう言うと、つかんでた俺の手をゆっくりと離す。
 けど、俺はその手を逃がさないで、離れた手をもう一度つかんだ。
 そしたら、ちょっとだけ驚いたカオしてたけど、時任はぎゅっと俺の手を握り返してきて…、それから、何か楽しいコトがあったみたいに笑った。
 早くカレーを見に行かないとコゲるけど…、やっぱりこのままだと手を離せない。

 だから手を引っ張って、少し時任を引き寄せてたら唇に軽くキスした。

 カレーが焦げても、銃弾が飛んできても…、
 時任に触れていると、どんな時でもキスする時間が欲しくなる。
 何度も何度もキスしても、飽きたりなんかしないから、ずっとずっとキスしていたくなる。
 だからきっと、残された時間があと一秒しかなくて…、
 もうそれだけしか一緒にいられないとしたら…、
 たぶんその瞬間にも…、キスしたいって想うんだろう。
 
 何度も何度もキスした…、赤い唇に…。

 キスしてた間に少しだけカレーは焦げたけど、食べられないほどじゃなかったから、二人でちょっと苦いかもって言いながら食べた。そして、それから俺はテレフォンショッピングに電話をかけたけど…、時任はすぐに飽きる気がする。
 だからきっと…、これからも俺がカレーを作り続けるんだろうって…、

 いつものように俺の目の前で、カレーをスプーンですくって食べてる時任を見ながらそう想った…。
 
 
                            『カレーライス』 2003.10.10更新

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