アヴェ マリア




 もしも…、許されるなら…。

 そんな言葉が初めて自分の口から出たのは、いつだったのか…、
 それは思い出せないけど…、
 その日は何事もない、フツーの日だったコトは覚えてる。
 リビングに時任がいて…、そして俺もいて…、
 いつもと変わらない、そんな日…。
 ソファーを背にして床に座ってた俺は、読んでた新聞を置くと近くにいた時任を見る。そして小さくあくびをしながら…、いつものように話しかけた。

 「ねぇ、時任」
 「ん?」
 「さっきから思ってたんだけど、寝転がった姿勢でマンガを上に持って読むのって…、楽なようでキツイくない?」
 「うー…、そうかもだけど、この方が読みやすいし」
 「そんな風に見えないけど?」
 「・・・・・・・・」
 「腕だって、なんかプルプルしてきたし」
 「…っていうかっ! 久保ちゃんがそういうコト言うから、ぜんっぜんヘーキだったのにキツクなってきたんだっつーのっ!」
 「そう?」
 「そうに決まってんだろっ!」

 時任はそう言うと上に上げてた手をガクッと降ろして、マンガを床に置く。そして、寝転がったままバンザイしてるみたいな姿勢で、ふぁーっとアクビをしながら大きく伸びをした。
 そうすると、着てるパーカーの裾からチラリと白い腹が見えて…、
 しかも、それがなんとなくちょっと色っぽかったから、いたずらゴコロっていうのかなぁ。そういうのが起きて…、気づかれないように伸ばした人差し指でくすぐってみる。すると、時任はギャーとかワーとか言いながら、目尻に涙を溜めながら床をのた打ちまわった。

 「なっ、なにすんだよ…っ!!!!」
 「うーん…、大胆なのもいいけど…、やっぱチラリリズムっていうのはオトコゴコロをくすぐるよねぇ」
 「しかもっ、言ってる意味わかんねぇしっ!!!」
 「あ、こんなトコに小さいホクロ発見…」
 「どっ、ドコ触ってんだよっっ!!久保ちゃんのヘンタイっっっ!!!」
 「無防備に寝転がってくれてるし、せっかくの機会だからホクロの数でも数えてみるのも、新たな発見があっていいかも…」
 「…って、そんなモン数えんなっ!!!つーかっ、誰が無防備だっ!!!」
 「だって、この姿勢じゃ…、こーんなカンジに手を押さえ込んだら抵抗できないっしょ?」

 俺はそう言いながら、持ってたマンガを離そうとした時任の手を床に押さえ込む。けど、時任は手を拘束されたのに、口元にニヤリと笑みを浮かべながら余裕の表情で俺を見た。

 「ふふふふふ…、甘いぜ、久保ちゃん」
 「甘いって何が?」
 「手を押さえたくらいで、この俺様を捕らえられると思ったら…」
 「思ったら?」
 「大間違いだぁぁぁっ!! 時任キーックッッ!!!」

 そう叫ぶと手を拘束された時任は、素早く身体を少し下にずらして足で俺を攻撃しようとする。だが、その動きを読んでた俺はキックが炸裂する前に手の拘束を解いて、時任の身体を強引に横からひっくり返してうつ伏せにした。

 「必殺、時任キック封じ」
 「くうぅぅっ!!」
 「さすがに、オトコを上に乗せてると起き上がれない…、デショ?」
 「い、いちいち…っ、ヘンな言い方すんなっ!!」
 「ふー…」
 「…っ!!!」
 「お前って…、耳弱いよね?」
 「これ以上なんかしたらっ、ブン殴るっっ」
 「この状態で?」
 「・・・・・・うるさい黙れ」
 「もしかして、ホンキで怒った?」
 「・・・・・・・」
 「時任?」

 弱点な耳に、息を吹きかけたせいなのか…、
 それとも上に乗られて動けないので、抵抗するのをあきらめたのか時任がぐったりしている。俺の位置からはうつ伏せなってる時任の顔は見えないけど…、低い声で黙れと言ったっきり…、時任が動かない。
 ・・・・・・・うーん。
 ちょっちチラリズムにオトコゴコロをくすぐられて、ヤりすぎたかも…。
 時任を怒らせると後で機嫌を直すのが大変だし…、そろそろ…、
 そう思いながら、うつ伏せている時任の顔を見るために押さえ込むのをやめて前に移動する。だが、まるでその瞬間を待っていたかのように何かがガシッと俺の足を掴んだ。

 「秘儀っ!!!時任キック封じ返しっっ!!!!」

 そう叫んだ時任の声が聞こえたと同時に、俺は足を引っ張られて横に倒れる。すると、さっき俺がしていたように背中じゃなく、腹に時任が乗った。
 
 「ふははは…っ!! 見たかっっ、俺様の実力を…っ!!!」

 俺の腹の上から、勝ち誇った時任の笑い声が聞こえる。
 どうやら動かないでいたのは、時任の作戦らしかった。
 かなり単純な手だけど、チラリズムとは違った意味で、さっきの攻撃は俺のココロを揺さぶる。俺にとっては時任の耳よりも、もっと致命的な弱点…。
 それを突かれた俺は暴れず抵抗もせずに、腹の上に乗ってる時任に向かっておとなしく両手を上げた。

 「降参デス」
 「俺の勝ちだなっ」
 「だぁね」
 「…てっ言ってるワリには、ぜんぜん残念そうじゃねぇじゃん」
 「ま、負けるが勝ちってコトで…」
 「また、わけわかんねぇしっっ」

 まるで何かを紡ぐように…、取りとめのない会話を続けながら…、
 俺は時任を見上げ目を細め、そんな俺の顔を時任が上から覗き込む。
 そうしながら、俺は降参してあげたままになってる手を…、
 ゆっくりとゆっくりと…、もっと上にあげて両手で時任の頬に触れた。
 さっき、時任がマンガを読んでいた時に似た姿勢で…、
 すると、冷たい手に触れられて肩が少し揺れたけど、時任は逃げずにそのままでいてくれる。だから俺は触れた手で頬を包んで…、時任の顔を少し自分の方へ引き寄せた…。

 「・・・・今度は秘儀とか出さないの?」
 「久保ちゃんは…、出して欲しいのか?」
 「そうじゃないけど、なんとなくね」
 「だーかーらっ、なんとなくとかいつもそーいうのばっかで、何も言わねぇからわかんねぇっつってんだろ!」
 「・・・・・・・・」

 手は頬に触れてるけど…、何も言わない。
 でも、それでも時任は何かをカンジているのかもしれない。
 カンジようとしてくれてるのかもしれない。
 けれど、時任の真っ直ぐな瞳を見つめ返しながら開いた口から出たのは、触れた手のひらに込めた言葉とは違っていた…。

 「さっき・・・・・」
 「さっき?」
 「マンガ読んでた時、腕のコト言わない方が良かった? その方がキツクならなくて…、ヘーキなままだったし…」

 俺がした質問は、とても唐突で…、
 けれど、時任は俺の手のひらに頬を預けたまま…、ちょっとだけ首をかしげて考える。そして少し考えた後で俺の手の上に、黒い手袋をはめた方の自分の手を重ねた。

 「ずっと読んでたら、あの時はヘーキでもたぶんキツクなってたし…。それに久保ちゃんが言った言葉で言わなきゃいいなんて、聞かなきゃ良かったなんて…、そんな言葉はねぇよ」
 「だったら、もしも俺がキツイどころじゃない…、傷つくくらいヒドイ事を言ったとしても、同じセリフが言える?」
 「それは・・・・・・」
 「ヒトは優しい言葉だけ、知ってるワケじゃない…。だから、ヒトが他の誰かを傷つけずに生きてはいけないように…、言葉を話しているといつか誰かを傷つける…」

 俺がそう言うと、時任は握りしめた手に少し力を込める。
 けれど、すぐにその力を抜くと、もう片方の手を俺の頬へと伸ばしてきた。

 「確かに、久保ちゃんの言う通りかもしんねぇけど…。それでも言葉って、ヒトを傷つけるためにあるもんじゃねぇし…」
 「じゃ、何のために?」
 「自分の気持ちってヤツを…、伝えるために…」
 「・・・・・・・・」
 「俺も優しい言葉だけ知ってるワケじゃねぇけど、傷つける言葉だけ知ってるワケじゃねぇし…、誰だってそうだろ?」
 「・・・・・・・」
 「だから…、傷つけたって思ったらゴメンって想うなら、それを伝えたいって想うなら、ちゃんとそう言え。ジョウダンとか反射的にとかそんなのじゃなくて、ホンキでゴメンって言え…。そしたら、許してやる…」

 俺の頬にそっと触れながら、時任がそう言う…。
 俺の罪も何も知らずに…、許すと言う…。
 その言葉を聞いた瞬間に、伝えたい言葉と伝えられない言葉が胸の奥で複雑に入り混じって…、俺の頬に伸ばされた時任の手が痛くなった。
 伝えられない過去と、許されない罪…。
 罪に濡れた俺の手が、今も触れた時任の頬を汚してる。
 その時、なぜか俺は忘れて思い出せないはずの…、
 初めて引き金を引いた時の感触を、その時に見た赤い色を思い出していた。

 「許さなくていい…。罪は絶対に許されないモノだから…」
 「罪って…、何の?」
 「・・・・・・・・」
 「くぼ…、ちゃん?」

 まるで罰を下すように、伝えたい言葉を口ずさもうとするたびに追いかけてくる銃声…。目に焼きつくような赤い色…、取れない硝煙の匂い…。
 けれど、時任は何も知らないのに、何もかも知ってるかのように…、
 そんな俺の頬をゆっくりと両手で包むと…、
 まるで祈るように目を閉じて、カオを寄せて俺の額に自分の額をくっつけた。
 
 「もしも、久保ちゃんに罪があるなら…、世界中の誰もが許さないって言っても俺だけは許してやる…。俺も一緒に…、背負ってやっから…」
 「・・・・・・・・」
 「だから、俺に半分よこせよ」
 「・・・・イヤ」
 「って、俺がよこせっつってんだから、ケチケチすんなよっ」
 「ていうより、コレってそういう問題?」
 「俺にとっては、思いっ切りそういう問題っっ」
 「・・・・・・」
 「だってさ…、久保ちゃんの罪がどんな罪だって…、それがどんなに重くったって…、さ…」
 「うん?」

 「久保ちゃんより重いモノなんか…、俺にはねぇから…」

 罪は絶対に許されない。
 それは絶対に変わらない…。
 けれど時任の声を聞いてると、額と額を時任とくっつけてると…、
 腕を伸ばして抱きしめて、一緒に祈るように目を閉じたくなる。
 俺らの上にある空には、カミサマなんていないのに…。
 でも…、やっぱり目を閉じるコトができなくて…、わずかに視線をそらせると読んでた新聞が目に入る。
 すると、その新聞は日付が12月24日で…、
 そのコトに今更のように気づいた俺は目を閉じた時任のカオを見つめながら、祈るように目を閉じた。

 「・・・・・・時任」
 「ん?」
 「今から、クリスマスケーキでも買いに行こっか?」
 「うん…」

 今日は12月25日で、クリスマスで…、
 けれど、どんなに祈ってもこの祈りは届かない。
 祈る資格すらない…。
 けれど今だけは…、もしも許されるなら…、
 そう心の中で呟いて、初めて両腕を伸ばして抱きしめた時任は…、
 何よりも温かくて…、何よりも愛しくて…、
 
 ・・・・・・・・・・そして、何よりも重かった。

 でも、そう感じた瞬間に消えない許されない俺の罪が…、
 もっと深く…、重くなって…、
 きっと、その罪がいつか俺を殺すんだろう。
 けれど、どんなに罪が重くても…、握りしめた手は離せない。
 好きだから大好きだから、犯した罪よりも深く愛してるから…、
 時任を俺の罪で汚しても、抱きしめた腕は離せない…。
 だから、俺は微笑む時任の耳に、まるで好きだと囁くようにゴメンねと囁きながら…、いないはずのカミサマの目から隠すように時任を腕の中に引き寄せて指で拳銃のカタチを作る。そして、その拳銃で宣戦布告するように…、窓から見えるクリスマスの空を撃った…。
 遠く遠く・・・・・、どこまでも果てしなく…、


 その銃声が鳴り響くように…。





 く、クリスマスらしくなくてすいませんです(・Θ・;)
 ううう、楽しいクリスマスなお話になりませんでしたですっ(涙)
 でもでも、頑張ってラブを込めて書きましたvv
 メリークリスマスvvなのです〜〜vvvv


 ☆*Merry*☆=- ★=- ヽ(^∇^*)ノ -=★ -=☆*X'mas*☆
 

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