星の瞬く夜に…。




 七月七日…、七夕…。

 その日は笹に願いごと書いた短冊を飾るって、そういうのは正月とか節分とかとオンナジで年間行事ってヤツなんだろうけど…、目の前に願いごとを書くために渡された短冊を置いてペンを持ったら、なにを書いていいのかわからなくなる…。
 だからって何が欲しいとかどうなりたいとか、そういうのがないワケじゃねぇけど、ホントに一番書きたいコトって…、
 なぜか考えれば考えるほど、わかんなくなる気がした…。
 それはなんとなく、時々イミもなく久保ちゃんと見つめ合ってたりする時のカンジに似てて…、それから明日が見えないカンジにも似てて…、
 
 結局…、笹に飾った赤い短冊は白紙のままだった…。









 「…ったく、頼んだんだったら、さっさと受け取りに来いってのっ」
 「ま、受け取るモノがモノだし直前で迷ったのかもね」
 「ふーん…って、今日配達したヤツの中身はなんだったんだよ?」
 「さぁ? 中華鍋じゃなかったみたいだけど?」
 「ちゅ、中華鍋も売ってんのかっ、あの店っ」
 「中華鍋は中華鍋でも、弾の出るヤツね」
 「・・・・・・」
 「どしたの?」

 「べっつにっ」

 バイトが終わって日が暮れて、そんな会話を久保田としながら時任は建ち並ぶ店々の明かりに照らし出された自分の影を踏む。最初は人工的な明かりではなく、夕日に照らし出された影を踏みながら帰る予定だったが…、二人のバイト先である東湖畔に荷物を注文した客が、なかなか待ち合わせ場所に現れなかったためにバイトが終わるのが少し遅くなっていた。
 運びのバイトが本当はあまり気がすすまなくても、履歴書を出さなくてはならない所でのバイトはできない。そしてそれはどうしてなのか理由を聞いてみたことはなかったが、時任だけではなく久保田も同じようだった…。
 ポケットにバイト代を入れて…、それから東湖畔のある中華街を出て…、
 それから急いでいる訳でものんびりしている訳でもなく、ただ二人で何気ない話をぽつりぽつりしながら歩いて帰る…。それがいつものことだったけれど、前を歩いていた学ランを着た高校生らしき二人組みが、じゃあな、バイバイと手を振って別れるのを見ていると…、

 なぜか…、ちょっとだけ何かに取り残された感じがした。

 一緒に暮らしている久保田と時任はそんな風に手を振り合う必要はない。
 だから、それは当たり前にいいコトのはずなのに、なんとなく少しだけさみしい感じに似た感覚が胸の中にあって…、立ち去っていく二人の内の一人の背中をじっと時任が見つめていると…、
 それに気づいてぼんやりと同じ方向を見た久保田が、横から手を伸ばして時任の柔らかい黒い髪を少し乱暴に撫でてぐちゃぐちゃにした。
 「な、なにすんだよっ」
 「うーん、ちょうどいい位置にあったんでつい…」
 「それは俺様が低いんじゃなくてっ、久保ちゃんが高すぎだからだっ」
 「そう? 高すぎってほどじゃないっしょ?」
 「いっつも上向かなきゃなんねぇから、高すぎっ」
 「それって話す時に?」
 「えっ?」
 「ん?」
 「そ、そうっ、話す時にっ」
 「他には?」

 「そんなのはねぇっつーのっ!!」

 ぐちゃぐちゃにされた髪を直しながら、時任は少し赤くなってそう怒鳴ると少し早足で歩き出そうとする。けれど、ヒラヒラと何か赤い紙切れのような物が空から降って来たのを見て思わず足を止めた。
 うつむいて落ちてきた物を良く見るとそれは折り紙のようだが、やはり折り紙でもなんでもそんなものが空から降ってくるのはおかしい。だから、そのまま通り過ぎても良かったのに、足元に落ちているそれを少し前に屈み込んで拾い上げてみた。
 すると折り紙の裏には文字が書かれていて…、それを読んだ時任はゆっくりと折り紙の降って来た空を見上げる。けれど、時任の視界には夜空だけではなく、色んな色の折り紙や飾りをつけた大きな笹が風に揺られている姿も映っていた。
 「ああ…、そういえば今日は七月七日だったっけ」
 「七月七日って七夕?」
 「そう、七夕」
 「じゃあ、やっぱコレって短冊かぁ」
 「お願いゴト、書いてあるでしょ?」
 「うん」
 「なら、ちゃんと付けとかなきゃね」
 
 「・・・・だよな」

 笹を見上げていた時任は、久保田の言葉にうなづくと拾った短冊についていた切れた糸を結び直して枝に付ける。すると、落ちた短冊も他の短冊と一緒に吹いてくる風にゆらゆらと揺れ始めた。
 でも笹を揺らしている風は車道から吹いてくるので生暖かくて排気ガスで汚れていて、吹かれていてもあまり気持ち良くはならない。だからそのせいなのか、綺麗に飾られた笹がここに立っているのが似合わないような気がして…、
 笹よりももっともっと上を見上げると、そこにはちゃんと夜空があったけれど、やっぱり月はあっても星は少しも見えなかった。
 二人で空を見上げながら「そーいや、ちょっとしか星とかって出てんの見たことねぇもんな」と、時任が呟くと久保田が隣で「そうねぇ」と呟いて…、
 それから、また何事もなかったかのように二人で歩き始める。
 けれど、そんな二人を呼び止める人物がいた。

 「拾ってくれたお礼に二枚あげるから、二人で願い事書いてかない?」

 そう言いながら久保田と時任に向かって二枚の短冊を差し出したまは、二十台前半くらいの男でしかもなぜかエプロンをしている。けれど、エプロンの謎はエプロンに書かれている文字と、男の背後にある店の名前が同じなのですぐに解けた。
 つまり、男は笹を飾ってる店で働いているバイトか従業員…。そして男の働く店は洋菓子店で、店内には美味しそうなお菓子やケーキが並んでいた。
 短冊はこの店の客が書いたもののようで、今も中で短冊を書いている親子連れがいるのが見える。まだ五歳くらいの女の子が何か書いているのを、母親が微笑みながらのぞき込んでいた。
 「願い事…、願い事ねぇ?」
 「久保ちゃんなんかある?」
 「さぁ? 時任は?」
 「今晩、カレーじゃないもん食いたいっ」
 「ソレって、願い事じゃなくて希望でしょ?」
 「そんじゃ、新しいスニーカー欲しいっ」
 「はいはい、今度ね」
 「・・・って、書くまでもねぇじゃんっ」
 「だぁねぇ」

 時任の言った願い事は、わざわざ短冊に書かなくても目の前にいる久保田に言えばそれで済むようなことばかりである。久保田はまだ何も言っていないが、もし言ったとしても時任と同じ結果なのかもしれなかった。
 二枚の短冊を目の前にした二人は、顔を見合わせると軽く肩をすくめる。しかし、そんな二人の様子を見ても男はあきらめず、書くためのペンと一緒に持っていた短冊をぐいっと久保田ではなく時任の方に押し付けた。
 「そーいうのじゃなくて彼女が出来ますようにとか、宝くじが当たりますようにとか色々あるだろ?」
 「べつにねぇよっ」
 「じゃあ、テストでいい点取れますようにとかは?」
 「だーかーらっ、ねぇっつってんだろっ。それになんでそんなに、俺らに短冊書かせようとすんだよ?」
 「あー…、それは短冊がこの二枚で終わりで、そうしたら俺の今日の仕事も終わりで帰っていいってことになってるからだ」
 「なっ、なにが拾ってくれた礼だっ、てめぇの都合じゃねぇかよっ」
 「まあまあ、そう言わないで短冊くらい書いてくれたっていいじゃん?」
 「そう言うアンタは書いたのか?」
 「・・・いや」
 「だったら、二枚の内の一枚は自分で書けばいいだろっ」

 「うーん、確かに従業員も一枚書くことにはなってるけど、俺の願い事は書く前になくなっちまったからなぁ…」

 そう言った男の口調はどこか寂しそうで、手に持った二枚の短冊を見つめる瞳も同じ色を浮かべている。男が店に来た客に短冊を書かせながらも、自分では書かないのには何か理由があるようだった。
 そんな男の様子をじっと見ていた時任は、願い事を短冊に書くまでもないと言っていたはずなのに男の手から二枚の短冊を取る。
 そして、二枚の内の一枚を久保田に渡した。
 けれど、男は短冊を書こうとしている時任を見て、それからたくさんの短冊の飾られている笹と星一つない空を見上げて小さく息を吐く。そして、さっきまで二人に短冊を書かせようとしていたのに書かなくていいと首を横に振った。

 「書こうとしてくれてアリガトな…。けど、笹を飾ってもこっからじゃ星も見えねぇから、願い事も叶いそうにないしさ。やっぱ書かなくていいわ」

 短冊を書こうとしていた時任はそんな男の言葉にムッとして何か言おうとしたが、それを珍しく後ろから手を伸ばして口を塞いで久保田が止める。そうしながら、もう片方の手で時任に渡された自分の青い短冊を笹につけた…。
 けれど、短冊は裏返っていて何が書かれているのかわからない。そこに何が書かれているのか時任は気になっている様子だったが、無理に見ようとしないで男の方に視線を戻した。
 「ココにある短冊、渡したのはおたくでしょ?」
 「あ、あぁ…」
 「ふーん、なのにそういうコト言っちゃうワケ?」
 「・・・・・・そういうもんだろ? 短冊を書いたって、誰もマジで叶うなんて思ってないし」
 「へぇ、そう…。なら、あそこの子に同じコト言ってくれる?」
 「えっ?」

 「どーせ願い事なんて叶わないから、書いてもムダだってね」

 そう言った久保田の視線の先には、さっき母親と一緒に店内で短冊を書いていた女の子がいる。女の子は自分の書いた短冊を、できるだけ高い位置につけようと背伸びして頑張っていた。
 それを見た男は、久保田の言葉に何も答えずにうつむいて黙り込む…。そして、それから細く長く息を吐くとすぐにゴメンとあやまった。
 けれど星がないことは事実で、空にはぼんやりとした月があるだけで…、
 飾られている笹も排気ガスに汚れていくばかりで、空にも星にもどこにも何も伝えないままに灰色に染まっていく…。ヒラヒラと舞う願い事を書いた短冊も、揺れるたびにどこか哀しく見えて…、
 男は何かを思い出したかのようにまた空を見上げた。
 やっと久保田から開放された時任は、願い事の書かれたたくさんの短冊と男を見て…、それから自分の手にある赤い短冊を見る。そしてその短冊にはまだ何も書かれていなかったけれど…、さっき女の子がしていたようにちょっとだけ背伸びして笹につけてから…、
 空ばかりを見上げている男に向かって、ニッと笑いかけた。
 「星が見えねぇなら、見えるトコまで持ってけばいいだろっ。たったそれだけの話じゃんっ」
 「えっっ、でも見えるとこってどうやって?」
 「コレって笹だし、そんな重くないから運べるだろっ」
 「そりゃあ…、そうだけど…」
 「笹にたくさん短冊ついてても願いゴトがいっぱいでも、星とか見えなくても…、叶わなくていい願いゴトなんか一コもないんじゃねぇの?」
 「・・・・・・あぁ」
 「だったらさ、やっぱ叶いそうな場所まで持ってかなきゃ、だろ?」

 「そうか…、そうだな」

 そう言われて時任に強引に押し切られて、改めて短冊のたくさん飾られた笹を見た男は大きくうなづいて笑顔になる…。笹はどこに飾っていても同じ事なのかもしれなかったが、たくさんの願い事が風に揺られているのを見ていると…、
 やっぱり少しでも多くの星が見える場所が似合う気がした…。
 男は閉店間近の店に戻って鍵を取ってくると、裏手に止めてあってトラックにそれを差し込む。そして店の軒先に飾られていた笹のロープを解いて、ゆっくりと丁寧にトラックの荷台に乗せた。
 「おいっ、言い出したのはアンタなんだからちゃんと付き合えっ」
 「…って、どこに行く気なんだよ?」
 「海っ」
 「はぁ?フツー星の見える場所つったら山だろっ」
 山ではなく海に行こうとする男にそう時任がツッコミを入れたが、行き先は海から変わらない。確かに街よりは浜辺の方が星が見えるのに違いないが、もっと別に理由がある様子だった。
 時任が久保田の方を見ると、久保田はすでに路上駐車してあったトラックに乗り込もうとしている。それを見た時任もあわててトラックに乗ろうとしたが、それほど大きくないトラックには当たり前に運転席と助手席しかなかった。
 時任が仕方なく荷台に回ろうとすると、久保田が時任に向かって手招きする。だから、それにつられて時任がトラックに近づくと、久保田は自分の膝を軽くポンポンと叩いた。
 「ほら、早く来なよ」
 「は、早く来いってっ、まさかっ!」
 「そう、そのまさか」
 「ぜっってぇっ、嫌だっ!」
 「荷台にヒト乗るの禁止だから、見つかったらケーサツに止められるよ?」
 「うっ・・・・・」
 「大丈夫、ちゃんと抱っこしててあげるから…」
 「しなくていいっ!!」
 「早くしないと、時間ないんだけど?」
 「な、なら、俺が久保ちゃんを抱っこするっ!!」
 「そんなコトしたら、海に着く前にお前がつぶれちゃうでしょ?」
 「うぅ・・・・・・・っ、ぜっったいにヘンなことすんなよっ」
 「はいはい」
 「返事は一回っ!」

 「ほーい」

 荷台に願い事を書いたいた短冊が飾られている笹、それから助手席には少し楽しそうな久保田と久保田に抱っこされて赤くなっている時任…。そして、そんな二人を見て笑っている男を乗せてトラックは海に向かって出発した。
 星が良く見える場所といえば山なのだが、三人を乗せたトラックは男の希望で海に向かっている。海に何があるのかはわからなかったが、男は願い事がたくさん書かれた笹をそこに持っていきたいらしかった。

 「なんで、目的地が海なんだよ?」
 「ん〜、笹が立てやすいからとか?」
 「マジで?」
 「さぁ?」
 「…って、言いながらドコさわってんだよっ!!」
 「でも、ちゃんと抱っこしてないと落ちちゃうし?」
 「・・・・・っ!!」
 「あ、事故ったら困るんで、よそ見運転は禁止でってコトで…」
 
 「くーぼーちゃんっ!!!」

 そんな話をしている間も、トラックは止まらずに走り続けて…、空に浮かぶ月がまるで追いかけているかのように視界にうつる。どこまでもどこまでも追いかけてくる月は、やがて開けていた窓から流れてくる空気に潮の匂いが混じり込んでも二人の上にあった…。
 いつの間にか星が増えてきた空は、七月七日の七夕の空で…、
 それはいつもと同じ空なのかもしれない…。
 けれど、たどりついた砂浜に三人で笹を立てて見上げると…、たくさんの人が願い事を祈っている星の瞬く空がいつもよりも綺麗に見えた…。
 だが、願い事は書く前に無くなったと言った男は星ではなく、どこかへ向かって飛び去っていく飛行機のライトを見ている。そしてライトが海の彼方へと消えると、哀しそうな瞳をした男は空に向かって細く長く息を吐きながら…、
 海に向かって走っていく時任の背中を見つめている久保田に話しかけた。
 「去年の夏に…、また一緒にここに来ようなって約束してたんだけどさ…。約束してたヤツは今頃、成田発のイギリス行きの飛行機の中…」
 「それって、カノジョ?」
 「ああ…、そうだったけど今は違う。アイツは留学と俺とどっちを取るんだって言ったら、あっさりと留学を取たんだ」
 「ふーん…」

 「待てって言われても、俺は三年も待てないからさ…。それでフラれちまったってワケだ」

 男が胸の奥の想いを吐き出すようにそう言うと、波打ち際まで走っていった時任がこっちに向かって手を振ってくる。それを目を細めて愛しそうに見つめながら、久保田は飛行機に乗って飛び去った彼女を追うように空ばかりを見つめ続けてる男に向かって口を開いた。
 「カノジョは三年待って欲しいって言ったのに、アンタは待てなかった。それって、フラれたんじゃなくてフッたってコトでしょ?」
 「え?」
 「少なくとも、今は別れるつもりは無かったんだし?」
 「・・・・・・・・・それはそうかもしれねぇけど」
 「留学か自分かどっちかを選ばせたのはカノジョの愛情を試しただけで、ただ自己満足にひたりたかっただけとか?」
 「ち、違うっ!!」
 「なら、留学を選んだ時にカノジョがどんなカオしてたか覚えてる?」
 「・・・・・・・・・・」
 「ま、別にどーでもいいコトだけどね」
 久保田がそう言いながら時任のいる場所に向かって歩き始めると、その背中を男が呼び止める。すると、久保田は男の声に立ち止まったが、視線は波打ち際で遊んでいる時任の方に向けたままだった。
 「もし…、もしもアンタが俺の立場だったらどうする?」
 「そんなコト聞いてもイミないと思うけど?」
 「意味ないって、それはそういう立場になったことがないからだってのか?」
 「いんや」
 「なら、どうしてだ?」
 「俺だったら選ぶ必要ないし、選ばせる必要もないんで…」
 「それはどういう・・・・」

 「さぁね…」

 最後の質問には答えず、久保田は再び歩き始める。すると、男は何かを思い出そうとするかのように波の音を聞きながらゆっくりと目を閉じた。
 留学のことを言い出した時の彼女と、留学を決めた時の彼女…。
 両方とも泣き出しそうな顔をしていたような気がする。
 そして…、男が三年待てないと言った時は泣いていたような気がする…。
 波を聞きながら瞳を閉じていると留学すると言った言葉が捨てると言われたような気がして頭に血が上っていて…、あの時はわからなかったことが見えてくる気がした。でも、いくら後悔してもさよならの言葉が耳の中に残っていて、飛行機が飛び去った後ではもう後戻りはできない。
 波打ち際でスニーカーを脱いで足を洗いながら遊んでいる時任のそばで、それを眺めて優しく微笑みながらタバコをふかしている久保田の姿が…、去年の夏の自分と彼女の姿と重なって見えた…。

 「待ってやれなくて…、ごめんな…、冬実」

 そう呟きながら砂浜に立てられている笹を見ると、本当はすでに書いていた自分の短冊が揺れているのが見える。その短冊を哀しい気持ちで見つめていると、ポケットの中から小さな音が聞こえてきた。
 それは携帯の着信音で…、曲名は『星に願いを』で…、
 男はオルゴール調のメロディーを聞きながら七夕の星空の下で携帯をポケットから取り出すと、震える手で着信したメールを開く。するとそこには、もうすでにイギリスに旅立ったはずの彼女からのメッセージが入っていた。

 『・・・・・・・迎えに来て』

 メッセージは信じられない言葉で…、男は思わず笹に飾られた短冊をもう一度見る。そしてぎゅっと携帯を握りしめると、波打ち際にいる二人に向かって叫んだ。
 「せっかく来たのに悪いけどっ、すぐに戻らなきゃならなくなったんだっ!! 彼女を空港まで迎えに行かなきゃならないんだっ!!!」
 「空港? 彼女??」
 「あー…、俺らのコトなら自分で適当に帰るんでご心配なく」
 「悪いっ、ゴメンっ!! 今度、なんかお礼したいけど、俺もイギリスに行っちまうかもしれねぇからっ!!」
 男はそう言って笑顔で二人に手を振ると店から持ってきた笹を砂浜に置いたまま、急いでトラックに乗り込んでエンジンをかける。そして、自分を待ってくれている彼女の元に向かって勢い良く走り出した。
 そんな男の様子を見ていた時任は波に履いているジーパンを少し濡らしながら、無意識に横に立っている久保田の袖をつかむ。すると、久保田は口元に柔らかい笑みを刻むと、その手に自分の手を乗せて星空を見上げた。
 「空港に迎えにって、なんなんだ一体っ」
 「さあねぇ? お星様に願いでも届いたんじゃないの?」
 「七夕だから?」
 「たぶんね」
 「ふーん…。久保ちゃんは短冊になんか願いゴト書いた?」
 「ナイショ…、時任は?」

 「今から書くっ」

 袖から手を放しながらそう言うと、時任は落ちていた木切れで砂浜に大きな文字を書き始める。すると離れた手の上に重ねられていた久保田の手は、ちょっとだけ空をさまよった後にゆっくりと下に落ちた。
 けれど、手のひらにはまだ時任の手の感触が残っていて、その感触とあたたかさを握りしめるように久保田の指が自然に曲がる。そうしながら文字を書いている様子を眺めていると、いくつか文字を書いた後で時任の手が止まった。
 「半分、波に洗われちゃってるけど、なんて書いてあんの?」
 「ヒミツっ」
 「もしかしたら、さっきみたいに言ったら叶うかもよ?」
 「それでも、ぜってぇっ言わないっ!」
 「なんで?」

 「叶ったらいいって想ってるけど…、これは叶うんじゃなくて叶えたいから…」
 
 叶えたい願い事は、あっという間に波にさらわれて時任の目の前で消えていく。けれどそれを眺めるのを止めた時任は、まだ消えていく文字を眺め続けている久保田の前に歩み寄ると…、笹に短冊をつけた時のように少し伸びをした。
 すると砂で足元がふらついたけれど、久保田の腕が伸びてきて不安定な時任の身体を支えてくれる。そんな久保田の腕にめずらしく素直に体重を預けて支えられながら、時任は目の前にある唇とキスしながらゆっくりと瞳を閉じた。
 波の音を聞きながら、その音に揺られるようにキスしてキスされて…、
 そんな波の音に混じり込んでいる笹の葉と短冊の風に吹かれる音に気づいた時任が目を開けると…、空に瞬く星の中の一つが流れて海に落ちる。けれど、時任はその星に願い事をしないで…、自分を抱きしめてくれている久保田の身体をぎゅっとぎゅっと強く抱きしめた…。
 「なんか、さっきより星がたくさんになった気ぃする…」
 「そうね…」
 「短冊の願いゴト…、届くといいよな…」
 「願って想ってるってコトは、ゼロじゃないから届くんでない?」
 「だよな…、ゼロじゃないならきっと届くよな…」
 「うん」

 「たぶん…、空に星がなくて七夕じゃなくても…」

 たくさん飾られた色とりどりの短冊が、いきなり吹いた強い風にいくつかさらわれて空に舞う…。その中に久保田が書いた短冊もあったが、そこに書かれていた文字は砂浜で消えかかっている文字と似ていた…。
 二人分の願いは風に吹かれて寄せては返していく波にさらわれていったけれど、強く抱きしめ合っている二人の間には暖かさだけがある。七夕の星空の下で、二人はその暖かさを抱きしめるように抱き合っていた。


 ずっと一緒に・・・・・・。


 その願いだけを抱きしめて…。
 

くううっ、やっぱり七月七日に間に合いませんでしたo(T^T)o
くやしいです〜〜〜(涙)
でもでも、七夕のお話を書くことができてほんやりですvv
ヽ(*^^*)ノ

そして、ひっそり七夕企画に参加してくださった皆様vv
本当にありがとうございますvv
皆様が笹をかざってくださったおかけで、
とっても綺麗な笹を砂浜に飾らせていただくことができましたvv(^▽^)
心より深く深くお礼申し上げますですvv

短冊が一枚、一枚増えていくたびに…、
とっても切なく、そしてとっても暖かな気持ちになりました…。
願い事が想いが星空の彼方まで…、
想い願いのある場所まで、どうか届きますように…、
夜空に星空に願い…、祈っています…。

星に願いを・・・・・・。

                         2004.7.7 鳴木沢

 浜辺に飾られた笹の公開は終了しましたvv
 本当に本当にありがとうございました…、多謝…v     

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