バレンタインの罪。
「すいません…、あのコレ…」
学校への登校途中で後ろから女の子に声をかけられて振り向くと、目の前に小さな箱が差し出される。けれど、実は呼ばれて振り返ったのは一人ではなく二人だった。
声をかけられて、最初に振り返った方が時任稔。
そして、時任が振り返ったのに気づいて振り返った方が久保田誠人。
だが、女の子が綺麗にラッピングされた箱を指し出した方向を見ると、どうやら呼び止めたかったのは最初に振り返った時任ではなく、後で振り返った久保田の方だったらしい。それに気づいた時任はブツブツ言いながら、その場に久保田を残して先に行こうとした。
しかし、そんな時任の着ているフードを久保田がぐいっと引っ張る。
すると、時任はそのせいで前に進もうとしていたはずなのに後退した。
「なっ、なにすんだよっ!」
時任は引っ張られて文句を言ったが、久保田はそれには答えず箱を差し出している女の子の方を見る。そして、まるで今日の天気を告げるように、ぼんやりとした口調で受け取る気がない事を告げた。
「悪いけど、ソレ受け取る理由ないから」
「あ、あのっ、この中に入ってるのはチョコレートでっっ」
「知ってるよ、今日は2月14日でバレンタイン…、でしょ?」
「でも、別に受け取ってもらえるだけで私は…っ」
「うーん、そう言われてもねぇ?」
久保田はそう言うと、なぜか今度は細い目でじーっと時任の方を見る。すると、女の子も微妙な空気を漂わせながら時任の方を見たので、二人の視線を受けた時任は居心地が悪くなってフードを引っ張られたままでジタバタ暴れ始めた。
「な、なに見てんだよっ、俺は関係ねぇっつーのっっ!!」
「へぇ、そうなんだ?」
「…って、呼び止められたのは、俺じゃなくて久保ちゃんだし当たり前だろっ!」
「ふーん…」
「ふーん…っとかって何なんだよっ!!!」
フードを引っ張られて首が少し絞まっているせいなのか、それとも別の理由があるのか時任が少し赤い顔をしてジタバタ暴れ、そんな時任をぼーっとし顔で久保田が眺めている。すると、登校途中の女子生徒達がそんな二人を見て楽しそうにキャーっと言っている声が聞こえてきた。
その声を聞いた時任がますます暴れたが、久保田はフードを掴んだまま微笑みを浮かべる。久保田の優しい微笑みはチョコの入った箱を差し出した女の子ではなく、この場から逃げ出そうとして暴れている時任に向けられていた。
「やっぱり…、噂は本当だったんですね」
久保田と時任の間に流れるあやしい空気を感じ取った女の子は、そう呟くとヨロヨロと数歩後ろに下がる。こんな二人の様子は荒磯の生徒なら見慣れているはずだが、そうではない所をみると大塚のように執行部の世話になるような事もない一般生徒で、しかもまだ免疫の薄い一年生なのかもしれなかった。
女の子は二人から目をそらして、手に持ったチョコの箱を見る。
そして、何かを悟ったかのようにフッと笑うと久保田ではなく時任の方を見た。
「・・・・わかりました」
「はぁっ? わかったって何がっ?!」
「そういう事なら、仕方ありませんよね…」
「…って、勝手に納得すんなっ!!」
「あの、一つだけ聞きたい事があるんですけど…。実は攻めと受けも…、噂通りだったりするんですか?」
「う、ウワサ通りって何のウワサだぁぁぁーっっ!!!!」
「きっと、やっぱりこれも噂通りなんですね」
「とかって、妙な噂で納得してんじゃねぇっっ!! それに攻めとか受けとかってなんだよっ、攻めとか受けとかってっっ!!!」
人の噂は七十五日と言うが、時任と久保田に関する噂だけはそれくらいでは消えるどころか悪化するらしい。しかも登校途中で道行く生徒達の注目を浴びながら微笑む久保田に見つめられ、いつの間にかフードを掴んでいた手が叫ぶ時任をなだめるようにヨシヨシと頭を撫でている今現在も悪化中…。
だが、時任だけはその事に気づいていなかった。
久保田にチョコを受け取ってもらえなかった女の子は目に滲んだ涙を軽く拭うとペコリと頭を下げて、学校の校門に向かって歩き出す。そして、手に持っていたチョコを久保田ではなく時任のフードの中に入れると、
「返事も何もいりませんからっ、コレもらってくださいねっ!」
と、久保田に向かって言ってから、もの凄い勢いで走り去った…。
今日はせっかくのバレンタインなのに変な噂が流れてて、しかもフードの中には久保田宛てのチョコレート…。
嵐のように現れて嵐のように去っていく女の子の後ろ姿を呆然と見送った時任は、妙に疲れた気がしてガックリとうなだれた。
「なっ、なんだったんだっ、一体…」
「さぁ?」
「…っていうかっ、なんで久保ちゃん宛てのチョコを俺のフードに入れんだよっ!」
「うーん、目の前にあるし、ただ単に入れやすかっただけじゃない?」
「俺のコートは玉入れ…じゃなくてっっ、チョコ入れじゃねぇっつーのっ」
「今度、忘れた時のためにセッタ入れとこっかなぁ」
「とか言いながら、マジで入れてんじゃねぇっ!!」
そんな風に時任が叫んでいる今も、周囲から見れば二人がイチャイチャしているようにしか見えない。今は二月で冬だが二人の背後に春の野原の幻覚が見えたような気がして、少し遅れて登校してきた桂木は頭痛を感じてこめかみを押さえた。
「アレを見たら、さすがにチョコを渡そうっていう気は起きないわよね。まったくっ、相変わらず一途なんだか腹黒いんだか…。けど、気づいてない単細胞にも責任ありってことで、二人は同罪ってトコかしら…」
桂木がそう言うと、近くを歩いていた相浦が腕組みをしてうーんと唸る。
すると、横から二人よりも早い速度で歩いてきた人物が、桂木の問いに答えた。
「恋とは例外なく、罪深いものですよ」
荒磯高校生徒会本部、副会長橘遥…。
その手には義理ではなく、本命チョコが多量に入った紙袋がある。橘は桂木の問いにそう答えると妖しい微笑みを残して、桂木達よりも先に校門をくぐった。
「さすがは副会長…、説得力があるわね」
「いや、別に副会長ってのは関係がないような気がするんだけどなぁ〜」
そんな事を話しながら桂木と松原が橘に続いて校門をくぐると、いつもは誰よりも早く登校して松原と一緒に朝錬をしている室田が紙袋を持って走り込んでくる。だが、袋に入っているの本命チョコは、橘とは違ってたった一つだけだった。
執行部の部室である生徒会室…。
放課後、そこに積み上げられたチョコの山。
その山の中で一番大きな山の前にいるのは、不機嫌な顔をした松原。
そして次に大きな山の前にいるのが、微妙な顔をした桂木…。
それから、中くらいの山の前にいるのが久保田と意外にも室田だった。
毎年、新聞部が調査しているバレンタインランキングでは、一位は生徒会本部、副会長の橘、二位は執行部の松原、三位はバスケット部の部長らしいが、今年は転校してきた桂木がいい所までランキングに食い込めるに違いない。だが、ランクインできそうな桂木も毎年、二位になっている松原も喜んではいないようだった。
「確かにもらえてうれしいんだけど…、気分的にはちょっと微妙よね」
桂木が目の前にある女の子達からもらったチョコを眺めながら、そう呟くと同じように目の前に置いたチョコを眺めていた時任がフルフルと拳を震わせる。実は時任がバレンタインにもらったチョコは一つだけだった。
「それだけもらって贅沢言ってんじゃねーよっ、桂木っ」
「あら、そーいうアンタはあたしのあげた義理一個だけ?」
「うっせぇっ! そんなの俺様があまりにも美しすぎて、告白する勇気がなくて渡せなかっただけに決まってんだろっ」
「ほんっと、いつも思うけどアンタのその自信は一体どこから来るの?」
「美形で天才な俺様の自信はどこから…っじゃなくてっ、最初っから山盛りあんだよっ」
「ふーん、それは良かったわね〜」
「なんかっ、ムカツクっっ!!」
拳を握りしめた時任がそう怒鳴ったが、桂木は平然とチョコの山から一つ箱を開けて口に入れる。そして、その箱についていたメッセージカードにお礼の言葉と、これからも執行部を頑張ってくださいと書かれているのを見て微笑んだ。
すると、微笑む桂木を見た時任はムッとした顔のまま握りしめた拳を開く。だが、時任はそんな自分をセッタをふかして苦笑しながら、久保田が眺めている事には気づいていなかった。
「・・・・ゴメンね」
そんな久保田の呟きは時任や桂木だけではなく、さっきから目の前に置かれた二つのチョコを見つめながら唸っている相浦にも、紙袋を片手に同じように唸っている室田も聞こえていない。松原だけは聞いていたようだが、チラリと久保田の方を見てちょっと首をかしげただけだった。
だが、実はこの生徒会室の中で一番挙動が不審なのは、久保田ではなく紙袋を持った室田…。朝、いつもよりも遅い時間に登校して来た室田は、眉間に皺を寄せて何かを苦悩していた。
しかし、さっきから見つめているのは紙袋で俺のアニキになってください…と書かれているメッセージカードの入ったチョコではない。室田の苦悩の原因は、紙袋の中に五人分の義理チョコと一緒に入って入る本命チョコだった。
「・・・・・よし」
室田は眉間に皺を寄せたままで唸ると、袋の中からチョコの入った箱を取り出す。しかもその箱はただのチョコではなく、チョコレートケーキでも入っていそうな大きさだった。
・・・・・可愛いハート柄の赤い包装紙で、綺麗に丁寧にラッピングされた箱。
今がもしもクリスマスだったら、そんな箱を持った室田もアリかもしれないが…、今日はバレンタイン…。料理が得意だと言う事は誰もが知っていたが、チョコレートケーキを自宅の台所で作っている室田を想像するとなぜか蜃気楼か幻を見ているような気がする。
室田の手作りチョコケーキ…。
なんとなく…、アニキのケーキは血と汗と涙の味がしそうだった。
「さ、さ、サンキュー、室田っ」
「うむ…」
最初に相浦に箱が渡され、次に箱は桂木と時任と久保田にも渡される。
そして、最後にかなりぎこちない手付きで松原に渡した。
実はラッピングされている上、箱に入っているのでわからないが松原に渡したケーキだけハート型をしている。室田は本命チョコをそれと気づかせないで、さりげなく自然に渡すために他の五つの義理チョコを作ったのだった。
「たくさんもらっていて…、迷惑かもしれないが…」
「いいえ、そんな事はありませんよ」
「そ、そうか」
「室田の作ったものは何でもおいしいから、好きですし…」
「・・・・っ」
サングラスをしているのでどんな表情をしているのかいまいちわからないが、顔が真っ赤になっているのがわかる。けれど、やはり今年もチョコは渡しても好きだと告白はしないようだった。
「時任だけだと思ってたけど、そういえば超がつくほど鈍感なのがココにも一人いたわ」
橘の言葉を思い出しながら桂木がそう言うと、その横で相浦がため息をつく。だが、そんな微妙な空気を壊すようにバーンとドアを開ける音が生徒会室に響き渡った。
そして、それと同時に血と汗と涙ではなく、睡眠薬やしびれ薬の入っていそうなチョコの入った箱を持った人物が中にいる久保田に向かって走っていく。しかも、その人物の頭の中では愛の劇場が始まっていた。
『このチョコ…、手作りで作ってくれたんだ?』
『ええ、もちろんですっ! 久保田先輩への愛を込めて僕が作ったんです…っっ』
『そう、うれしいよ…。でも、今はチョコよりも藤原が食べたいな』
『く、久保田先輩っっ』
『もしかしてイヤ?』
『そんな…、イヤなんて…っっ。久保田先輩に食べてもらえるなんて、僕っ、とってもうれしいです〜っ』
『藤原…』
眼鏡を外した久保田の目は、いつもとは違って開いていて歯と一緒にキラリと光る。
キラリと輝く白い歯と久保田の笑顔が眩しい…。さわやかに笑う久保田の手が藤原に伸びて、そんな久保田に向かって藤原も手を伸ばした。
『ああん…っっ、久保田せんぱぁーい…っ』
冬なのに舞い散る桜の花びら…。
そして、その中でハハハハッとさわやかに笑う久保田。
・・・・・・あまりにも不気味すぎる。
そんな藤原の不気味な妄想と野望を野生のカンで感じ取った時任は、さわやかに笑う久保田と同じくらい不気味に身悶えている藤原の背中を蹴飛ばした。
「なに一人で悶えてんだよっ、このヘンタイっ!」
「うわあぁぁぁっ!! 僕の久保田先輩への愛の手作りチョコがっ!!!」
「てめぇの毒入りチョコなんか食えるかってのっ!」
「なんで、そんな事をアンタに言われなきゃならないですかっ、コレはアンタじゃなくて久保田先輩にあげるんですっ! それとも…、先輩も僕のチョコが欲しいんですか?」
「誰がてめぇのチョコなんかいるかっ!!!!」
「欲しいならあげますよ、もらい物のチロルですけど」
「だーかーらっ、てめぇのチョコなんか死んでも食わねぇし、いらねぇっつってんだろっっ!!」
床に落ちたチョコを挟んで、時任と藤原が睨み合う。けれど、二人の言い争いはいつの間にか久保田にチョコを渡す事から、時任がチョコを受け取るか受け取らないにすり替わってしまっていた。
しかも、その事に二人とも気づいていない。
手に持ったチロルチョコを時任に押し付けようとする藤原と、それを押し返そうとする時任。だが、そんな二人の争いに決着を付けたのは時任でも藤原でもなく、窓辺の近くにあるイスに座っていたはずの久保田だった。
久保田は藤原の手にあるチロルチョコを取ると、ポケットからスニッカーズを出す。そしてスニッカーズの包装を破って中身を出して、いきなり横に現れた久保田に驚いている時任の口の前に差し出した。
「はい、あーん…」
「あー…??」
驚いている時にいきなりそう言われて、時任は反射的に口を開く。すると、久保田は開いた時任の口にスニッカーズをくわえさせた。
それから、その様子を呆然と見ていた藤原の方を見る。
そして、手に持ったチロルチョコを自分のポケットの中に入れた。
「確か藤原は、俺にチョコくれるんだったよね?」
「えっ、はいっ!! けど、そのチロルは…っっ」
「チロル好きなんだけど?」
「どうぞっっ、遠慮なくもらってくださいぃぃぃっ!!」
「じゃ、遠慮なく…」
こうして藤原が時任に渡そうとしていたチロルチョコは久保田の手に…、そしてなぜか久保田がポケットの中に入れていたスニッカーズは時任の口の中に納まった。
なんとなく納得のいかない結果に藤原は首をかしげたが、その時にはすでに今日は公務が非番だった久保田は荷物を持って時任に「帰るよ…」と声をかけている。すると、同じようになんとなく首をかしげてた時任は、モグモグと久保田にくわえさせられたスニッカーズを食べながら手にカバンと室田のチョコケーキを持ってドアに向かった。
「うーん…、なんだかなぁ…」
「ん?」
「うっ、いや…、別になんでもない」
「なら、いいけど?」
そんな会話をしながら、時任と久保田が生徒会室を出る。そしていつものように二人が帰りの挨拶を桂木達にすると、久保田の手がドアを閉めた。
その音にハッと足元に落ちている久保田に渡す予定だったチョコの存在を思い出した藤原が、「ああぁぁぁっ!!!」と叫ぶ。だが、久保田にはもうチロルチョコを渡しているので、睡眠薬やしびれ薬は入っていなかったが、怪しげな惚れ薬が入った手作りチョコは渡せそうにはなかった。
「ううう…、久保田先輩…っっ」
床に膝をついてどんよりと落ち込む藤原の前に、室田が気の毒そうな顔をして手作りのチョコレートケーキを差し出す。すると室田からもらったケーキの意味を勘違いした藤原は、灰のように真っ白になって固まった。
「どうしたんだ? 藤原は?」
「さぁ? ヘンなのはいつもの事だし、ほっとけば正気に戻るだろうから、そのままにしときなさいよっ」
「そうか…」
「それにそろそろ見回りの時間、でしょう?」
「うむ、そうだな」
桂木の言葉にうなづくと、室田は腕に青い腕章をつける。
そして、同じように腕章をつけた松原と一緒に見周りに出かけて行った。
後に残された桂木はもらったチョコをつまんで食べながら、久保田のチョコが置いてあった辺りを見る。すると、さすがに自分の分は持って帰ったようだが、近くにある室田の分との境目にあったので入れ忘れたのか一つだけ残っていた。
「別に追いかけて渡さなくても、明日渡したらいいわよね」
桂木はそう言って残されたチョコを手に取ると、包装紙の間に挟んであったメッセージカードを見る。そして、少し躊躇した後でいけない事とは知りつつも、久保田宛てのメッセージカードを開いてみた。
すると『貴方が好きです…』という短い告白の前に…、久保田ではない名前が書かれている。それを見てしまった桂木は近くにいた相浦には何も言わずに、パタンとメッセージカードを閉じた。
「ホント…、一番罪深いのは一体誰かしらね?」
そんな風に呟いた桂木の横で、桂木からもらった義理チョコと同じクラスの女の子からもらった本命チョコをじーっと眺めていた相浦は深く長く息を吐く。それから、本命ではなく義理チョコの方を手に取って、本命チョコに向かって「ごめん…」とあやまった…。
だが久保田と時任の事を考えていた桂木は、そんな相浦を見てはいない。
そんな感じで過ぎて行ったバレンタインで、誰が一番、罪深かったのか…、
それは…、誰にもわからない事なのかもしれなかった。
やっと書く事ができましたっ!!!
ハッピーバレンタインなのですーーーーーっっ!!!
ワーイ♪♪\(^ω^\)( /^ω^)/♪♪ワーイvv
実は別なお話を書き書けていたのですが、
なぜか楽しく書くつもりが、ドロドロした感じになりかけてしまって…(冷汗)
もうバレンタインがかなり過ぎてしまっているのに、書き直してしまいました(>_<、)
短くなってしまって…、涙なのですが…(T△T)
けれどっ、書きなおして本当に良かったですvvvv
とっても楽しくお話を書く事ができましたO(≧▽≦)O vv
相変わらずノロノロ三昧なのですが(涙)楽しく頑張りたいですっvv
久保時ラブなのです〜〜vv
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