〜私立荒磯高等学校校舎〜

職員室。



 保健室から用事があって五十嵐が職員室に行くと、そこには珍しいことに久保田がいた。どうしたのかと五十嵐が様子を見ていると、どうやら久保田は目の前にいる数学教師に呼び出しを受けたような感じである。
 呼び出した数学教師は興奮したような口調で、久保田に説教をしていた。
 
 「授業中に寝るとは何事だっ!!」
 「はぁ…」
 「はぁ、じゃないっ! 大体っ、高校生にもなって言われなきゃわからんのかっ!」
 「高校生…、ねぇ」
 「何か言ったかっ?」
 「べつに何も」

 はっきり言って授業中に久保田が眠っていても、注意をする教師は荒磯にはいない。
 それは眠っていても成績が常に上位だからだった。
 久保田に説教している数学教師は、産休に入った人の変わりに来た人物だったため、そういうことをあまりよく知らないようである。
 (ここはアタシが、愛する久保田クンを助けなきゃだめよねぇ)
 五十嵐は学校の保健の先生でありながら、生徒である久保田に恋していた。
 それ故、やはり好きな人のピンチは助けたくなるものなのである。

 『アリガトね、センセ』
 『いいのよぉ、愛する久保田クンのためだものぉっ』

 自分が久保田を助けた場面を妄想しながら、五十嵐が魅惑の笑みを浮かべて久保田を救出すべく行動を開始しようとする。
 だが、その五十嵐よりも早く久保田に声をかけた人物がいた。
 
 「あれっ、なにやってんだよっ、久保ちゃんっ!」

 久保田に声をかけたのは、五十嵐の恋敵である時任だった。
 時任はタタタッと久保田に歩み寄ると、久保田の前にいる数学教師をちらりと見る。
 その目つきは、なんだコイツ?とはっきり言っていた。

 「今日、俺ら見回り当番だから、早く行かねぇとダメじゃんっ」
 「う〜ん、そうしたいけど説教中…」
 「なんだよっ、説教って!」
 「授業中寝てるのがダメってヤツ」
 「そんなのいつものコトだろっ。いまさら説教すんなってのっ!」

 数学教師の言うことは間違っていなかったが、本当に今更と言えば今更の話である。
 時任にそう言われた数学教師は興奮する性質らしく、顔が真っ赤になった。
 どうやら、かなり怒ってしまったようである。
 けれど時任も久保田も平然としていた。
 
 「お前は確か、久保田と同じクラスの時任だったなっ」
 「そーだけど?」
 「俺は久保田と話してるんだっ、見回り当番なら一人で行けっ!」
 「うっせぇなぁっ、一人で行けるワケねぇじゃんっ」
 「…幼稚園児じゃあるまいし!」
 「てめぇっ、今なんつった?」

 幼稚園児と言われた時任が、数学教師を睨みつける。
 元々時任は目つきが悪いのでかなり迫力があったが、数学教師もやはりそれに負けていない。時任対教師の対決が勃発するかに思えたが、二人の間にすうっと久保田が割って入った。

 「俺が授業中に寝てるのって、実は時任にも関係あることなんですよねぇ。だから時任もいた方が話しになると思いますけど?」
 「そ、それはどういう意味だ?」
 「どういう意味って言われても、ねぇ?」

 あやしい発言をした久保田は、そう言って横にいる時任の方を見た。
 すると時任も同じように久保田の方を見る。
 その視線の合わせ方は、どう見ても学校の普通の友達同士とは違っていた。
 柔らかく微笑んで目を細めている久保田と…。
 その視線を受けて少し顔を赤くしている時任。
 この二人が見つめ合っているのを見ていると、どうしようもなく恥ずかしくなってくる。
 二人の近くにいる人間のことごとくが、ぼおっと顔を赤くしていた。
 
 「久保ちゃん…」
 「一緒にいてくれるっしょ?」
 「けど、見回りあるじゃんっ」
 「俺と一緒じゃなきゃダメだって言ってくれたよね?」
 「それはそうだけど…」
 「一緒にいてよ」
 「ったく、しょうがねぇから一緒にいてやるよっ」
 「アリガトね」

 数学教師を無視して、じっと見つめ合う二人。
 この二人から流れてくる有害な空気に免疫のある五十嵐は、こめかみをピクピクさせながら久保田と時任を見ている。だが、ここで邪魔をしたら久保田に恨まれてしまうので手出しをすることはできなかった。
 (く、くやしいっ!あの単細胞アメーバのどこがいいのよっ!! あんなのよりアタシの方が美人なのにぃっ!)
 ぼ〜っと周囲の人間が二人を見つめている中で、五十嵐だけが中指立てて時任を睨みつけている。しかし、そんな五十嵐に気づいたのは、五十嵐と同じように完全に二人に慣れてしまっている三文字だけだった。
 「やれやれ…、だなぁ…」
 三文字はそう呟いてため息をつくと、職員室を出て行く。
 どうやら二人を止める気はないらしかった。
 イチャイチャしている二人の空気に飲まれてた数学教師だったが、三文字がドアを閉めた音でハッと我に返ったらしく軽く頭を振る。
 どうやら正気に戻ったみたいだった。

 「な、なにが関係あるんだっ。ふざけるのも大概にしろ!」
 「ふざけてませんけど?」
 「ふざけてるだろうっ!!」
 「そう見えます?」

 数学教師はさっきぼ〜っとしてしまった反動なのか、久保田を怒鳴りつけて机をバンバン叩いている。久保田と時任は、そんな教師を見て再び顔を見合わせると軽く肩をすくめた。
 どうやらこの数学教師は、久保田が寝ていることを注意しようとしているのではなく、鬱憤晴らしに生徒を呼び出して説教をしているように見える。
 さっきから様子を見ていた五十嵐もそれに気づいて、少し眉間に皺を寄せた。
 
 「久保田っ、俺と一緒に生徒指導室まで来いっ!」
 「なんで久保ちゃんが、んなトコなきゃならねぇんだよっ!」
 「関係ないヤツは黙ってろ!」
 「久保ちゃんの問題は俺の問題だ!!」
 「まぁ、そういうことですから…」
 「貴様らっ!」

 数学教師がそう怒鳴って、時任に殴りかかろうとする。
 すると、その拳を久保田が受け止めた。
 自分の力に自信があったらしい数学教師は、簡単に拳を止められたことに驚いて、目を見開いて久保田の方を見る。すると久保田は、冷笑を浮かべて数学教師を見ていた。

 「毎晩ね、時任が俺のコト寝かせてくれないんですよねぇ」
 「な、なに…」
 「だから授業中に睡眠取らないと…、でしょ?」
 「お、お前ら…、まさか…」
 
 久保田の問題発言に、数学教師は口をパクパクさせている。
 どうやら荒磯に来て日が浅いので、こういうことに耐久性がないらしい。
 そんな数学教師を横目で見ながら、時任はわずかに久保田の方へ身を寄せた。

 「久保ちゃんだって、俺のコト寝かせてくんないじゃん…」
 「せっかくその気になってくれてるのに、途中でやめるなんてもったないから」
 「…好きだもんなぁ、久保ちゃん」
 「時任だって、好きでしょ?」
 「うん…」
 「俺も好きよ?」
 「く、久保ちゃん…」
 「ちょっとじっとしててくれる?」

 意味深なセリフを言いながら、久保田が時任の顔に手を伸ばす。
 すると、時任はゆっくりと目を閉じた。
 久保田の手は時任の頬を撫でるように滑って下へと落ちる。
 久保田は時任の顔に自分の顔を近づけていった。

 「や、や、やめろぉぉっ!!!」

 数学教師が近づいていく二人の唇を見て絶叫する。
 だが、二人の唇が触れることなく、久保田は顔を時任の顔よりもっと下へと動かした。

 「…と、取れた?」
 「うん、取れた。けど、これって針持ってるみたいだから刺すかも?」
 「うわっ、恐ぇー。取ってくれてサンキューな」
 「どういたしまして」

 ガタタタッ…!!

 そのセリフを聞いた途端、職員室内の人間がいっせいに倒れる。
 時任の頬をすべっていた久保田の手には、羽のついた蜂のような虫がつままれていた。
 久保田はキスしようとしたのはなく、虫を取ろうとしただけだった。
 自分の机に突っ伏してしまっている数学教師は、ダメージが大きかったらしく伏せたままになっている。
 久保田と時任は虫を窓の外に捨てると、職員室から出て行こうとした。

 「ま、待てっ! この学校では不純同性交遊も校則で禁止だっ!! お前らを処罰してやるから覚悟しろっ!!」

 まるで大塚のようにしぶとい数学教師は、まだダメージの残る身体でヨロヨロと起き上がり、乱れた髪を直すこともなくそう怒鳴って二人を睨みつける。
 けれどそんな数学教師を見て、久保田と時任はニッと笑って見せた。

 「うわぁ、先生やらしい〜」
 「不純同性交遊したなんて、俺ら言ってませんよ?」
 「さ、さっき自分で言っただろうっ!」
 「自分でって、ゲームのことですか?」
 「ゲ、ゲーム?」
 「格ゲーの対戦、自分が勝つまでやめないんですよねぇ。時任は負けず嫌いだから」
 「久保ちゃんだって、負けると勝つまでやるじゃんっ」
 「負けたままって良くないっしょ?」
 「俺だって良くねぇよっ!」
 
 自分の勘違いだったことを知って、燃え尽きてしまった数学教師がその場で固まってしまっている。すでにダメージはかなり受けている様子だが、二人はそんな数学教師をあざ笑うかのように追い討ちをかけた。

 「先生のエッチっ! もしかして、俺のコトそーいう目で見てたりすんの?」
 「うわぁ、危ない先生だなぁ〜」
 「危険だから、ぜってぇ近寄らないようにしよっ」
 「そうそう、危険だから近寄っちゃダメ」
 「そんじゃま…」
 「そういうことなんで、おあとヨロシク〜」

 久保田の最後のセリフは、五十嵐に対してのものである。
 かなりうるさそうだから、なんとか誤魔化しとしてねと言っているのだった。
 五十嵐はそう言ってきた久保田の視線に、仕方ないわねっという視線を返す。
 久保田に恋しているものの、五十嵐はちゃんと久保田が時任以外を好きになどならないことを知っていた。
 (失恋ってわかってても、やっぱり惚れちゃうのよねぇ)
 五十嵐は心の中でそう呟くと、数学教師をなんとかすべく立ち上がる。
 そんな五十嵐を見てから、久保田と時任は職員室を後にした。

 「久保ちゃんのバーカ…」
 「なんで?」
 「わかんなきゃいいっ」
 「…好きだよ、時任」
 「・・・・・・うん」

 しつこく何か言ってくるだろうと思われていた数学教師は、産休が終わる前に学校を転任していった。その理由は定かではないが、どうやら五十嵐に惚れたらしいという噂がしばらく荒磯で流れていたらしい。
 五十嵐が男ということは、生徒も教師もごくごく一部の人間しか知らない話なのだった。 

                                               END。


 この小説は、ここからリンクさせて頂いております極戒様が主催された
 久保時祭に書かせていただいたものです(滝汗)
 学校らしくっって思いましたデスが、なったかどうかは謎です〜〜(-_-;)

                        戻  る