バースディ。




 ヒトは生まれた時には、誰でも赤ん坊で手も足もちっちゃくって…、
 それがこんな風におっきくなるのって、なんかすっげぇ不思議な気ぃする。
 でも誰もがそうだし、だから当たり前のコトなんだけど、久保ちゃんの誕生日が今日だって知った瞬間にもっと不思議になった。
 俺より背が高くてデカイのに、久保ちゃんにもちっちゃかった頃がある。
 それは俺も同じなんだけど、今の久保ちゃんからは想像がつかなかった。
 俺のちっちゃかった頃、久保ちゃんがちっちゃかった頃…、
 そして、俺らがまだ出会ってなかった頃…。

 「なーんて、それが一番わかんねぇし、想像つかねぇけどな」

 俺には久保ちゃんに会う前の記憶がねぇから、それから前のコトはわからない。だから、そこが今の俺の始まりだった。
 その時から右手がこんなで、人間の手じゃなくて…、
 だから、右手に関係あるWAって薬を久保ちゃんと二人で追ってる。今日も葛西のおっさんから連絡があって、俺らはWAに関係してるって思われる変死事件の現場に来てた。
 そこで久保ちゃんの誕生日が今日だって知ったんだけど、久保ちゃんも俺みたいに知らなかったみたいなカオしてる。すると、おっさんは吸ってたタバコの煙をため息みたいにふーっと吐き出した。
 「お前ぇ、俺が言わなかったら、絶対に気づかなかっただろ?」
 「さぁ、どうなのかなぁ?」
 「ま、別に気づかなくても支障はねぇし問題もねぇがな」
 「祝ってくれて、アリガトウゴザイマス」
 「…ったく、そういうセリフ言う時は、せめてうれしそうなカオくらいオマケでつけとけよ」
 「ほーい」
 久保ちゃんがそう返事をすると、葛西さんが苦笑しながら久保ちゃんの肩を軽くポンっと叩く。
 そして、その手で隣にいた俺の頭を乱暴にガシガシっと撫でた。
 なんでかわかんねぇけど、俺って久保ちゃんとそんな年とか変わんねぇカンジらしいのに、おっさんは俺のコトだけガキ扱いすんだよなっ。くっそぉーっ、なんかムカツクけど、そう思ってる俺を見透かしてるみたなカオしてる久保ちゃんもなんかムカツク…っとか思ってると、おっさんの手が離れた後、乱れた髪を直すように久保ちゃんが俺の頭を撫でた。
 「俺はこれからバイトだけど、これからどうする?」
 「ふあぁ…、ウチ帰って寝る」
 「そーいや、昨日はゲームしてて寝るの遅かったっけ」
 「今日の晩メシは?」
 「ん〜、今日のバイトは雀荘だから、適当に食っといて」
 「・・・わぁった」
 久保ちゃんのバイトが雀荘だった場合、深夜とか明け方まで帰らないコトがほとんどだから、晩飯は一人で食わなきゃならない。でも、それは慣れてるしバイトだから、しょーがねぇけど…、誕生日だって聞いた後だとなんか・・・、
 なんか…、さみしいカンジがした…。
 「じゃ、行ってくるから、気をつけて帰りなね」
 「わぁってるって、久保ちゃんこそ気をつけろよ」
 「うん」
 ホントはバイトに行くなって、そう言ったら良かったのかもしれない。
 そしたら、もしかしたら休んでくれたかもしれない。
 けど、そういうのって俺のワガママな気がして、何も言えなかった。
 今日は久保ちゃんが生まれた日だけど、次に会うのはたぶん次の日…。
 先におっさんに言われて、なんとなくおめでとうって言いそびれた俺は、バイトに向かう久保ちゃんの背中を眺めながら小さくため息をついた。
 今から追いかけてっていうのも、なんかヘンな気ぃするし…、
 らしくねぇけど…、もしかしてちょっちヘコんでのかも…、
 そんな風に思ってると呼んでる新木さんに軽く手を振った葛西のおっさんが、久保ちゃんにしてみたいに俺の肩を軽く叩く。そして、久保ちゃんが歩いてった方向を眺めながら、俺の知らない久保ちゃんのコトを言った。
 「誠人の親はな…、両方ともアイツが生まれるのを望んでなかった。だから、アイツもソレを感じてたんだろうな、生まれた時から…。いや…、もしかしたら生まれる前からかもしれねぇが…」
 そう言ったおっさんの表情は、明るい場所にいるのに暗い。そして夏の日差しは強くてこんなにも外は明るいのに、おっさんと同じ方向を眺めると電柱やビルの陰ばかりが目に付いて暗く見えた。
 今日は、久保ちゃんの生まれた日で…、
 けど、久保ちゃんは望まれて生まれてきたんじゃない…。
 こんなに空が青い季節に生まれてきたのに、久保ちゃんはなんでなのか俺にはわかんねぇけど、望まれてなかった。望まれてないってコトは、いらないってコトなんだって、ちゃんとわかってる…。
 だけど、俺はポケットにサイフが入ってるのを確認すると、おっさんに向かってニッと笑いかけた。
 「なに言ってんだよっ、おっさん。久保ちゃんは望まれてなかったんじゃなくて、望まれて生まれてきたに決まってんだろ」
 「だがな、アイツの親は…」
 「久保ちゃんの親なんて、そんなの俺が知るかよ。なんにも知らねぇし、知りたくもねぇよ、そんなのっ」
 「・・・・・・」

 「それに久保ちゃんは望まれてなかったんじゃねぇ、俺に望まれて生まれてきたんだっつーのっ!」

 俺がそう言うと、おっさんの口からポロっとくわえてたタバコが落ちる。
 そして、なんでかはわかんねぇけど、腹を抱えて笑い出した。
 「くくく…っ、そうか…、誠人は時坊に望まれて生まれて来てたのか…」
 「ヒトがせっかくマジメに言ってんのに、なに笑ってんだよっ、おっさんっ!!」
 「ははは…っ、そいつはいい。産みの親より育ての親って言うしな」
 「う、産みとか育てとかって、なんだよソレっ!」
 「いや…、まぁ、誠人の方が保護者なんだろうが、アイツをあんな風に変えちまったのは確かにお前ぇだ。責任もって、アイツの誕生日を祝ってやってくれ」
 「頼まれなくても、思いっきり祝うに決まってんだろっ! そーれーよりっ、さっきから言ってるコトがわかんねぇっつってんだっ!」
 「今はわからなくても、いずれわかる日が来るさ…、たぶんな」

 「…って、そのまま行ってんじゃねぇーーっ!!!」
 
 産みの親とか育ての親とか、保護者とかわけのわかんねぇコトばっか言って、結局なーんも説明しないまま、おっさんは仕事に戻く…。
 説明しねぇなら、わけわかんねぇコト言うんじゃねぇっつーのっ!!
 そう心の中で叫んだけど、久保ちゃんの昔の話だけはわけわかんなくなくて、聞いた瞬間に胸に何かが染み込んでくるカンジがした。
 さっきまで知らなかった、久保ちゃんの生まれた日…。
 8月24日…。
 生まれた時に他の誰かに望まれてなくても…、俺は久保ちゃんが生まれてくるのを望んでる…。まだ会ったコトなくても、まだ生まれてなかったとしても久保ちゃんが生まれてくるのを望んでた。
 なのに、俺はまだ一度も…、久保ちゃんにおめでとうって言ってない。
 誰よりもうれしいはずなのに…、一度も…。
 それに気づいたら24日を過ぎても、久保ちゃんにおめでとうを言いたくなって、すごく…、すごく言いたくなって、マンションに帰るのをやめて雀荘に向かって歩き出す。すると、久保ちゃんが歩いて行った道の上にある空が、8月24日の空がとても明るく青くキレイにも見えた。










 また、8月24日が来たらしい。
 俺が生まれた日が…。
 そんな風に思うのは、葛西さんに言われるまで忘れてたからだけど、思い出さなくても別に問題はなかった。けれど、自分が望まれて生まれたワケじゃないからって、そう思ってるんじゃない。
 その事について何も思うコトはないし、思う必要もない。
 ただ、いつ産まれようと誰から産まれようと、俺が俺であるコトに変わりはないとそう思ってるだけだった。それにお祝い言ってくれた葛西さんには悪いけど、おめでとうって言われても、おめでたい気分にはならない。
 俺にとって8月24日は、いつもと変わらないフツーの日だった。
 
 ま、俺を産んだヒトにとっちゃ最悪の日だったんだろうけど…。

 なんとなく、そんなコトを考えながら、俺はバイト先で麻雀の牌を握ってる。その方が今日が誕生日だってコトよりも、牌を握ってる感触の方がよっぽど、生きてるってコトを実感できた。
 実際、雀荘で心臓麻痺起こしてあの世逝き…なーんてヒトもいるくらいだから、そう大げさな表現でもない。握ってるのは牌だけど、時には目の前にいるヒトの命を握ってる場合もあるってコト…。
 けど、最近は前ほど、そういう実感がなくなってきてるのは確かだった。
 それはたぶん…、前よりも集中力が欠けてるせいなのかもしれない。
 多少、集中力に欠いていても、負けるようなヘマはしないけど…、
 俺は牌を打ちながら、ウチに帰った時任の事を考えていた。

 「あと、30分か…」

 卓の上の牌を見ながら、横目でチラリと雀荘の壁にある時計を見る。
 すると24日が終わるまで、あと30分だった…。
 あと…、30分と数秒で25日に変わる…。
 WAの現場で時任は葛西さんの口から俺の生まれた日を知って、それ自体は別に構わないけど…、時任は妙なトコで律儀だから俺を寝ずに待ってるような気がした…。
 たとえ、30分が過ぎて日付が変わったとしても…。
 だから、俺は代打ちしてたオジサンが戻ってくると、人数の足りない卓には入らずにケータイの入ってるポケットに手を伸ばしながら静かな店の外に出ようとする。けど、店のドアに手をかけた瞬間に、触れたケータイから着信を知らせる振動が手にハッキリと伝わってきた。
 ディスプレイをみるとかけてきたのは…、やっぱり時任…。
 今からかけようと思ってた所だったし、時任からの連絡に出ないなんてコトはあり得ないから、迷うことなく通話ボタンを押してケータイを耳に当てる。そして、雀荘のドアを開けて外へと出た。
 けれど、雀荘はビルの二階だから、正確にはまだ外じゃない。
 ドアを明けると、右手に下へと続く階段があった。
 『久保ちゃん…? 俺だけどさ…』
 「うん」
 『今って、やっぱ雀荘だよな?』
 「まだバイト、終わりそうにないから」
 『だよな…』
 「晩メシはちゃんと食った?」
 『ちゃんと食った』
 「そう」
 『…うん』

 「帰りは明け方になるかもしれないから、先に眠っててくれる?」
 
 ケータイの向こうの時任にそう言いながら、俺はある事に気づく。
 それは、もうマンションに帰ってるはずなのに、時任の声が聞こえてくるケータイからはアスファルトを走る車の音や人の声が聞こえてくるコトだった。
 しかも、テレビから聞こえてくる音じゃない…。
 もしかしたら、マンションの前のコンビニからかけてるとか、そういうコトも考えられたけれど、俺の足は自然に右手にある階段を降り始めていた。
 『やっぱ、今日中には帰れねぇんだな』
 「ゴメンね」
 『そっか…』
 「今は帰れなくても、明け方には必ず帰るから…」
 そんな風に時任と話しながら、ケータイから聞こえてくる時任の声を聞きながら…、一段ずつ…、一歩ずつ階段を下りる。
 そして暗い穴倉から出るように、雀荘の細い階段の最後の一段を降りた。
 すると、雀荘の壁に寄りかかるように、マンションにいるはずの時任がしゃがみ込んでいて…、それを見た俺は耳に当てたケータイを強く握りしめる。今も明け方にしか帰れないって言ってるのに、時任は雀荘の前で俺を待ってて…、
 その手には白い小さな箱が乗っていた…。
 それを見た瞬間に、なぜ時任がケータイに電話してきたのか…、
 まるで、何か言いたいコトがあるのに、言い出せずにいるみたいに通話を切らないでいるのかわかった気がして…、
 俺は耳に当てていたケータイを下へと降ろしながら、小さな箱を持ってる時任の前に立った。すると、それに気づいた時任はしゃがみ込んだまま、俺を見上げて驚いた表情をした後に、すごくうれしそうな顔をして…、
 とても…、うれしそうに笑って…、
 俺に向かって、黒い手袋のはまった右手を差し出した。
 「久保ちゃん、ライター貸してくんねぇ?」
 「いいけど、どうして?」
 時任に言われて俺がポケットに入れてるライターを渡すと、時任は小さな白い箱を開ける。すると、その箱の中にはイチゴのショートケーキが入っていた。
 ショートケーキの上には、小さなロウソクが1本…。
 そして、その上に時任の手で火がつけられる…。
 ショートケーキの上で夜を照らす小さな火は、なぜか目の前でうれしそうに笑ってる時任みたいに、とてもあたたかく優しく見えた。

 「あと、10分くらいで終っちまうけど、今日は久保ちゃんの生まれた日だからさ…。たんじょう日…、おめでとうだな」

 少し照れくさそうに、そう言った時任に俺は葛西さんの時のように、すぐに返事をするコトができなかった。ありがとねとそう言おうとしたのに何かが胸に詰まって声が出なくて…、立ったままで身を屈めると時任の肩に額を押し付ける。
 すると、まるで何かが詰まった胸から滲み出してくるように、あまり思い出すコトも無い過去が脳裏に浮かんできた。
 無機質で暑くも寒くもない…、ただ流れるだけの風景…。
 いつの頃のコトなのかすらもわからない…、そんな光景…。
 そんなモノが次々に浮かんでは消えて、その後には額から…、伸ばした腕から伝わってくる時任の体温だけが残った…。
 時任と俺の間で夜を優しく照らす…、小さな明かりと一緒に…、
 それだけが…、俺の腕の中にあった…。

 「・・・・・ケーキ、ありがとね」
 
 時任から離れながら、俺がやっとそれだけ言うと…、
 少し頬を赤くしながら、時任が火を早く吹き消すように言う。
 1本のローソクは俺の年には全然足りないけど、きっと俺にはそれくらいが丁度いい。まるで、産まれて初めてきたような誕生日の日に、俺は時任と顔を見合わせて、二人で同時にロウソクの火を吹き消した。
 「あ…、ロウがケーキにちょっち落ちてる」
 「ホントだ…。けど、ロウくらい食っても問題ねぇってっ」
 「せめてアカじゃなくてシロだったら、目立たなくて良かったのにねぇ」
 「…って、色の問題かっ!!」
 そんな風に二人で話している内に、日付は24日から25日に変わって時計が次の日の時間を刻み始める。けれど、このまま時任のくれたケーキを持って、ウチに帰りたい気分になった…。
 二人で…、俺らのウチに…。
 だから、ダメ元で雀荘に電話してみると、以外にあっさりとOKがもらえた。
 『珍しく慌てたカンジで外に出てったから、何かと思ってたけどさ。帰りたいって事は、表に彼女が来てたんだろ?』
 「彼女じゃなくて、彼氏なんですけどね」
 『は?』
 「なーんて、突然ですいませんけど、帰らせてくれません?」
 『そう言えば、今日っていうか、昨日は久保田君の誕生日だったよな…。前に出してもらった履歴に書いてあった気が…』
 「良く覚えてますね」
 『女房の誕生日と一緒なんだよ…。そうか、俺も日付は過ぎちまったが、今日は手土産でも持って早く帰るかな』
 「はぁ」
 『お誕生日おめでとう』

 「・・・・・・ありがとうこざいます」

 なぜか葛西さんの時より、自然にありがとうの言葉が口から出る。
 相変わらず産まれた日をおめでたい日とはあまり思えないけど、時任と少し溶けたロウの落ちたケーキを見つめてると…、
 雀荘で牌を握ってるよりも産まれて、そして生きてるコトをカンジられた。
 時任のいる場所に…、ココにいる事を…、
 切れたケータイをポケットに収めながら、俺はしゃがみ込んでる時任のひざに乗ってるケーキの箱をひょいっと伸ばした手で持ち上げた。
 「じゃ、バイト先からもOK出たし帰りますか?」
 「なら、途中でコンビニ寄ってビール買おうぜっ」
 「それはいいけど…、どうなっても知らないよ」
 「ど、どうなってもって、どういう意味…っ」
 「うーん、今年はケーキとプレゼントまでもらえて、いい誕生日だなぁ」
 「…って、誰からもらったんだよっ、プレゼント!」
 「さぁ、誰からかなぁ?」
 「さっさと白状しろっ!」
 「なーんて、もらったんじゃなくて、今から誰かサンにもらうんだけどね?」

 「へ?」

 立ち上がった時任とウチに帰るために歩き始めた夜の道を照らすのは、所々にある街灯だけだけど、暗闇に沈んだりはしていない。渡されたケーキの小さな箱を片手に時任と二人で歩く道は、まるであのロウソクに照らされてるみたいに明るく見えた。
 


 やっと書けましたっ!!
 やっと、ハピバなのです〜〜\(≧∇≦)/vv
 久保ちゃんっ、お誕生日おめでとうなのですーーっ!!!
 は、初めに書いていたお話は、二人がケンカしてしまったり(汗)
 書いていて、あわわわわ…っっ(@Д@; 
 だったので、思わず書き直してしまいましたのですが、
 書き直して本当に良かったですvvvv
 お誕生日はやっぱり幸せほんやりなのがいいのですvv(´▽`)

 ♪♪♪♪Happy (ノ^^)乂(^^ )ノHappy♪♪♪♪

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