キッチンに行ってコーヒーを二人分入れて…、それからソファーに寝転がってる久保ちゃんの隣に座ったら…、 なぜか、いきなりバキッという音が聞こえてきた。 その音の原因は座った瞬間の感触でなんとなくわかったけど、なんとなくこのまま知らないフリして座ってたい気もする。われてるってカンジはしなくても、フレームとか曲がってんのは確実だった。 俺の尻の下にしかれてるのは、久保ちゃんの黒ぶちメガネで…、どこにでも売ってそうなヤツなのに特注らしい。すぐには手に入らないって、いつだったかは忘れたけど久保ちゃんがそんなことを言ってた気がした。 久保ちゃんの視力はすっげぇ悪くて…、メガネないと壁に激突したことあるし…、 やっぱ素直にあやまっとこうと思って立ちあがると、寝転がってた久保ちゃんと目があった。 「く、久保ちゃん…、あのさ…」 「べつに気にしなくていいよ」 「気にしなくてもいいって、まだなにも言ってねぇじゃんっ」 「けど、さっき妙な音が聞こえたから…」 「・・・・・わりぃ、メガネ壊した」 「うん」 「…って、なんで怒んねぇの?」 「壊れたものはしょうがないし、こんなトコに置いてた俺にも責任あるしね。たぶんフレームが曲がってるくらいだと思うから、メガネ屋行けばすぐに直るっしょ」 「・・・・・・」 「だから、今はメガネのことより、入れてくれたコーヒーくれるとうれしいんだけど?」 久保ちゃんはいつもと少し違うメガネをかけていないカオでそう言うと、起きあがって俺の渡したコーヒーを飲み始める。メガネがないとぜったい困るのに…、久保ちゃんはいいからってそれしか言わなかった。 べつに壊したからって怒られなきゃならないってワケじゃないし、いいって言ってくれてんだからなにも気にすることないのかもしんれない。 けど、テーブルに置いた壊れたメガネの前で二人でコーヒーを飲んでる内に、前に久保ちゃんのカップを割った時も同じカンジだったような気がして…、 ちょっとだけ…、なにかが心の片隅に引っかかった…。 たぶんなにを壊しても久保ちゃんはいいからって、それしか言わない気がして…、なぜかそれが少しだけ…、 ほんのちょっとだけさみしいかもって気分になった。 べつに怒られないとかそういうのは想ってねぇけど…、もしかしたら壊れた時に少しくらい残念そうなカオして欲しかったのかもしれない。 ほんのちょっとだけ…、別れを惜しむみたいに…。 壊れたら使えなくなってゴミ箱行きになって…、いらないモノになる。 だから、目の前でぐにゃっと曲がってるメガネのフレームを見てたら、すぐに使えるようになるように…、コーヒー飲んだら久保ちゃんと一緒にメガネ屋に行きたかった。 「なぁ?」 「ん?」 「久保ちゃんには、絶対に壊れて欲しくないモノとかある?」 「・・・・あるよ」 「それって…、壊れやすいモノ?」 「ん〜、そうねぇ…。頑丈だけど壊れやすいかも?」 「頑丈で壊れやすいって、なんだよソレっ」 「さぁ、なんだろうね?」 なにが壊れて欲しくないのかって…、それは言わなかったけど…、 たぶん…、それが壊れた時はいいからって久保ちゃんは言わないのかもしれない。けど、頑丈で壊れやすい久保ちゃんの壊れて欲しくないモノがなんなのか…、それを知りたいけど知りたくない気もして…、 牛乳を入れ忘れた苦いコーヒーを一口飲んだ。 そうして久保ちゃんの隣で…、目の前にある曲がったメガネのフレームを見ながら…、もしかしたら久保ちゃんの壊れて欲しくないなにかを…、 壊してみたいって…、そんな風に俺は思ってたのかもしれなかった。 「もしも…、壊れて欲しくないモノが壊れたらどうすんの?」 「うーん、どうしよっかなぁ?」 「新しいのに代えれば?」 「この世に一つきりしかないから、代えるのはムリ」 「ふーん…、それも特注?」 「まぁ、そんなトコ」 「だったら…、壊れないように大事にしないとだよな。この世に一つきりしかないなら、すっげぇ貴重品だし…」 「そうだね…」 「けど…、もし…」 「もし?」 「やっぱ、なんでもない…」 壊れてほしくない大事なモノは…、大切ななにかはたくさんあるような気もするけど、ホントは久保ちゃんが言ったみたいに、一つきりしかないのかもしれないって…、 コーヒーカップをテーブルに置いてから…、腕を伸ばして抱きしめてきた久保ちゃんの体温をカンジながら思った。 壊れてほしくないんじゃなくて…、壊れるくらいなくしたくないモノが…、 壊れてしまってもゴミ箱から拾い上げてでも…、抱きしめてたいなにかがココにちゃんとあったから…、 だから、今はメガネを直しに行くよりも…、それを抱きしめてたい気がした。 「時任…」 「なに?」 「メガネ屋は今じゃなくて…、夕方に連れてってくれる?」 「メガネないと…、一人じゃメガネ屋に行けないもんな」 「うーん、けど…」 「なんだよ?」 「メガネあっても…、一人じゃ歩けないかもね?」 メガネがあったら…、一人でちゃんと歩けるに決まってる。 なのに、久保ちゃんはそう言うと俺にキスしてきた…。 ゆっくりだけど…、息が苦しくなるくらい深く…。 メガネはテーブルの上に置かれたままだったけど…、俺が久保ちゃんの瞳を見つめると、久保ちゃんも俺の方を見てて…、 だからメガネがなくっても…、まわりのモノがぼやけてなにも見えなかったとしても…、 この瞳に…、ずっとずっとうつってたい気がした。 |