大掃除。
「時任…、時任…」
「・・・・・・・うぅ」
だんだん目覚めていく意識の中で、俺のこと呼んでる久保ちゃんの声が聞こえる。
けど、めちゃくちゃ眠くて…、開けようと思っても目をあけらんなかった…。
今が何時かはしんねぇけど…、ベッドに入ったのが朝の五時くらいだったから、たぶんまだちょっとくらいしか寝てない気がする。けど、普段は寝ててもほっとくクセに、今日の久保ちゃんはなんかしつこく俺を起こそうとしてるみたいだった。
起きたくなくて毛布にグルグルにくるまってっと、久保ちゃんの手がそれをはがそうとする。
ぐぐっと毛布をつかんで抵抗してると、久保ちゃんが少し低い声で俺の名前を呼んだ。
「時任…」
「・・・・・・ネムイ」
「起きないと…、どうなっても知らないよ?」
「・・・・・・・ぐ〜っ」
「ご、よん、さん、にぃ、いち…」
「うっぎゃあぁぁぁっ!!!!」
「そんなに叫なくてもいいのに、ねぇ?」
「いきなり背中に冷たい手ぇ入れんなっ!!」
「あったかくてキモチ良さそうに寝てるから、少し分けてもらおうかなぁって思って…」
「うううっ…、寒くなってきた…」
「コーヒー入れてあるから、さっさと起きなよ」
「…今日、なんか用事でもあんのか?」
「あるから起こしてんだけど?」
「もしかして、急なシゴト?」
「そ、我が家のオシゴト」
「はぁ? なんだよソレっ」
「今日は何日か言ってみてくれる?」
「12月31日だろ?」
「31日と言えば、大掃除」
「・・・・・・なんかハラ痛い」
「運動すれば治るっしょ?」
「な、治るワケあるかぁぁぁっ!!」
仮病使ってベッドにもぐっててやろうと思ったのに、それはすぐに久保ちゃんに見抜かれちまった。
仕方なくベッドから起きて着替えて、簡単に朝メシ食ったけど…、すっげぇまだ眠くて…。
なのにそんな俺に、久保ちゃんは容赦なく雑巾と洗剤の入った容器を渡してくる。
容器にガラス用って書いてあるってことは、これで俺様にガラスをみがけということらしかった。
「じゃ、頼んだから」
「わぁったよっ」
寒いし眠いし…、まだ半分ボーっとしてたけど…。
やっぱ大掃除は一年間の汚れをキレイにするってヤツだから、メンドくてもするしかない。
そう思ったのは、一年間ずっと二人でココで暮してきた見たいに…、これからもココで二人で暮すからだった。
これからもなんて決まったりはしてなくて…、少しも約束なんかしてなかったけど…。
渡された雑巾を持ったままで、窓にシューッと白い洗剤の泡を吹きつけて外を見ると、そこには一年前とあまり変わってない風景があった。
マンションの前にあるコンビニとか、あそこに立ってる青い屋根の家が…、始めてココから外を見た日と同じように目の前にある。
それもやっぱり明日を約束できないみたいに、ずっと変わらないなんて保証はなかったけど…。
その変わった所をこの窓から…、久保ちゃんと暮しているこの部屋から…。
一年前と今とを比べられるってことが…、スゴクうれしかった。
キュッ、キュッとガラスを磨きながら、そうやって外を眺めてると、後ろで久保ちゃんが掃除機かけてる音がして…。
そんな音を聞いてると、そのガラスに久保ちゃんの影がうつってるのが見えた。
ジーパンはいて、少し皺になったシャツ着て…、主夫みたいに掃除してるのが…。
それ見てるとなんかちょっと笑えてきたけど、それもやっぱ楽しくてうれしかった。
「なにさっきから見てんの? 俺のカオになんか付いてる?」
「な、なんで見てるってわかったんだよっ」
「ガラスに俺がうつってるみたいに、時任もうつってるからっしょ?」
「げっ!」
「なんかうれしそうだけど、いいコトでもあった?」
「べつになんでもねぇよっ」
掃除機の音…、ガラスを磨く音…、久保ちゃんの足音…。
それがまるで、終わって見ると早かった一年の足音みたいに聞きこえて…。
それを聞きながら、ちょっとだけ今年あったことを色々思い出してた。
けど、その中のどれにも久保ちゃんがいて…。
そしてそれを思い出してるみたいに…、久保ちゃんの隣に俺がいる、
過ぎていく一年の風景には、どこにも俺がいて久保ちゃんがいた。
今ここにこうしてちゃんと二人でいて…、大掃除してるみたいに…。
けど一緒にいることが当たり前になっても、そう思えるようになっても…、
当たり前だからって忘れていいことなんか、ただの一つも無かった。
寝室の窓、洗面台、電気のカサとか食器棚とか…。
そういういろんなトコを拭き終わると、今度は最後に残ったベランダのガラスを拭くことにする。
すると、その窓は部屋の中で一番大きな窓だったけど、拭くのは他のよりなんか簡単だった。
シューッと一杯ガラスに洗剤を吹き付けて、それでまたキュッキュッと音を立てる。
そしてちゃんとピカピカになるくらい拭いてから、今度はベランダの外に出た。
やっぱ外は寒かったけど…、それもなんか今はちょっとキモチいい。
そこから部屋の中をのぞいて見ると、床を掃除してる久保ちゃんの方は掃除機が終わって、フローリングをモップがけしてる所だった。
久保ちゃんは俺が見てることがわかると、少し笑ってモップを持ったままベランダの方に近づいてくる。
どうかしたのかって思って見ながら、窓拭きを続けてると…。
ガラスを抑えてる雑巾もってない方の手のある位置に、久保ちゃんが手のひらをガラス越しに重ねてきた。
「久保ちゃん?」
不思議に思ってそう呼びかけて見たけど、窓を閉めてるから声は届かない
けど、久保ちゃんは俺が呼んだのがわかったみたいで、微笑んでそれに答えてくれた。
ガラス一枚の向こうの久保ちゃんは、ちゃんと見えてて触れそうなのに…。
そのたった一枚がジャマしてて…、重ねられた手のひらから体温が伝わってこない。
でも重ねられた手のひらから…、何かがガラス越しでも伝わってくるような気がして…。
ピッタリと重ねられた手のひらを、重なり合った手を離すことができなくなった。
だから微笑んでくれてる久保ちゃんに向かって…、同じように微笑みかえして…。
なにやってんだろって思いながら…、そんな自分にも微笑み返しながら…、ゆっくりと目を閉じてガラスにキスしてみた。
ガラスの向こうの久保ちゃんに…、好きだって、大好きだって言葉で伝えるかわりに…。
そしてしばらくして目を開けて見ると…、ガラス越しに俺とキスしてる久保ちゃんが見えた。
冷たいガラス越しでも…、キスしてくれてる久保ちゃんが…。
触れそうで触れられない…、手が届きそうで届かない距離…、その少しだけの距離にさみしさが忍び込んでくるような気がして…。
ガラス越しのキスが終わると、俺はゆっくりと久保ちゃんとの間にあった窓を開けた。
そしたら久保ちゃんが腕を伸ばしてきたから…、俺は自分から距離を縮めて…。
触れたかった温かさをカンジながら、その腕の中に捕まった。
「あ、モップが落ちた…」
「雑巾も落ちたけど?」
「もう終わっちまったから、雑巾はいらねぇのっ」
「じゃ、次は風呂の掃除」
「…って、まだやんのか?」
「すみずみまでってのが基本でしょ? 風呂が終わったら玄関ね?」
「・・・・マジで?」
「大掃除じゃなくても、フツーは掃除するっしょ? 誰かサンはしないけど」
「うっ…」
「そーいえば、洗濯もしないよねぇ?」
「…よ、よろこんでやらせていただきマス」
ぎゅっと抱きしめあって…、軽くキスして…。
それからまた掃除に戻ったけど、ガラス越しに重ねた時のカンジが手と唇にまだ残ってた。
ガラスの向こうに向かって伸ばした手と…、ガラス越しに触れようとした唇の感触が…。
手のひらと唇と…、そして久保ちゃんを想ってる胸の中に…。
たぶん、それもきっとすぐにその感触も消えてなくなってしまうのかもしれないけど…。
変わりゆく明日も、変わらない今日も…、こうして手をつなごうとして手を伸ばしてるなら…、触れようとして唇に想いを乗せようとするなら…。
きっと、ガラス越しでも伝わる何かがあるのかもしれない。
さっきみがいた窓から…、ちゃんとあったかい太陽の光が差し込んでるみたいに…。
大掃除…、い、いろんなモノが出てきますよね(汗)
こんなの買った覚えないのに…(汗)なんてなんて思ったりして…←おいっ。
去年のWAスクールカレンダー発見しましたですが、(2001年)
連載始まってそんなにたってたんですねっっ(@_@;)びっくりですっ。←ニブすぎ。
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