生徒昇降口
私立荒磯高等学校。
この高校に登校しくる生徒達は、校門をくぐるとまず生徒昇降口…、つまり生徒用の玄関に向かう。それは当たり前のことなのだが、松原と室田の朝のトレーニングに付き合ってから玄関にやってきた相浦は、当たり前ではない光景を目の前にしていた。
それが当たり前なのか、そうではないのかは人それぞれなのかもしれないが、相浦の目にはどうしても普通には見えない。
何回か目撃してはいたが、やはりいつ見てもその光景には馴れなかった。
「ほい、上履き」
「ん〜…」
この短い会話は、学校に登校して来た相浦と同じ執行部に所属している時任と久保田の会話である。しかしこれだけを聞いても、実際に光景を目の前にしなければ相浦がなぜ小声でうなったのか理由がわからないに違いなかった。
別に全校生徒知っていそうなので秘密というわけではないが、生徒用の玄関にいる二人を始めて目撃した生徒は一瞬だけ時が止まってしまう。ある意味、絵になるかもしれないが…、なぜか二人が玄関に入ると辺りが少しあやしい空気に包まれていた。
あやしい空気をかもしだす、時任と久保田の朝の恒例行事…。
実はそれは行きも帰りも久保田が下駄箱から靴や上履きを出して、時任の足元に置いてやっていることだった…。
この久保田の行動も相手が小さな子供ならわからないでもないが、時任の前に少しかがんで靴を置いてやっているのを見ていると、なぜかホストとか番犬とか妙な言葉が浮かんでくる。相浦が久保田の行動を当たり前と感じている時任の方を見ると、なぜか時任の方ではなく久保田と目が合った。
「お、おはよう…」
「オハヨ」
おはようと普通にあいさつをしたつもりだったのに、やはりどこかギクシャクしている。
そんな様子の相浦をどう思っているのかはわからなかったが、久保田は棒読みで気のなさそうな朝のあいさつをすると、今度は自分の上履きを出すために下駄箱を開けた。
すると、その中からはバサバサとたくさんの封筒か落ちてきて、それを見た時任はムッとした表情になる。
やはりウワサ通り、久保田はかなりモテているらしかった。
「なんで、ココに超絶美少年がいるってのに、久保ちゃんの下駄箱ばっかラブレターが入ってんだよっ」
「うーん、ゴミ箱と間違えてるだけとか?」
「なんだそりゃっ」
「いくらたくさんあっても、好きなヒト以外からはもらいたくないしねぇ?」
「…って、マジでぜんぶゴミ箱に捨てんのか?!」
「うん」
「せっかく書いてくれてんのに、もったいねぇじゃんかっ」
「・・・・もったいないって何が?」
「好きだって言ってくれてるキモチが…」
時任がそう言うと、久保田はすぅっと目を細めながら、わざとその目の前でバラバラと下駄箱に入っていた手紙をゴミ箱の中に落とす。少しだけ二人の間に緊張感が走ったような気がして、相浦は息を飲んだが、時任は軽くにらんだだけで何も言わなかった。
まるで久保田のために設置されたような場所にある玄関のゴミ箱の中は、すぐに落ちてきた青や白の封筒の中に入っている好きな気持ちでいっぱいになる。
けれどそれは…、久保田にとってはいらないモノだった。
「もしも…、時任がラブレターもらったら、もったいないからもらう?」
「・・・・・・もらうかもらわないかはわかんねぇけど、たぶん読む前にゴミ箱に捨てたりはしねぇよ」
「そう…」
「けど、やっぱ久保ちゃんは捨てんだな」
「いくら好きだって言われても、この世でたった一人しか好きになれないから…」
「一人だけ?」
「そ、一人だけ」
「この世に一人だけって…、それってさ…」
「それって?」
「やっぱ…、なんでもない…」
何かが微妙にすれ違ってしまった瞬間を見ながら、相浦はぼんやりと自分の靴箱をあける。すると、そこには一通の白い封筒が入っていた。
自分にラブレターが来るなんて信じられなかったが、さっきの二人の会話を聞いてると開けて読むべきなのかどうなのかを迷ってしまう。けれど、実は迷う必要など少しもなくて、封筒には相浦ではなく時任の名前が書かれていた。
どうやら差出人は、あわてていたのか時任と相浦の靴箱を間違えたようである。
なぜかホッと息を吐いた相浦は、白い封筒を渡すために玄関から教室に向かおうとしている時任に声をかけようとした。
だが、、相浦の視線から時任を隠すように久保田が立っていて、声をかけるタイミングを見失ってしまう。そのため時任の背中を見送りながら、どうしてよいかわからずに封筒を持ったまま立ち尽くしていると久保田が手を相浦の方に差し出した。
「こ、これは…、時任宛てだろ」
「ちゃんと、時任サマって書いてあるから知ってるよ」
「知ってるなら、なんで…」
「なんでって、時任に見せたくないからに決まってるっしょ?」
「なら…、俺がもしもこの手紙を時任に渡すって言ったら?」
「さぁねぇ?」
久保田はそう答えて冷ややかな笑みを浮かべると、差し出した手を時任の下駄箱の方に伸ばす。すると、開けた下駄箱の中には手紙が二通くらい入っていた。
その手紙を下駄箱から取り出すと、久保田は自分への手紙は捨てたのに、時任の宛ての手紙は薄いカバンの中へと入れる。そんな信じられない行動を見ていた相浦は、久保田が時任に自分で靴を履かせない理由がわかった気がした。
久保田に出したラブレターの想いが届かないのと同じように、時任に出されたラブレターもやはり届かない。
けれど、それは時任の意思ではなく、久保田に妨害されていたからだった。
「最低でも最悪でも、ひとでなしでも、これだけは譲れないから…」
最低で最悪でひとでなしと自分で言いながらも、久保田の瞳は冷たいままで後悔している様子は微塵もない。相浦はその凍りつくような瞳に背中をぞくっと震わせると、持っていた手紙を久保田の方に差し出した。
「できれば…、時任に渡してくれ」
相浦はそう言ったが、その言葉が聞き届けられることはないに違いなかった。
久保田は相浦から封筒を受け取ると、下駄箱の封筒と同じようにかばんの中に仕舞い込む。そして、その封筒に込められた想いを握りつぶして、これから時任の所に向かうのに違いなかった。
立ち去っていく久保田の背中をじっと見つめながら、相浦は小さく息を吐く。
それはもしかしたら…、久保田の中にある狂おしいまでの時任の気持ちを感じてしまったからなのかもしれないが…、
実はそのため息は、玄関にいた生徒達には別の意味で取られてしまっていた。
「さ、さっきの見た?!」
「見たわよっ!久保田君に相浦君がラブレターを渡してた所を!!」
「すごく切なそうな顔して、久保田君の背中見つめてるしっ!」
「執行部の三角関係?!」
「あたしっ、相浦君を応援しよっかなぁ」
「なんでよ?」
「相浦君の方が、フラれそうだからに決まってるじゃないっ」
「あっそ…」
女子生徒達の話している声は、本人達は小声だと思っているようだが、完全に相浦の耳にまで届いてしまっている。その会話を聞いた相浦は、さーっと顔色を青くした。
久保田にラブレターを渡したなどという噂が広まってしまったら、執行部で何を言われるかわからない。特に久保田に近づく者に嫉妬心をかなり燃やしている時任に、誤解されることだけは避けたかった。
しかし、完全にラブレターを渡したと思っている女子生徒達に、どうやって弁解すればいいのか思いつかない。
だが…、そんな相浦の視界の中に見慣れた人物が入った。
同じ執行部の紅一点、桂木和美…。
相浦はとっさに桂木のそばまで駆け寄ると、ガツッとその腕をつかむ。
けれど、恐ろしくて桂木の顔を見ることができないため、そっぽを向いたまま近くにいる女子生徒達にハリセン覚悟で桂木との交際宣言をした。
「じ、実は…、俺は前からずっとコイツと付き合ってるんだぁぁぁっ!!!」
そう宣言した相浦の声は、廊下のみならず他の校舎まで響き渡り…、その声があまりに大きな声だったせいか辺りはシーンと静まり返ってしまった。
完全に墓穴を掘って目立ってしまっている相浦は荒い息を吐きながら、とりあえず桂木に小声であやまろうとしたが…、
つかんでいる腕の異様に硬くてゴツゴツした感触を感じて、額に汗を浮かべる。
その腕はどう考えても、女の子の腕の感触ではなかった。
「あははは…、気づかない内にずいぶんと神経みたいに腕も太くたくましくなったなぁ、桂木」
うつろに笑いながら相浦がそう言うと、後頭部にバシィィンッと聞きなれた音と衝撃が走る。けれど、そのハリセンはつかんでいる腕の持ち主がいる方向とは別の方向から飛んできた。
「アタシの腕が、こんなに丸太みたいに太いって言いたいワケ?」
「うっ…、か、桂木」
「それに、神経ってどういうイミ?」
「うわぁぁっ、誰か助けてくれっ!!!」
相浦はハリセンをパシパシ言わせている桂木を前に、涙目で近くを通りかかった松原に助けを求める。しかし、松原は相浦とつかんでいる腕の持ち主とを交互に見ると、するり持っていた木刀を抜いて構えた。
その真剣な表情に思わず相浦が持っていた腕の持ち主の方を向くと…、
そこには…、腕だけじゃなくて足も首もごつい所だらけの室田が相浦と同じ青い顔をして突っ立っていた。
「ま、松原…、こ、こ、これは違うんだ…」
「違うって、なにがどう違うんですか?」
「だから…、相浦と俺はなんでもなくて…」
「火のないところに、ホモはいません」
「な、なにか間違ってるぞ、松原」
「問答無用っ!!!!」
室田が松原の木刀の餌食になり、相浦が桂木のハリセンの餌食になる。
だが、この騒ぎのおかげで相浦が久保田にラブレターを渡した件は忘れ去られてしまったようだった。
執行部員達の騒ぎを聞きつけた時任が廊下の端からそれを眺めていたが、その横にはいつものように久保田の姿がある。けれど、久保田は騒ぎを見ないで廊下の窓を開けてセッタをふかしていた…。
セッタの煙は長く長くたなびいて、その先でゆっくりと空気に混じる。
そんな様子を久保田はぼんやりと見ていたが、時任は終わらない騒ぎに軽く肩をつくめるとその横から同じように白い煙を眺めた。
「なぁ…」
「ん?」
「やっぱさ…、好きだって言ってもらえんのはすっげぇうれしいけど…、受け取れないキモチってのはあるんだよな」
「・・・そうねぇ」
「けど、ちゃんともらえないからって、ゴメンって言わなきゃいけない気ぃする」
「・・・・・・」
「だから、もったいないのはたぶんそう言ってくれたからってのじゃなくて…。そのキモチをもらってくれるヤツが、そのキモチを必要なヤツがべつにいるはずだから…、俺じゃなくてそいつにたくさん好きだって伝わればいいって想ったからかもな…」
「キモチを必要なヤツ…、ねぇ」
「久保ちゃん?」
「ホント…、残酷だよね」
久保田はそう言うと、くわえていたセッタを窓枠にきつく押し付けて火を消して、言葉の意味も告げずに強引に時任を抱きしめる。すると、いきなりの久保田の行動に時任はあわててじたばたと暴れていたが、抱きしめてくる力の強さに何かを感じたのかすぐにおとなしくなった。
そして、久保田が何かを耳元で囁くと時任がはっとして視線を上にあげる。
するとそこには、同じように時任を上から見つめている久保田の視線があって…、その視線につかまった時任の赤い唇に…、
・・・・・・・・・ゆっくりと久保田の唇が重なっていった。
終。
※コメントは久保時祭の時のものです。
こんばんわでございます<(_ _)>
この度は、この素敵なお祭にきてくださって、
お話を探し当ててくださってありがとうございますですvv
とてもとても感謝なのですvvドキドキvv
な、なのに…、ラブの欠片もなくてごめんなさいです(ノ◇≦。) ←ダメすぎ。
御葛様vvこの度は素敵なお祭に声をかけていただけてvv
とってもうれしかったです〜vvありがとうございますvvヽ(^◇^*)/
うううっ、去年もだったのですが、今年も失礼なことばかりして、
ご迷惑のかけ通しでごめんなさいです(涙)
アップさせて頂いてしまったお話も、暗くなってまって…(冷汗)←おいっ。
でもでも、お話を書かせていただけて、とっても楽しかったですvv
本当にお忙しい中、素敵で楽しいお祭を開催してくださって
ありがとうございますですvv多謝<(_ _)>vv
2003.9 鳴木沢
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