ソファーがあってもソファーに座らないのは、たぶん俺のクセなんだろうって思うけど…、 時任にも同じクセがあって、いつもソファーには座らなかった。 でも、たぶん日本人だから畳が恋しいとかいうんじゃなくて…、マンションの四階に住んでても地面が恋しくて地に足をつけてたくて、自分でも気づかない無意識の内に揺るがない場所を安定を求めてるから…、 こんな風に床に座ったりするのかもしれない。 無意識の内に少しでも地に足をつけようとしながら、コーヒーを片手に新聞を読んで…、いつもと同じように…。 だからもしかしたら…、高い高い場所に天国なんてモノが本当にあったとしても…、 ヒトはそこでは、暮らしていけないのかもしれなかった。 四階のマンションの部屋で手に持ってたコーヒーを一口飲んで…、それからテーブル置くと、床の上に座ってる俺の背中にあたたかいモノがすり寄ってくる。そのあたたかいモノの正体は当たり前にわかってたけど、それでも黙って新聞を読み続けた。 どうしたって、そう声をかけるのは簡単で…、すぐ近くにいるから抱きしめるのも簡単で…、でも、そうしないでいるのは…、 どうしたのかって聞いて返ってくる言葉がなんなのかが、もうすでにわかってしまっているからだった。 なんでもないカオして笑ってなんでもないって答える時任の顔が…、たとえ背中にいたとしても見えるから、こうしてあたたかさだけをカンジてるしかない…。 なんでもないカオしてヘーキだって言わせたくなかったから、こうしてるしかなかった。 『ぜんっぜん大丈夫…、当たり前にヘーキに決まってんだろっ』 時々…、大丈夫もヘーキもただの口グセみたいで…、 けど、そんな風に聞こえてきてるのに…、なのに俺も口グセみたいにただ一言…、 『そう…』 と、何事もなかったみたいにそう答える。 言葉にならない分だけ、握りしめた手に少しだけ力を込めながら…、 たとえば天気の良いこんな日に…、身体をよせあってお互いのあたたかさだけをカンジて…、 そして、いくら抱きしめても抱きしめても…、前しか見つめてくれない瞳を少しだけ憎みながら…。 自分の足で地面に立って歩き出して…、前へ前へと走って…、 そんな風に前だけを見つめる強い瞳を、誰よりも愛しいと感じているのに…、両腕を伸ばしてもぬくもりは背中にしか残らない…。 だからたぶん…、どんなに背中に流された涙が染み付いていたとしても…、 哀しそうに揺れる瞳を見ることも…、その涙をぬぐうこともできないのかもしれない…。 大丈夫…、ヘーキだって言いながら握りしめてきた手と…、後ろから抱きしめてくる腕の強さだけしか、いつだってカンジられないみたいに…。 なのに、なにもかもわかったフリして、ウソばかりを並べてるからカンジられないって知ってても…、いつか死ぬほど後悔するんだろうってわかってても…、 ・・・・ヘーキだって言われるとなにも言えなかった。 もしかしたらそれは…、一緒に寝て起きて…、朝ゴハンの食パン焼いてコーヒー入れて…、そんな穏やかで穏やかすぎる日々が…、ぬくもりをカンジられる今が…、 この瞬間が大切すぎて愛しすぎたせいかもしれない…。 ヒトが地に足をつけたがるように…、わずかでも触れてたくて…、 俺は後ろから抱きしめてきた時任の右手に…、ゆっくりと自分の手を重ねた。 「なぁ…、久保ちゃん」 「なに?」 「前から思ってたんだけど、座んねぇのにソファーってあるイミってあんの?」 「座んなくても、背もたれにしてるっしょ?」 「あ…、そういやそっか」 「だから、なくなったら背中が涼しくてさみしくなるかもね…」 「・・・・・・そうかもな」 ソファーじゃなくて俺にしがみついてる時任は、そう言うとちょっとだけ抱きしめてる腕に力を込めてきた…。 なくなって欲しくないモノも、失いたくないモノも…、もしかしたらなくなってしまってからしか気づかないのかもしれないけど…、 握りしめてる手と…、腕のあたたかさと強さをカンジていられるなら…、 それをいつもいつも…、忘れないでカンジていられるなら…、 いつか死ぬほど後悔する日が来たとしても…、手を、腕を…、離さずにいられるのかもしれない。 だから…、いつもみたいになんでもないフリしながら…、 俺は握りしめた手を強く前に引いて…、強引に時任の唇に自分の唇を寄せた…。 「く、くぼ・・・・ちゃ…」 時任は少しあわててたけど…、少しすると抵抗しないでおとなしくなった。 だから大丈夫だって、ヘーキだって…、この唇が言葉を刻まないように…、 深く深くなにもかもを奪うように口付けて…、前ばかりを見つめてる瞳を閉じさせた。 もしも天国みたいな場所があったとしても、そこでは生きていけないから…、 せめて…、今だけはカンジてるぬくもりを愛しさを抱きしめて…、 君と一緒に…、天国でも楽園でもないこの場所で…、 つないだこの手を…、決して離さないでいられるように…。 |