「久保ちゃーん…」
 「ん〜…」
 「チャイム鳴ってっから、勝負っ」
 「ほーい」
 「そんじゃ…、最初はグーっ!」

 『じゃんけんっ、ぽんっ!』

 玄関のチャイムが鳴ったら、いつも久保ちゃんと俺とでジャンケンする。
 ジャンケンするのは実は、玄関のチャイムだけじゃなかったりすっけど…、やっぱゲームと同じで久保ちゃんが勝つことがほとんどだった…。
 今もチョキ出してる俺のカオ見て、グーを出してる久保ちゃんの口元が笑ってる。
 格ゲーと違ってジャンケンは運のはずなのに、なんでいっつも俺が負けなきゃなんねぇんだよっ!

 くっそぉっ、ここんトコずっと連敗じゃねぇかっ!!

 …とか、ココロの中でぶつぶつ言いながら、新聞の勧誘にきたおっさんにガンつけて玄関から戻ってくると、久保ちゃんがのほほんとのん気そうにセッタ吹かしてた。
 そんなカンジでせっかくクーラーで涼しくなってる部屋ん中をケムリでいっぱいにしながら、ソファーの前であぐら組んですわって久保ちゃんが新聞読んでるの見ると…、
 カッコいいって言うより…、かなりオッサンくさい…。
 ぜってぇっ、年サバ読んでるとか思ってると、久保ちゃんが新聞からカオをあげて俺の方を見た。
 
 「戻ってきたばっかのトコ悪いけど、もっかいジャンケンしてくんない?」
 「はぁ〜?なんで?」
 「天気いいから」
 「天気とジャンケンと、なんの関係があんだよ?」
 「洗濯日和だなぁ…、とか思わない?」
 「ぜぇっったいにっ、思わないっ!」
 「そう?」
 「そんなコトばっか考えてて、今よりもっと老けちまってもしんねぇかんなっ!」
 「・・・一応、今も若いつもりなんですけど?」
 「どこが?」
 「ここらヘンとか」

 「・・・って、どこ指差してんだよっ!!!」

 俺がそう怒鳴ると久保ちゃんは洗濯ジャンケンをあきらめたのか、何事もなかったかのように新聞を読み始める。だから俺はオヤジな久保ちゃんのことはムシして、冷蔵庫からペットボトルのコーラを出して飲もうとした。
 けど、コーラはもう底に少ししか残ってなくて、コップに入れても半分にもならない。
 そういえば他にもなくなったものとか色々あったし、買い出しに行かなきゃダメだよなぁってると…、
 冷蔵庫見ながらそう思ってんのがバレたのか、久保ちゃんが注文を出してきた。

 「あ、行くんだったら、ついでにセッタとポカリね」
 「・・・・まだ行くっつってねぇのにっ、なに注文してんだよっ」
 「でも、行こうとしてたでしょ?」
 「外に出るとマジで死にそうなくらいあちぃから、考え中っ!」
 「あっそう」
 「けど、こういう時はやっぱアレしかねぇよな?」
 「ジャンケン?」
 「…ったりめぇじゃんっ!今度こそ、ぜってぇ勝ってやるっ!」
 「ガンバッテネ」
 「うがぁぁぁっ!!すっげぇムカツクっ!!」

 久保ちゃんの棒読みのムカムカするような応援で、かなりやる気になった俺はジャンケンをするために手をにぎって前に出す…。
 すると、久保ちゃんも勝負をするために、俺と同じように手を出した。
 やる気も気合いも十分で、あとは運だけ…。
 ホントは別に買い出しに行っても良かったけど…、やっぱそれでもジャンケンしようって言ったのは…、
 たぶん、こうやってつまらないコトで、久保ちゃんとジャンケンしたりすんのがなんとなく好きだからなのかもしれなかった。

 『じゃんけんっ、ぽんっ!!』
 『あいこでっ、しょっ!』

 一回目はグーであいこで、もう一回ジャンケンする。
 そしたら…、今度は久保ちゃんがグーで俺がパーだった。

 「やりぃっ! マシで俺の勝ちじゃんっ!」
 「うーん、やられちゃったねぇ」
 「わははははっ、コレがホントの俺様の実力だっての!」
 「なら、実力のついたトコで洗濯ジャンケンしない?」
 「イヤだっ」

 久保ちゃんはジャンケンに負けると、おとなしく財布を持って玄関に向かう。
 だから、ジャンケンで買った俺は、涼しい部屋ん中で待ってれば飲みたかったコーラのペットとアイスとポテチが食えるはずだったけど…、
 いつものスニーカーをつっかけて久保ちゃんが出てったら、部屋がいきなり静かになって…、なんか勝たなきゃ良かったかもって気がした。
 それはたぶん…、俺が負けた時は勝ったクセに久保ちゃんが一緒にくるって知ってたからで…、でも、なんでいつも勝ったのに来んのかなぁってわかんなかったけど…、
 
 部屋で一人になってみたら、なんとなくワケがわかった気がした。

 「久保ちゃんっ、俺も行くっ!」

 俺が玄関を開けてそう言いながら走ってくと、久保ちゃんが少し笑いながら振り返る。
 なんとなく、行動を読まれてるみたいな気がしたけど…、暑いけど天気がいいし…、
 洗濯日和ってヤツだから…、まあいいかってそう思った。
 
 「せっかく勝ったのにねぇ?」
 「俺はべつに買い出しに行くんじゃなくてっ、また新発売の妙なモン買わないように、見張りに行くだけなんだっつーのっ」
 「はいはい」
 「あー…、マジでクソ暑い」
 「コンビニに着けば涼しいっしょ?」
 「まっ、そりゃそうだけどな」
 「じゃあさ、帰ったらついでに洗濯も一緒にしない?」
 「・・・・・・って、ジャンケンじゃなくて一緒に?」

 「そう…。いつも…、いつでも一緒にね?」

 手の届かない場所に欲しいモノがあって、それを取ってくれる手が…、名前を呼んだら返事してくれるヒトがいて…、
 だからジャンケンだってなんだって当たり前にいつもしてるけど…、
 ジャンケンに勝ったとしても負けたとしても…、カオを見合わせた瞬間に、笑い合った瞬間に…、一緒にいるってコトがすごく楽しくてうれしくなる。
 けど、それは明日が来るとか来ないとか…、そんなことを想ってるからじゃなくて…、
 ただ一人じゃないってことが、一緒にいるっていうことが…、

 スゴク…、スゴクうれしくて楽しくて…、なによりも大切だってだけだった。

 マズそうなアイスとか、新発売のプリンとか…、そんなのがいっぱい入ったコンビニのカゴを二人で持ってレジに行って…、
 暑いとかいいながら、すぐ近くのマンションまで歩いて…、
 そんな風にただ過ぎてく時間も…、日々も止まってはくれないけど…、
 今日も明日もあさっても…、二人でどっちがやるのかってクダラナイじゃんけんをしてたい気がした。
 
 過ぎてく時を惜しむんじゃなくて…、過ぎてく時を笑いながら歩いてくように…。

                            『洗濯日和』 2003.8.5更新

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