僕らがサンタになった日。





 バイトの帰り道…、別に用事は何もなかった。
 マンションの前にあるコンビニには、ちょっと寄ってみようかとも思ってたけど、それは用事の内には入らない。帰り道でついでだし、いつもの事だ。
 帰りながらセッタとか牛乳とか、足りないモノはなかったかどうか考えて…、
 そうして、通り過ぎるか寄るかどうかを決める。
 だけど、今日はそれとは別のコトを考えながら歩いていた。
 そのせいか、いつもなら止めない場所で足を止めてしまった俺は、そこにある店のウィンドウを見つめる。でも、俺は白いヒゲのおじいさんとチカチカと光の点滅するツリーを見つめるだけで、店の中に足を踏み入れたりはしなかった。
 今日、寄るつもりなのはコンビニだけで、それは足を止めた今も変わりない。
 だから、俺はそのまま何事もなかったかのように、また歩き出そうとした。
 けど、運が良いのか悪いのか、現場帰りの刑事サンと遭遇。
 背後から声をかけられて仕方なく、俺は刑事サンの方を向いた。
 「せっかくのクリスマスも、犯人サンは休んでくれないみたいだぁね」
 「クリスマスどころか、盆も正月もありゃしねぇよ。まったく、たまにはウチでのんびり平和な年越しってのをしてみてぇもんだ」
 「…って言っても、どーせ寝てるだけデショ?」
 「一応、紅白は見る」
 「へー、葛西サンでも、そーいうの見るんだ?」
 「・・・・・俺でもって、お前、俺を一体何だと思ってる」
 現場帰りの刑事と、懐に拳銃な犯罪者。
 どっちもクリスマスムード一色の街には、やはり不似合いなのかもしれない。
 時折、道行く人々の視線が、明るいウィンドウの前に立つ俺達の上に止まる。
 そんな視線を受けながら、俺と葛西サンは同時に軽く肩をすくめて小さく笑った。
 ガラじゃないなぁ、ガラじゃねぇなぁとツリーを眺めながら…。
 けれど、目の前のツリーが似合いそうな、俺らじゃない人物に心当たりがあったらしく、葛西サンは俺に向かって買わなくていいのかと問いかけてきた。
 「確かに俺とお前にゃ似合わねぇが…、いるだろう?」
 「…って、何が?」
 「お前んちには、こういうのが似合いそうなのがいるだろうって言ってんだ。だから、お前もガラじゃねぇのに、立ち止まってたんじゃねぇのか?」
 「そーいう葛西サンは?」
 「俺は、不審人物に職務質問してるだけだ」
 「あぁ、なるほど」
 「何気に認めるって事は、何かやらかしたのか?」
 「ん〜、今日は、まだ何も?」
 「ったく、お前まで俺の休暇を奪うなよ」
 「ほーい」
 そんな会話の後、やはり店には入らず通り過ぎる俺を見た葛西さんは、何かを考えるようにポリポリと顎を掻く。けど、俺と同じように店に入る事はしなかった。
 しかし、俺の横に並ぶように歩き始めたトコロを見ると、自分は店に入らないクセに、俺を店に入らせるコトはあきらめてくれなかったのか…、
 説得の文句でも考えてる様子で、タバコくわえて火なんてつけてる。
 最近、俺の部屋で暮らしてる同居人のコトになると、妙に叔父らしくなる葛西さんがおかしくて小さく笑うと、口から煙を吐きつつ軽く睨まれた。
 「お前の事だ、俺の言いたい事くらいわかってんだろ?」
 「さぁ?」
 「そうやって、とぼけてんのが良い証拠だ。まぁ、あの店に入れとまでは言わねぇが、ちゃんとウチには帰ってやれよ」
 「うん」
 「ホントだろうな?」
 「ちゃんと帰るよ…、たぶんね」
 葛西さんの言葉にそう答えてしまってから、しまったって思ったけど、もしかしなくても時すでに遅しっていうヤツで…、伸びてきた手が俺のコートの襟を掴む。
 すると、その反動でわずかに首が絞まった。
 そう、さっきの一言で葛西さんが気づいてしまったように、俺がウィンドウの前に立ち止まってたのは、ツリーを買うかどうか迷ってたワケではなく…、
 今日、ウチに帰るかどうかを考えていただけだ。
 クリスマスなのに…ではなく、クリスマスだから迷っていた。
 バイトなんて嘘ついて帰れなければ、俺を待っててくれてる同居人はきっとガッカリする。もしかしたら、スゴク悲しそうなカオをするかもしれない。
 けど、それでも俺は、今もまだ迷い続けていた。
 「ケンカでもしたか?」
 「ソレだったら、まだ良いかも…」
 「なら、何だ?」
 「・・・・・・・」
 珍しく、問い詰めるような葛西さんの声音と口調。
 でも、まだホンキじゃないってのは、やれやれと言いたげな目を見ればわかる。襟を掴んだ手がすぐに離れていったのも、その証拠だ。
 刑事でコンビを組んでる新木さんが言うには、ホンキな葛西さんに尋問された犯人は、いつの間にか乗せられて喋らされてるらしいけど、俺はホンキでもそうじゃなくても、この件について何も話す気はなかった。
 話しても仕方ないし、何が変わるワケでもない。
 それは他の誰でも無い、俺自身の問題だからだ。
 しかも、この問題は、いくら悩んでも考えても解決はしない。
 ただ途方に暮れるだけで、何の答えも出ない。
 それだけは悩み考えるまでもなく、ハッキリとわかっていた。
 だから、さっきの葛西さんと違って何も考えずにポケットからセッタを取り出し口にくわえると、バイト先で貰ったパチンコの宣伝入りのライターで火を付けた。
 
 「もしかしたら、反抗期かもね?」

 セッタの煙を肺の中に吸い込んで、それから少しだけ考える。
 でも、それはただの言いワケ。
 それで思いついた、もっともらしいのか、そうではないのか良くわからないのを言ってみる。すると、葛西さんは溜息が混じったみたいな煙を、ふーっと口から吐き出した。
 「反抗期って、お前がか?」
 「たまには…」
 「同居人相手に反抗期たぁ、あんまり穏やかじゃねぇな」
 「だぁね」
 「そう思うなら、反抗期は俺にしとけ。一応、俺はお前のホゴシャってヤツだからな」
 葛西さんにそう言われて、葛西さんに反抗期な自分ってのを想像してみる…、
 けど・・・、笑えてきてムリだった。
 反抗期の甥と、そんな甥抱えた叔父。
 うん、ホント…、ツリー並みに最高に似合わない。
 「おい、何笑ってやがんだ」
 「んー、ちょっちね」
 「ったく、らしくねぇ心配なんかするんじゃなかったぜ」
 そう言って舌打ちした葛西さんは、通りかかった横断歩道の前で止まる。どうやら、ココを俺は真っ直ぐ通りすぎるけど、葛西さんは横断歩道を渡るつもりらしい。
 つまり、ココでお別れ。
 でも、俺に向かって、ちゃんと帰れと念押しするのは忘れなかった。
 「こういうのも拾った責任の内だ…、とは言わねぇがな。アイツの寂しそうな顔を見たくないと少しでも思うなら、いつまでも、こんなトコでフラフラしてんなよ。ま、わかっていながら後悔したいっていうなら、ベツだがな」
 そんな言葉に、わかったと示すように軽く手を上げて…、
 アリガトね…と礼を言うと、葛西さんは軽く手を挙げ返し横断歩道を渡った。
 けれど、周囲を歩く人々と違って、家路を歩く俺の足は相変わらず重い。
 帰らなければ後悔するだけだとわかっていながらも…、重い。
 その重さをカンジてると、なぜか同居人を…、時任を拾った日のコトを思い出す。
 そうして気づくのは、あの日の事がいつの間にか…、遠くなり過去になり…、

 ・・・・・・思い出になってしまってるっていうコト。

 初めは…、そんなコトなんて気にしなかった。
 だから、時任の喜びそうなコトなら、したいと思った。
 そう思うように、いつの間にかなっていた。
 一番最初はたぶん…、時任が食べたいと言ってた新発売の菓子を、箱買いして帰った時だったかもしれない。なんとなく、偶然入った店で見つけて、一個買うつもりが何か物足りない気がして一箱買った。
 そしたら、帰ってきた俺から、それを受け取った時任は目を見開いて驚いた顔をした後、何かスゴク楽しいコトでもあったみたいに、腹を抱えて盛大に笑った。

 『た、確かに食いたいって言ったけどっ、いきなり箱買いって、あり得ねぇだろっ!!つかっ、誰がこんなに食うんだ…っ、もうマジ腹いてぇっ!!』

 時任があんなに笑ってるトコのを見たのは、それが初めてだった。
 腹を抱えて笑いながら、眼尻に涙溜めて俺にサンキューなって言った時任の顔は、今も鮮明に覚えてる。その時にカンジた穏やかさも、暖かさも…、何もかもが鮮明に脳裏に焼き付いて離れなくて…、
 それから、しばらくして今度はアイスを箱買いした。
 そんな俺に呆れながらも、時任は嬉しそうに笑ってくれて…、
 だから、春の季節には桜を、夏には花火を…、秋には高い空を二人で眺めた。
 そうして、気づけば二人で居た日々が、思い出が増えていて…、
 けれど、俺はその頃には、もう知っていた。
 そう遠くない未来に、思い出の増殖は止まり…、
 やがて、増えてしまった思い出だけが残るコトを知ってしまった。

 「いらない…、もう何も欲しくないんだ…」

 そう言って噛みしめたのは、くわえてたセッタなのか…、
 それとも、もっと別のモノだったのか、自分でも良くわからない。
 なのに、感じた苦さだけは、いつまでも舌に残っていた。
 そのせいか、帰ろうと帰らなければと思いながらも、足はやがて歩くコトを止めて立ち止まり、冬の夜空を見上げる。すると、わずかしか出ていなかった星が一つだけ、気まぐれに視界を横切り流れ…、俺は灰色の煙を吐き出しながら苦笑した。

 「何もいらないって言ってるのに、ね」

 そうして、気まぐれな星に習い、気まぐれに通りかかった自販機で缶コーヒーを買う。今日は帰らなくても、明日になれば帰るだけだし、今してるコトは無駄で無意味な足掻きってヤツで…、ポケットの中で振動してるケータイを取らないって選択肢は、やはり俺の中には無かった。

 『久保ちゃん、今、どこにいんだよ? まだバイト先?』
 「うん…、そう、まだバイト先」
 『・・・そっか』
 「もしかして、何かあった?」
 『べつに何もねぇけど、なんとなく…、かけてみたくなっただけ』
 「そう」
 『うん』
 「バイト長引いてて、今日中には帰れそうもないから、先に寝てなよ」
 『わぁった』
 「じゃ、おやすみ」
 『うん…、おやすみ』

 今、時任がどんな顔してるのか…、わからないワケじゃない。
 だから、葛西さんが言ったように、すでに後悔はしてる。
 けど、それでも缶コーヒー片手に夜空を眺めながら、俺は日付が24日から25日に変わるのを待った。24日はイブで、25日はクリスマス本番で、どちらにしろクリスマスには変わりないのに…、ホントに何してんのかなぁって、セッタの灰をポトリと黒いアスファルトの上に落としてみる。
 でも、そんなコトで変わるモノなんて、何もありはしない。
 何をしたって、どう足掻いたって…、変わらないモノは変わらない。あきらめなければ、あきらめさえしなければ変えられるなんて、苦しい呻き声を打ち消す激しいシャワーの水音を聞いた後では言えないし、思えない。
 あの手に触れられるほど、近くに居るから…、希望は抱けなかった。

 「思い出って…、何のためにあるんだろうね?」

 そう呟いてから、ぽつりぽつりと灰を落としていくようなテンポで歩き…、時折、空を見上げて立ち止まり…。そうして、ポケットに入れてたセッタが切れた頃、ようやくマンションに帰り着くと、部屋の電気が消えているのを見て軽く息を吐いた。
 けど、時任のコトだから、電気を消したままでリビングでゲームしてる場合もある。だから、夜の闇に紛れるように帰宅した俺は、チャイムを鳴らさずに鍵を使って二人で暮らす部屋へ入ると、まずリビングへと向かった。
 でも、その心配はいらなかったみたいで、リビングに時任の姿はない。
 俺は来てたコートを脱いでソファーにかけると、キッチンで水を飲んだ。
 そして、眠るために寝室に向かう。夏ならソファーで眠るのも良かったかもしれないけど、冬はベッドで眠らないと風邪を引くし…、これ以上、時任が不審に思うような行動はしたくない。
 さっきまでの行動と矛盾してるけど、この部屋に帰り着くと何の変りもない日常を…、それでも増殖を続ける思い出を守りたいと願っている自分がいた。

 「…ただいま」

 狭いパイプベッドの上なのに、半分のスペースを開けて眠る時任に向かって…、そう囁く。すると、眠ってるはずの時任が、少し笑ったような気がした。
 その顔をしばらく見つめた後、開けられたスペースに身を横たえると…、あくびを噛み殺しながら、持っていたセッタとも貰いモノのライターを習慣で枕元に置く。不眠症は相変わらずなのに、触れた部分から伝わってくる、ぬくもりが睡眠薬よりも良く効いて…、

 俺は眠っている間に、サンタが来たコトにすら気付かなかった。

 翌朝、閉じていた目を開いた俺は、いつものように枕元に手を伸ばす。
 そして、置いていたセッタと貰いモノのライターを掴んだ…つもりだったけど、ライターだけが昨日のモノとは違っていた。
 パチンコの宣伝なんてついてない…、銀色のライター。
 それを誰が置いたかなんてのは、聞かなくてもわかる。
 俺のサンタは眠った時と同じように、隣で静かな寝息を立てていた。
 
 「こんなのは、きっとすぐに失くすから…、いらないし…。それに知らなかったかもしれないけど、悪い子にサンタは来ないんだよ、時任」

 そんな言葉とは裏腹に俺の右手は、銀色のライターを握りしめたままで…、
 くわえるつもりだったセッタは、シーツの上に落ちてる。
 もう思い出なんていらない…、何もいらないと言いながら…、
 俺は握りしめた右手の上に、更に左手を重ねて、それを額に押し当てた。
 いらないのに、大切なんて矛盾してる。
 だけど、時任から貰ったモノは、すべていらないのに大切だった。
 今、手のひらの中にある銀色のライターも、触れた部分から伝わるぬくもりも、いらないのに大切だから手を離せない…、何も捨てられない…。増殖していく思い出に埋もれながら、やがて来る日に痛みをカンジて、何も守れない手に爪を立てて…、
 いつの間にか眩しすぎて真っ直ぐに見るコトができなくなった笑顔を、眠る時任のカオに重ねて、愛しさと痛みに目を閉じようとする。けれど、完全に閉じてしまう前に、うっすらと開いた時任の眠そうな目と目が合ってしまった。

 「・・・・ゴメンね」

 他のコトを言うつもりで口を開いたのに、出たのはそんな言葉で…、
 銀色のライターを握りしめたまま、次に続く言葉が見つからない。
 クリスマスイブにバイトだなんてウソついて、悪い見本な俺よりも貰っていいはずの時任へのプレゼントすらないのに…、言える言葉なんて見つかるはずがない。
 なのに、黙り込んだ俺に向かって時任の手が伸びてきて、銀色のライターを握りしめたままの手に触れる。そして、まるで俺の考えてたコトを知ってるみたいに、触れた手に額を軽く押しつけながら、なるなら良い子よりもサンタがいいと言った。
 「俺はさ、もうプレゼント貰ってるし、ソレさえあったら他にいるモノなんかねぇし…。だから、なるならサンタって決めてんだ」
 「貰ったプレゼントって、誰に何を?」
 「ん〜…、それはヒミツ」
 「どうしても?」

 「そ、久保ちゃんにだけは、絶対ヒミツ」
 
 そう言ってニカッと笑った時任は、結局、そのまま眠ってしまって、誰に何を貰ったのか聞けなかった。けれど、触れた手を離さずに微笑みながら眠る時任を見ていると、なぜか胸がしめつけられたように苦しくなって、時任を抱きしめたくてたまらなくなって…、
 なのに、触れた手を握りしめているコトしか出来ない。
 そんな俺の胸を過ぎるのは、きっと後悔なんだろう。
 あの路地裏で見つけた日にはしなかった後悔を、俺は触れあった手のぬくもりと増殖を続ける思い出に埋もれながら、きっと、し続けて…
 けど、触れたぬくもりと思い出の他に、大切なモノは何もなかった。
 
 隣に眠る人のぬくもりの他には・・・、何もない・・・。

 だから、せめて…、もしも明日があるのなら…、
 もしも、もう一度クリスマスがやってくるのなら…、
 今度は眠ってるサンタの枕元にプレゼントを置いて、俺もサンタになろうと決めた。
 もっと、たくさんの思い出に埋もれるために、苦しみも痛みも涙もすべて思い出で埋め尽くすために…、それが何よりも大切で、大切過ぎて後悔し続けながら…、

 それでも、離すコトの出来ない…、この手のために…。

 
                                              2009.12.30  

 30日のメリークリスマス…(T△T)
 でもでも、どうしても書きたくて書きました。
 
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