チリン…、チリリン・・・・。 夕方、ソファーに座ってたらベランダからそんな音が聞こえて、不思議に思って音のする方を見たら時任がちょっと背伸びしながら…、 去年買った、どこにでも売ってるカンジのガラスで出来た風鈴をつけてた。 こないだ六月になって梅雨だって、テレビ見ながら時任と話した気がしたけど…、時任が風鈴をつけてるのを見て初めて、もう六月も終わりかけてるコトに気づく。 その前は春だねぇって言ってたと思うけど…、今度は焼け付くような太陽に照らされながら暑いって話すようになるのかもしれなかった。 「まだ、梅雨明けてないっしょ?」 俺がそう言いながらベランダに出たら、まるで夏みたいに白い雲が浮かんでる空を背負いながら…、風鈴をつけ終えた時任がこっちを向く…。 すると、少し強い風が時任と俺との間をすり抜けるように吹いた。 二人の髪を乱しながら…、つけたばかりの風鈴を鳴らして…。 車の排気ガスで汚れた空気だけど…、風が吹くと少しだけいつもより息を深く吸い込んで吐き出したくなる。 その時に吐き出したのが…、ただの二酸化炭素だったのか…、 それとも何かべつのものも一緒に吐き出したのかはわからなかった。 「浮かんでる雲もすっげぇ夏っぽいしさ。ちょっち早ぇけど、もう夏でもいいじゃんっ」 「そうねぇ…」 「じめじめしてるよか、暑い方がまだマシっぽいし…」 「なーんて言いながら、去年の夏に暑いって連呼してたのは誰だったっけ?」 「うっせぇっ、そん時はそん時だっつーのっ」 「ま、風鈴も時任が暑いって言うのも…、夏だって証拠かもね?」 「…って、風鈴と俺様を一緒にすんなっ!」 チリリン…、リリン・・・・・。 風が吹くたびに風鈴が鳴って…、その風をカンジて風鈴の立てる音を聞いてるとなぜか空を見上げたくなる。 まるで…、どこから吹いてくるのか確かめるみたいに…。 俺が空を見上げると時任も同じように空を見上げて、二人で白い雲がゆっくりと東へ東へと流れてくのを見ると…、 なぜか二人きりしかいない時間の止まったような部屋の時間が…、少しずつ流れ出してくような気がした。 「こうやって空ばっか見てっと…、車の音が波みたいに聞こえる…」 「波って海の?」 「うん」 「・・・けど、街の中に海があったとしたら青くはないかもね?」 「ちゃんと、青い空をうつしてんのに?」 「空の青はたぶん…、キレイじゃないと映せない青だから…」 チリン…、チリリン・・・・、リリン・・・。 澄んだ音が澄んだ空に響くように…、風に吹かれて鳴り続けて…、 灰色の街を映すこともなく、白い雲を浮かべた青い空が目の前にあった。 けど、空の青をじっと真っ直ぐに見つめ続けてる時任の瞳には…、きっと俺が見てるのよりも鮮やかな青が写ってる。 だから…、空ばかりを見つめてる時任の視界をふさぐように顔を寄せて…、 きょとんとしたカオの時任の唇に、強引に自分の唇を重ねた…。 風鈴の音を聞きながら…、まるで雲をつかまえるように腕を伸ばして抱きしめて…、 雲をさらう風を止めるために…、好きだって耳元でささやきながら…。 けれど、風鈴は鳴り続けて、風が雲をさらっていく…。 東へ…、東へと…。 車の音が風に揺られて波のように聞こえて…、それを聞いていると…、 海に似た色をした青い空から、波が押し寄せてくるような気がした。 チリリン…と、鳴り続ける風鈴の音に乗って…。 でも、俺がもっと強く抱きしめようとすると…、そうするよりも早く、時任は唇を離して俺の顔をのぞき込みながらゆっくりと抱きしめてきた。 「久保ちゃんの瞳に、俺がうつってる…」 「…時任の瞳にも、俺がうつってるけど?」 「だから、もしかしたらさ…」 「うん?」 「海が空に染まるみたいに…、ずっと見つめてると染まっちまうのかもな…」 「染まるって青に?」 「見つめた分だけの…、見つめたかったキモチの色に…」 時任の言うキモチの色が何色なのか…、それはわからなかったけど…。 きっと、もうたくさん見つめすぎて…、空を見つめすぎて青くなった海のように…、俺も染まってしまってのかもしれない…。 見つめ続けたいと願ってるキモチの…、その想いの分だけ…。 海よりも深く・・・、空よりも果てまで…。 もう一度キスをしかけながら鳴り止まない風鈴に手を伸ばすと…、風を受けていた短冊が音も立てずにぷつりとヒモから切れて下へと落ちて…、 すると、風鈴の音は小さくなって…、風が弱くなるとヒモがゆっくりと揺れているだけで音がしなくなる。 けれど…、耳の奥に残ってしまった風鈴の音が…、 もうじき始まる暑い夏を…、澄んだ音を響かせながら知らせ続けていた。 |