過ぎてく日々も時間ってヤツも、来るのは遅くでも過ぎるとあっという間で…、
 昨日まで半そでのTシャツ着てたばすなのに、今日は長そでのパーカー着てるみたいにすっげぇ早すきるから…、たぶん少しだけ高くなった空とか薄くなった雲とか眺めたくなるのかもって気がする。
 過ぎちまったら全部なくなるとか、そんなんじゃねぇけど…、
 涼しくなるとなんか身体の力が抜けてくカンジで、俺はぼんやりとベランダに寄りかかりながら夏らしくない空を一人で見てた。
 そしたら、さっきから部屋ん中でセッタふかしながら新聞読んでた久保ちゃんが、コーヒーカップを二個持ってベランダに出てくる。俺の隣に並んだ久保ちゃんは、あったかいコーヒーの入ってるカップを俺に渡した。
 
 「さっきから空ばっか見てるけど、見てておもしろい?」
 「ぜーんぜんっ、つまんねぇから空見てんのっ」
 「ふーん…」
 「そーいう久保ちゃんは、さっきから読んでた新聞はおもしれぇのかよ?」
 「ま、それなりに…」
 「あっそっ」
 「時任クンが読むのはテレビ欄だけだし?」
 「うるっせぇっ、新聞はテレビ欄だけで十分だっつーのっ」
 「うーん、十分かどうかは別として、新聞がテレビ欄だけだったらゴミ捨ては楽かもね」

 「・・・・今日来た新聞も、一日すぎたらゴミん中だもんな」

 俺がそう言ったら手に持ってたコーヒーを一口飲んでからそうだねって、久保ちゃんが言う。だから俺もコーヒーを一口飲んでから…、うんってうなづいた。
 コーヒーカップを両手で包むと目の前でゆっくりといい匂いのする湯気が見えて、それ越しに空を見たら…、そこには夏の欠片なんて少しもない空が広がってる。それは秋だから当たり前なのかもしんないけど、ちょっとだけさみしい気がした。
 だから、なんとなく横にいた久保ちゃんの肩に寄りかかろうとしたら、

 ・・・・・足元でなにかが砕ける乾いた音がした。

 その音にびっくりして、あわてて足を上げて見ると…、そこには砕けてつぶれたセミの死骸が落ちてて…、
 たぶんそれは、終わりの瞬間にセミがココにいたからなんだろうけど…、
 踏みつけた時に感じたイヤな感触が足に残ってて、ココロの中がセミと同じように乾いてくカンジでざらざらした。

 「ココにいたら土には帰れないけど、空は良く見えたかもね」

 俺がじっとつぶれたセミを眺めてると、久保ちゃんはそう言いながら、またコーヒーを一口飲む…。だから俺もまた一口飲んで…、セミが見たのと違う秋らしくなった空を眺めた。
 ゆっくりと流れてく雲も、やけに涼しくなった風も…、最後の日になってカラカラに乾いたセミには見えないけど…、
 それでもなんとなく見えるといいって想ったのは…、たぶん、夏しか知らなくてカラカラになるより、秋があるって知っててカラカラになる方が…、
 少しだけ空も違って見えたかもって、気がしたからかもしれなかった。

 「なぁ、久保ちゃん」
 「なに?」
 「コーヒー飲んだらさ…、コイツ埋めに行かねぇ?」
 「コイツってセミ?」

 「うん…。明日がなくなってカラカラになっても、コイツはゴミじゃねぇから…」

 セミは踏まれてぐちゃくぢゃになってて、ゴミ箱に捨てた方が簡単だったけど…、なんとなくゴミにしたくない。だからそう言うと、久保ちゃんはなにも言わないでぐちゃくぢゃっと俺の頭を撫でてから、
 「そんじゃ…、二人で近くの公園に行こっか?」
って言って、コーヒーの湯気の向こうで優しく微笑んだ。
 今日はすぐに明日になって、今日読んでた新聞も明日になったら古新聞になって…、ヒモでくくってゴミ捨て場行きで…、
 そして昨日鳴いてたセミも夏じゃなくなったらカラカラに乾いて、さっきみたいにぐちゃぐちゃに砕けていく。
 けどそれでも…、こんなにも早く時も日々ってヤツも早く流れてくから…、
 だからもしかしたら、後悔なんてしたくないって想うのかもしれなかった。

 「なぁ?」
 「ん?」
 「コーヒー飲んだから、もう一コしたいことあんだけど?」
 「したいことって、ゲームの続き?」
 「ち、違うっ。ゲームとかテレビとか、そんなんじゃなくて…」
 「だったら、なに?」

 「・・・・・・・・・今までした中で、一番長いキス」

 俺のしたかったコトは、全部コーヒーが飲み終わってからのはずで…、
 けど、コーヒーはまだ半分残ったままなのに、俺の唇は久保ちゃんとキスしてて…、
 そして息もつけないくらい激しくて…、長い長いキスは…、
 
 コーヒーとセッタの…、なぜか涙が出そうなくらい苦い味がした。

                            『空色』 2003.9.24更新

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