12月24日。




 12月に入ったと思ったらあっという間に年末が近づいて…、そうするとクリスマスってカンジの色とか音楽とかそんなのばかり目につくようになった。
 ホントにどこでもかしこでもクリスマスだって言うみたいに、どこを見てもそんなだけど…。
 強制されてるワケじゃねぇから、べつにする必要なんかねぇのかもって思ったりもする。
 当たり前だけど、12月24日は同じ24日でも久保ちゃんの誕生日じゃないし、俺の誕生日でもない。そしてオマケに、チョコ持って『スキ』とかって告白する日でもなかった。
 だからクリスマスすることになんか意味はあっても、それは俺にはぜんぜん関係ない。
 けど、なんとなくクリスマスソングとか赤と緑のクリスマスカラーとか、そんなの見てたらたまにはそういうのもいいかなぁって…。
 そんな風に思ったけど、結局、久保ちゃんの読んでる新聞の日付が12月24日になってもクリスマスしようって言えなかった。

 「あのさ…、久保ちゃん…」
 「ん〜、なに?」
 「きょ、今日はやけに寒いよなっ」
 「そうねぇ、雪でも降るんじゃないの?」
 「ふーん…」
 「どうかした?」
 「どうかしたって、なにがだよっ?」
 「なんとなく、何か言いたそうなカオしてるなぁって思って…」
 「き、気のせいだろっ」
 「ならいいけどね…」

 久保ちゃんはいつもみたいにバサバサさせながら12月24日の新聞読んでて…、そうしながらトースターで焼いたパン食って、おまけにコーヒーも飲んでる。
 だから12月24日の新聞読んでても、全部いつもと同じで変わったところなんか一つも見つけられなかった。
 今日のバイトは入ってないって言ってたから…、久保ちゃんはたぶんいつもみたいにずっと部屋で本読んでゲームして、気が向いたらコンビニに買い物に行くのかもしんない。
 けどそれはべつにトクベツな日じゃないから当たり前なのに…。
 今日の朝、いつもより少し早く朝起きてから、そんな当たり前なことばっか目に付いてずっと落ち着かない気分になってた。
 ただ12月24日だってだけなのに…、なんでかなぁって…。
 そういうよくわかんない気分を持てあましてると、クリスマスが少しだけ嫌いになりそうになる。
 久保ちゃんはホントにいつもと変わんないのに…、俺だけがヘンだった。

 「あっ…」
 「な、なに?」
 「今日は洗濯するから、洗うモノあったら洗濯機に放り込んどいてくれる?」
 「・・・・わぁった」
 「そっちの部屋行くなら、ついでにシーツもね」
 「・・・・・・・・」

 今日は天気が悪いし寒いけど、乾燥機にかけっからべつに洗濯に天気は関係ない。
 けど、なにも今から洗濯なんかしなくてもいいじゃんかって…、昨日、二人で眠ってたベッドのシーツをはがしながらそんなコト思ってた。
 べつに久保ちゃんに何か言って欲しかったわけじゃねぇけど、なんとなくクリスマスケーキくらいは食いたかったなぁって…。
 そんな風に思ってても、やっぱりいつもと変わらない久保ちゃんにはなんにも言えない。
 もしかしたら、クリスマスなんか少しも気にしてなさそうな久保ちゃんに、なんでかって聞き返されたくなかったからかもしんねぇけど…。
 べつに12月24日に、クリスマスをする必要なんてどこにもないことだけは確かだった。
 
 「久保ちゃん…」
 「いきなりコート着たりしてどしたの?」
 「俺、ちょっち出かけてくっからっ」
 「コンビニなら俺も行くけど?」
 「コンビニじゃねぇから、一人で行って来るっ」
 「朝、今日は寒いって言ってなかったっけ?」
 「寒くても出かけたくなる時はあんのっ」
 「ふぅん…」
 「じゃ、一人で出かけてくっからっ」
 「暗くならない内に帰りなね?」
 「俺は小学生じゃねぇっつーのっ!」
 「はいはい、行ってらっしゃい」

 
 今日は朝から時任の様子がおかしかったけど、べつに機嫌が悪いわけじゃないってことだけはちゃんとわかってて…。
 でも、ぜんぜん時任がおかしいワケに心当たりがなかった。
 だからそのワケを考えながら、そろそろ洗濯を始めようかと思って新聞読みながら思ってると、時任は赤いコートを着て出かけるって言った。
 俺と一緒じゃなくて一人で…。
 寒がりな時任がこんな日に出かけるはめずらしかったけど、なんとなく一人になりたがってるように見えたから行ってらっしゃいを言って…。
 けど、玄関のドアから出かけてく赤いコートを着た時任の後ろ姿を見てたら、突然、今日が何日だったかを思い出した。
 そしたら、時任が朝からおかしかったワケも、一人で出かけたくなったワケも…。
 今日が12月24日だったからなんだって…、時任がいなくなってからようやく気づく。
 時任の誕生日でもなんでもない日だったからあまり気にしてなかったけど、12月24日はクリスマスイブで…。
 そのクリスマスというのはケーキを食べたり、プレゼントをあげたりもらったりする日だった。
 けどクリスマスっていうのは本来そういうものじゃないし…、あまりこういう年間行事みたいなのに興味がないから気にしたことがない。
 さすがに大晦日と正月は覚えてるけど、俺にとって12月24日はフツーの日となにも変わらなかった。
 だからクリスマスを意識してなくても、なにもしなくても困ったことなんかない。
 でも、時任の後ろ姿を見た瞬間から、クリスマスを忘れてたコトを後悔してた。
 あんな風に一人で…、赤いコート着て出かけさせるくらいなら…。
 クリスマスケーキを予約して、ツリーを飾って…、クリスマスらしいことを少しくらいすればよかったって…。
 たとえ12月24日がべつにフツーの日でトクベツなんかじゃなかったとしても…、そうすれば良かったって、そう思ったから…。
 
 たぶん突然…、12月24日が俺の中で意味を持ったのかもしれない。

 窓から見た空は薄暗くくもってて、そんな空の下を歩いている時任がいつココに戻ってくるかはわからなかった。
 けれど、さっきまで読んでた新聞はまだ24日になってるから、まだ手遅れってワケじゃない。
 俺は自分のコートをすばやく着ると、クリスマスをするために買い物に行くコトにした。
 予約してなかったから…、店頭に並んでるケーキの中から一つを選んで…。
 部屋に飾るためのクリスマスツリーを買うために…。
 けど、たぶんそれは時任のためじゃなくて…、時任にあんな風に一人で出かけさせたくなかった自分のためにやってる。
 もしもクリスマスを最初からしようとしてたら、時任は今も俺の隣にいたはずだから…。
 だから時任と一緒にいたい自分のために…、それだけ願ってる俺自身のために…。

 もうクリスマス色に染まった町を、時任に一人で歩かせたくなかった。

 「すいません、コレいくら?」
 「3.500円になります」
 「じゃ、これ一つもらえます?」
 「はいっ、ありがとうございますっ」
 
 ちっちゃなショートケーキが二つで十分でもクリスマスらしくするなら、大きい方がいいかもって思ったから…。
 ケーキ屋に入って、ショーウィンドウの中のクリスマスらしい大きなケーキを買う。
 偶然、ガラスにうつったそんな自分の姿を見たら、妙におかしくて笑いそうになった。
 けどそれはイヤな気分じゃなくて…、ぜんぜんその逆で…。
 だから大きなケーキを手に持ったら、ホントに今すぐに時任に会いたかった。
 この灰色の空の下で…、食べ切れないケーキを抱えたままで…。

 猫みたいに寒がりな時任を抱きしめるために…。

 結局、クリスマスツリーは来年買うことにして帰るコトにして…。
 誰もいないあの部屋に時任が戻るコトがないように、少し急いでマンションに向かって歩き出す。すると何かが空から落ちてきて。アスファルトの上に小さなシミをつくる。
 けど、そのシミは雨じゃなくて…、ひらひらと空から舞い落ちてきた雪が溶けてできたシミだった。
 寒空から舞い落ちる雪は、歩いている内にその数が増えて…、クリスマスカラーの町を白く白く染め上げようとしているかのように、ひらひらと俺の肩にも降り積もっていく。
 ゆっくりとゆっくりと…、ただ音もなく静かに…。
 目の前にマンションが見える場所まで来ると、時々来る公園の並木にもわずかに雪が積もっていた。
 







 マンションから出てから少しして、すぐ公園のブランコに一人ですわってたけど…。
 まだ部屋に帰ろうって気分にはなれないでいる。
 それは俺のひざの上に乗ってる四角い白い箱が原因で…、でもそれをココに置いて帰りたくなかった。
 その箱の中に入ってるのは、俺の買った大きなクリスマスケーキ。
 こんなでかいケーキを買ったのは始めてだったけど、今日がクリスマスだなぁって思ったら…、どしても大きなのを買いたくなった。
 メリークリスマスって書いてあるからってだけじゃなくて…、その方が久保ちゃんに言いやすいかなぁって思っただけだったけど…。そう思って買ったケーキの箱を持ってココまで来たら、足はマンションじゃなくて公園に向かってた。
 それはケーキの箱が重いとか…、そんなバカなことじゃなくて…。
 
 帰る途中で、クリマスケーキの入った箱を落としたからだった。
 
 後ろから走って来た自転車がガツッとケーキの箱にぶつかって…、その勢いで箱は俺の手から落ちて…。だから自転車のヤツを怒鳴りながら、心配になって横になってしまってた箱の中をのぞいたけど…。
 やっぱケーキはぐちゃぐちゃになって、もうダメになってた。
 せっかく買ったケーキだったけど、こんな風に壊れたらもとになんか戻らない。
 だから公園のゴミ箱に捨てようって思ってココまで来たのに…。
 ゴミ箱の前に立ったら、どうしてもそれを捨てられなかった。
 こんなぐちゃぐちゃになったケーキなんか、久保ちゃんに見せられないのに捨てられない。
 スゴクおいしそうなケーキだったのに…って…、久保ちゃんに見せたかったのにって思ったら…、どうしても手から離せなかった。
 
 「あーあっ、なんかバッカみてぇ…」
 
 そう呟きながら公園のブランコにすわってると、いつの間にか空から雪が降ってきて…。
 ふわふわと降ってくる雪が優しいのに冷たかったから、その冷たさに身体が震えてきた。
 だからはーっと息を手に吹いて温めてみたけど…、少しもあったかくなんかならない。
 冷たい空気の中に吐き出した息も雪のように白くて…。
 それを見てると身体だけじゃなくて、色んなトコがカチコチと冷たくなっていくような気がした。
 公園にはクリスマスソングなんか流れてないし…、赤や緑のクリスマスカラーもないけど、今は降り出した白い雪が公園に飾りつけをしようとしてる。
 ゆっくりと降り積もっていく雪が…、まるで白い羽のように空からひらひらと静かに舞い落ちていた。
 
 「…やっぱり雪が降っちゃったね?」

 上から降ってくる雪を見上げながらひざの上にケーキを抱えてると、後ろから良く知ってる声が突然してくる。
 その声に驚いたけど…、振り向いたりせずにじっと雪だけを見つめていた。
 するとすぅっと後ろから伸びてきた腕が、ゆっくりと俺のことを抱きしめてくる。
 その腕に抱き締められてるとゆっくりと静かに…、温かさと優しいさだけが伝わってきた。
 だから伸びてきた腕に自分の手を重ねて、後ろにある身体に背中をあずけて…。
 ひざの上に乗せてるクリスマスケーキの箱を思い切って開けた。

 「・・・・・・あのさ」
 「なに?」
 「クリスマスケーキ買ったんだけどさ…」
 「うん」
 「久保ちゃんに見せたかったけど…、見せる前に壊れちまった…。だから捨てて帰ろうかと思ったのに…、捨てられなかったんだ…」
 
 そう言ってケーキのフタを閉めたら、久保ちゃんは雪に濡れないように自分の着てる黒いコートの中に俺を入れて…、さっきよりもぎゅっと俺のことを抱きしめてくれてて…。
 そしたら降り注ぐ雪と空気の冷たさに凍えてた身体に、ゆっくりと温かさが染み込んでいってるのをカンジた。
 赤よりも緑よりもクリスマスにふさわしい…、空から降る白を見つめながら…。
 久保ちゃんの腕の中に抱かれて…、抱きしめられて…、ひざの上に壊れたクリスマスケーキを抱えてると、もうどこからも凍える冷たさは来なかった。
 しばらくそうして温かい久保ちゃんの体温をカンジてると、久保ちゃんが俺の頬にキスしながら横を見るように言う。
 だから雪を見てた目を横の方を向けると、俺の乗ってるブランコの隣のブランコに白い箱が置かれてるのが見えた。

 「久保ちゃん…、あれって…」
 「時任と食べようと思ってかったんだけど?」
 「・・・・・・クリスマスケーキを?」
 「そう」
 「でかいケーキを二つもなんて、二人で食いきれないトコだったじゃんか・・・」
 「だから一人一つ分担ってコトで、時任はあのケーキ担当」
 「えっ、けど、俺のケーキは…」
 「そのケーキ、時任が俺に買ってきてくれたケーキだよね?」
 「・・・・・うん」
 「だったら、捨てないで俺にくれない?」
 「でも、食う気になんねぇくらいぐちゃぐちゃだし…」
 「ぐちゃぐちゃになっても、味はかわらないから平気っしょ?」
 「…ムリして食わなくてもいいっ」
 「ムリなんかしてないよ? 俺は欲張りだから時任がくれるものならなんでも欲しいし、くれないものでも欲しくなるから…」
 「ケーキなんか、買えばいくらでもあるじゃん…」
 「そうかもしれないけど、時任が俺に買ってくれたケーキは一個だけだから…。ケーキを捨てないでくれてありがとね、そこにある想いを捨てないでいてくれて…」
 「・・・・・・・・久保ちゃん」
 「ぐちゃぐちゃになってても…、捨てないで待っててくれてありがとね、時任」
 「・・・・うん」

 どんなにぐちゃぐちゃになっても、元の形がわからなくなっても…、それは間違いなくクリスマスケーキだから…。
 だからたぶん捨てられなかったんだって…、そんな気がした。
 どんなにぐちゃぐちゃなキモチになっても、好きな想いだけが変わらずにそこにある続けるように…。久保ちゃんと食べるために買ったぐちゃぐちゃになったクリスマスケーキは、やっぱりぐちゃぐちゃになってもクリスマスケーキだった。

 「好きだよ、時任」
 「うん…、俺も好きだから…」

 頬に触れていた久保ちゃんの唇が、ゆっくりと感触を確かめるようにキスしてくる。
 だからその唇の感触を…、誰よりも一番知ってる体温の温かさをカンジながら…、振り返って久保ちゃんの首に腕を回して引きせて…。
 どこまでも続く灰色の空も…、降り続く雪も見ないで目を閉じた。
 クリスマスソングも…、クリスマス色に染まった町のざわめきも聞こえない場所で…。
 俺は久保ちゃんと抱きしめあって…、そしてキスして…、好きだって何度も何度も胸の奥で、その想いを降り積もらせてる。
 冷たい凍えるような雪じゃなくて…、ひらりひらりと舞う粉雪のような想いを…。
 
 「寒いから…、そろそろ帰ろっか?」
 「帰ったら、ケーキ食おうぜっ」
 「今日の晩メシはケーキだし?」
 「うっ、胸焼けするかも…」

 雪の色に染まっていく公園のブランコは、俺が壊れたケーキを持って立ち上がってからもしばらくの間ゆれていた。
 クリスマスイブの日の雪に、白く降り積もられながら…。



 あわわわっ、メリークリスマスなのです(滝汗)
 昨日、どうしてもダメで没になったのを、全部書き換えてしました(号泣)
 ダメダメ加減が爆発してますのです〜〜〜〜(T-T)

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