君に願いを。




 いつものように鵠から頼まれたバイトが終わると、久保田と時任は東湖畔に仕事完了の報告とバイト代をもらいに行く。鵠の仕事は物品の引渡しがほとんどだったが、やはり違法な仕事には違いないのでそれなりに金額は高い。
 そのバイト代と、久保田がマージャンで稼いでくる金が現在の二人の生活費だった。
 「ご苦労様でした。今日のバイト代です」
 「はい、どーも」
 「久保ちゃん、帰りにアイス食いに行こうぜ」
 いつもニコニコ現金払い。
 サラリーマンのように安定した収入はないが、こうやって日銭を稼ぎをしている暮らしの方が久保田の性には合っていた。人当たりはいいが、決して自分に人を近づけさせない久保田には、普通の会社での同僚との付き合いや、取引先との付き合いなどできないからである。
 本人にそういう意識がないのか、それともわかっていてそういう努力をしていないのか、久保田は集団に混じるということができない。
 それはやはり、子供の頃に特殊な環境で育ったせいかもしれなかった。
 バイト代を受け取った久保田と時任が東湖畔を出ようとすると、ふと何かを思い出したように、鵠が二人を呼び止める。
 どうしたのかと二人が振り返ると、なぜか鵠は笹の葉のついた小ぶりの竹を持っていた。
 「なんで竹なんかもってんだ? もしかして、またなんか仕事か?」
 東湖畔といえば仕事しか思いつかない時任がそう言うと、鵠は口元に手を当ててクスッと笑う。
 時任がムッとして少し頬を膨らませると、久保田が軽く頭を掻きながらいつもと変わらない表情でサラサラ音を立てている笹の葉を見た。
 「そう言えば、今日は七月七日でしたっけ?」
 「ええ、今日は七夕です。なので、たまにはこういうのもいいかと思ったんですよ。よろしければ飾ってください」
 「ありがたく、もらっときます」
 七夕だとかそういう行事に興味はなかったが、なんとなく時任を見ていると鵠の言う通り、たまにはこういうのもいいような気がして、久保田は鵠から笹を受け取った。
 「もしかして、ソレ持って帰んのか?」
 「うん」
 「ふーん」
 時任は久保田の持っている笹を見ながら、ただじーっと葉が揺れるのを見ている。
 七夕を知らないということはないだろうが、なんとなく不思議そうな感じだった。
 「じゃあな、モグリ」
 「お気をつけて」
 二人は東湖畔を出ると笹を持って街を歩き始めた。
 今日は七夕なので、笹を持っていても不審に思う人はいない。
 一瞬何かと思って見ても、ああ七夕かとすぐに気づくからである。
 鵠に言われるまで気づかなかったが、そう言われれば街のあちこちに笹やそれらしきものが飾られていた。
 「折り紙とか買わなきゃねぇ」
 「マジで飾るのか?」
 「飾るけど?」
 「だったら、早く買って帰ろうぜ」
 夜までまだ時間があったが、今日の空は快晴なので天の川は見られそうだった。
 男の二人暮しで笹を飾って七夕なんて寒いと思わないでもないが、一人ではしなかったことだからなんとなくしてみようかと、そういう気まぐれを久保田は起こしている。
 そんな気まぐれを起こしてしまった自分を不思議に思いながら、久保田は隣を歩いている時任の頭に手を伸ばして軽くくしゃくしゃっと撫でた。
 「なにすんだよっ、久保ちゃん」
 「ん〜、なんとなくね」
 「…なんとなくですんなってのっ」
 二人は今日のバイト代で、食糧と折り紙を買ってマンションに戻った。
 折り紙は色んなものがあって迷ったせいか、思っていたより多く買ってしまっている。
 その折り紙のほとんどを買い物カゴに入れたのは時任だった。
 「どうせなら、いっぱい飾った方がいいだろ?」
 「いっぱい飾るには、いっぱい作らなきゃダメなんだけど?」
 「二人で作るに決まってんだろっ」
 「やっぱ俺もなワケ?」
 「ったりめぇだっ」
 久保田も時任も、こういうモノを作った経験がない。
 だが、なぜか時任はかなりやる気だった。
 どんなことでも、やるからにはめいいっぱいやるのが時任なのである。
 帰って早々、折り紙をテーブルの上に並べると時任はハサミを持って、飾りの製作に取りかかった。
 「久保ちゃんも作れよっ」
 「はいはい」
 細かいことが苦手な時任は、じゃきじゃきと大雑把に折り紙を切っていく。
 おそらくリングをつなげていくつもりらしいが、切り口がかなりガタガタだった。
 「折り目つけて切ったら?」
 「メンドくせぇからヤダ」
 「まあ、別にいいけどね」
 時任と違って、久保田は丁寧に折り紙にハサミを入れている。
 互い違いにハサミをサクサクと入れていくと、網目状になっている綺麗な飾りができた。
 「なんでそんなのできんだよっ」
 「ないしょ」
 しばらくの間、二人は無言で飾りの製作をしていたが、ほどほどの量に達すると、久保田はハサミを置いて立ち上がる。どうやら飾り作りに飽きたらしかった。
 「どこ行くんだよっ」
 「ん〜、トイレ」
 「ウソつくなっ」
 「これくらいあれば十分っしょ?」
 「まだだっつーのっ!」
 結局、久保田が作った倍くらいの量の飾りを時任が作ったのだが、飾りの綺麗さは久保田の方が格段に上だった。やはりこういう所に性格の違いが出たようである。
 コーヒーを飲みながら久保田が新聞を読んでいると、ベランダに立てた笹に飾りを飾り終えた時任が、短冊とペンを久保田の前に差し出した。
 短冊は折り紙を切ったものにヒモを通したものである。
 久保田は差し出された短冊を一応受け取ったが、ペンを取ろうとはしない。
 だが時任の方は、たくさんの短冊にがしがしと願い事を書いていた。
 「なに書いてんの?」
 あまりに一杯書いているので、気になった久保田が時任の手元を覗き込んでみると、そこには願い事というよりも欲しいモノが沢山書いてあった。
 晩ご飯にカレーじゃないものを食いたいとか、今凝ってるお菓子があと一つ箱ほしいとか、今度出る新しいゲームが欲しいとかそんな感じで。
 それを見た久保田は、
 「そういうのは、別に短冊に書いてお願いしなくてもいいんじゃないの?」
と、言う。
 だが時任はやはり短冊を書く手を止めなかった。
 「今、久保ちゃんがソレ見ただろ?」
 「うん、見たけど?」
 「だから書くことに意味あんの」
 つまり時任は短冊に織姫、彦星宛てではなく、久保田宛てに願い事を書いていたのである。
 これではまるで、七夕ではなくクリスマスだった。
 久保田はそう言われて一瞬きょとんとした顔をしていたが、すぐに小さく笑って時任の頭に自分の頭をくっ付けて目を閉じる。
 時任は邪魔と言いつつもされるがままになっていた。
 「久保ちゃんはねぇの?」
 「なにが?」
 「願いごと」
 やはり何も書かない久保田に時任がそう言うと、久保田は時任から離れ、机に置かれていた白紙の短冊を持ってベランダへと出る。
 そして何も書かないままの短冊を笹に結わえ付けた。
 すると時任も、自分が書いた短冊を持ってベランダへ出る。
 すでに日は傾き始めていて、ベランダを夕日が赤く染めていた。
 「俺はさ。ホントはこういうんじゃなくて、こうなったらいいとかそういうのはあるけど。願ったりはねぇの。叶わねぇコトじゃねぇから」
 「うん」
 「願ったりすんのは、叶わないって思ってるからだろ?そんな風に思ったりすんのは嫌だし、ダメだからさ…。もしかして、久保ちゃんもそうなのか?」
 「さぁ、どうだろうねぇ?」
 「わかんねぇの?」
 「たぶん、俺の願いゴトは叶っちゃってるから…。あとはただなくさないように抱きしめてるだけ」
 「久保ちゃん?」
 「願いごとは一つしかないから」
 久保田はセッタに火をつけながら、そう言って薄く笑う。
 そんな久保田をじーっと見つめた後、自分の書いた短冊を笹に飾り始めた時任は、ポケットからくしゃくしゃになった短冊を一枚取り出すと久保田に差し出した。
 「これも飾るから、久保ちゃんも手伝えっ」
 強引に手渡された短冊を久保田が受け取ると、その短冊には、
 『ずっと一緒にいられますように』
と、書かれていた。
 時任は短冊を久保田が見ることに意味があると言っていた。
 だからつまりこれは、そういうことでなのである。
 「…時任」
 「なんだよっ」
 「抱きしめていい?」
 「んなこと聞くなっつーのっ!」

 沢山の願いも、一つの願いも、叶えられるのは夜空の星もなければ神様でもない。
 届かない星々に願うよりも、傍にいて抱きしめてくれる腕の暖かさを感じることの方がきっと大切。
 それが、自分の想いを伝える手段で。
 そうすることが、自分の願い叶える方法だから…。

 綺麗に飾り終えた笹は何を願うこともなく、空を流れる乳白色の天の川の下でただサワサワと風に吹かれていた。
 

 わ〜、七夕です〜\(^o^)/
 こういう日は、やはり夜空を眺めようとか思ってしまいますねvv
 七夕したことありますけど、自分が願いごと何書いたか覚えてません…(汗)
 なんだったんでしょう?(謎)

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