クリスマスケーキ。





 12月24日…。
 時任と久保田が自宅マンションから出かける事になったのは、葛西に呼び出されて会う用事があったから…。けれど、その帰りに寄り道をして、色々な店のケーキを物色しているのは、今日がクリスマスだからである。
 そして、そんな事になったのは、最初、ついでにケーキでも買って帰ろうか、買って帰らねぇかと、久保田と時任が同時に言い出したせいだったが…、なぜか色々と見てまわっている内にケーキのついでに葛西に会ったような気さえしてきた。
 もしも、久保田がそう言えば、葛西はやれやれと呆れた様に肩をすくめるだろう。そんな葛西の様子を思い浮かべた久保田が、口元に苦笑に似た笑みを浮かべると、時任が気に入ったケーキでも見つけたのか、久保田の着ているコートの袖を引いた。
 「なぁ、アレとかいいんじゃね?」
 「ん〜、そうねぇ。俺的には、もうあと一歩ってカンジ?」
 「…って、そのあと一歩ってのは何なんだ?」
 「生クリームの甘さ?」
 「食わずに、わかんのかよ?」
 「ただの野生のカン」
 「そんなんで野性のカンっ、使ってんじゃねぇよっつーか…、ウソだろ」
 「うん。ホントはなんとなくってダケ」
 「だと思ったっ」
 そんなやりとりを交わしている時任と久保田の姿が、立ち止まった洋菓子店のウィンドウに映る。実は二人が見ているのは実物のケーキではなく、店のガラスに貼り付けられたクリスマスケーキのチラシだった。
 人気のある店らしく、店内は客であふれ返っている。
 ガラスにはケーキだけではなく、アルバイト募集のチラシも貼られていた。
 「なぁなぁ、じゃあコレとかは?」
 「そうねぇ、ソレならいいかも…、イチゴ乗ってるし」
 「つか、結局こだわりはソコかよっ」
 「だって、クリスマスケーキって言ったら、イチゴでしょ?」
 「そんなん知らねーけど、コレで決まりな?」
 「あー…、けどソレって予約限定」
 「げっ、マジかよっっ」
 やっと買うことに決めたケーキが、限定販売だと知った時任は大げさかにガクッと肩を落とす。すると、その横で久保田がのほほんとした顔で、うーんと唸った。
 この分だと色々と決めかねている内に自宅付近まで帰ってしまい、セブンのケーキ辺りに落ち着いてしまうのかもしれない。しかし、そんな二人の前に突然、救世主ならぬ…、洋菓子店の親父が立ちふさがった。
 「君らっ、もしかしてバイト募集で来た人?!」
 「はぁ?」
 二人の前に立ちふさがった店の親父は、急いで来たのか肩で息をしている。その勢いに押されてしまった時任は、今の状況を理解できずマヌケな声を出した。
 だが、それを肯定と取ったのか、店の親父は早口でバイト内容の説明をすると一緒に来るように言う。その時になって、時任がちょっと待てっ!とか、おいっ!とか言ったが、余程忙しいのか親父は慌てて店内に戻り聞いていなかった。
 「ど、ど、どーすんだよっ」
 「…って、言われてもねぇ?」
 今の状況をわかっているのか、それともわかっていないのか、時任の問いかけに久保田がのほほんと答える。いや…、もしかしたら、ただ何も考えていないのかもしれないが、とりあえずといった様子で時任が親父の後を追うと、久保田もそれにならって客で込み合っている店内に入った。
 すると、店の親父は待ってましたとばかりに、店員達にバイトが来たからと簡単に説明しながら、二人を店の奥に案内する。しかし、時任は断るタイミングを探しているだけで、バイトをする気は無い。
 これから帰ってケーキを食うんだっと、心の中で力強く叫んでいたっ。
 こんな所で足止め食ってたまるかっっと、強い意志を持った瞳で親父の背中を睨みつけていたっっ。
 だが…、時任が断ろうとすると、店の親父が笑顔で痛恨の一撃を放つっ。そして、その一撃を食らった時任は攻撃に倒れるのではなく、横に立っている久保田と目を見合わせた。
 「あ…、言い忘れてたけど、今日頑張ってくれたら、店員とバイト全員にウチの限定クリスマスケーキをプレゼントする事になってるんだ。だから、いきなりで大変だと思うけど、頑張ってくれよ」
 「おうっ、俺様に任せとけっ! ケーキでもチキンでもっ、なんでもビシバシ売ってやらぁっ!」
 「うーん…、ココって洋菓子店だから、チキンは売ってないんだけど」
 「うっせぇっ、細けぇコトっ、いちいち気にしてんじゃねぇよっ!」
 「あ、限定ケーキのイチゴは山盛りでお願いしマース」
 「とかってっ、お前は結局、あくまでソコかよっ!」
 久保田の妙なこだわりはさて置き、突然、洋菓子店で一日限りのバイトをする事になった二人は、バイト用の服に着替えると店の親父に指示された配置に着く。しかし、そこは店内ではなく店の外だった。
 ワゴンに積まれたクリスマスケーキ…。
 それを道行く人々に売るのが二人のバイト。
 だが、やる気満々だったはずの時任が、ケーキの後ろでムスッと膨れている。それを見た久保田は、まるで慰めるように時任の肩を軽くポンポンと叩いた。
 「スゴク似合ってるから、ソレ」
 「…って、笑いを堪えながら言われてもっっ、慰めにもなんにもなってねぇっつーのっ!!!」
 「いや、ホントに似合ってるし」
 「ぜっったいに似合ってねぇっっ!!つかっ、なんで久保ちゃんがサンタで俺がトナカイなんだよっ!フツー逆だろっ!」
 「けど、俺って鼻赤くないから」
 「だーかーらっ、俺も赤くねぇっつってんだろっ!!」
 こめかみをピクピクさせながら怒鳴る時任の姿は、真っ赤なお鼻のトナカイ。しかも頭に角、鼻には赤く丸いつけっ鼻…、という感じで顔だけ出るように作られた着ぐるみ系。久保田の方はというと顔が出ていた方が売り上げが伸びそうだと感じた店の親父の計らいかどうかはわからないが、ヒゲ無しのノーマルなサンタだった。
 「どう考えても俺の方がサンタだろっ」
 「って、どうして?」
 「なんか…、久保ちゃんだと何か別なモン配りそうだしっっ」
 「別なモノ?」
 「何かヤバそうなモンとか、何かエロそうなモンとかっっ」
 二人がそんな事を言い合っていると、サンタな久保田か…、それともケーキになのか、興味を引かれた女の子達が立ち止まる。すると、久保田がのほほんとした営業スマイルを浮かべたが、その直後、時任の軽い肘鉄が久保田の脇腹に入った。
 「・・・・・お前ねぇ」
 「ナンパしてんじゃねぇっ、仕事しろよっ、仕事っ」
 「なーんて言って、実はヤキモチ?」
 「ち、ち、違うに決まってんだろっっ、バーカッ!!」
 そんな二人のやり取りを聞いていた女の子達は、なぜかキャア〜っと奇声を上げる。そして、なぜか応援してますとか、頑張ってくださいとかなんとか言って、ケーキを二つも買ってくれた。
 ケーキが売れるのは良い事だが、何か妙に引っかかりを感じて時任は首をかしげたが、それが足がかりになったのか、二人の前に客が増え始めて考える余裕すらなくなる。店内では主に予約注文を受けていたケーキが、外では予約無しで作られたケーキを売っているが、両方とも順調な売れ行きだった。
 しかし、時任と久保田の所に来る客層は、何か偏っている気がしてならない。なぜか握手を求められたり、応援されたりする事が多かった。
 「もしかして、コレって俺様がカッコ良すぎるせい…とか」
 忙しい合間に、時任がぼそりとそう呟くと、横に立つ久保田がそんな時任をじーっと見る。そして、まるで周囲にいる客に見せ付けるように、耳に唇を寄せながら時任の肩を軽く抱いた。
 「俺的には、もう少し露出度高めの方がうれしいんだけどね」
 「〜〜〜っ!! く、久保ちゃんのヘンタイっ!!エロ親父っ!!!」
 
 きゃーーっ!!

 時任の叫び声と、女の子達の悲鳴が辺りに木霊する。
 すると、何事かと周囲の視線が二人に集中した。
 その瞬間に久保田の眼鏡が光ったかどうかはわからないが、ケーキの売れ行きが更に良くなり、店の親父が予定していた時間よりも早く完売しそうだった。
 けれど、残り一個になると…、なぜかなかなか売れてくれない。
 時任と久保田は、二人でワゴンの中にある残りのケーキを見つめた。
 「うーん、残りモノには福があるのにねぇ?」
 「だったら、久保ちゃん買えよ」
 「お前が一個と四分の三食うならね?」
 「いーやーだっ。美少年な俺様がブタになったら、どーすんだっ」
 「うーん、トナカイじゃなくて、ブタの着ぐるみ買ってあげるけど?」
 「だったらっ、久保ちゃんには犬の着ぐるみ買ってやるよっ、赤い首輪付きでっっ」
 「ワン」
 忠犬らしい返事を時任に返した久保田だが、どうやら目の前にあるケーキを買う気はないらしい。実はワゴンのケーキを売り切ったらバイト終了…という約束を、店の親父としていたため、閉店時間になるか、それとも残りの一個を売るかしなければマンションには帰れないのである。
 そうしている間に冬のせいか、あっという間に辺りが暗くなり始め、二人の吐く息も白くなってきた。
 そんな二人を照らすのは店のウィンドウの明かりと、街を彩る華やかなイルミネーション。二人のしている格好もそうだが、とてもクリスマスらしく…、見ていると興奮するというよりも、どこか穏やかに気持ちが静かになっていくのを感じる。
 時任も久保田も、しばらく黙ってイルミネーションを眺めていたが、ふと何かに気づいたように時任の方が口を開いた。
 「あのさ…、久保ちゃん」
 「ん?」
 「トナカイの鼻ってマジで赤いのか?」
 唐突な時任の質問にわずかに首をかしげた久保田だが、目の前のイルミネーションの中に赤い鼻のトナカイを見つけて、なるほどねと呟く。そして、のほほんとした相変わらずの調子で時任の質問に答えた。
 「ホンモノのトナカイの鼻は赤くないんだけどね。それでも赤いって言われてるのは、昔、アメリカのデパートのプロモーション用に鼻の赤いトナカイの話をコピーライターが考えて、ソレが流行って歌になったりしたせいらしいけど?」
 「ふーん…。で、その話ってのはどんなんだ?」
 「トナカイの中で一匹だけ鼻の赤いのがいて…、そのトナカイが鼻が赤いせいでのけ者にされちゃうって話・・・・」
 久保田が時任に話したのは、絵本にも出てくる赤鼻のトナカイの話で…、
 そのトナカイは鼻の事で仲間はずれにされたりしていたが、ある日…、クリスマスの日にサンタに先頭でソリを引くように言われる。
 暗い夜道を行くには、お前の鼻が必要だと…。
 すると、その話を聞いた時任は、なぜか自分の黒い皮手袋のはまった右手を…、今は着ぐるみを着てるせいで茶色くなっている手をじっと眺める。そして、プッと噴出すように笑いながら冗談を言った。

 「俺の右手もさ。光ったりすれば壊すだけじゃなくて、ちょっとは色々と役に立ったりすんのかもなっ。たとえば、マンションまでの帰り道とか…」

 なーんつって、マジで光ったら不気味だってのっ…と、そう付け加えて言うと、時任の顔に浮かぶ笑顔が更に無邪気に更に深くなる。けれど、その笑顔の裏にある何を映し出すように、時任の瞳の中に映るイルミネーションがわずかに揺れていた。
 でも、それはただの光の加減で、時任は少しも哀しそうじゃない。
 赤鼻のトナカイに自分の姿を重ねてみたりはしていない…。
 けれど、そう思っていても瞳に映るイルミネーションが、久保田の右手を時任の方へと動かし…、その手が付けられた赤い鼻に触れる。すると、時任は少し驚いたようにキョトンとした顔をしたが、久保田はそれに構わず、微笑みながら鼻に触れた手で、今度は時任の右手に触れた。
 「暗い夜道を歩くには、お前の右手が必要だから…」
 「…って、俺はトナカイじゃねぇっつーのっ」
 「そうじゃなくて、お前のハナシ。それにトナカイの右手は光ってないっしょ?」
 「つか、トナカイだけじゃなくて、俺の右手も光ってねぇじゃんっ」
 「うん、けど必要だから…、お前の右手。暗い夜道も明け方の道も、夕暮れの道も…、どの道でもね」
 久保田にそう言われ、時任は自分の右手に触れている久保田の右手を見る。すると、洋菓子店の植え込みの木に付けられた赤い電飾の明かりが、久保田の手を赤く染めていた。
 「どんな道でも…、必要なんだな」
 じっと赤く染まった久保田の手を見つめながら、時任がハッキリとした口調でそう言う。それは質問ではなく…、確認に近かった。
 手に向けていた視線を顔に向けると、わずかに迷いながら、ゆっくりと触れた久保田の手を、時任は壊さないように注意しながら握りしめる。右手が必要なのは久保田だけじゃないと、片方の手だけじゃダメだと…、言葉ではなく握りしめた時任の右手が告げていた。
 そんな時任の右手の感触を感じた久保田はわずかに目を細める。すると、手を赤く染めていた電飾の色が切り替わり、時任の好きな色に…、青になった。

 「・・・・・・・うん」

 青い…、青い電飾の色。
 その色に溺れるように久保田が短く返事をすると、時任は左手で自分の鼻に付けられた赤い付けっ鼻を取って久保田の鼻につける。そして、赤鼻のサンタになった久保田の顔を見て楽しそうに笑った。
 「やっぱ、ソリを引くのは久保ちゃんなっ。俺よか赤鼻似合うしっ」
 「えー…、それは無いっしょ?」
 そう言いながらも、時任につられて久保田も笑う。すると、そんな二人の楽しい様子に引かれたのか、会社帰りのサラリーマン風の男が残ったケーキのあるワゴンの前に立ち止まった。

 『メリークリスマスっ!』

 今日、最後の客になるサラリーマンに向かって、いらっしゃいませではなく、クリスマスらしい挨拶が赤鼻とサンタと鼻の赤くないトナカイの口から出る。まだ、どちらがソリを引くのかは決まっていなかったが、どうやらケーキは無事に完売で、約束のバイト代とクリスマスケーキはゲットできそうだった。
 


 ☆*Merry*☆=- ★=- ヽ(^∇^*)ノ -=★ -=☆*X'mas*☆

 遅くなりましたのですが(涙)
 メリークリスマスなのですvvvvvvO(≧▽≦)O ワーイ♪vv
 例のごとくにミニなのですが、クリスマスの二人のお話を書けて幸せですvv
 で、でも…、題名が思いつかず、とんでもない題名に…(汗)
 この後の二人は、無事にマンションに帰ったらしいですが…、
 
 「久保ちゃんは罰ゲームとして、赤鼻のまま帰れよっ」
 「…って、何の罰ゲームよ、ソレ」
 
 他のケーキよりも、一個分だけ多くイチゴの乗った限定クリスマスケーキを片手に、そんな会話が二人の間でされていたらしく…、久保田が本当に赤鼻のままで帰ったかどうかは不明…、のようです(^▽^;)


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