〜私立荒磯高等学校校舎〜

二階・トイレ。




 「あー、すっきりしたっ」

 校舎二階のトイレに入っていた相浦は、すっきりしたすがすがしい顔で大きく伸びをした。
 ちょうど六時間目が終ったところなので、これから生徒会室に行く予定だったが、その前にトイレに寄っていたのである。
 校舎内にあるトイレは、場所によって使用者の数がずいぶんと違うが、この二階のトイレはいつ来ても誰かがいることが多い。だが、今日は誰もいないようでトイレ内には人影はなかった。
 「やっぱり一人だと落ち着くよな」
 別にトイレでくつろぐ必要などないのだが、相浦はそう言うと自分の意見に同意するようにうなづく。はっきり言ってここに誰かいたら、変な目で見られることは間違いなかった。
 今日は今月分の執行部の帳簿の締めをしなくてはならないので、こんな所で遊んではいられない。相浦はよしっと気合を入れると、トイレを出て生徒会室に向かおうとした。

 「えっ、あっ…、ちょっと待てって…」
 「ちょっとってどれくらい?」

 相浦がトイレの個室の前を通り過ぎようとすると、中から誰かの声が聞こえてくる。
 しかも個室の中から相浦の耳に聞こえてくるのは、一人ではなく二人分の声だった。
 
 …一つの個室から、二人分の声が聞こえる。

 これははっきり言ってかなりあやしかった。
 こういう場合は、この中でタバコか何かを吸っている可能性が高い。
 執行部員である相浦は部員としての任務を果たすべく、個室の前で立ち止まると気づかれないようにそおっと近づきドアに耳を当てた。
 すると中からは、タバコを吸っているには妙な声がする。
 相浦はわずかに額に汗を浮かべながら、その声に耳をすませた。

 「ねぇ、時任…」
 「だっ、だめだって…」
 「ほらっ、ここ…」
 「あっ…、ばかっ…」

 中から聞こえてくる声は、どう考えても同じ執行部の久保田と時任である。
 またいつものじゃれ合いかと思ったりもしたが、場所が場所だけになんとなく不安を感じた。
 (か、かなりヤバくないか? これはどう聞いたって…)
 本人達は外に聞こえてないつもりなのかもしれないが、トイレは音が反響するので小声でもよく聞こえる。しかも、時任の声はどことなく妙に色っぽいので、自分の頭の中に浮かんだ映像が気のせいだと言い切れなかった。
 (ううっ、このまま通りすぎてしまうべきかもしれないけど、なぜか離れられないような…)

 「あっ…」
 「もう限界?」

 中から響いてくる声を聞いている内に、相浦の顔がぼ〜っと赤くなってしまっている。
 相浦は中の様子ばかりを気にしていて、自分がどんな格好をしているか気にしていなかったが、トイレの個室に聞き耳を立てて顔を赤くしている男はかなり怪しいに違いない。
 その証拠にトイレに来た男子生徒が一人、相浦を見た瞬間にそそくさと立ち去っていった。
 
 コイツはヤバイ…。

 立ち去った男子生徒の顔にはそう書いてあった。
 このままの状態が続くと、相浦は確実に明日からヘンタイと呼ばれるに違いない。
 しかし、しばらく相浦が聞き耳を立てていると、廊下の方からどやどやと大勢の足音が聞こえた。
 もしかしたら、ここに来るつもりなのかもしれなかった。
 (ま、まずいっ!!)
 その音にハッとした相浦は、このことを中にいる二人に知らせなくてはと思った。
 だが、中から聞こえる声というか唸り声というか…。
 それを聞いていると、どうやって二人に伝えたものかと悩んでしまう。
 だが、目の前のドアが開こうとした瞬間、相浦は思い切って個室のドアを叩いた。
 
 ドンドンドンっ!!
 
 「久保ちゃん…、もうダメ…」
 「もうちょっとだから…」
 
 ドンドンッ!!

 「く、く、久保田っ、時任〜〜〜!! 」
 なんとなく泣きそうになりながら、二人をやめさせようとして相浦が叫ぶ。
 二人が勝手にやっているのだから放っておけばいいのかもしれないが、桂木いわく有害な気がしたため、妙な使命感が相浦を動かしていた。

 ドンッ、ドンドンッ!!

 少しの間、相浦がしつこくドアを叩いていると、個室のドアの鍵がガチャッと音を立てて外れて中から久保田と時任が顔を出した。

 「あれっ、相浦じゃんかっ」
 「と、時任?」
 「お前、そんなトコで何やってんの?」

 きょとんとした顔で、時任が相浦にそう言う。
 その時任の顔を見た相浦は、拳をぶるぶると震わせた。

 「それはこっちのセリフだぁぁぁっ!!!!」

 トイレの中に相浦の叫びがこだまする。
 入ってきた生徒が何事かと見ていたが、相浦も時任もそれに気づいてはいなかった。
 個室の中にいた久保田は絶叫が中まで響いてうるさかったのか、時任の後ろからひょいと顔をのぞかせた。

 「なに叫んでんの?」
 「良くわかんねぇけど?」
 「お、お前らっ、そこで何やってたんだよっ!」
 「なにって言われても、ねぇ?」
 「謎解きしてただけじゃん」
 「な、謎解き?」

 時任に言われて相浦がトイレを覗き込むと、トイレの壁に何か文字が書かれていた。
 その文字はトイレにありがちなエッチなことが書かれているのかと思ったが、よくよく見てみるとクイズのような文章になっている。
 どうやら二人はこれを解いていたらしかった。

 「俺はもう解けてるんだけど?」
 「答え教えんなよっ。ぜってぇ、自力で解いてやるっ!」
 「はいはい」
 「相浦っ、早く来ねぇと公務に遅れんぞっ」

 絶対解いてやると意気込んでいる時任と、いい加減に相槌を打っている久保田がいつものような様子でトイレを出て行く。
 すると後に残された相浦は、問題の書かれた壁を見てがっくりとうなだれた。
 
 「な、なんだったんだ…、一体…」
 
 トイレから生徒会室に向かった相浦はそれからその日はずっとブルーだった。
 桂木が理由を尋ねたが、黙ったまま何も喋らなかったらしい。
 だが、次の日、時任と同じように個室で唸っている相浦の声がトイレに響き渡っていたという話である。

                                                    END

 
 これは久保時祭で書かせていただいた小説です(>_<)
 けど、トイレなんて書いてしまってます〜〜〜(汗)
 
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