家族の肖像。
「せっかくお越しの所、申し訳ありませんが、本人が会いたくないと拒否していますので、面会は出来ません」
「あー…、やっぱりネ。うんうん、そうだよねェ」
「はぁ…」
「そんじゃ、また来ますってコトで、ヨロシク伝えておいてください」
「え、あぁ…、はい」
世間を騒がせていた教団は、代表が逮捕されて解体。
事件は連日、テレビや雑誌を賑わせている。
まぁ、当たり前っちゃ、当たり前だけどネ。
あの人の弟である俺の周囲も、少々騒がしい。
アサニチに呼び出されて出社したら、予想通りの展開で家族について書けって言われるし、あー…、ホントろくなコトないよねェ。俺ってろくなコトしてないからサ。
だから、家族についてなんて書くより先に、辞表を書いた。
「お前はいいのか、それで」
「いいから、出したんですけど」
「辛い気持ちはわかるが、お前も記者の端くれなら…」
「端くれだから、辞表書いたって言ったら?」
「端くれで、どうして辞表だ」
「思い出せないから…ですかね」
「思い出せないって、何がだ? 母親? それとも妹の…」
「姉さんの笑顔」
「・・・・・」
「忘れちまって思い出せない内は、何も書く資格無いでしょ。記者としても、家族としても…ね」
そんなコトを思ったのは…、妹の墓前でだった。
俺の記憶の中の妹は、今も笑顔だけだった。
そして、姉さんの事を墓前で報告してる時に、ふと、脳裏に思い浮かべた姉さんは懐かしいセーラー服を着てたけど・・・、顔も表情もぼんやりとしていて見えなかった。
「家族って・・・、なんだっけな」
まだ、幸せだったかもしれない頃の家族の肖像が思い出せない。
姉さんがどんな人間だったのか、どんな風に笑うのか思い出せない。
あんな作り物な笑顔じゃない…、本当の笑顔。
確かに俺も、あの人も浮かべていたはずだ…、あの頃は。
でも、それがわかっていても思い出せないのは、妹の美沙を笑顔の中に閉じ込めていた時間と、母さんを死に追いやった姉さんを恨み憎んでいた時間とが、すべてを黒く塗りつぶしてしまったからかもしれない。自分に都合の良い世界だけ見ていた俺には…、何も見えていなかった。
美沙も母さんも・・・、姉さんも・・・・・。
気づいた時には、いつも何もかも遅い。
美沙は死んだ、母さんも死んだ。
姉さんは塀の中だ。
けれど・・・・、俺は墓前に供えた線香の煙の向こう、物言わぬ墓標を前にして…。墓標に美沙に話しかけながら、馬鹿のように当たり前の事に気づいた。
姉さんは塀の中にいるけど、生きている。
そんな事に…、そんな簡単な事に今更のように気づいた。
「そっか、そうだよな…、生きてるんだよなァ…、俺もあの人も…」
それから、俺は黒く塗りつぶした時間を取り戻そうと足掻くように、歩き回り走り回った。姉の事を良く知る人を探し、主に教団関係者から話を聞いた。
すると、姉さんの側近だったという男から、姉さんと…、母さんの話を聞くことが出来た。男は姉さんと一緒に逮捕され、話したのは刑務所の面会室でガラス越しだった。
「講師は…、始め、母親を信者にするつもりはなかったと思います…」
それは、俺の聞きたかった真実。
俺達が追い込んでしまったんだとしても、本当に姉さんが平気で母さんをヤク中にする人間になってしまったのかどうか知りたかった。
姉さんの真実が知りたかった。
ほんの一欠けらでもいい…、俺の知ってる姉さんを見つけたかった。
俺の姉さんを信じたかった。
そんな想いで、そんな気持ちで男の話を聞いて…、
その話をパズルのピースのように組み合わせて、俺は家族の肖像を作った。
・・・・・・・姉さんの笑顔を。
そして、作り上げた肖像の中で、姉さんが柔らかく笑っているのを脳裏に描いた瞬間…、俺の目から、らしくなく涙が零れ落ちた。
「あぁ…、やっぱ姉さんだ…。アンタ、俺の姉さんだったよ…」
妹の病気の事で悩んでいた母さんは、誰から聞いたのか教団に足を運んだ。
心の平穏を救いを求めて、入信するためだ。
そして、そこには代表になった姉さんがいて…、二人は対面した。
母と娘の久しぶりの再会。
しかし、母さんは・・・・、姉さんを見ても自分の娘だと気づかなかった。
あんなに変わってちゃ、無理無いのかもしれない。
離婚してからは、一度も会ってないはずだ。
けれど、姉さんは自分が娘だと気づかず、助けてくださいとすがりつく母親を見て、相変わらず妹のことばかり話す母親を見て…、どう思っただろうか・・・。
名簿で母親の名前を見て慌てて会いに来た姉さんは…、ただ呆然と立っていたらしい。助けてと叫ぶ母親をしばらく呆然と見つめた後、何事もなかったように踵を返して部屋に戻って行った。
「あんな気弱そうな…、哀しそうな表情をした三ツ橋講師を見たのは初めてでした…。一度きりの事でしたが、かすれた声で小さく…、母さんと呼んだのがとても印象的で、今も良く覚えています。後で入信させても良いのかと部屋を尋ねた時には、もういつもの講師に戻っていましたが…」
姉さんは、家族が大きらいだったと言った。
それは本当だと思う…。
けど、それでも姉さんはずっと待ってたんじゃないかって気がするんだ。
なんでかなぁ…、兄弟ってヤツだからなのか…、
それは、俺にもわからないけど…、さ。
昔みたいに母さんが、佳代ちゃんって呼んでくれるのを…、
ずっと…、ずっと待ってた気がしてならなかったんだ…。
『佳代ちゃん…、一緒にお家に帰りましょう』
すべてを知りながら、母さんを見殺しにした事実は変わらない。
真実を知っても、犯した罪も何も変わらない。
罪は罪…、罰は下され許されるべきものじゃない。
でも、それでも俺は、これからも姉さんの所へ面会に通うんだろう。
美沙の所へ花束を持って通うように、姉さんにも会いに行く。
そして、いつ出てくるかもわからない姉さんを待ち続ける。
家族だから…、なんて、まるで似合わないセリフ吐きながら…、
もう肖像しか残ってない壊れちまった家族に…、俺の姉さんに…、
いつか、オカエリナサイを言おうと決めた。
二度と忘れない…、家族の肖像を胸に抱きながら…。
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