☆要注意☆

 このお話は、WA4のCD関連のお話なので聞いてから読んでやって
くださるとうれしいですvvCDのミニドラマ関係のネタバレは少しですが、
コミックの方はネタバレ…というよりも読まなくてはわからない
お話となってますのです(@Д@; 
 な、なので、まだ読んだり聞いたりされていない方は注意ですっ。
 特にCD、コミックどちらもまだの方は要注意ですっっ。
 了解された方のみ、お話のある下へとお進みくださいませですv<(_ _)>

























Aspirin〜アスピリン〜






 ・・・・・・・・冬は寒い。


 だから、冬には温かいモノが恋しくなる。
 冬になって寒くなると、自販機の缶ジュースもCOLDよりもHOTが増えて…、
 初雪が降った日には、スーパーで俺の持った買いものカゴに時任が鍋物用のセットを入れた。住んでるマンションに帰って、二人で鍋するために…。
 そー言えば…、一人で暮らしてた時は鍋なんてしたコトなかったなぁとか…、
 そんなどーでもいいコト考えながら白いスーパーの袋を持って、白い雪がちらちらと舞う中を帰ったのは、つい一週間くらい前。でも、その日は俺にとって昨日のコトのようで…、ずっと昔のコトのようでもあった…。
 暖房の効いたマンションの部屋の中で、そんな風に初雪が降った日のコトを思い出しながら俺が手に持った箸を伸ばすと、時任も同じように箸を伸ばす。すると、二人で箸を伸ばした先には…、あの日と同じように鍋があった。

 「久保ちゃんってさー」
 「ん〜?」
 「実は鍋好きだろ?」
 「…って、なんで?」
 「いつもはあんま食わねぇけど、鍋だと良く食う」
 「だったら、そう言う時任も同じでしょ?」
 「だって、ウマイじゃん…っ、だろ?」
 「だぁね、作るのも楽だし?」
 「もしかして…、だから今日も鍋だったり…っっ」
 「してるかも?」
 「ま、まさかカレーみたいに、久保ちゃんが晩メシ作るたびに鍋になったりしねぇよな?」
 「うーん、ダメ?」
 「ダメに決まってんだろ!」
 「えー」
 「とか言ってるヤツにごぼ天は食わせねぇっっ、よって没収〜っ」
 「あ・・・・・・・・」

 食べる予定だったごぼ天を奪われた俺は、ウマそうに奪ったごぼ天を食べる時任をじっと眺めて…、それからなんとなくベランダの方へ目を移す。すると、さっき初雪の日のコトを思い出してたせいか、外はちらちらと白い雪が降り始めていた。
 ちらちらとひらひらと…、降る雪…。
 良く雪を桜の花びらに例えたりするけど、あの日の雪は小さな結晶が集まって重なってて大きくなってたせいか、ホントに花びらのようで…、
 俺は時任の肩に頭を乗せたまま、雪の花びらで白く染まっていく俺らの足元をじっと見つめていた。
 薄汚れた俺の上に降る、白い雪を…。
 取調べ室で長谷部って刑事サンが言った通り俺は社会のクズ…、ニンゲンのクズだから、ホントは花びらのような白い雪は似合わない。あの日のように誰かの肩に額を預けるよりも、冷たい牢獄に繋がれてる方が似合ってる。
 それでも俺が今、こうして時任と鍋を突いてたりするのは…、

 俺を必要としない俺が必要としないヒトが…、俺を…。
 
 そこまで考えかけてふと気づくと、時任が少しムッとしたカオして俺の方を見てるのに気づく…。どうやら皿に入れた白い豆腐がちょっと冷める程度、食べるコトじゃなく考えるコトに没頭してたみたいだった。
 時任がムッとしてるのは、たぶん聞くまでもなく俺が話しかけてもぼーっとしててムシったから…。けど、俺が考えるコトをやめて止めてた箸を動かし始めると、時任は珍しく何も言わずに視線を俺から鍋に移す。
 そして、俺がちょっと冷めた豆腐を箸で二つに割って口の中に放り込むと、今度は時任がムッとした表情のままベランダの方をチラッとだけ見て…、
 俺が食べてるのと同じ白い豆腐を皿に入れて食べ始めた。
 「雪、降ってんな」
 「うん」
 「明日になったら、積もってっかな…」
 「たぶんね」

 「あのさ…、明日も寒いかもしんねぇけど、二人で…」

 時任がそう言いかけると、まるでそれをジャマするようにいきなり電話が鳴り始める。だから、それを止めるには食べてる箸を止めてイスから立ち上がって、受話器を取るコト…が必要なんだけど俺はしなかった…。
 しないで…、皿に入れたサカナの身を箸で突いて崩して食べる。
 すると、時任が俺の代わりに立ち上がって受話器を取ろうとしたけど…、
 受話器に手が届く前に俺の声が録音してある留守電のテープが流れ始めて、それから次に電話をかけてきた相手の声が電話から聞こえ始めた。

 『もしもし…、わたし、アンナだけど…。誠人いないの?』

 電話から聞こえてくる声は、自分で名乗ってる通り…、
 けど、その声を聞いた瞬間になぜか…、あぁ、やっぱりと思う気持ちが心のどこかにあった。事件に関わってて友達が被害者だったって聞いた時から、アンナから電話がかかってくるような気がしていた…。
 そして…、電話をかけてきたワケもたぶんわかってる。
 だから、俺は時任に早く出ろって怒鳴られても電話には出なかった。

  『ちょっと悪いんだけど、明日の一時に駅前のミスドに来て欲しいの…、お願い。じゃあ…、明日…』

 待ってる時間と場所を告げてアンナの声が途切れると、電話の留守電のランプが赤く点滅し始める。けど、録音された声を再生して聞くコトはたぶんないだろう。
 そして…、たぶんアンナもそれを知っててかけてきてるに違いなかった。
 そんな俺の態度にまたムッとしたカオをした時任は、自分の席に戻ってイスに座るとジロリと俺を睨む。でも、そうやって俺を睨みながらも、なぜか少しだけ複雑そうなカオをしてた。
 でも時任がそんなカオをするのは今が始めてじゃなくて、少し前にもそんなカンジのカオをどこかでしてたような気もする。だから、それっていつでどこでだったっけと考えながら、時任にさっきの話の続きを聞いた。
 「ねぇ、時任」
 「・・・・・なんだよ」
 「さっき、言いかけたのって何?」
 「べっつになんでもねぇよ」
 「けど、明日がどうとかって…」
 「忘れたっ」
 「ホントに?」
 「しつっけぇなっ、俺が忘れたっつったら忘れたんだっつーのっ」

 「・・・・・・そう」

 時任が言いかけたコトを忘れたワケを俺は知ってる。
 けど、それ以上は何も言わずにまた鍋を食べ始めた。
 白い湯気の立つ温かい鍋の向こうの時任を、時々見つめながら…。
 そうして、時任と二人で鍋を突いてると頭の片隅を…、ココロの片隅を普段は思い出しもしない思い出すコトもない過去の記憶が過ぎる。すると、今まではただ過ぎるだけだった記憶が…、今と…、目の前にある温かい鍋との温度の差があまりにも大きすぎるせいか凍えそうなほど冷たかった。
 そして、その冷たさに血管が収縮して頭痛がしてくる。
 暗くて冷たくて…、痛い…。
 頭痛の痛みは頭痛薬を飲めば一時的にでも治るけど、まるでこんな雪の日の夜のような…、それよりも低い冷たさは温かい鍋を食べても治らないし治す薬もない。だから鍋を食べ終わった後で頭痛薬を…、アスピリンを飲んで風呂にも入ってみたけど、それでも消えたのはやっぱり頭痛だけだった。

 「この中に流れてる血は…、ただ赤いだけなんだけどね」

 熱い湯船の中で天井の照明に手をかざして、そんな風に呟いて…、
 反対側の手で薄い皮膚に爪を立ててみる。
 そして、その爪に徐々に力を入れて…、皮膚に傷をつけて…、
 血が赤いコトを確認するために爪で皮膚を破りかけた時、浴室のドアをドンドンと叩く音がして…、次に時任の声が聞こえてきた。
 「なんかやたら風呂長げぇけど、まさか溺れてたり…っ」
 「してませんって…」
 「…ったくっ、だったら早く返事しろよっ」
 「あれ、そんなに呼んでた?」
 「もう少し返事が遅かったら、ドア開けるトコだったっ」
 「別に開けてもいいけど?」
 「だ、誰が開けるかっっ」
 「それは残念」
 「…ってっっ、何が残念なんだよっ!!」
 「さぁねぇ?」
 浴室のドアはガラス張りだから、ドアの向こうにいる時任の姿がぼんやりと見える。だから、俺はこっちに背中を向けて立つ時任の姿を見て苦笑しながら、皮膚に立ててた爪をはずして手を湯船の中に戻した。
 さっきみたいに皮膚を爪を立てて、血が赤いコトを確認しても…、
 もしも、その血が赤くなかったとしても…、無意味だ…。
 生きてる限り流れ続ける血は、赤の他人よりも遠くて…、
 暗くて冷たい場所へと繋がってる。

 誰一人…、それを望んでなかったとしても…。

 俺は湯船に沈めた手を軽く握りしめて、浴室のドアに向けてた視線を天井へと向ける。すると、赤の他人のはずなのに誰よりも近い場所にいる…、ヒトの声がまたドアの向こうから聞こえてきた…。
 「・・・・・久保ちゃん」
 「なに?」
 「風呂には一緒に入んねぇけどさ…」
 「うん」

 「・・・・・一緒に寝るから、先にベッドで待ってる。だから、マジで長風呂で倒れる前に早く上がれよ」

 そう言った時任がどんなカオしてるのか…、ガラスの向こうにいる上に背中向けてるから見えない。だから、なんとなくカオが見たくなって湯船から上がると、閉めてたドアを開けてみた。
 すると、ドアを背にして寄りかかるようにしてた時任が、少しよろめいて転びそうになる。だから、時任の服を濡らしてしまわないように片手でそのカラダを支えた。
 けど、俺に支えられてサンキューと礼を言いかけた時任は、俺の方を見てカオを真っ赤にするとジタバタ暴れ始める。そして、支えてる手を強引にはずすと、近くの脱衣カゴのトコに置いてあったタオルを俺の方に向かって投げた。
 「な、な、なにいきなり上がって来てんだよっ!!!」
 「と言われても、早く上がれって言ったのお前でしょ?」
 「う…、まぁそうだけど…っっ。 と、とにかく服着ろっ!!」
 「もしかして、さっきは大胆に誘ってたのに照れてたりする?」
 「そ、そ、そんなんじゃねぇよっ!!!さっ、さっきのはただ今日は寒ぃしっ、だから一人で寝るより二人の方があったかいからってだけだからっ、妙なコト考えんなっっ!!」
 「妙なコト? 俺は別にお前が言った通りベッドで一緒に寝るお誘いって…、イミで言ったんだけど、それって妙なコトなんだ?」
 「・・・・・・っ!!!!」
 「ねぇ?」

 「う、う、うるせぇっ!! グダグダ言ってっと一緒に寝てやんねぇぞっ!!」

 耳まで真っ赤になりながら俺にとってかなり有効で最強な一言を怒鳴って、脱衣場を出て行く時任を見てると自然に口元が緩む。すると緩んだ口元とオナジように…、いつの間にかアスピリンを飲んでも治らない寒さや冷たさも緩んでいた…。
 冬の空は相変わらず暗く冷たくて、薄汚れた俺のカラダの中を流れる血も赤くて…、
 けれど、その暗さも冷たさも…、何もかも…、
 時任の待つベッドの中までは入って来られないし…、誰も入るコトは許さない。だから、俺は怒ったようにそっぽを向いた時任の隣に潜り込むと、その背中を守るように自分のエゴを満たすように後ろから抱きしめた。
 そして…、あの日のように時任の肩に額を押し付ける…。
 すると、前に回した俺の手を…、時任の手が上から重なるように握りしめた。
 「もしかして、寒いのか?」
 「さっきまでは…、ね」
 「そっか…」
 「ねぇ、時任…」
 「ん?」
 「悪いけど、呼んでくれない?」
 「呼ぶって何を?」
 「俺を…」
 「久保ちゃんを?」


 「・・・・・・・・子守唄代わりに」


 俺がそう言うと時任は少し考えるように黙ってから、握りしめてる方とは反対側の手で俺の頭を撫でる。それから、そっと呟くような小さな声で歌うように…、俺を呼んだ。
 それはホントに子守唄みたいで、聞いてると眠くなってくる…。
 アスピリンよりも、どんなクスリよりも効く時任の声と抱きしめたカラダのぬくもりは…、温かくて気持ちよくて…、
 けど、眠りに落ちながらも…、俺は夜が明けても…、
 
 まるで中毒患者のように、時任を抱きしめた手を離さなかった…。












 

 最近、クスリの量が増えてる気ぃする…。

 俺がそう思うのは、寝室の机の引き出しに入れてある頭痛薬がかなりの早さでなくなってるのを知ってるせいだった。それに気づいたのは良く見なきゃ気づかないくらい少しだけど、久保ちゃんがしょっちゅう眉間の辺りに皺を寄せてるから…。
 久保ちゃんのクスリの量が増えたのは、ケーサツに捕まって戻って来てからだった。
 時々、何かを考えてるみたいにセッタを吸いながらぼーっとしてるコトも多し、たぶん捕まってる時になんかあったんだと思う。けど、それがわかるのと同じように俺が何を聞いても…、久保ちゃんは何も答えないってコトもわかってた…。
 そんな風に色々と考えてると、なぜかアンナの言葉が頭を過ぎて…、
 俺はそれを払うために頭を軽く振ると、焼いた朝メシ用の食パンを口にくわえた。
 
 「ひゃから、ほれがひゃんだっひゅーのっ」
 
 久保ちゃんは出かけてて、もうウチにはいない。
 起きたら…、もう居なかった…。
 けど、駅前のミスドにはたぶん行ってない。
 別に久保ちゃんには何も聞いてねぇけど、そんな気がする。
 俺はなんとなく…、まだ点滅してた留守電のボタンを押すと流れてくるアンナの声を聞きながら、くわえてた食パンを手に持ってかじりながら…、
 白く雪の積もった景気の見えるベランダの窓の前に立った。
 積もった雪はそれほど多くないから、たぶんすぐに溶けてしまう。
 だから、白く染まった景色が見られるのは少しだけ…。それは久保ちゃんと一緒に久しぶりにこの部屋に帰ってきた…、次の日もそうだった。
 全部一緒じゃないけど、似た景色が目の前にある。
 だから…、やっぱちょっと事件の時の事は思い出しちまうけど…、
 あれはもう過ぎたコトだし、ケータイも新しいのを買ったし…、
 久保ちゃんだってちゃんと一緒にいて…、俺の帰る場所はココ…。
 ココに来た時から記憶がなくて、今もわかるコトなんてほんの少しだけど…、

 今の俺には…、それだけわかってれば十分だった。
 
 食べてたパンをバクバクと口の中に収めると、服を着替えて玄関に向かう。
 そして、靴を履くと外へと出た。でも、それはいつものゲーセンに行くためでも、マンションの前にあるコンビニに行くためでもない…。
 向かった先は駅前のミスド…、留守電に入ってた場所…。
 けれど、その場所にいるアンナが待ってるのは、当たり前に俺じゃなかった。
 なのに、なんで来ちまったのか…、俺にもわかんねぇけど…、
 そんな俺を見たアンナは、うっすらと目に涙まで浮かべて笑いやがった。
 「アハハハハハ…っ! たぶん来るだろうとは思ってたけど、ホントに君が来るなんてっっ!!」
 「わ、悪かったなぁっ、久保ちゃんじゃなくて俺が来てっっ」
 「別に悪くないわよぉ」
 「じゃ、なんで笑ってんだよっ!」
 「なんでって、君がカワイーからじゃない?」
 「はぁ?」
 「ぷ…っ!! やだもぉっ、ほんとカワイーっ!」
 「…って、カワイイじゃなくてオカシイの間違いだろっっ!!」
 「くくくくく・・・・っ!」
 「〜〜〜っ、帰るっっ!!!」
 「えっ、ちょっと待ってよぉ」
 「帰るつったら帰るっっ!!」

 「そう怒らないでさァ、もう笑わないからせっかく来たんだし座って?」

 ホンキでマジで帰りかけたけど、アンナにそう言われて俺はかなりムッとしたカオで前の席に座る。するとアンナは笑いと一緒に、吸って短くなったタバコを灰皿に押し付けて消して、白く染まった窓の外を見る。だから、俺もなんとなく窓と…、黒い服を着たアンナの横顔を見た…。
 久保ちゃんが来ないって知っててもココにいたアンナは、やっぱなんかさみしそうなカオしてる。でも、俺はココに久保ちゃんを引っ張ってくるコトはできない。
 今もポケットにケータイ入ってるけど呼べない…。でも、それは久保ちゃんがバイト中だからとかそういうのでできないワケじゃなくて、したくないだけ。
 久保ちゃんとアンナが一緒にいるトコは見たくない…。ココに来てから初めてそれに気づいた俺は、自分からココに着たのに居心地が悪くて気分が落ち着かなくなった。
 「あ、あのさ…、久保ちゃんは…」
 「別に良いわよ、言わなくてもわかってるの…。あたしが留守電に吹き込んだ伝言、誠人はちゃんと聞いてるってこと…」
 「・・・・・・・っ!」
 「君って面白いくらい顔に出るよね、ぷっ、くくく…っ」
 「う、うるせぇっ!笑わねぇっつったのに、また笑いやがったな〜っ!!」
 「うん…、ほんっと君っていいわ」
 「…って、何がだよっ」
 「さぁ、何がかな…」
 アンナは自分で言ったクセにそんな風にそう言うと、自分の前に置いてた一人じゃ食い切れないカンジの量のドーナツの入ったトレーを見る。そして、ドーナツの中からフレンチクルーラーを取った。
 けど、すぐには食べないでクルーラーの穴をじーっと見つめる。
 それから、思い切ったように一口食って、甘いって言って笑った。
 「ドーナツ食べたのなんて…、久しぶり…」
 「そーいや、前にミスドで会った時って俺もだけど、アンタもコーヒーだけだったっけ?」
 「君はもしかして、甘いの苦手なの?」
 「まぁな…」
 「あたしはホントは好きなんだあ…、甘いの」
 「じゃ、なんで食わないんだよ」
 「ああいうジコトしてるとスタイルとか気をつけないとダメだし、だからってだけじゃないけど、自然に甘いの食べなくなっちゃってたんだよね…。けど、今日だけはなんか…、食べたい気分」
 「なんで?」

 「・・・・・リカが好きだったから、かな?」

 アンナが黒い服着てるワケが、その一言でなんとなくわかった気がした。
 黒い服はただの黒い服じゃなくて…、たぶん喪服ってヤツで…、
 だから、それを着てるってコトは、ココには葬式帰りにそのまま来たのかもしれない。けど、俺がなんとなく喪服をじーっと見つめてると、アンナは残りのドーナツの入ったトレーを俺の前に差し出しながら、墓参りだけで葬式には行かなかったって話した。
 「やっと、リカが警察から戻って来て、葬式が三日前にあったらしいんだけど…。リカの親は事件があるまで何も知らなかったみたいって言っても、自分の親にフーゾクやってるなんて言わないわよね、フツー…。だから、やっぱあたしは行かない方がいいカンジだったし…」
 「なんで?」
 「なんでって…」
 「フーゾクやってたってなんだって、友達は友達だろ?」
 「自分で言っといてなんだけど、そーいうの君にはわかんないよ」
 アンナはそう言うと食べかけのクルーラーを置いて、ポケットから出した新しいタバコを慣れた仕草でくわえる。けど、俺は同じポケットから出したライターで火をつける前に、手を伸ばしてそのタバコを取った。
 「確かに俺にはアンタの仕事のコトとか、リカってヤツの親とかそーいうのはわかんねぇよ。けど、俺にだってわかるコトくらいある…」
 「じゃあ、君には何がわかるって言うのよ?」
 「・・・・・・・・・ココでドーナツ食うくらいなら、やめろよ」
 「やめるって何を?」
 「なにって、今やってる仕事に決まってんだろ」
 「・・・・・・・」

 「アンタがどんなコトしてても何してても、アンタはアンタだ。だから、周りがなに言ったってどう言ったって関係ねぇ、ただ胸張ってりゃいいだけだろ。けど、もしそれができねぇならやめちまえっ、そんな仕事っ!」

 アンナが言った通り俺も認める通り、俺は何も知らない。
 アンナのコトもリカってヤツのコトも何もかも知らないことばっかで、ああいう仕事してるのもなんかワケがあんのかもしれない。でも、喪服を着てドーナツ食ってるアンナを見てたら…、やめろってそう言っちまってた…。
 喪服も仕事もアンナの問題で、俺の口出しするコトじゃねぇけど…、
 それはわかってるけど、言ったコトを後悔はしてない。
 だから、正面に座るアンナの目をじっと真っ直ぐに見つめ返す…。
 すると、アンナは少し髪を掻きあげながら、うつむいてクスっと小さく笑った。
 でも、その笑い方はさっきとは違って柔らかい分だけ、優しい分だけほんの少しさみしいカンジで…、うつむいた瞳が潤んでるように見える。けれど、次の瞬間に再びカオを上げて俺の方を見たアンナの瞳に涙はなかった…。
 「そんなコト、あたしに言ったの君が始めてよ…。今まで付き合ったオトコも親も…、誰もそんなコト言わなかったらさァ」
 「そうなのか?」
 「君って…、結構おせっかいだよね」
 「〜〜〜っ、わるかったなっ、おせっかいでっっ」
 「ううん…、悪くないよ。違うの、そうじゃなくて…」
 「そうじゃなくて?」

 「・・・・・・・・ありがと」

 アンナはそう言って、また笑う…。
 でも、なんでかわかんねぇけど、アンナが笑うたびに泣いてるように見えた。
 それから、二人で窓の外の雪を眺めながらドーナツ食って…、
 最後の一つは、どっちが食べるかってジャンケンした…。
 もちろん、どっちも腹いっぱいだから負けたほうが食う。そんでサイアクなコトに俺が負けて…っ、最後の一個のオールドファッションが俺のモノになった。
 け、けど・・・・、さすがにもう食えねぇ…っっ。俺がそう思ってると、アンナがオールドファッションをトレーに置いてあったナプキンに包んだ。
 「置いて帰るのもなんだしさ、持って帰って食べれば?」
 「う…っ、そうする」
 「眉間に皺よってて、ホント苦しそう」
 「そういうアンタは、結構ヘーキそうじゃん」
 「甘いモノは別腹ってゆーでしょお」
 「だったら、食えよコレっっ」
 「イヤよ、これ以上食べたら太るし」
 「…って、こんだけ食ってりゃ、も一つくらい食っても変わんねぇよっ!!」
 「アハハハハ…っ」
 そんなカンジでドーナツを食い終えると、俺とアンナはミスドを一緒に出る。そして、そこからは一緒じゃなくて…、俺はウチに帰るために右にアンナは仕事かウチかどこかへ行くために左に行く事になった。
 ミスドから進むアスファルトの道は右も左も、もう溶けてて雪はない。
 店の中にいる内に、道の雪の屋根の雪も溶けて消えてなくなりかけていた。
 俺はウチに帰るためにじゃあなって言って、わずかに残ってた氷みたいな白い雪の塊を踏んだけど、そんな俺の背中をアンナが呼び止める。そして、左じゃなくて右に行こうとしてる俺に近づくと前に回り込んで行く手を阻んだ。
 「あのさ…」
 「な、なんだよ?」
 「最後に一つだけ…、君にお願いしていい?」
 「俺にお願い?」
 「誠人に伝言…、伝えて欲しいの」
 「・・・・・」

 「今度はちゃんと伝えてよ、ね?」

 アンナはそう言うと、俺の肩を伸ばした手で掴んできて…、
 だから、な、なんだ??…っと思ってると、いきなり頬に柔らかい濡れた感触が当たった…。柔らかい感触…、そうカンジた瞬間、俺は雪よりも真っ白になって固まる。
 するとアンナがそんな俺を見て、ぷっと吹き出して楽しそうに笑った。
 「さては君…、キスもしたことないな?」
 「う、うっせぇっ!!つーかっ、伝言はどうしたんだよっ、伝言はっ!!」
 「だから、伝言がそれ」
 「はぁ?」
 「ちゃんと伝えてよ」
 「…って、どーやって伝えんだよっ!?」
 「それじゃあね」
 
 「ちょ、ちょお待てーーっ!!!!」

 さっきはアンナが左に行くはずが右に来たけど、今度は俺の方が右に行くはずが左に向う。けど、俺が足を踏み出した瞬間に、アンナが立ち止まって振り返った。
 「ホントはね、伝言じゃなくてお礼」
 「お礼?」
 「リカを殺した犯人、君が捕まえてくれたんでしょ?」
 「でも、俺だけの力じゃねぇし、俺はアンタの友達のために捕まえたんじゃねぇし…」
 「うん…、わかってる。でも、それでも掴まえてくれた事には変わりないでしょ?」
 「・・・・・けどさ」
 「なに?」
 「なんでお礼が伝言で、伝言がお礼なんだよ!?」
 「それはねェ、伝えてみればわかるよ」
 「なん…っだそりゃっ!!」

 「じゃあね・・・・・、バイバイ…」

 文句言ってる俺に向かって、アンナはそう言って手を振る。
 でも、その時に聞いたサヨナラは…、また明日ってカンジには聞こえなかった。
 サヨナラを言った時のアンナの瞳は、俺じゃない誰かを…、
 ・・・・・・・どこか遠くを見ていた。
 俺はキスされた頬を押さえながら、遠くなってくアンナの背中を少し見送って…、
 それから、今度こそウチに帰るために右へと向う。
 そうしてから初めて…、久保ちゃんに黙ってミスドに来た事を思い出した。
 けど、どうせ伝言を伝えたらバレちまう…っっ。だから、マンションの401号室に帰ってきた俺は、覚悟を決めてドアを開けた。
 するとバイトから帰ってきたばっかなのか、なぜか玄関に久保ちゃんがいるっっ。
 い、いきなり…っ、なんでこんなトコにいんだ…っっ。
 まだココロの準備ってモンが…っっ!!
 でも…、時間が経てば経つほどダメな気ぃするし…っ!
 うう…っっ、一体どーすればっっ!!
 俺がアンナの伝言のコトを思い出して一人でそんなカンジでブツブツ言ってると、そんな俺のカオを久保ちゃんがのぞき込んできた…っ。だから、俺はこのチャンスを逃さないために、久保ちゃんの襟首をぐいっと掴むといきなり頬にチュッとキスした。
 すると久保ちゃんが少し驚いたカオで、じーっと俺のカオを見つめてくる。
 だから、俺は段々と熱くなってきたカオを右手で隠すように覆った。別に伝言伝えただけだけど…、カオが熱くなりすぎて久保ちゃんもカオがマトモに見られない…。
 俺がカオを覆ったままでうつむいてると、久保ちゃんが何か言いかけたけど…っ、
 俺はいきなりその口を塞ぐために、何も言わせないために久保ちゃんの口にナプキンに包んで持ってたオールドファッションを突っ込んだ…っっ。

 「さ、さ、さっきのは俺じゃなくて…っっ、アンナからの伝言っっ!!! ちゃ、ちゃんと伝えたかんな…っっ!!」

 そう叫ぶと俺はリビングじゃなくて寝室に逃げ込むと、ベッドに飛び込んで毛布に潜り込む。今はカオが熱いのが治んねぇしっ、なんかヘンだし久保ちゃんにカオを見られたくなかった。
 けど、寝室のドアが不気味にギギィィ…と開く音がして…、
 次の瞬間に入ってきた久保ちゃんの手が、俺の毛布をぐいっと引っ張った。
 そして…、引っ張って出来た隙間から、久保ちゃんを見た俺のカオを無言でじーっと見つめてくる。ううう…っ、マジでなんか怖ぇぇぇぇっ!!!
 目がかなりマジな上に、いつもは細いのに開いちまってるし…っっ、
 も、もしかしてだけど、俺にキスされて怒ってんのか?!!
 く、くそぉっ、何がお礼だっ、何が伝えてみればわかるっ、だよっっ!!
 とか思ってると、久保ちゃんの手が俺の頬を毛布の上からゆっくりと撫でてきた。
 「・・・・・・伝言はソレだけ?」
 「へっ?」
 「他に伝言あるなら、聞くから素直に言いなよ…」
 「ほ、他にって…っ、そんなんあるワケねぇだろっっ」
 「ホントに?」
 「ホントにっ!!」
 「ふーん…」
 「とか言いつつ、ドコ触ってんだよっ!!!」
 「他に伝言ないかなーって…、思って」
 「ないっつったら、ねぇよっ!!!」
 「けど、気づかないウチに伝言書かれてるかもしれないし?」
 「んなワケあるかっっ!!」
 「じゃ…、俺も伝言…」
 「…って、誰への伝言だっっ!!」

 「さぁ、誰だろうねぇ?」

 久保ちゃんはそう言うと俺から強引に毛布を奪い取って、ジタバタ暴れる俺をベッドに押さえつける…っ。そして、俺の首の下んトコにカオを近づけてきて…、
 それから、そこで何か吸われるカンジがして…、
 つ、次の瞬間に小さくチュって音がした…っっ。
 「うわあぁぁっっ、久保ちゃんに食われたっ!!!」
 「…って、まだ食ってませんけど?」
 「な、なにしたんだよっ、一体っ!!」
 「なにって、だから伝言」
 「はぁ?」

 「しばらく消えないから、あとで自分で確認してみれば?」

 久保ちゃんにそう言われて、バスルームにダッシュで行くと俺はカガミを覗き込む。すると、そこには赤いカオして鎖骨に赤い痕をつけた俺が…、立っていた…。
 久保ちゃんの伝言…、赤い痕…。
 伝言のイミは良くわかんなかったけど、痕をつけられたトコがカオと同じように熱くてくすぐったい。そして、そんな俺を後ろから見つめてる…、カガミにうつった久保ちゃんは微笑んでいて、最近、良く出来てた皺も眉間に寄ってなかった…。
 もしかして、アレって伝言でもお礼でもなくてクスリだったのかも…、


 ・・・・・なーんてなっ。





 頭痛薬よりも、アスピリンよりも効くクスリは…、
 優しいキスと、口付けた赤い痕。
 それはたぶん…、好きなヒトだけが持ってる…、


 愛の特効薬…。
 
 



 ネタバレ企画お題の二つ目はAspirinなのですvvvv
 ネタバレということで、今回はアンナちゃんを初めて書きましたのですが、
 ううう…、ちゃんとアンナちゃん…、書けているといいです(T^T)vv
 普段はなかなか各話で登場してる人物は、ネタバレとか考えてしまって、
 書けなかったりもするのですがっっ、
 ネタバレ企画だと書けてバンザイですっっvv
 次もがんばりたいです(>Д<)ノ vv

                                    2006.5.18 鳴木沢
                  
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