日本の冬と言われて連想するのは、コタツにミカン。
 たとえ、寒くなると畳ではなく、床にカーペットを敷く部屋に住んでいたとしても、そういったイメージは変わらず定番らしい。そして、暖かな部屋でうつ伏せに寝転がって足をブラブラさせながら、この部屋の主に向かって、突然、コタツで鍋が食べたいと言い出した居候もしくは同居人も例外では無いようだった。
 寒い冬の裏路地で拾って、今はこうして一緒の部屋で暮らす時任は、記憶が無くても日本人らしい感性と感覚を持っているらしい。だが、どこでどんな生活をしていたのかは、拾った久保田も、拾われた時任も知らなかった。
 昼下がりの午後、ソファーに座って読んでいた久保田は、時任の要望を聞くとパサリと軽く投げるように前のテーブルに新聞を置き、まるでご機嫌な猫のしっぽのように揺れる足を見る。それから、チラチラと降る雪の見えるベランダの窓へと視線を向けた。

 「コタツに鍋にミカン、ね」
 「そうそ、ミカンもつけてって…、どうかしたのか?」
 「ん? ベツにどうもしないけど、そういうカンジだったなぁって」
 「って、何が?」
 「日本の冬」

 コタツに鍋にミカン…、お正月にはしめ縄に鏡餅。
 久保田が雪を眺めながら、それらを思い浮かべていると時任が寝ころんだまま、うつ伏せ状態から仰向けになり、視線を窓ではなく久保田に向けてくる。そして、本人にすらわからない何かを感じ取ったのか、なんかヘンなのと言って首を傾げた。
 すると、久保田は時任の言葉に、そうかもね…と返事をする。
 何が変なのかわからないクセに、時任の言葉のまま認めて頷いた。
 それを見た時任が不服そうに少し唇をへの字に曲げたが、久保田はそれについては何も言わず、新聞を置いたテーブルに置かれたテレビのリモコンを手に取る。そして、今日の夕方からの天気を予報している番組にチャンネルを合わせた。

 「なぁ、俺らもコタツとかして、日本の冬しねぇ?」
 「この部屋で?」
 「うん、ココで」
 「やっぱり、カーペットじゃ不満? …ネコだし」
 「って、ベツに不満じゃねぇけど、ヒトをネコ扱いすんな」
 「じゃ、コタツしても丸くなんない?」
 「なんねぇよっ!」
 「ホントに?」
 「しつけぇっていうか、なんでコタツすんのと丸くなんのが関係あんだよ?」
 「うーん、関係は…、あるような、無いような?」
 「はぁ?」

 猫はコタツで丸くなる。
 そんな誰もが知っている童謡が聞こえてきそうな会話をしてから、およそ6時間後。
 二人は温かなコタツに足を突っ込み、ぐつぐつと湯気を立てる鍋を囲んでいた。
 それはまさに日本の冬、もちろんミカンも籠入りで用意してある。カーペットの上に寝転がり、足をしっぽのように振っていた時も機嫌が良かったが、今は更に機嫌の良さそうな時任は、鼻歌を歌いながら箸を握りしめていた。

 「なーべ、なべ、なべ、なーべっ、なべ〜♪」
 「・・・ソレ、何の歌?」
 「何って、鍋の歌に決まってんじゃんっ」
 「うん、まぁ、鍋しか言ってないし、そうだろうけどね」

 コタツに鍋にミカンで、日本の冬。
 時任が思い浮かべた光景が、今、目の前にある。
 だが、何の問題も無いように見える光景にも、一つだけ問題があった。

 「ひとん家で、何和やかに鍋囲んでやがんだ…、てめぇら」

 そう、ここは二人の住むマンションの部屋ではなく、古びたアパート。
 洗濯物が散乱していても、最後にいつ掃除したのか不明だとしても畳とコタツは完備。そこに持ち込んだ鍋とミカンをくわえれば、あっという間に日本の冬の出来上がり…なのは当然だが、それを部屋の主である葛西が知ったのは少し立てつけの悪いドアを開け、狭い玄関を入り、散らかった居間に足を踏み入れてからだった。
 
 「お邪魔してマース」
 「オッサン、おかえりー」
 「・・・・お前ら、どっから入った」
 「どこって、玄関だけど?」
 「あぁ…、そういや鍵をかけ忘れてたかもしれねぇな」
 「って、不用心すぎだろ。空き巣とか入ったら、どーすんだよ」
 「こんな貧乏くせぇ、親父の部屋に入っても盗るモンねぇだろ」
 「まぁ、確かに盗るより、掃除したくなる部屋だぁね。お嫁サンとか、貰う気ないの?」
 「〜〜っ、余計なお世話だ、コンチクショウ」

 叔父と甥と…、あともう一人は一体何になるのか。
 ただの居候や同居人と呼ぶには、獣化した右手を持つ時任は…、
 失われた記憶と右手に関わっているかもしれないWAという薬は、あまりにも物騒。
 だが、三人は穏やかに、まるでそんな事実など何も無いかのように和やかに鍋を囲む。部屋を借りるからと、葛西の好みに合わせて奮発したというフグちりは、三人で囲む鍋はとてもおいしかった。
 
 まるで・・・、ゴッコ遊びだな。

 和やかでおいしかったが…、これが三人で鍋を囲んだ葛西の感想。
 しかし、何も言わず刑事ではなく、叔父さん面で鍋を突きながらビールを飲んだ。
 そして、和やかに穏やかに日本の冬を楽しむ二人を眺める。
 すると、久保田の視線が時任ではなく、葛西の方を向いたが…、
 その瞬間だけ、久保田の瞳は、その色はどこか深く暗い色を湛えていた。
 確かに葛西を映してはいるが、どこか遠く、別の何かを見ている。
 だが、時任に呼びかけられると、すぐにその色は消え、代わりに優しく穏やかな色が宿り。
 そんな久保田の瞳には、時任だけが写っていた。

 「やっぱ、冬は鍋だよな」
 「そんでもって、お次はミカン?」
 「もちろんコンビニで買ったロールケーキ付きで、だろ」
 「当然」
 「オッサンは?」
 「葛西サンなら、そっちよりこっちデショ?」
 「あ、俺もスルメ食いたいっ」
 「ロールケーキにスルメ…って、食い合わせ的にどうなの?」

 時任の前には、ミカンとロールケーキとスルメ。
 久保田の前にも同じくミカンとロールケーキ…のはずが、時任がはしゃぎ過ぎた疲れとコタツのぬくもりに負けて目蓋を閉じる頃には、葛西と同じ熱燗とスルメに変わっていた。
 チラリと視線を時計にやると、午前0時まで後45分。
 別に今、気づいたという訳ではないが、後45分で年が変わる。
 そう思うと端に寄せられているだけではあるが、いつもよりも少しだけ片付いた部屋が、それらしいと言えばそうなのか…、小さく笑って猪口に入った熱燗を一気に飲み干す。そして、葛西は微笑みを浮かべながら眠る時任に視線を向けた。
 
 「・・・相変わらず、猫可愛がりに甘やかしてやがんな」

 鍵がかかっていたか、いないかは別として、ここに居た理由は眠る時任に微笑みにある。葛西の前で頬杖を突きながら、ちびりちびりと熱燗を飲んでいた久保田は、そんな葛西の言葉に口の端をわずかにあげた。
 どうやら、相変わらず猫可愛がりで、その自覚もあるらしい。
 葛西がコタツの上に手を伸ばそうとすると、それより先に伸びてきた久保田の手が徳利を掴み、空になった葛西の猪口に熱燗を注いだ。

 「甘やかすくらいしか…、出来ないしね」

 帰ってきた返事に、葛西は何も言わず注がれた熱燗を口に含む。
 すると、久保田も自分の猪口に熱燗を注ぎ、同じように口に含んだ。
 自然に二人の間に落ちた沈黙の中、時任の静かな寝息だけが部屋に響く。
 今はコタツの中に隠れている獣化した右手さえなければ、それはとても穏やかな年の暮なのだが…、あの右手と時任を切り離して考える事は出来なかった。
 そのせいか口に含んだ酒は旨いが、それだけではない何かが苦く舌に広がる。
 消えない苦さは酒と一緒に飲み込むくらいしか出来ず、甘やかすくらいしか出来ないという久保田の言葉に、なぜかそれが重なり葛西は軽く右手で自分の顔を撫でた。

 「そういや、年越しソバは食わなくて良かったのか?」
 「昼に食べたし、葛西さんも同じかと思って」
 「あぁ、そういや昼に旨い店があるとかなんとか、引っ張られて新木と食ったな」
 「でしょ?」
 「けどよ、それならなんでソバはウチで、鍋だけ俺んちだ? 鍋くらいマンションでも、どこでも出来るだろうが」
 「あー、それはね。希望がコタツと鍋…、まぁ、日本の冬っていうか」
 「コタツも買えない稼ぎってワケじゃねぇだろう」
 「けど、コタツって入ってるといざって時に動けないし、ある意味、拘束具みたいな?」
 「おいおい、日本の伝統になんてこと言いやがる」
 「伝統なんて知らないけど、どこか気が抜けるっていうか…、暖房以外にそういう効果があるってのはわかるけどね」
 
 葛西は右手で自分の顔を撫でたが、久保田は伸ばした右手で眠る時任の頭を撫でる。
 すると、時任はむにゃむにゃと言葉にならない声を発した後、また、すーすーと静かな寝息を立て始めた。
 その無防備で無邪気な寝姿は、まるでコタツで丸くなるネコ。
 確かに、こんな時に何かあれば一溜りも無い。
 だが、そこまで普段から身構え緊張していては、さすがに神経が持たないだろう。それに今はまだ、こうして出歩いても特に問題は無く、切羽詰った状況にある訳でも無い。
 しかし、そんな葛西の考えを読んだかのように、久保田は手に持った猪口を胸の辺りまで上げて見せた。

 「そういう理由じゃなくて…。たぶん、俺自身の問題かな」

 葛西が考えたような理由なら、酒など飲まない。そんなジェスチャーに確かにな…と考えを改めながら、葛西は自分自身の問題だと言う甥の視線を追って、丸くなり眠る猫を見る。
 すると、そのタイミングを待っていたかのように、どこの寺からか風に乗ってかすかに除夜の鐘の音が耳に届いた。

 「お前の場合は、コタツで煩悩が湧くってか?」
 「さぁね? けど、ニンゲンなんて、煩悩のカタマリっしょ?」
 「まぁ、それはそうかもしれねぇが…、お前の煩悩の鐘を鳴らしたら、1回で108回分の音がしそうだぜ。それこそ、耳をつんざくってヤツだ」
 「ふーん…、ソレって鐘っていうより、悲鳴みたいかもね」
 「・・・・そんな鐘は、死んでも聞きたかねぇがな」

 かすかに聞こえる鐘の音が、今、何回目なのかはわからない。
 だが、この鐘の音が鳴り終わる頃、今年は終わり来年になるのは間違いなかった。
 そんな今、久保田が今年の出来事を思い出しているのか、それとも別の何かを考えているのか、叔父である葛西にもわからないし、わかるはずもないが…、
 丸くなり眠る時任の寝顔を優しく見つめる甥を見ていると、なぜか目を背けたくなる。
 悲鳴など上げてもいないのに、何かが耳をつんざく。
 空になった猪口に手酌で熱燗を注ぎながら、葛西はまた右手で顔を撫でた。

 「・・・ったく、らしくねぇ」

 そう言った葛西のくたびれたコートのポケットには、気まぐれで買ったポチ袋が入っている。そんな物を渡す年齢かどうかはわからないが、甥もその連れも、葛西の目から見れば、まだまだ子供だ。
 しかし、大人面して何か言えるほど、良い大人をやった覚えが無い。それどころか見守るなんて出来もしない嘘を吐く気も起きないほど、どうしようもない大人だ。
 小さな猪口の揺れる酒を眺めていると、その中に懐かしい風景や人や、そんな何かが浮かんで消えたような気がしたが…、そんなものは考えるまでもなく、ただの幻。昔を懐かしむのは年を取った証拠なのだろうが、走馬灯を見るにはまだ早いだろう。
 そうしている内に鐘は鳴り終わり、今日が昨日に、今年が去年に…、
 何もかもが押し流されるように過去になり、葛西が揺れる酒から視線を上げると久保田がコトリと持っていた猪口をコタツの上に置いた。

 「帰るのか?」
 「うん、年も明けたしね」
 「布団くらい貸すぞ?」
 「そうしようかと思ったけど、日の出は我が家で見たいし」
 「・・・・そうか」
 「うん」
 
 年越しは、時任の希望で日本の冬。
 けれど、日の出は二人で暮らすマンションの部屋から…と言った久保田は、何があろうと何が起ころうと葛西の甥だが、たった一人を見つめて幸せそうに微笑む横顔は、まるで知らない人間のようだった。
 名前も素性も知っているのに、知らない。
 少なくとも葛西の知る久保田は、その顔を見て仕草を見て、幸せなんて言葉が浮かぶような人間ではなかった。そう思うとさっきまで撫でるだけだった手で、両目を覆ってしまいたいような気分になる。
 
 なぜ・・・、コイツだったんだ。

 そんな呟きを胸の中で漏らすのは、久保田が起きない時任にジャンパーを着せ、背中に背負う時、葛西の目の前で時計の振り子のように、黒皮手袋のはめられた右手が揺れたからなのか…。それとも、着ていたコートと同じようにくたびれた刑事の勘が、そう呟かせたのか葛西自身にもわからない。
 けれど、それでも両目を覆いたい手で、きまぐれに買ったポチ袋に中身を放り込んで、甥の背で眠る子を追いジャンパーのポケットにこっそりと入れた。

 「それじゃ、どーもお邪魔しました」
 「おー、気ぃつけて帰れ」
 「あ、忘れてたけど、明けまして、おめでとうゴザイマス」
 「時坊には、忘れずに言ってやれよ。今日は、日本の正月だからな」
 
 おめでとさん、またな…と挨拶を返し、ドアを閉じれば欠伸が漏れる。
 そして、二人のいなくなった部屋に戻ると、コタツの上の黄色いミカンが目に入った。
 ただ、置かれているだけではない、籠に入れられたミカン。
 いつもは帰って適当に食って飲んで寝るだけの年の暮れだが、予想外の来客で日本の大みそからしい大みそかをし、年を越してしまったらしい。おいおい、何年振りだよ…と自分で自分に突っ込みながら笑い終わると、葛西は今度こそ、片手で顔を半分覆い深く長い息を吐いた。


 「あの誠人が背中に背負って、我が家ってのに連れて帰りやがるんだ…。なぜ、なんてのは問うだけ無駄…、いや、野暮ってヤツか。どっちにしろ、帰る場所はあっても逃げ場はねぇぞ…、誠人」
 
 そんなこたぁ、言われなくてもわかってるだろうが…と葛西が呟いた頃、久保田は眠る時任を背負い雪の上を歩いていた。早くも遅くも無い速度で、マンションに向かい家路を…。
 すると、一歩…、また一歩と進むたびに、久保田の足元で音がする。
 アスファルトを歩く時のような高さの無い…、低く重い音。
 それはまさしく歩くというより、踏みしめる音だ。
 予想以上に積もってしまった雪は、靴でも歩けない訳ではないが、少しブーツが欲しくなる程度。それでも二人分の重さがかかれば、それなりの音がする。
 さすがに外に出ると頬に空気が当たり冷たかったのか、時任が目を覚ました。
 けれど、完全に覚醒するまでには時間がかかるらしく、久保田の背中で眠いとか寒いとかウンウン唸っている。その唸り声を聞きながら吐く息は白く、踏みしめる雪も白く、そして冷たかったが背中だけは温かかった。
 
 「コタツ…、買ってあげられると良いんだけど…」

 小さく呟いた言葉の続きに声は無く、冬の澄んだ空気を震わせることも無く、唇だけが刻み消える。吐き出した息ばかりが漂い流れ、いつもかけている眼鏡のレンズ越しに見る住み慣れた街の景色も、その影響で少しばかり白く霞んでいた。
 そのせいか、見慣れているはずなのに、どこか知らない景色のようにも見えて…、
 規則的に刻んでいた踏みしめる音のタイミングが、何かに惑うようにずれた。
 すると、それを感じ取ったのかどうなのか、だらりと下に伸びていた時任の腕が久保田の首にまわる。そして、ふぁ〜っと大きな欠伸が耳を打ち、まだ少し眠そうな声が降ってきた。

 「コタツなら、またオッサンのトコに行けばいいじゃん」

 起き抜けで寝ぼけていても、どうやら久保田の呟きを聞いていたらしい。
 時任はそう言うと鍋もロールケーキも、スルメもうまかったと笑った。
 そして、それからようやく気付いたように、背中から降りると暴れ出し…、
 けれど、久保田はのほほんとした口調で、まぁまぁ…と言うばかりで聞かず、時任を背負って歩き続けた。

 「おーろーせよっ、もう自分で歩ける」
 「あと、もう少しだし」
 「そういう問題じゃねぇだろっ」
 「こんな夜更けに、誰も見てないよ。もし、見てたとしても、酔っ払いを背負ってるって思うくらいでしょ」
 「…って、酔っ払いは俺じゃなくて、久保ちゃんじゃんっ」
 「あれ、そんなに飲んだつもりないんだけど…、匂う?」
 「匂わねぇけど、なんとなくわかんだよ」
 「さすが時任クン」
 
 雪を踏みしめ、踏みしめ足跡を残しながら家路を歩き…、
 感じるのは背中にあるぬくもりと、その重さ。
 久保田は無意識にそれらを初めて感じた時と、今とを比べ…、わずかに目を細めた。
 
 「重くなったなぁ…」

 思わず漏れた一言に、時任が重いなら降ろせばいいだろっとムスッとした口調で言う。けれど、やはりそれでも久保田はまた、のほほんとした口調で、まぁまぁ…というばかりで聞かず、時任を背負ったまま歩き続けた。

 「確かに重くなったけど、重くない。だから、このままでも問題無いし?」
 「はぁ? ワケわかんねぇ」
 「うん、自分でもわからないから、わからなくていいよ」
 「…って言われても、俺はわかんねぇけど、わかってる」
 「そっか、そうかもね、時任だしね」
 「そ、俺サマだかんな」
 
 ・・・って、ワケわかんねぇって、同時に言って、同時にぷっと噴き出して、二人で白い息を吐きながら肩を揺らす。すると、笑って変わったものが何かあったのか、それとも何も無かったのか、低く重いばかりだった音が、踏みしめ歩く音が変わっていく。
 低いけれど、低くない…、重いけれど、重くない…。
 ふと、今日は好きな酒を飲みながら、何か苦いものでも飲んでいるかのような顔をしていた葛西を思い出した久保田は、口元に浮かべていた笑みを深くした。

 ・・・・わかってる。

 今はまだ、言っていない。
 けれど、日の出を眺めながら、言おうと決めている言葉がある。
 明けましておめでとう…、今年もよろしく…。
 そんな、まるで年賀状のような、ありきたりの新年の挨拶。
 でも、それでも日の出を眺める横顔を見つめながら、その言葉を噛みしめてしまうんだろう。雪を踏みしめるように、言葉を噛みしめて、新しく始まった年を歩き出すように…。
 そうして、ポケットに入れられた葛西のお年玉を教えてやって、また笑って…、
 背中のぬくもりを重さを、今を想い目を細めながら…、今年も・・・・、
 その先も、そのまた先も・・・。

 ・・・・わかってるよ。

 もう、除夜の鐘はとっくに鳴り終わっているというのに…、
 その音が耳をつんざく。
 それはまるで悲鳴のようでもあり、言葉よりも確かな…、
 胸の奥から、心から鳴り響く告白のようでもあった。

 
2010.1.9 『告白』


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