いちごポッキー。
『今日は二月十四日なので、各店自慢のチョコレートとお勧め商品を取材したバレンタイン特集をお送りします』
そんなカンジに言ってるテレビのアナウンサーの声を聞いたのは、ベッドから起きあがってリビングに行ってからすぐのことで…、
だから、お湯を入れたカップ麺のフタを手で抑えながらテレビを見ると、キレイにラッピングされたチョコがうつってた。
べつにそういうのを見ててもバレンタインに興味はねぇんだけど、ニュースでそういうのやってるのを見ると、そーいやそうだっけとかなんとなく思ったりはする。けど、いくら考えても好きだって告白すんのと、チョコになんの関係があるのかはわかんなかった。バレンタインの次にホワイトデーってのがあって、もらったら返すのがジョーシキってのもなんか納得いかねぇし…、
なーんてグタラナイこと考えながら、ずるずると三分たったカップ麺のフタを空けて食べてると、昨日コンビニに行った時にバレンタイン用じゃないフツーのチョコを買ったことを思い出した。
「ま、べつに今日がバレンタインでもホワイトデーでも、どーでもいいけど…」
食べ終わったカップ麺を片付けて、そうつぶやきながらコンビに袋から期間限定のいちごのムースポッキーを出す。そしてポッキーを一本だけ口にくわえて、いつものようにゲームのコントローラーを握った。
でも…、二月十四日はなんでもないどーでもいい日だったのに…、
朝出かけたはずの久保ちゃんがめずらしく昼間に帰ってきてから、なんでかわかんねぇけど…、すっげぇヤな日になった。
「なんだよコレ…」
俺がいつもよりちょっとだけ低い声でそう言ったのは、帰ってきた久保ちゃんがいきなり俺の目の前に持ってた紙袋やコートのポケットやあちこちから出した、小さなラッピングしてある箱をたくさん置いたせいで…、
けど、そんな俺の声を聞きいても久保ちゃんは箱を置くのをやめない。
しかも最後の一個らしい箱を内ポケットから出すと、すぅっと自然なカンジで俺の前に差し出した。
「いっぱいもらったから、おすそ分け」
「おすそ分けって…、コレってバレンタインでもらったヤツだろ?」
「たぶんね」
「だったら、なんで俺に渡すんだよっ」
「いっぱいあるし、一人じゃ食べきれないから」
「食べ切れないなら、もらわなきゃいいじゃんっ」
「うーん、そう言われればそうなんだけど、無理やり押し付けられちゃったんだよねぇ」
「・・・・・・・・・なら、一人で全部食えっ」
「あれ、チョコ好きじゃなかったっけ?」
「・・・・・・・・・・」
「時任?」
「うっせぇっ、バーカっ!!!!」
チョコは嫌いなんかじゃない…。
でも、久保ちゃんがもらったチョコは食いたくなかった。
バレンタインもホワイトデーも関係ねぇし、そんなのなんか気にしたコトねぇけど、目の前に積まれたチョコの山を見てると胸の中がムカムカしてきて…、
ムカムカする原因になるそれを置いた久保ちゃんが、殴りたくなるほど大キライだった。だから俺は目の前に置かれたチョコの山を蹴飛ばして手でぐちゃぐちゃにして…、最後に食べかけてたいちごポッキーの箱を久保ちゃんの頭に投げつけてからウチを飛び出した。
「ぜっったいに追いかけてくんなよっ!!!!」
部屋を飛び出しても、イライラしてムカムカして止まらない…。走りながら道端に落ちてる空き缶を蹴飛ばして、それからなんとなく一人になりたくて近くにある公園まで走った。
でも、追いかけてくるなって言ったのは久保ちゃんの顔を見たくないっていうのじゃなくて、ホントは今の俺の顔を見られたくなかったからで…、
もらったチョコを、おすそ分けなんて言って渡す久保ちゃんよりも…、今の自分の方がキライだった。走って公園に着いたらさみしくなってきてちょっと後ろを振り返って…、そして久保ちゃんがいないことを確認して一人でがっかりして…、
・・・・・・そんな自分がすごくキライだった。
なのに、そういう時の方が大キライなはずなのに…、久保ちゃんのコトが大好きだってカンジてる。ポッキーの箱を投げつけて大キライだって言いたいのに、ムカムカするほどイライラするほど好きだった…。
そんなのヘンだって想うけど…、大好きだった…。
「バレンタインなんか関係ないけど…、買っとけば良かった…」
そう想ったらちょっとだけムカムカがなくなって…、その変わりに胸が苦しくなってくる。でも…、ポッキーを投げつけてチョコの箱をぐちゃぐちゃにしたりしたから、もうチョコを渡すことなんてできなかった。
バレンタインは告白とかする日なのに何も言えなくて何も渡せなんて…、嫌なカンジだけが胸の中に残ってサイアクだった…。
コートも着ないで出てきたから寒いし…、なのに帰れないし…、
何もかもがサイアクで…、イヤになってくる…。
けど、サイアクだって言おうとした時、急に肩とか背中があたたかくなった。
「コートも着ないで外に出るとカゼ引くよ?」
「・・・・・・べつにいい」
「そう…。けど、俺は良くないから…」
「…って、カゼ引くのは久保ちゃんじゃなくて俺だろっ」
「うん…、だから良くないって言ってんだけど?」
「・・・・・・・」
「もしかして、まだ怒ってる?」
そう聞かれたけど…、背中とか肩とか色んなトコからカンジるあたたかさに何もかもが溶けてくみたいなカンジがして、やっぱりなにも答えられない…。
あんなにムカムカしてイライラしてたのに、かけてくれたコートと一緒に背中から久保ちゃんに抱きしめられてると…、
あったかくて…、そのあったかいのが胸の中にいっぱいになってきて…、
いつの間にか…、もう大キライだなんて言えなくなってた…。
だから、なにも言わないかわりに、抱きしめてくれてる久保ちゃんの腕に自分の手をそっと乗せてみる。そしたら、久保ちゃんはもっと強く抱きしめてきて俺の髪に短くキスをした。
「な、なにすんだよっ。誰かが見てたらどーすんだっ」
「べつにどーもしないよ」
「久保ちゃんっ!」
「けど、コレを受け取ってくれたら離してあげてもいいかも」
「こ、コレって…」
「やっぱりコレもいらない?」
「・・・・・・・・」
「時任?」
「・・・・そんなワケねぇだろ、バカ」
後ろにいた久保ちゃんがブランコに座ってる俺のひざに置いたのは小さい白い箱で…、箱をあけると四角い手作りのチョコレートケーキが入ってる。そして、そのケーキにはなにも書いてなくて、ラッピングもなくて少しもバレンタインらしくなんかなかったけど…、イヤな日でサイアクになりかかってた二月十四日が…、
すごく…、うれしい日になってた。
ケーキでつられんのは…、やっぱちょっとムカつくけど…、
それでもうれしかった…。
だから、久保ちゃんが手に持ってたいちごポッキーの箱を奪い取って…、折れてるヤツを一本だけ口に入れてから…、
久保ちゃんの襟をぐいっと引っ張って…、ゆっくりと顔を近づけた…。
「好きだよ…、時任…」
俺のコトを好きだって言った唇に、強く唇を押し付けて…、
言葉で好きだって言うかわりに…、腕を伸ばして首に回す…。
そしたら、ブランコが少し揺れてひざに置いたチョコレートケーキが落ちかけたけど、久保ちゃんが俺ごとケーキも支えてくれてた。
チョコのせいで甘く甘くなりすぎてるキスは…、長くすればするほど…、
好きだってキモチで胸の奥がいっぱいになっていくのに…、少しだけその中に苦しくて切ないカンジが混じってく…。けれど、セッタとチョコの匂いのするキスは久保ちゃんとだけしかしたくなかった…。
もしも好きだってキモチが…、ズキズキと胸を痛く苦しくさせるだけのモノだったとしても…。
「う〜っ、寒いからさっさと帰るぞ、久保ちゃんっ」
「あれ、ポッキーの数だけチューしてくれるんじゃないの?」
「だ、誰がんなコトするかっ!! ざけんなよっ!!」
「なら、その数だけ好きだって言ってくんない?」
「そこで一人でポッキーでも食ってろっ!」
「時任君ってば冷たーい」
「気色わりぃ言い方すんじゃねぇっ!」
「じゃあ、続きはホワイトデーに…」
「誰がするかぁぁぁっっっ!!!」
チョコレートケーキといちごポッキーを持って、二人でふざけ合いながら笑いながらマンションまで歩いて…、玄関を開けると同時にただいまを言う。そして顔を見合わせて同時におかえりを言ってまた笑ってから、リビングに行くと俺がぐちゃぐちゃにしたはずのチョコは消えてなくなってた。
だから、久保ちゃんがコートを置くために寝室に行った隙に辺りを見回したけど…、どこにも見当たらなくて…、
もしかしたらって思ってゴミ箱をみたら…、やっぱりチョコはそこにあった。
「・・・・・ごめんね」
そう言ったのは捨てる原因になった俺じゃなくて…、いつの間にかリビングに戻ってきてた久保ちゃんだった。俺は小さな声でもういいって言ったけど、やっぱりチョコはゴミ箱に入ったままで…、
それを見てるとまた胸が痛くて苦しくなってくる。
でも、これだけは誰にも譲れないから…、俺はゴミ箱に背を向けて…、
久保ちゃんの作ってくれた甘くて…、ちょっとだけ苦い味のするチョコレートケーキを食べ始めた。
バレンタインのお話…、三個目です…(冷汗)
うううう…、甘くなくてごめんなさいです(_TдT) ←だめすぎ。
戻 る
|
|