バニラ…。〜8月24日〜




 自分の中に残る、古い記憶…。

 それをたどり思い出そうとしたコトはないけれど、眠っている最中に夢に出てきたとしたら…、目覚めるまで見るしかない。悪夢でもなんでも自分が見せている夢からは、誰も目を背けるコトは叶わないから…。
 けれど、久しぶりに見た夢の中では、俺以外の全員が目を背けていた。
 夢ではなく俺から目を背け、誰一人として顔が見えない。
 今の半分…、いや、それよりももっと低い視点から見る風景は、まるで写真か絵のようで、どんなに手を伸ばしたところで何にも手が届く気がしなかった。
 俺の横を通り過ぎる肉親らしき人間も、俺に食事を運ぶ人間の手も…、窓から見える手入れの行き届いた庭に咲く百日紅の花も…、
 何もかもが、手を伸ばせば消えてしまいそうだった。

 それが夢ではなく、現実だった時から変わらずに…。

 寝ても覚めても、長い長い夢を見てるようで…、
 だから、俺はそれをただ、ただ見続けていた。
 記憶に胸に刻み付けるようにではなく、ただ眺めていた。
 そう…、たとえば、部屋の片隅に置かれた置物のように…。
 そして、決して誰とも絡むコトのない俺の視線は、最後に鏡へと注がれて、そこに映る自分自身の姿を見る。ぼんやりと自分の瞳を見つめ、ゆっくりと伸ばした手を鏡に映る自分の手に重ねた。

 『・・・・・・・冷たい』

 思わず呟いた一言に、なぜか自分で驚き…、
 その瞬間に、目を背けるコトの叶わない夢から覚める。
 夢の中で感じた冷たさは、目覚めても手のひらに残っていた。
 けれど、夢に見た過去の風景の中で、そんな冷たさを感じたコトはない。同じ夢を何度か見た覚えがあるけれど、冷たさを感じて目を覚ましたのは始めてだった。
 目覚めたベッドの上で見つめる右手は、夢の中とは違って大きく…、
 そして、身を包む毛布は今はいない…、けれど、たぶんさっきまで一緒に眠っていた自分以外の人間の体温を伝えていた。

 「あたたかい…」

 ぬくもりの残る毛布の中で、さっきとは逆の言葉を呟く。
 呟いて眠りから覚めた目で、白い天井を見上げる。
 すると、ドアの開く音がして、俺の視界に見慣れた顔が入り込んだ。
 ベッドに横たわっている俺の顔をのぞき込み、瞳をそらさず真っ直ぐに見つめてくる時任の顔…。その顔に向かって少しためらいながらも両手を伸ばすと、俺は現実かどうかを確かめるために、ゆっくりと頬に触れてみた…。

 「・・・・・時任?」
 「って、なんで疑問系なんだよ。寝ぼけてんのか?」
 「うん、そうかも…」
 「もしかして、なんか夢でも見てたり?」
 「さぁ、どうだろうね…。見たのは夢っていうより、ただの記憶かも…」
 「記憶?」
 「そう…、温度も匂いも無い紙に書かれた記録みたいな記憶…」

 そんな会話を交わしながら、俺は両手で時任の頬を包み。
 時任が自分の頬を包む俺の手を、上から両手で包むように触れる。
 いつもはこんなコトすると照れて嫌がるのに…と不思議に思っていると、時任はじっと俺の瞳を見つめながら、包むように触れた俺の手を軽く握りしめた。

 「じゃあさ…、こうしてる今もそんな風に記録されちまうのか? 温度も匂いも無い記録になって、そんな夢を久保ちゃんは見るのか?」

 そう言った時任の瞳は、哀しく寂しそうな色を浮かべていた。
 でも、それでも時任の瞳は真っ直ぐに俺を見つめてくる。
 じっと見つめて…、俺の姿を映し続けていた…。
 だから、俺はいつかの日に見た鏡に映る自分の姿を見るように、時任の瞳に映る自分の姿を見る。
 自分の中に残る古い記録を…、記憶を思い出しながら…、
 すると、さっき見た夢と違って、なぜか花の色が鮮やかに見える。夢の中で鏡に触れた時に感じた冷たさと同じように、今になって初めて…、庭に咲いていて花を綺麗だと思った。

 「もう見ないよ、たぶん…。お前がその瞳に、俺を映しててくれる限りね」
 「だったら、見ててやるよ…」
 「・・・・うん」
 「ずっと見ててやるから、久保ちゃんも俺を見てろよ。そしたら、俺も久保ちゃんも…、そんな夢見なくてすむだろ?」
 「うん…、そうね」

 時任の瞳に映る…、穏やかに微笑む自分の顔…。
 微笑みと一緒に時任へと向ける、あの日の花の色のように鮮やかな想い。
 俺の手を握りしめる手から、わずかに香るバニラの甘い匂いに気づき…、珍しく時任が自分よりも早起きしている原因を知った俺は、時任の額に自分の額を軽く押し付けた。

 「誕生日おめでとう…、久保ちゃん」

 バニラの匂いの嗅ぎながら、そんな時任の言葉を聞いた8月24日の…、暑い夏の日。俺は生まれて初めて記憶に胸に刻みつけるように、窓から見える晴れた空を見つめ、目の前にある細い身体を抱きしめ…、
 柔らかい唇に唇で触れながら目を閉じた…。

 忘れない…、忘れられない日の匂いを温度をすべてを感じながら…。
 
 そして、触れた唇をゆっくりと離しながら、
 「今日、見る夢は…、バニラの匂いがするかもね」
 と、俺が言うと時任は頬を赤くしながら…、
 「それって、なんかうまそうな夢だな」
 と、まるで花が咲くように笑った。
 バニラのように甘く…、優しく香るように…。
 そんな時任を瞳に映しながら、時任の瞳に映りながら…、
 
 俺は再び眠るように…、夢見るように目を閉じた。



 久保ちゃんvvお誕生日おめでとうっ!!!vv
 …と言っても、もう26日だったりなのですが(_ _;)
 どうしても、お祝いしたくて書いてしまいましたっっvv

 ヽ(〃'▽'〃)ノ☆゜'・:*☆オメデトォ♪
 

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